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『君の知らない魂の傷痕』
003 『Upgrade』
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沈黙を保ったまま、拳を握りしめ仁王立ちするルカの表情は曇ったまま。
このままでは、誕生祭どころではない。
ピンポーン。
張り詰めた空気が漂う中、呼び鈴の音が鳴り響く。
「お、お客さんみたいだな。ちょっとだけ待ってて」
本来であれば、来客の対応をしている時間はない。
しかし、この状況から逃れる術を持たないユウラにとっては救世主とも言える来訪者。
怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、無表情のまま拳を震わせているルカが、何かしてくるのではないかと、頬を流れる冷や汗を感じつつ、ユウラはルカに刺激を与えないようにゆっくりと扉の方へ後ずさりし、扉を開いた。
「申し訳ない!」
「ひっ!」
突然の謝罪。あまりにも驚きすぎて、ドアノブを握りしめたまま硬直してしまったユウラの目に映るのは、今どき珍しいビジネススーツを着た男が、直角に腰を折り曲げ、頭頂部が綺麗に見えるほど深々と頭を下げる姿。
状況が把握できないユウラは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「あ、あの……」
「吾妻! 本当に申し訳ない!」
何かの間違いではないかと困惑していたが、頭を上げた男の顔には見覚えのあった。
「あ、アルマ⁉︎」
彼は仙波アルマ。新東京科学大学クラフト専攻科からの大親友。
手先が器用なユウラとは対称的で、お世辞にもクラフター向きとは言えなかった彼は、大学を卒業後、大手クラフト部品メーカーに就職し、社畜として馬車馬のように働いている。
大学を卒業してからというもの、HGPを使ったホログラムでのやり取りが主だったこともあり、直接顔を合わせるのは2年半ぶり。
そんな彼が唐突に訪れたということは、何か問題があったのかもしれない。そう察したユウラは、アルマが頭を下げた理由がルカのプレゼント用に依頼していた特注部品のことだと気づいた。
「久しぶりに会ったのに、突然謝るってどんなギャグだよ! 新しい部品じゃなくて、新ギャグでも開発してたのか⁉︎」
と、人一倍責任感の強いアルマを気遣い、大学時代のノリでクラフタージョークを交えつつ迎え入れた。
「気を遣わなくてもいいよ。間に合わなかったのは事実だから。……本当に申し訳ない」
「ちょい待ち。お前が理由もなく、連絡もなしに間に合わないわけがないだろう? 何かトラブルでもあったんじゃないか?」
頭を下げようとするアルマの両肩を掴み、優しく訊く。
「実は、1時間くらい前から原因不明の不具合で転送装置が使用できなくて、指定された時間に転送できなかったんだ」
「それならアルマのせいじゃないだろ。でも転送装置が使えなくなるなんて、珍しいこともあるもんだな」
「今回が初めてらしいんだ。転送装置は、《MOTHER》が管理しているだろ? いつもなら、不具合が起こる前にバグを検出して対処してくれるから、100%不具合は起きないはずなんだけどね」
「まあ、この世に絶対なんてことはないんだし、起きてしまったことはしょうがない。だから、あまり自分を責めるなよ?」
「ありがとう。でも、僕の気が収まらないから部品代は全部こっちで負担するよ」
そう言うと、背負っていたリュックの中から、掌ほどの小包を取り出しユウラに手渡した。
「おお! 結構無理な注文したのに、本当に作っちまうなんて、さすがアルマ! こんなに良い仕事してくれたら、ちゃんと代金を払わないと俺の気が収まらない! ってことで、送金するぞ」
ユウラは、親指と人差し指を小銭を掴むような仕草でくっつけると、アルマの頭上へと持っていき貯金箱に入れるような動作で指を離した。
すると、目の前に送金情報がポップアップ表示された。
吾妻ユウラ様
[預金残高200万7831円(-384万2990円)]
仙波アルマ様
[預金残高393万9404円(+384万2990円]
「な、何勝手に送金してんだよ! それに素材はユウラが調達してくれた分、割安で300万にしたのに、なんで多く送金⁉︎ 無駄に端数もあるし……」
「なんていうか、いつも俺の研究に協力してくれるし、日頃の感謝の気持ちも込めて、これくらいは良いかなって」
「いやいや、ダメだろ!」
アルマはユウラの頭上に手を持っていき、余分に送金されたお金を送り返した。
「あ……」
「あ……。じゃないよ。僕がちゃんとしたい性格なのは、わかってるだろ。それにしても、一つの部品に300万も出すなんて、何に使うつもりだ?」
「そりゃあ、《Alice》の改良に使うに決まってるだろう」
「そのバネを?」
「まあ、見てろって」
見た目は普通のバネなのだが、1tの力を加えなければ、縮めることができないほどの反発力がある。
通常ならば、それに見合った大きさと太さが必要だったため、どこの業者に頼んでも答えは決まって「不可能」の三文字だった。
しかし、アルマは生真面目な性格でありながら、常識には囚われないところがあり、普通では到底考えつかないような発想で、それを可能にしてしまった。
ユウラは、包装紙から1円玉の棒金ほどの太さと長さがある特別製のバネ取り出し、ルカのところへ。
一向に動く気配のないルカの背後に回り、しゃがみ込むと、特別製のバネを専用の機械でせっせと圧縮し、人間でいうアキレス腱にあたる部品と取り替え始めた。
作業時間にして30秒。手際良く作業を終え、ルカの顔を見上げると、足下で作業をするユウラに気づき、興味深そうにじっと見つめているルカと目が合う。
「どうだ、ルカ? 何か異常はあるか?」
「エ……? ア、ウン。大丈夫……」
戸惑いながらも答えるルカの声を聞き、アルマは唖然とする。
「まさか、ボカロ作ってたのか⁈ クラフトバカだとは思っていたけど、そんな趣味があるとは思わなかったよ……」
初めて見るユウラの《Alice》から発せられた声が、ボカロ風だったことにショックを隠せない様子のアルマ。
「違う違う、今日は未來ミナの生誕祭で、我が妹のルカがスペシャルゲストとして歌を披露する記念すべき日だからな! ちなみに普通の声はこっちな」
ルカの喉元を開き、ボーカロイド用声帯装置を取り外し、通常の声帯装置をはめ込んだ。
「お兄ちゃん、この人は?」
「大学の同級生で大親友の仙波アルマ。ルカにあげるプレゼントを持ってきてくれたんだ」
「そうだったんだ! 初めまして、ルカです! いつも兄がお世話になってます!」
「ど、どうも仙波アルマと申します。こちらこそ、いつも吾妻にはお世話になってます」
今まで見てきた《Alice》の中でも、これほどまでに人間らしい《Alice》を見たことがなかったアルマは、元気溌剌に挨拶するルカに圧倒されていた。
「ねえ、お兄ちゃん。さっきは何をしていたの?」
自分の足がどうなっているのか、気になって仕方のないルカは、挨拶を済ませると、アルマをそっちのけで興味の赴くままに訊く。
「今日はルカの大事な晴れ舞台だから、少しでも綺麗で可愛くしてあげたくてさ。足のパーツを取り替えてたんだ。これで足首が細くなって綺麗になったろ?」
「ひっどーい! それって、私の足が太いって言いたいの⁈」
「違う違う。元々細くて綺麗だったたから、もっと綺麗にしてあげたいなって思ったんだよ」
本当の兄妹のように痴話喧嘩を始める二人。
その様子を見て、ますます開いた口が塞がらなくなるアルマ。
人々の生活に馴染ませるために、必要最低限の日常会話や違和感のない行動、そして感情を表現できるように、プログラムされている《Alice》だが、怒りや嫉妬、憎悪などの必要以上の感情は表現できないように制限されている。
そうしなければ、人間同様に過ちを犯してしまう恐れがあるからだ。
それがアルマの知る《Alice》の知識でり、一般常識だった。
しかし、ルカのそれは人間と変わらない。
「吾妻……。お前の《Alice》凄すぎないか?」
「すごい可愛いだろ?」
「そういうことじゃなくて……。まあ、いいか。それにしても、その、妹さん? の足を細くするために特注のバネを作らせたのかよ」
「そうだけど?」
「ガチで?」
「うそうそ。細くしてやりたいっていうのは本当なんだけどさ。ルカには、このバネくらいの反発力がないと身軽に動けないんだよ」
「は? ってことは、1t近い重量ってことか⁉︎」
「お兄ちゃんたち体重の話はやめてよ! ほんとデリカシーがないんだから!」
「兄ちゃんは悪くないぞ。デリカシーがないのはアルマだ」
「お、俺のせいかよ」
「冗談だよ。つか、そんなに重かったら床が抜けてるだろ」
「それもそうか」
「まあ、普通のアンドロイドに、こんな強力なバネ使ったら、体が反発に負けて壊れてるだろうけどな」
ルカをはじめとする《Aliceシリーズ》は、現存するアンドロイドの中でも、貴重な素材で骨組みが造られている。
その素材は、50年前に終戦した第三次世界大戦前、オーストリアの科学チームが《カーヴァイン》という地球上で最も固いとされる物質を用いて、新たに生成した完全な金属《エルテヴンダーライト》。
《大地が産んだ奇跡の鉱物》として命名されたその金属の強度は、ダイアモンドのおよそ300倍。
エルヴンダーライトとダイアモンドをぶつけ合えば、アスファルトに投げつけた氷のようにダイアモンドが砕け散る。
高い硬度に反して、比較的軽い鉱物のため、従来のアンドロイドに比べて1/5の重量であるルカの重さは、一般女性の平均と同じ50キロくらいしかない。
もちろん、特注のバネもエルヴンダーライトを使用している。
「だけどさ、外見だけのために大枚はたくなんて、クラフトバカにもほどがあるぞ」
親友のバカさ加減に呆れるアルマだったが、当の本人は満足げな顔をしている。
「我が妹ルカちゃんは、スタイル抜群のザ・美少女だからな」
「ザ・美少女ってなんだよ」
「まあ、細さだけのために、わざわざ強力なバネにしたわけじゃないんだけどな。クラフター心と言いますか。兄心と言いますか。どうせ取り換えるなら、機能性に優れたものを付けたいと思ってさ」
「つまり?」
「超美脚なのに、走っても良し。跳んでも良し。最速最強の美脚って訳さ」
「なんだそりゃ、陸上の世界大会にでも出すつもりかよ」
「あははは! 面白いこと言うね! 世界新記録でも狙ってみようかな!」
「いや、面白くないし、Aliceは出場できないから」
大学時代から笑いのツボが謎すぎるユウラに、冷静にツッコミを入れるアルマだったが、
「あははは! アルマさんって面白いですね!」
「え?」
さすが妹というだけあって、兄と同じで笑いのツボが謎なルカ。この兄妹は、変わり者だと呆れるアルマ。
「って、お兄ちゃん! 生誕祭に間に合わなくなる!」
壁に映し出されているデジタル時計を見ると、
2107/08/31AM11:21
約束の時間まで、10分を切っていた。
「大丈夫、大丈夫! 今のルカなら世界最速最強のザ・美少女だから余裕で間に合うよ。ってなわけで、俺たち急ぐから先に行くわ! バネありがとうな」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、二人とも気をつけて行ってらしゃい⁉︎」
二人を見送りながら、アルマも帰ろうとした瞬間、ユウラをお姫様だっこしたルカが、地面に大きなトランポリンでもあるのかと、錯覚してしまうほどの跳躍力で、36階建ての高層ビルの上へ跳び上がり、そのまま次のビルへと飛び移りながら会場へと向かっていく姿を見て、腰が抜けてしまった。
「本当に、吾妻にはいつも驚かされてばかりだな。僕も頑張らなきゃ。……そういえば、スペシャルゲストで歌うとか言ってたけど、ルカって、もしかして、あの再生回数1億越えの《Agramer》のルカちゃん⁉︎」
驚き通しのアルマは、最後の最後に驚愕の事実に気づいてしまい、今日一番の衝撃の中でノックアウト。気絶してしまった。
このままでは、誕生祭どころではない。
ピンポーン。
張り詰めた空気が漂う中、呼び鈴の音が鳴り響く。
「お、お客さんみたいだな。ちょっとだけ待ってて」
本来であれば、来客の対応をしている時間はない。
しかし、この状況から逃れる術を持たないユウラにとっては救世主とも言える来訪者。
怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、無表情のまま拳を震わせているルカが、何かしてくるのではないかと、頬を流れる冷や汗を感じつつ、ユウラはルカに刺激を与えないようにゆっくりと扉の方へ後ずさりし、扉を開いた。
「申し訳ない!」
「ひっ!」
突然の謝罪。あまりにも驚きすぎて、ドアノブを握りしめたまま硬直してしまったユウラの目に映るのは、今どき珍しいビジネススーツを着た男が、直角に腰を折り曲げ、頭頂部が綺麗に見えるほど深々と頭を下げる姿。
状況が把握できないユウラは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「あ、あの……」
「吾妻! 本当に申し訳ない!」
何かの間違いではないかと困惑していたが、頭を上げた男の顔には見覚えのあった。
「あ、アルマ⁉︎」
彼は仙波アルマ。新東京科学大学クラフト専攻科からの大親友。
手先が器用なユウラとは対称的で、お世辞にもクラフター向きとは言えなかった彼は、大学を卒業後、大手クラフト部品メーカーに就職し、社畜として馬車馬のように働いている。
大学を卒業してからというもの、HGPを使ったホログラムでのやり取りが主だったこともあり、直接顔を合わせるのは2年半ぶり。
そんな彼が唐突に訪れたということは、何か問題があったのかもしれない。そう察したユウラは、アルマが頭を下げた理由がルカのプレゼント用に依頼していた特注部品のことだと気づいた。
「久しぶりに会ったのに、突然謝るってどんなギャグだよ! 新しい部品じゃなくて、新ギャグでも開発してたのか⁉︎」
と、人一倍責任感の強いアルマを気遣い、大学時代のノリでクラフタージョークを交えつつ迎え入れた。
「気を遣わなくてもいいよ。間に合わなかったのは事実だから。……本当に申し訳ない」
「ちょい待ち。お前が理由もなく、連絡もなしに間に合わないわけがないだろう? 何かトラブルでもあったんじゃないか?」
頭を下げようとするアルマの両肩を掴み、優しく訊く。
「実は、1時間くらい前から原因不明の不具合で転送装置が使用できなくて、指定された時間に転送できなかったんだ」
「それならアルマのせいじゃないだろ。でも転送装置が使えなくなるなんて、珍しいこともあるもんだな」
「今回が初めてらしいんだ。転送装置は、《MOTHER》が管理しているだろ? いつもなら、不具合が起こる前にバグを検出して対処してくれるから、100%不具合は起きないはずなんだけどね」
「まあ、この世に絶対なんてことはないんだし、起きてしまったことはしょうがない。だから、あまり自分を責めるなよ?」
「ありがとう。でも、僕の気が収まらないから部品代は全部こっちで負担するよ」
そう言うと、背負っていたリュックの中から、掌ほどの小包を取り出しユウラに手渡した。
「おお! 結構無理な注文したのに、本当に作っちまうなんて、さすがアルマ! こんなに良い仕事してくれたら、ちゃんと代金を払わないと俺の気が収まらない! ってことで、送金するぞ」
ユウラは、親指と人差し指を小銭を掴むような仕草でくっつけると、アルマの頭上へと持っていき貯金箱に入れるような動作で指を離した。
すると、目の前に送金情報がポップアップ表示された。
吾妻ユウラ様
[預金残高200万7831円(-384万2990円)]
仙波アルマ様
[預金残高393万9404円(+384万2990円]
「な、何勝手に送金してんだよ! それに素材はユウラが調達してくれた分、割安で300万にしたのに、なんで多く送金⁉︎ 無駄に端数もあるし……」
「なんていうか、いつも俺の研究に協力してくれるし、日頃の感謝の気持ちも込めて、これくらいは良いかなって」
「いやいや、ダメだろ!」
アルマはユウラの頭上に手を持っていき、余分に送金されたお金を送り返した。
「あ……」
「あ……。じゃないよ。僕がちゃんとしたい性格なのは、わかってるだろ。それにしても、一つの部品に300万も出すなんて、何に使うつもりだ?」
「そりゃあ、《Alice》の改良に使うに決まってるだろう」
「そのバネを?」
「まあ、見てろって」
見た目は普通のバネなのだが、1tの力を加えなければ、縮めることができないほどの反発力がある。
通常ならば、それに見合った大きさと太さが必要だったため、どこの業者に頼んでも答えは決まって「不可能」の三文字だった。
しかし、アルマは生真面目な性格でありながら、常識には囚われないところがあり、普通では到底考えつかないような発想で、それを可能にしてしまった。
ユウラは、包装紙から1円玉の棒金ほどの太さと長さがある特別製のバネ取り出し、ルカのところへ。
一向に動く気配のないルカの背後に回り、しゃがみ込むと、特別製のバネを専用の機械でせっせと圧縮し、人間でいうアキレス腱にあたる部品と取り替え始めた。
作業時間にして30秒。手際良く作業を終え、ルカの顔を見上げると、足下で作業をするユウラに気づき、興味深そうにじっと見つめているルカと目が合う。
「どうだ、ルカ? 何か異常はあるか?」
「エ……? ア、ウン。大丈夫……」
戸惑いながらも答えるルカの声を聞き、アルマは唖然とする。
「まさか、ボカロ作ってたのか⁈ クラフトバカだとは思っていたけど、そんな趣味があるとは思わなかったよ……」
初めて見るユウラの《Alice》から発せられた声が、ボカロ風だったことにショックを隠せない様子のアルマ。
「違う違う、今日は未來ミナの生誕祭で、我が妹のルカがスペシャルゲストとして歌を披露する記念すべき日だからな! ちなみに普通の声はこっちな」
ルカの喉元を開き、ボーカロイド用声帯装置を取り外し、通常の声帯装置をはめ込んだ。
「お兄ちゃん、この人は?」
「大学の同級生で大親友の仙波アルマ。ルカにあげるプレゼントを持ってきてくれたんだ」
「そうだったんだ! 初めまして、ルカです! いつも兄がお世話になってます!」
「ど、どうも仙波アルマと申します。こちらこそ、いつも吾妻にはお世話になってます」
今まで見てきた《Alice》の中でも、これほどまでに人間らしい《Alice》を見たことがなかったアルマは、元気溌剌に挨拶するルカに圧倒されていた。
「ねえ、お兄ちゃん。さっきは何をしていたの?」
自分の足がどうなっているのか、気になって仕方のないルカは、挨拶を済ませると、アルマをそっちのけで興味の赴くままに訊く。
「今日はルカの大事な晴れ舞台だから、少しでも綺麗で可愛くしてあげたくてさ。足のパーツを取り替えてたんだ。これで足首が細くなって綺麗になったろ?」
「ひっどーい! それって、私の足が太いって言いたいの⁈」
「違う違う。元々細くて綺麗だったたから、もっと綺麗にしてあげたいなって思ったんだよ」
本当の兄妹のように痴話喧嘩を始める二人。
その様子を見て、ますます開いた口が塞がらなくなるアルマ。
人々の生活に馴染ませるために、必要最低限の日常会話や違和感のない行動、そして感情を表現できるように、プログラムされている《Alice》だが、怒りや嫉妬、憎悪などの必要以上の感情は表現できないように制限されている。
そうしなければ、人間同様に過ちを犯してしまう恐れがあるからだ。
それがアルマの知る《Alice》の知識でり、一般常識だった。
しかし、ルカのそれは人間と変わらない。
「吾妻……。お前の《Alice》凄すぎないか?」
「すごい可愛いだろ?」
「そういうことじゃなくて……。まあ、いいか。それにしても、その、妹さん? の足を細くするために特注のバネを作らせたのかよ」
「そうだけど?」
「ガチで?」
「うそうそ。細くしてやりたいっていうのは本当なんだけどさ。ルカには、このバネくらいの反発力がないと身軽に動けないんだよ」
「は? ってことは、1t近い重量ってことか⁉︎」
「お兄ちゃんたち体重の話はやめてよ! ほんとデリカシーがないんだから!」
「兄ちゃんは悪くないぞ。デリカシーがないのはアルマだ」
「お、俺のせいかよ」
「冗談だよ。つか、そんなに重かったら床が抜けてるだろ」
「それもそうか」
「まあ、普通のアンドロイドに、こんな強力なバネ使ったら、体が反発に負けて壊れてるだろうけどな」
ルカをはじめとする《Aliceシリーズ》は、現存するアンドロイドの中でも、貴重な素材で骨組みが造られている。
その素材は、50年前に終戦した第三次世界大戦前、オーストリアの科学チームが《カーヴァイン》という地球上で最も固いとされる物質を用いて、新たに生成した完全な金属《エルテヴンダーライト》。
《大地が産んだ奇跡の鉱物》として命名されたその金属の強度は、ダイアモンドのおよそ300倍。
エルヴンダーライトとダイアモンドをぶつけ合えば、アスファルトに投げつけた氷のようにダイアモンドが砕け散る。
高い硬度に反して、比較的軽い鉱物のため、従来のアンドロイドに比べて1/5の重量であるルカの重さは、一般女性の平均と同じ50キロくらいしかない。
もちろん、特注のバネもエルヴンダーライトを使用している。
「だけどさ、外見だけのために大枚はたくなんて、クラフトバカにもほどがあるぞ」
親友のバカさ加減に呆れるアルマだったが、当の本人は満足げな顔をしている。
「我が妹ルカちゃんは、スタイル抜群のザ・美少女だからな」
「ザ・美少女ってなんだよ」
「まあ、細さだけのために、わざわざ強力なバネにしたわけじゃないんだけどな。クラフター心と言いますか。兄心と言いますか。どうせ取り換えるなら、機能性に優れたものを付けたいと思ってさ」
「つまり?」
「超美脚なのに、走っても良し。跳んでも良し。最速最強の美脚って訳さ」
「なんだそりゃ、陸上の世界大会にでも出すつもりかよ」
「あははは! 面白いこと言うね! 世界新記録でも狙ってみようかな!」
「いや、面白くないし、Aliceは出場できないから」
大学時代から笑いのツボが謎すぎるユウラに、冷静にツッコミを入れるアルマだったが、
「あははは! アルマさんって面白いですね!」
「え?」
さすが妹というだけあって、兄と同じで笑いのツボが謎なルカ。この兄妹は、変わり者だと呆れるアルマ。
「って、お兄ちゃん! 生誕祭に間に合わなくなる!」
壁に映し出されているデジタル時計を見ると、
2107/08/31AM11:21
約束の時間まで、10分を切っていた。
「大丈夫、大丈夫! 今のルカなら世界最速最強のザ・美少女だから余裕で間に合うよ。ってなわけで、俺たち急ぐから先に行くわ! バネありがとうな」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、二人とも気をつけて行ってらしゃい⁉︎」
二人を見送りながら、アルマも帰ろうとした瞬間、ユウラをお姫様だっこしたルカが、地面に大きなトランポリンでもあるのかと、錯覚してしまうほどの跳躍力で、36階建ての高層ビルの上へ跳び上がり、そのまま次のビルへと飛び移りながら会場へと向かっていく姿を見て、腰が抜けてしまった。
「本当に、吾妻にはいつも驚かされてばかりだな。僕も頑張らなきゃ。……そういえば、スペシャルゲストで歌うとか言ってたけど、ルカって、もしかして、あの再生回数1億越えの《Agramer》のルカちゃん⁉︎」
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