「好き」じゃなかった ~好きなんて言葉じゃ足りない感情はとうの昔に愛に変わっていたっていう~

ゆら

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バレンタインの告白

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 男子校に通っていた所為か、バレンタインデーという行事とは無縁で、世間的にはチョコを貰った、貰ってないで賑う時季でも、男ばかりの中で生活していた暁義に貰う当てがあるはずもなく、高校に通っていた三年間は期待すらしていなかった。特に三年では所属していたテニス部も引退し、外部との交流も殆どなく、何より受験生の身分。壱斗への想いも、忘れなければとひたすら勉強にのめりこんだ。
 そんな殺伐とした学校生活の中で、偶然壱斗と二人きりになる瞬間があった。然もそこは二人で練習に明け暮れた人気の少ない校舎裏。その場所に来ると当然のように出会った頃の情景や感情が湧き上がってくる。

「アキと初めて喋ったの、ここだったね」

 あの日のことを思い出していたのか、壱斗がポツリと呟いた。

「…ん」

 あんなにも嫌っていた壱斗の本当の姿を、暁義はあの日、初めて知ったのだ。
 あの日ここを通らなければ、今でも壱斗を嫌ったままだったかも知れない。
 そう思うと、ここを通ったのは偶然だったのか運命だったのか…何にしても、感謝したい気持ちになる。

「喧嘩もしたねぇ」
「……したな」

 いろんなことがあった三年間。
 きっと、どれも一生忘れることなんて出来ない思い出ばかり。
 壱斗と話しているうちに暁義は、そんな今までの高校生活が頭に蘇り、唐突にもうすぐで卒業するんだという実感が湧いてきた。
 心にぽっかりと穴が開いて、寂しいような悲しいような、何とも言えない喪失感。
 卒業したら自分たちは一体どうなるのだろう?
 卒業していった先輩達が偶に顔を出しに来るが、仲が良かった先輩達も、大学や就職で忙しくなると殆ど会わなくなると言っていた。
 自分達もそうなってしまうのだろうか?
 壱斗とこんな風に毎日顔を合わせることも、はしゃぐこともなくなる。テニスをすることもないだろう。
 部活塗れの三年間だったが、それでも楽しくて充実していた。それが、もう直ぐで終わる。
 そう思った瞬間、魔が差したのかも知れない。
 壱斗との関係が奪われるような気がして、それならばせめてこの気持ちを知って欲しい。
 もし自分の気持ちを知ってもらえるとしたら今しかない。
 そう思い、暁義はずっと隠していた想いを口にした。

「ごめん、壱斗……俺が今から言うことは、凄い気持ち悪いことだと思う…でも、ただ、けじめとして言いたいだけだから……聞いたら忘れてくれていいから…」

 本気だと分かるように、暁義はジッと壱斗の目を見てそう前置きした。ゆっくりと、間をおきながら。

「…わかった」

 壱斗は暁義の真剣さに丸い目をさらに丸くし、驚きながらも素直に頷いてくれた。

「俺、壱斗が好きだ。友達なんかじゃなくて……愛とか、恋とか…そういう意味で、お前が好きだ」

 ゆっくり、ゆっくりと言葉を選びながら紡いでいく。この気持ちが本気だと分かるように。異性に抱くそれと同じ感情だと分かるように。
 微かに震える声に、知らず握り締めていた指先に、暁義は自分がどれほど緊張しているのか知らされる。

「アキ…」
「ごめんな……こんな風にお前のこと見てて…でも、言っておきたかった。大丈夫、壱斗に何か望んでるわけじゃないし……悪いな、俺の勝手なエゴでこんなこと言って」

 そこまで伝えると、暁義は安堵しつつも苦笑を漏らした。
 付き合って欲しいなんて今はもう望んでないし、両想いだなんて、考えたこともない。男が男に惚れて、告白して、結ばれるなんて、そんな奇跡的なこと願うほど現実を見れないわけじゃない。無理なことは、初めから分かっている。友達以上の関係になれるはずがない。そして、これで友達に戻ることすら出来なくなることも……。
 分かっていたはずのことなのに、ぎゅっと胸が締め付けられるように苦しくなる。痛くて、痛くて…でも今まで隠していた気持ちを口にしたことで突っ掛かりが取れたようにすっきりとしていた。これで嫌われるかも知れないが、それでもどこか暁義の心は満足していて。

「…ねぇ、アキ……それは、俺が欲しいってこと?」
「……え?」

 壱斗の言葉が理解出来ず、暁義は訝しげな表情を見せ、当惑する。

「俺、アキだったら付き合ってもいいよ」

 壱斗は何と答えた?
 まさか、自分が言った言葉の意味を理解していないのではないか? もしくは、返答と言うにはあまりに軽いその言葉は、発し間違えているだけではないか?

「壱斗……冗談、だろ?」

 壱斗の平素と変わらぬ飄々とした答えに暁義は戸惑い、そう言わざるを得ない。

「本気。俺、アキとなら付き合える」

 そう答える壱斗の目はしっかりとした芯を持ち、言外にその言葉の意を違えていないと訴えている。

「え…あ……えっと…よ、ろしく、お願いします?」

 情けないようだが、暁義はそう答えることしか出来なかった。
 夢のような感覚に、嬉しさが付いてこない。嬉しいはずなのに、ふわふわとした感覚に包まれて現実味がない。

「よろしく、アキ」

 そう言って笑った壱斗の顔を見て、暁義は喜びや愛しさ嬉しさ、他にも言葉に出来ないようないろんな感情が混ざり合って込み上げて目頭がカーッと熱くなり、視界が滲んできたことを覚えている。


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