夏が来るたびに

三国ハル

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その2

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 ナツキは双眼鏡で、ゆっくりと走るバスの側面を先頭から見ていった。

 運転席では、運転手がハンドルを握っている。

 少し後ろに双眼鏡を向けた。
 座席は前向きで、中央は通路になっている普通のバスだ。

 そして、バスの真ん中あたりを見た。

 通路よりこちら側の座席に、三人の女子中学生の姿が見える。
 山の向こうの女子中学校の生徒が最終バスに乗っていてもおかしくはない。

 だが三人の様子は、明らかに尋常ではなかった。

 一人目。

 窓側の席で体をこちらに向けているため、あの女子中学校の夏用セーラー服を着ていることがはっきりと分かる。
 窓に額と片手を当てて、目を閉じているようだ。
 一見、少しおかしな姿勢で寝ているだけのようにも見える。

 だが――。

 喉には、横一文字に切り裂いたような赤い線が見えた。
 しかも、そこからは血が流れ出しているようだった。

 二人目。

 一人目の一つ後ろの窓側の席。
 顔は見えない。奥側のもう一人に倒れ掛かかってうつ伏せになっている。

 その背中――。

 セーラー服が血で染まっていた。
 赤い血の染みが、背中の中心から下へと広がっている。

 三人目。

 奥側の席。二人目を膝に乗せるようにしている。
 本人は、普通の姿勢で前を向いて座っている。

 だが、その口の端――。

 血の流れた跡がある。
 しかも、目を見開いているようだ。

 ナツキは、双眼鏡を下ろした。

 バスがカーブし、こちらに向かってくる。
 恐怖でどうにかなりそうだった。

 だがバスは、歩道橋の下を何事もなく通り過ぎていった。

 振り返って後ろを見ることはできなかった。
 双眼鏡を持つ手が震えている。

 『うわさ』は、本当だった。

 バスは、三人もの女子中学生の死体を乗せて走っていた。

 運転手が殺したのだろうか。
 だが、『うわさ』は以前からあった。

 それなら運転手は、最終バスに女子中学生が乗るたびに殺しているということなのだろうか。

 最終バスの時間まで活動する部は演劇部ぐらいだと聞いている。
 もしかして、演劇部の人たちが犠牲になってしまったのだろうか。

 泣きたくなった。

 とにかく、とんでもないことが起こっている。

 帰って、母が仕事から戻ってきたら相談しよう。
 ナツキは急いで家に戻ることにした。

 家に入ると、バスルームの明りがついていた。
 母は仕事で遅いと思ったが、今日はもう帰宅して入浴中のようだ。

 一刻も早く知らせたいが、お風呂で疲れを取っている最中だ。
 それに夜遅く外出していたと言えば怒られてしまうだろう。

 ナツキは、こっそりとキッチンに向かった。

 冷蔵庫に張り付けられているホワイトボード。
 母から、伝えたいことを何でも書いていいと言われている。

 ナツキが寝てから帰ってくることも多い、母の配慮だ。
 逆に母が書いてくれたことをナツキが見ることもある。

 マジックを手に取って、母に伝えなければならないことを書いた。

 中学の人たちの死体をのせて、
 最終バスが走っていっていう
 うわさを聞いたけど、本当だったよ。
 山の入口の歩道きょうの上から、
 そうがんきょうで見たもん。
 まちがないよ。
 えんげき部に入りたいけど、こわいよ。
 けいさつに電話して。

 ナツキは書き終えると、自分の部屋に戻った。

 スミレコに連絡するべきか迷ったが、バスルームの戸が開く音が聞こえた。
 母がお風呂から上がったらしい。

 ナツキは、急いで寝たふりをした。
 しばらくして、母がナツキの部屋に入って来た。
 母がナツキの寝顔を覗き込んでいるのを、薄目で確認した。

「本当は起きてるんでしょう?」

 母が語り掛けてきたが、ナツキは眠っているふりを続けた。

「ホワイトボードの書き込み、見たわ。眠らないで外に行っていたのね。いけない子」

 夜に外出していたことは、それほど怒られずに済みそうだ。
 それでもナツキは、眠ったふりを続けた。

「ナツキが書いてくれた『うわさ』のことは、お母さんも知ってるわ。だけど大丈夫よ。あの中学のお姉さんたちは、誰も死んだりなんてしていないから」

 こうやって母の声を聞いていると落ち着く。
 母は忙しくて構ってくれないことも多いが、やはり優しい。

「さあ、もうゆっくり眠りなさい」

 ナツキは、本当に眠くなっていくのを感じていた。
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