灰色の迷宮

鳥栖圭吾

文字の大きさ
上 下
7 / 10

ザ・性善説

しおりを挟む
     19:56

 さっさと全員殺して帰るか。

 ゲームのルール説明を聞いたときに須良重久が抱いた感想はそれだけだった。元々赤の他人であるし、何しろ一人殺すだけで5000万。須良はこのゲームに〝乗った〟はずだった。

「今どこに向かっているんだい?」

「休憩所を探してるんです。はやく見つけないと一つの階の休憩所は限られてますし、休める場所が無くなるかもしれません」

 現在、須良は谷公恵と同盟を組み、行動を共にしていた。丁寧に須良が答えると、公恵はなるほど、と納得して、

「頭いいね、東大?」

と笑って聞いてくる。

「はは。そんないいとこ行ってませんって」

 須良はそう言いながら、

(他の人間を倒すために同盟を組んだが、こいつはいつでも殺せる)

などと腹の底で考えていた。勿論公恵の方に悟らせてはいない。

「そういえば、おばさんねえ、保育士をしてたんだけど……」

 公恵はまたお気に入りの園児や可愛い子供たちについて話し始める。ここは殺し合いの場だというのに、何故そんな話ができるのか。須良は苛立ちながらも黙ってその話を聞いていた。

 須良がこのような状態に陥っているのは十分前の谷公恵との遭遇のせいだった。

 須良はコッコーの死が伝わって自分以外に戦う人間がいることを知り、戦い抜くために必要なアイテムを探していた。
 その時、あるドアを開けて入った通路にたまたま谷公恵が居たのである。

「!」

 須良は自分に支給された〝杖〟を構える。谷公恵の手には金属製のメイス(棍棒のこと)が握られていた。

「待って。私は人を殺そうなんて思ってないさ。ほら」

 谷公恵はそう言って槌矛を捨てた。

 馬鹿め。これで簡単に殺せる。
 須良はそう思って近づこうとした。このゲームの本質は殺し合いなのだ。それすら理解できない者は早急に去るしかない。

 この世から。

 つかつかと歩み寄る須良に不審さも感じないのか、公恵は後ずさりをするわけでもなく、逆に近づいてきた。

 なんだ、こいつ。ひょっとしてなにか隠している武器がー

「へえ、あんた、こんな杖が〝武器〟なのかい」

 公恵はそう言ってまじまじと須良の構えている杖を眺めていた。警戒する様子は微塵も見せない。おそらく彼女がこれまで生きてきた中で悪意に晒されたことがあまり無かったのだろう。人を信用しすぎている。

「そうですが……といってもあなたも棍棒一つしか持ってないじゃないですか」

 この口調はしたくもないバイトで身についてしまったもので、なかなか直らない。

「確かに。原始人みたいだねえ、お互い様だけど」

「はは……」

 須良は笑ったが、内心では戸惑っていた。敵だと思っていた人間のあまりにも無警戒な姿を見て、予想と現実に齟齬が生じている。
 公恵はふと何かに気が付いたように須良を見た。

「あんた、別に人を殺したりするわけじゃないんだろ?」

「ま、まあ……」

「じゃあ私と組まないかい? ほら、仲間がいる方が安心だろ」

 その口調はやんわりとしていたが、どこか有無を言わせないような響きがあった。

「……わかりました。同盟しましょう」

「そう来なくっちゃ。ここをタッチするんだっけ」

「いえ、〝現在の状況〟からですよ。同盟は」

 何をやっているんだ。のんきに端末操作の解説などをやっている暇があるのならこの目の前にいる人間の首を“斬れば”いいのだ。そう思ったが、何故かそれを実行するのに躊躇ってしまう。

〝「谷公恵」さんと「須良重久」さんの同盟が成立しました〟

 そうこうしているうちに、同盟が成立してしまっていた。

「これからよろしく」

「……どうも」

 須良は不本意ながら成立した同盟の相手を見て、引き攣った笑みを浮かべた。
―そして現在に至る。
 須良はいつか殺すと思いながら、はっきり後ろにいる公恵を殺すという想像が全く浮かんでこなかった。ゲーム開始時には全員を殺すと思っていたはずだが、その決意はどこへかき消えたのだろうか。

 頭を振ってその考えを吹き飛ばす。今はただ動転しているだけだ。ゆっくり休めば冷徹な判断が下せるようになる。それに、公恵を仲間に入れたのは自身の生存のためだ。そう、ただ利用しているに過ぎない。

 須良はそう思うことで、何とか心を静めた。これからは生き残るために知恵を絞らなければならないのだ。

「そういえば……」

「どうしました?」

 公恵は上着から何かを取り出す。

「さっきこんなものを見つけてたんだった。一応あんたにも教えておこうと思ってね」

「それはどうも。どこで見つけたんですか」

「どっかの部屋のボックスに入ってた」

 公恵の持っていたのは緑色の鍵だった。

「これは……説明書きは持ってきてないですか」

「あるある、確か……」

 公恵は次にズボンのポケットから紙切れを一つ取り出した。

〈アイテム〉「緑の鍵」
 これを所持している者は緑の扉を開けることができる。他に鍵は赤、青、黄、紫がある。

「なるほど、鍵か」

 他に四種類の鍵があるということはそれぞれ対応する扉が違うという事だろう。鍵が無ければ入れない部屋にアイテムが置いてあったり、通れない通路があったりするのかもしれない。

「これなら結構優位に立てますよ」

「なら良かった。もう仲間だし、持ってるアイテムも教えないとな、って思ったからね」

 須良が裏切ることは考えていないらしい。ここまで信頼されると、自分の武器の性能について全て話していないことにさえ罪悪感を覚える。

「もう一ペアあるみたいだけど、その人たちとも仲良くできないかしら」

「さあ…彼らは外見ではよくわかりませんでしたからね」

 橋野和樹と長崎千郷。このゲームで最初に同盟を組んだ二人である。果たして彼らは他のプレイヤーを殺害するために手を組んだのか、それとも生き残るためか…それが分からない今は数の上での優位が得られないため、あまり出会いたくないコンビである。

 もし生き残るためだったら話せばわかるだろうが、それでも所詮このゲームはバトルロワイアルなのである。仮にどちらかが生き延びてもいずれ戦わなくてはならない時が来ることになる。そう、ここにいる公恵とも……

 そう考えた時、わずかに気が重くなっている自分がいることに気が付いた。

 なんだ、馬鹿馬鹿しい。最初に殺す予定が最後になるだけの話。きっと、それだけのことだ。

 自分に言い聞かせながら、須良は公恵と共に歩き続けた。

〈須良重久〉
 ポイント 0
 所有武器 杖(?)
 所有アイテム なし
 現在位置 地下三階東のフロア
〈谷公恵〉
 ポイント 0
 所有武器 槌矛
 所有アイテム 緑の鍵
 現在位置 地下三階東のフロア

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...