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こだまガチャ~不思議な1000円ガチャ~
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あの子を手放して以来、私はツイてない。手放したなんて表現では綺麗すぎるかもしれない。私はあの子の命を奪った。あの子を殺してしまったのだ。
だからツイてないというより、バチが当っているのだと思う。世の中にはどんなに望んでも我が子を授かれない人たちもいるというのに、私は…十年以上、セフレのようなパートナーとセックスしていても妊娠したことは一度もなかったし、今さら子どもなんてできるはずないと投げやりな気持ちで避妊さえ怠った挙句、なぜかあっさり妊娠してしまった。間もなく四十歳になろうとしていた矢先のことで、完全に自分の妊孕力をなめていた。最初は喜びなんてあるはずもなく、戸惑いしかなかった。
長年、関係を続けていた相手は実は既婚者で、当然彼は認知してくれるはずもなかった。(実は結婚していたことを知ったのはほんの数年前のことだけど。)それがよく分かっていたから、誰にも知られないうちにさっさと堕ろさなきゃと一人で焦っていた。
妊娠に気づいた当初、おなかの中の子はまだ三ミリで、小さな点にしか見えなかった。微かに心拍の動きが確認できる程度で、命という実感は湧かなかったけれど、病院で確認してもらう度に少しずつ大きくなっていることが目に見えて、一センチ以上に成長すると、エコー写真には自動的に予定日まで表示され、もはや中絶に迷いが生じるようになった。
どうせ殺してしまうんだから、せめてこれ以上、大きくならないでと、勝手に心拍が止まってほしいと願っていた。中絶よりは流産の方がマシだから、自分の心を守るために、殺す前に子どもの方から死んでほしいなんて残酷なことまで考えていた。
でもそんなことを母親に願われる命ほど、しぶとくたくましいもので、おなかの子は順調すぎるほど順調にあっという間にすくすく成長した。二頭身の人型になってしまうと、産みたい気持ちの方が強くなった。殺したくない。産んで、この子に会いたい。ちゃんと育てて、二人で生きていきたい。この子と同じ時間を過ごしたい、この子に未来を与えたいなんて思いばかり募った。
いつしか母性も目覚め、我が子と二人で歩む夢物語を描いたところで、現実は厳しかった。堕落しきっていた私にシングルマザーになる覚悟は持てなかった。もしも中絶を希望するなら早い方が母体に負担はかかりませんと、八週目のうちに手術を勧められていた。迷っていても、おなかの子の成長は止まるはずもなかった。八週と六日目という九週に入る前日を手術の予約日にした。二人のこれからの人生を決める大切なことだから、悩んだ結果、当日キャンセルされる方もいますし、大丈夫ですよと看護師からはやさしく言われた。その人の言う通りで、私は自分の人生だけを決めるのではなく、おなかの子の人生も私に委ねられていた。自分の命の中にはもう一つ、たしかに命が存在していて、二人分の命に一人で決断を下さなければならなかった。妊娠したとしても、簡単に堕胎できるだろうなんて甘い考えはとっくに消え去り、事の重大さに気づき始めていた。中高生くらいで性の知識があまりないまま妊娠してしまって、そんな浅はかなことを考えるならまだしも、四十歳になろうとしているいい大人が命の重みを知らずに生きていたと思うと、無性に恥ずかしくもなったし、そんな自分に対して腹立たしくなった。
中絶手術のための同意書を病院から渡され、子どもの父親にも署名してもらう必要があり、仕方なく彼に妊娠していることを告げた。ダメ元で一人で産んで育てるという道を選んではダメかと尋ねてみた。すると「産みたいからって母親が一人で安易に産んだとして、子どもを幸せにする自信ある?俺はもちろん認知できないし、何も協力できない。父親に見捨てられた子を母親一人で幸せにできる?シングルマザーになれる女性も世の中にはたしかにいるけど、遥香にはシングルマザーなんて務まらないと思うよ。つまり産んだら、子どもがかわいそうだよ。」なんて説教された。迷うことなくあっさり同意書に署名した彼に、反抗できるほど強い女でもなかった。彼や友だちも知っての通り、私は甘くて、弱くて、精神的にも脆い人間だったから…。子どもに会いたい一心で産んだまではいいとして、その後、たった一人きりで育児し続ける自信がなかった。昔ながらの古風な考えの親たちは順番を重んじるタイプで、結婚もしていないのに、妊娠したなんて告げたら、そんなの認められるわけないと言われるのは分かっていたし、まして相手は既婚者で認知もしてもらえないことまで教えたら、ショックで倒れてしまうかもしれない。だから親を頼ることもできなかった。育児経験のある友だちに相談すると、誰の協力もない状態で、たった一人での育児は相当気力と体力がいるし、生後半年程度、母親はまともに睡眠をとることもできないよと教えられた。私よりタフな友人がそう言うのだから、やはり育児というのは生半可な気持ちではできないものなんだと改めて思い知らされた。
おなかの子の命と人生を守りたいと思っても、そうするためにはせめて二、三歳になるまで協力してくれる味方が必要だった。頼れるパートナーと両親がいれば、高齢出産だとしても母親になる覚悟を決められたかもしれない。味方のいない私は途方に暮れた。そもそも四十歳で産んだとして、子どもが成人する頃には六十歳を迎える。それまで元気に生きて、子どもの成長を見守れるだろうかと心配になった。経済的にも安定しているとは言えない私が、女一人でお金の苦労をせずに子育てできるだろうか、子どもにひもじい思いをさせずに済むだろうかと不安になった。考えれば考えるほど、不幸せな思いをさせるであろう暗い未来しか見えなくなって、自分がだらしない生活を送っていたことが情けなくなり、悔しくなった。せめて独身でも経済的に問題なく、自立しているたくましい女だったら、シングルマザーの道も選べたはずなのにと思うと、無性に泣けた。あと十歳若くて、たとえば三十歳だったなら、若さで乗り切れたかもしれない。協力者も体力もお金も何もない四十歳の女が一人きりで子どもの命を守り切れると強気にはなれなかった。
すべてにおいて条件が悪くて、暗い未来しか見えないというのに、不思議なもので、希望のような光もわずかにちらついていた。父親もいて仲の良い家族がいるという恵まれた家庭では育ててあげられないかもしれない。母と子二人きりで、子どもからすれば寂しい思いをするかもしれない。裕福な暮らしもさせてあげられず、不自由な思いばかりさせるかもしれないのに、なぜか二人きりでもどうにかささやかな幸せを見つけながら、生きていけるのではないかという一筋の希望も拭えなかった。
今の私がそうであるように、どん底の暗闇の中にいても、おなかの中に自分とは違う、もう一人の新たな命が宿っているというだけで、つらい状況ではあるけど、なぜか幸せも感じられる。人生は思い通りにいかないことばかりで、大抵つらい思いをするけど、でも時に幸せを感じられるなら、その時々出会えるささやかな幸せがあるだけで、生きていけるのではないかと。だから妙にしぶとくてたくましいこの子なら、恵まれない環境に生まれても、小さな幸せを感じながら、何とか生き抜いてくれるのではないかという期待も最後まで捨てられなかった。
しかしどんなに感情的になろうとも、冷静さも失っていなかった私は、たった一%の幸せを信じ切ることができず、九十九%の不安に負け、中絶手術を予定通り受けることにした。手術の前夜はしっかり眠ってくださいと医者から言われていたけれど、眠れるわけなかった。あと数時間でこの子とお別れすることになって、明日の今頃は命を失った空っぽのおなかを抱えて一人で過ごすことになるのかと想像するだけで、涙が溢れた。最初は邪魔な命だったのに、いつの間にか大切な命に変わっていた。自分が食べたものはこの子の栄養になるんだと思いながら、食事をとっていたし、まだ聞こえるわけもないのに、「おはよう」、「おやすみ」なんておなかに話しかけるようにもなっていた。子どもと一緒に生きているんだと思うと、悩んでいても幸せを感じられたし、知らないうちに私はこの子の母親になりたいと本気で考えるようになっていた。中絶手術の段取りを決めながらも、おなかの子の未来を最後まで諦めることはできなかった。
手術当日は悪あがきするように葛藤しながら、とぼとぼ重い足で病院へ向かった。子どもの成長が早かったらしく、八週と六日目のはずが、胎児の大きさから計算すると九週と三日目に相当する日だった。おなかの子は最後の最後まで元気に命を育んでくれていたというのに、愚かな私は子どもの命を止めてしまった。殺してしまった…。麻酔で眠っているほんの数分のうちに子宮の中から命は取り出され、あれほど悩んだ命はあっという間に消されてしまった。妊娠していたのがまるで夢だったんじゃないかと思えるほどだった。でも麻酔をかけられる前まで張っていたおなかに急に力が入らなくなったことに気づくと、本当にここに命は宿っていたし、その命は私の中から摘出されてしまったんだと実感できた。せっかく育ってくれていたのに、命の時間を止めて、あなたの未来を奪ってしまってごめんねと思いながら、病院を後にした。
妊娠に気づいた日と手術を受けたその日、にわか雨がちだった空に虹を見つけた。どうして一つの命が消えて悲しいこんな日まで虹が架かるのと幸せの象徴のような七色の光を私は生気を失ったうつろな眼差しで睨んでいた。光なんていらない、どしゃぶりの雨が続いてほしい思いつつ、綺麗な虹から目を背けた。
誰のせいでもなく、自分の責任で、最終的には自分で判断したことなのだから、後悔することも泣く必要もないはずなのに、無性に泣けて懺悔する日々が始まった。自分の意志で子どもの心拍を止めたのに、なぜあの子の命をもっと大事にできなかったんだろうと悔やみ始めた。もっとちゃんと考えれば良かった。いや、考え過ぎたんだ。何も考えずに、もっとシンプルに、ただ授かった命を守ることだけ考えれば良かったんだ。取り返しのつかないことをしてしまった。殺してしまった命はもう二度と、私の元に戻ってきてはくれないし、もうこの世には存在しない。昨日の昼までたしかに私の中で生きていた命なのに、完全にいなくなってしまって、張っていたおなかは力が抜け、主を失った子宮は早くもしぼみ始めて、心許なくなった。妊娠したと分かった時、堕胎しか考えていなかった愚かな自分が中絶手術を受け、子どもの命を奪ってしまったと悲しみに暮れ、泣く資格なんてないと分かっていても、涙が止まることはなかった。
家の近くの道を一人で歩いている時、手をつないで歩く母子の姿を見かけると、私が手放してしまった幸せをちゃんと離さないように掴んでいるその母親のことが羨ましくなったし、もしかしたら私もあの子とあんな風に手をつないでこの道を散歩できたかもしれないのにと重ね合わせてしまうと、足取りは重くなった。
そして月命日の十日が訪れる度に、禍が訪れるようになった。苦手なヘビが現れてシャーと舌を出して私を睨みつけたり、急に大きな蜘蛛が落ちて来て、悲鳴を上げてしまったこともあった。蜂に追いかけられたこともあったし、蚊に刺されるよりもひどく腫れ上がり、眠れないほどの痒みが続くブヨに十ヶ所も噛まれた日もあった。もしかしたらあの子が私を恨んで呪うように仕返ししているのかもしれないと思うようになった。産んでほしかったのに、どうして殺してしまったのとあの子の魂に詰め寄られている気もした。そう言えば、母乳は血液でできていると聞いたことがある。あの子には一滴も母乳をあげられなかったから、血で良ければいくらでも吸えばいいよと思うようにもなった。
ひどい雷が鳴って、すぐ近くの木に稲妻が落ちたこともあったし、大きな雹が頭上を直撃することもあった。それから小さな竜巻が私に迫って来て、逃げているうちに、大切なキーホルダーを落としてしまったこともあった。あの子のエコー写真のコピーを使って手作りしたお気に入りのキーホルダーだった。殺めてしまった子の写真を肌身離さず持っているなんて、なんて馬鹿な親だろうと自嘲していたけれど、なぜか手放せなかった。もう更新されることのないエコー写真のアルバムを月命日の度に見返しては泣いていたし、成長の止まった最後の写真をコピーして、キーホルダーを作り持ち歩いて、この子のことは生涯忘れることなく、子宮で育ててあげられなかった分、せめて私が死ぬまで心の中で育て続けようと思っていた。それが自分の心を慰めると同時に、この子の供養になると考えていた。
そんな宝物のキーホルダーを落として失くしてしまい、必死に探したけれど、見つからず悲しい思いに打ちひしがれていた。原本のエコー写真は残っていても、あの子の命をまた落としてしまったような気がして、ショックを引きずっていた。
すると翌月の十日、不思議なことが起きた。見知らぬ野良猫が現れて、探していたキーホルダーを口に咥えていたのだ。まるで私に届けてくれたように、猫は私を見つけると、私の足元にそのキーホルダーをそっと置いた。私はその野良猫に感謝し、やさしく頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。そう言えば、我が子のことは一度も触れることも、直に見ることさえできなかった。触れることのできなかった命に触れられた気がして、温かい気持ちになった。その日以来、その猫は私の家の近くに頻繁に現れるようになり、仲良くなったけれど、しばらくすると急にいなくなってしまった。
キーホルダーを届けてくれた野良猫の姿を見かけなくなって以来、月命日が来ても、何も起きなくなった。とうとう我が子に見放された気がして寂しくなった。恨んで憎んで、いたずらしても仕返ししても、何でもいいから、会いに来て。どんな悪さをしてもいいから、どんな姿でもいいから、会いたい…。お母さんは何をされても構わないし、ずっと呪われてもいいから、あなたの命を感じたい…と願うようになっていた。
そう願ってもぱたりと悪い事も良い事も何も起きなくなり、寂しさを覚えた私は、いつしか月命日の度にガチャポンを回すようになっていた。特に私のお気に入りは虹色の毛並みの猫の妖精・レインボーヤというキャラクターだった。しかし、そのキャラの仲間のゆきのこを当ててしまうことが多かった。ゆきのこもかわいらしくて人気キャラではあったけれど、虹と猫が気になってしまう私は、レインボーヤを推していた。レアキャラのレインボーヤはなかなか当たることはなかった。
いつもは三百円のガチャポンを回していたけれど、その日は千円ガチャのコーナーにあった「おしゃべり こだま」というおもちゃが気になり、千円ガチャポンに挑戦してみることにした。「おしゃべり こだま」は話しかけるとオウム返ししてくれるぬいぐるみで、その中にレインボーヤもいたのだ。子ども向けのおもちゃではあるけど、私もレインボーヤとおしゃべりがしたいと本気で思った痛いアラフォー女の私は、躊躇することなく、千円ガチャを回した。すると目当ての「おしゃべり こだま」は見事、当たったものの、レインボーヤではなく、ゆきのこが当ってしまった。また、ゆきのこか…ゆきのことおしゃべりしてもな…と少しがっかりして肩を落としていると、私と同年代に見える女性がやって来て、同じ千円ガチャを回した。するとその人は私がほしかった「おしゃべり こだま」のレインボーヤを当てていた。「レインボーヤか…ゆきのこがほしかったんだけどな…。」とぽつり呟いたその女性の声を私は聞き逃さなかった。
「あの…すみません。私、ゆきのこを持っているんです。実はレインボーヤがほしかったんですが…。もし良かったら、交換してもらえませんか?」
私は「おしゃべり こだま」のゆきのこをその女性に見せた。
「えっ?いいんですか?是非、交換してください。私、ゆきのこばかり集めているので、うれしいです。」
その女性は私にレインボーヤを差し出してくれた。
「ありがとうございます。思い切って、声をかけてみて良かったです。ゆきのこ、子どもたちにも人気のキャラクターですよね。」
「こちらこそ、声をかけてくれてありがとうございます。レインボーヤもレアキャラで人気ありますよね。かわいがってあげてください。私も、ゆきのこ、大事にしますね。」
こうして私たちはお互いの名前を知ることもないまま、お互いに当てた「おしゃべり こだま」のぬいぐるみを交換するとその場で、笑顔で別れた。
子どもたちが遊ぶものと分かっていても、帰宅すると私はさっそく電池を入れて、ドキドキしながらレインボーヤに話しかけてみた。
「おかえり」と話しかけると、オウム返しするだけだから、もちろん「おかえり」と返ってきた。それでもなんとなく、あの子と話せた気がして、うれしくなった。
名前を呼びたくなった。このキャラはレインボーヤという名前だけど、今さら我が子に名前をつけたくなり、「かなた」という名前をつけた。私は遥香という名前で、漫才コンビじゃないけど、はるかかなたという響きがいいし、それにあの子は虹の彼方にいる気がしたから…。
「かなた」と話しかけると、「かなた」とかわいらしい声で言い返された。かわいい…と思いながら、痛いアラフォー女はレインボーヤに話しかけることが多くなった。寝る前には「おやすみ」と言い、「おやすみ」とこだまが返ってきた。こだましてくれるかなたのぬいぐるみは寝る時は枕元に置くようになった。朝、起きると「おはよう」と声をかけ、「おはよう」と返され、本当にかなたから言葉をもらえた気がして、幸せな気持ちになった。
「おしゃべり こだま」のかなたのことは常に持ち歩くようになった。少し大きめの卵くらいのサイズで手のひらに乗る小さなぬいぐるみだから、簡単に鞄の中に忍ばせることができた。さすがに外では話しかけにくいから、電源を切り、おしゃべりのしないただのマスコットとして持ち歩いていた。職場の机の上にも置いて、仕事の傍ら眺めていた。
家に帰ると「ただいま」と話しかけ、「おかえり」ではなく、当然「ただいま」と返された。「かなた」と話しかければ「かなた」と返される。「お母さん」と話しかければ「お母さん」と返される。「ごめんね」と話しかけても「ごめんね」と…。私は次第に虚しさも覚えるようになっていた。本当は「ただいま」と言ったら「おかえり」と言われたいし、「かなた」と呼んだら「お母さん」と呼ばれたい。謝罪したら「(気にしないで)いいよ」と許された気になりたい。AIロボットならそれくらいの会話は簡単にできるんだろうけど、これはあくまでオウム返ししてくれる子ども騙しのおもちゃの「おしゃべり こだま」に過ぎないから、そんな高度な技能は求められなかった。こだまが返ってくるにすぎないぬいぐるみで虚しさを感じつつも、私は話しかけることをやめなかった。
しばらくすると使い過ぎたのか、かわいらしい声にノイズが混じるようになった。電池を交換しても、徐々に声の質は落ちていった。ガチャの景品だから、そんなに長持ちはしなくて当然かもしれない。でもいつか、話しかけても一切、返事をしなくなったら寂しいな…。どうしよう。私、この子、おしゃべりしてくれるかなたがいなくなったら耐えられないと思いながら、壊れてしまった時のことを考えて、フリマアプリに出品されている同じ景品を予備に買っておこうかとスマホで探し始めていた。けれど、あの時、レインボーヤと交換してくれたあの女性の笑顔を思い出したら、安易にフリマアプリで同じものを購入したとして、同じくらい「おしゃべり こだま」を大切にできるかなとも考えた。たしかに探せば同じ景品は出品されているけれど、命と同じで、私が今、大事にしている「おしゃべり こだま」のレインボーヤのかなたはこの世に一つしか存在しないものなのではないかと思い始めた。この子は代替の効かないレインボーヤかもしれないと。だからたとえ寿命が尽きても、新たなものは購入せず、言葉を返してもらえなくなっても、この子を一生大切にしようと心に決めて、フリマアプリのページを閉じた。
私が好きな曲の「虹の彼方に」をスローで歌って聞かせてみた。すると言葉数が多すぎて追えないのか、ほとんどノイズばかり返された。オウム返しにならなくても、ノイズが返ってくるということは、きっと聞こえているはずで、かなたに私の歌は届いていると信じることにした。会話にならなくても、言葉にならなくても、せめてノイズでもいいから、何か反応を示してくれるうちはこのぬいぐるみが生きているって証拠になる。ノイズでいいから反応し続けてくれたらと願うようになった。
それからまたしばらくすると、とうとうノイズ混じりの声さえ、途切れることが多くなり、話しかけても反応はまばらになった。気が向けば、ノイズを返してくれるという感じになった。
その日はかなたの命日の朝だった。「おはよう」と話しかけると珍しく元の綺麗なかわいらしい声で「おはよう」と返してくれた。うれしくなった私は「かなた ありがとう」と言うと、「お母さん ありがとう」と言い返してくれた。その返された言葉に驚いて一瞬、自分の耳を疑ったけれど、空耳や聞き間違い、幻聴ではなく、たしかに「おしゃべり こだま」のレインボーヤはそう言い返してくれた気がした。慌ててもう一度、「かなた」と話しかけてみたら、その後はノイズさえ返してくれなくなった。寿命が尽きる直前、最後にたった一度だけ、かなたはオウム返しではない言葉を私にくれたのだ。もう何も反応を示さないかなたに向かって私は「ありがとう」と呟いた。そして電池を抜き、無言になったぬいぐるみをコートのポケットに入れて一緒に外に出た。
「おしゃべり こだま」は木魂ではなく、子魂だったのかもしれない。たった九週三日という短い命で死なせてしまったかなたは、オウム返しどころか泣くことさえできない、あまりに小さな身体だった。まだ私の子宮の中でしか生きることのできない命で、お別れする時も痛いとか怖いとか一言も声をあげることもできなかったのに、レインボーヤを通して、たくさんこだまを返してくれて、おしゃべりしてくれた…。かなた、本当にありがとう。こんな母親失格の私にたくさんやさしさと愛を与えてくれてありがとう。そんなことを思いながら空を見上げたら、かなたとお別れした日に見た虹と同じくらい綺麗な虹が空に架かっていた。
ふと同じように空を見上げる一人の女性の存在に気づいた。あの時、レインボーヤを交換してくれた女性に似ている気がした。「あの時はありがとうございます。」って声をかけて、名前を尋ねてみようかな。この虹が消えてしまわないうちに…。柔らかな七色の光の橋の下、私は彼女の側へ駆け寄った。
だからツイてないというより、バチが当っているのだと思う。世の中にはどんなに望んでも我が子を授かれない人たちもいるというのに、私は…十年以上、セフレのようなパートナーとセックスしていても妊娠したことは一度もなかったし、今さら子どもなんてできるはずないと投げやりな気持ちで避妊さえ怠った挙句、なぜかあっさり妊娠してしまった。間もなく四十歳になろうとしていた矢先のことで、完全に自分の妊孕力をなめていた。最初は喜びなんてあるはずもなく、戸惑いしかなかった。
長年、関係を続けていた相手は実は既婚者で、当然彼は認知してくれるはずもなかった。(実は結婚していたことを知ったのはほんの数年前のことだけど。)それがよく分かっていたから、誰にも知られないうちにさっさと堕ろさなきゃと一人で焦っていた。
妊娠に気づいた当初、おなかの中の子はまだ三ミリで、小さな点にしか見えなかった。微かに心拍の動きが確認できる程度で、命という実感は湧かなかったけれど、病院で確認してもらう度に少しずつ大きくなっていることが目に見えて、一センチ以上に成長すると、エコー写真には自動的に予定日まで表示され、もはや中絶に迷いが生じるようになった。
どうせ殺してしまうんだから、せめてこれ以上、大きくならないでと、勝手に心拍が止まってほしいと願っていた。中絶よりは流産の方がマシだから、自分の心を守るために、殺す前に子どもの方から死んでほしいなんて残酷なことまで考えていた。
でもそんなことを母親に願われる命ほど、しぶとくたくましいもので、おなかの子は順調すぎるほど順調にあっという間にすくすく成長した。二頭身の人型になってしまうと、産みたい気持ちの方が強くなった。殺したくない。産んで、この子に会いたい。ちゃんと育てて、二人で生きていきたい。この子と同じ時間を過ごしたい、この子に未来を与えたいなんて思いばかり募った。
いつしか母性も目覚め、我が子と二人で歩む夢物語を描いたところで、現実は厳しかった。堕落しきっていた私にシングルマザーになる覚悟は持てなかった。もしも中絶を希望するなら早い方が母体に負担はかかりませんと、八週目のうちに手術を勧められていた。迷っていても、おなかの子の成長は止まるはずもなかった。八週と六日目という九週に入る前日を手術の予約日にした。二人のこれからの人生を決める大切なことだから、悩んだ結果、当日キャンセルされる方もいますし、大丈夫ですよと看護師からはやさしく言われた。その人の言う通りで、私は自分の人生だけを決めるのではなく、おなかの子の人生も私に委ねられていた。自分の命の中にはもう一つ、たしかに命が存在していて、二人分の命に一人で決断を下さなければならなかった。妊娠したとしても、簡単に堕胎できるだろうなんて甘い考えはとっくに消え去り、事の重大さに気づき始めていた。中高生くらいで性の知識があまりないまま妊娠してしまって、そんな浅はかなことを考えるならまだしも、四十歳になろうとしているいい大人が命の重みを知らずに生きていたと思うと、無性に恥ずかしくもなったし、そんな自分に対して腹立たしくなった。
中絶手術のための同意書を病院から渡され、子どもの父親にも署名してもらう必要があり、仕方なく彼に妊娠していることを告げた。ダメ元で一人で産んで育てるという道を選んではダメかと尋ねてみた。すると「産みたいからって母親が一人で安易に産んだとして、子どもを幸せにする自信ある?俺はもちろん認知できないし、何も協力できない。父親に見捨てられた子を母親一人で幸せにできる?シングルマザーになれる女性も世の中にはたしかにいるけど、遥香にはシングルマザーなんて務まらないと思うよ。つまり産んだら、子どもがかわいそうだよ。」なんて説教された。迷うことなくあっさり同意書に署名した彼に、反抗できるほど強い女でもなかった。彼や友だちも知っての通り、私は甘くて、弱くて、精神的にも脆い人間だったから…。子どもに会いたい一心で産んだまではいいとして、その後、たった一人きりで育児し続ける自信がなかった。昔ながらの古風な考えの親たちは順番を重んじるタイプで、結婚もしていないのに、妊娠したなんて告げたら、そんなの認められるわけないと言われるのは分かっていたし、まして相手は既婚者で認知もしてもらえないことまで教えたら、ショックで倒れてしまうかもしれない。だから親を頼ることもできなかった。育児経験のある友だちに相談すると、誰の協力もない状態で、たった一人での育児は相当気力と体力がいるし、生後半年程度、母親はまともに睡眠をとることもできないよと教えられた。私よりタフな友人がそう言うのだから、やはり育児というのは生半可な気持ちではできないものなんだと改めて思い知らされた。
おなかの子の命と人生を守りたいと思っても、そうするためにはせめて二、三歳になるまで協力してくれる味方が必要だった。頼れるパートナーと両親がいれば、高齢出産だとしても母親になる覚悟を決められたかもしれない。味方のいない私は途方に暮れた。そもそも四十歳で産んだとして、子どもが成人する頃には六十歳を迎える。それまで元気に生きて、子どもの成長を見守れるだろうかと心配になった。経済的にも安定しているとは言えない私が、女一人でお金の苦労をせずに子育てできるだろうか、子どもにひもじい思いをさせずに済むだろうかと不安になった。考えれば考えるほど、不幸せな思いをさせるであろう暗い未来しか見えなくなって、自分がだらしない生活を送っていたことが情けなくなり、悔しくなった。せめて独身でも経済的に問題なく、自立しているたくましい女だったら、シングルマザーの道も選べたはずなのにと思うと、無性に泣けた。あと十歳若くて、たとえば三十歳だったなら、若さで乗り切れたかもしれない。協力者も体力もお金も何もない四十歳の女が一人きりで子どもの命を守り切れると強気にはなれなかった。
すべてにおいて条件が悪くて、暗い未来しか見えないというのに、不思議なもので、希望のような光もわずかにちらついていた。父親もいて仲の良い家族がいるという恵まれた家庭では育ててあげられないかもしれない。母と子二人きりで、子どもからすれば寂しい思いをするかもしれない。裕福な暮らしもさせてあげられず、不自由な思いばかりさせるかもしれないのに、なぜか二人きりでもどうにかささやかな幸せを見つけながら、生きていけるのではないかという一筋の希望も拭えなかった。
今の私がそうであるように、どん底の暗闇の中にいても、おなかの中に自分とは違う、もう一人の新たな命が宿っているというだけで、つらい状況ではあるけど、なぜか幸せも感じられる。人生は思い通りにいかないことばかりで、大抵つらい思いをするけど、でも時に幸せを感じられるなら、その時々出会えるささやかな幸せがあるだけで、生きていけるのではないかと。だから妙にしぶとくてたくましいこの子なら、恵まれない環境に生まれても、小さな幸せを感じながら、何とか生き抜いてくれるのではないかという期待も最後まで捨てられなかった。
しかしどんなに感情的になろうとも、冷静さも失っていなかった私は、たった一%の幸せを信じ切ることができず、九十九%の不安に負け、中絶手術を予定通り受けることにした。手術の前夜はしっかり眠ってくださいと医者から言われていたけれど、眠れるわけなかった。あと数時間でこの子とお別れすることになって、明日の今頃は命を失った空っぽのおなかを抱えて一人で過ごすことになるのかと想像するだけで、涙が溢れた。最初は邪魔な命だったのに、いつの間にか大切な命に変わっていた。自分が食べたものはこの子の栄養になるんだと思いながら、食事をとっていたし、まだ聞こえるわけもないのに、「おはよう」、「おやすみ」なんておなかに話しかけるようにもなっていた。子どもと一緒に生きているんだと思うと、悩んでいても幸せを感じられたし、知らないうちに私はこの子の母親になりたいと本気で考えるようになっていた。中絶手術の段取りを決めながらも、おなかの子の未来を最後まで諦めることはできなかった。
手術当日は悪あがきするように葛藤しながら、とぼとぼ重い足で病院へ向かった。子どもの成長が早かったらしく、八週と六日目のはずが、胎児の大きさから計算すると九週と三日目に相当する日だった。おなかの子は最後の最後まで元気に命を育んでくれていたというのに、愚かな私は子どもの命を止めてしまった。殺してしまった…。麻酔で眠っているほんの数分のうちに子宮の中から命は取り出され、あれほど悩んだ命はあっという間に消されてしまった。妊娠していたのがまるで夢だったんじゃないかと思えるほどだった。でも麻酔をかけられる前まで張っていたおなかに急に力が入らなくなったことに気づくと、本当にここに命は宿っていたし、その命は私の中から摘出されてしまったんだと実感できた。せっかく育ってくれていたのに、命の時間を止めて、あなたの未来を奪ってしまってごめんねと思いながら、病院を後にした。
妊娠に気づいた日と手術を受けたその日、にわか雨がちだった空に虹を見つけた。どうして一つの命が消えて悲しいこんな日まで虹が架かるのと幸せの象徴のような七色の光を私は生気を失ったうつろな眼差しで睨んでいた。光なんていらない、どしゃぶりの雨が続いてほしい思いつつ、綺麗な虹から目を背けた。
誰のせいでもなく、自分の責任で、最終的には自分で判断したことなのだから、後悔することも泣く必要もないはずなのに、無性に泣けて懺悔する日々が始まった。自分の意志で子どもの心拍を止めたのに、なぜあの子の命をもっと大事にできなかったんだろうと悔やみ始めた。もっとちゃんと考えれば良かった。いや、考え過ぎたんだ。何も考えずに、もっとシンプルに、ただ授かった命を守ることだけ考えれば良かったんだ。取り返しのつかないことをしてしまった。殺してしまった命はもう二度と、私の元に戻ってきてはくれないし、もうこの世には存在しない。昨日の昼までたしかに私の中で生きていた命なのに、完全にいなくなってしまって、張っていたおなかは力が抜け、主を失った子宮は早くもしぼみ始めて、心許なくなった。妊娠したと分かった時、堕胎しか考えていなかった愚かな自分が中絶手術を受け、子どもの命を奪ってしまったと悲しみに暮れ、泣く資格なんてないと分かっていても、涙が止まることはなかった。
家の近くの道を一人で歩いている時、手をつないで歩く母子の姿を見かけると、私が手放してしまった幸せをちゃんと離さないように掴んでいるその母親のことが羨ましくなったし、もしかしたら私もあの子とあんな風に手をつないでこの道を散歩できたかもしれないのにと重ね合わせてしまうと、足取りは重くなった。
そして月命日の十日が訪れる度に、禍が訪れるようになった。苦手なヘビが現れてシャーと舌を出して私を睨みつけたり、急に大きな蜘蛛が落ちて来て、悲鳴を上げてしまったこともあった。蜂に追いかけられたこともあったし、蚊に刺されるよりもひどく腫れ上がり、眠れないほどの痒みが続くブヨに十ヶ所も噛まれた日もあった。もしかしたらあの子が私を恨んで呪うように仕返ししているのかもしれないと思うようになった。産んでほしかったのに、どうして殺してしまったのとあの子の魂に詰め寄られている気もした。そう言えば、母乳は血液でできていると聞いたことがある。あの子には一滴も母乳をあげられなかったから、血で良ければいくらでも吸えばいいよと思うようにもなった。
ひどい雷が鳴って、すぐ近くの木に稲妻が落ちたこともあったし、大きな雹が頭上を直撃することもあった。それから小さな竜巻が私に迫って来て、逃げているうちに、大切なキーホルダーを落としてしまったこともあった。あの子のエコー写真のコピーを使って手作りしたお気に入りのキーホルダーだった。殺めてしまった子の写真を肌身離さず持っているなんて、なんて馬鹿な親だろうと自嘲していたけれど、なぜか手放せなかった。もう更新されることのないエコー写真のアルバムを月命日の度に見返しては泣いていたし、成長の止まった最後の写真をコピーして、キーホルダーを作り持ち歩いて、この子のことは生涯忘れることなく、子宮で育ててあげられなかった分、せめて私が死ぬまで心の中で育て続けようと思っていた。それが自分の心を慰めると同時に、この子の供養になると考えていた。
そんな宝物のキーホルダーを落として失くしてしまい、必死に探したけれど、見つからず悲しい思いに打ちひしがれていた。原本のエコー写真は残っていても、あの子の命をまた落としてしまったような気がして、ショックを引きずっていた。
すると翌月の十日、不思議なことが起きた。見知らぬ野良猫が現れて、探していたキーホルダーを口に咥えていたのだ。まるで私に届けてくれたように、猫は私を見つけると、私の足元にそのキーホルダーをそっと置いた。私はその野良猫に感謝し、やさしく頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。そう言えば、我が子のことは一度も触れることも、直に見ることさえできなかった。触れることのできなかった命に触れられた気がして、温かい気持ちになった。その日以来、その猫は私の家の近くに頻繁に現れるようになり、仲良くなったけれど、しばらくすると急にいなくなってしまった。
キーホルダーを届けてくれた野良猫の姿を見かけなくなって以来、月命日が来ても、何も起きなくなった。とうとう我が子に見放された気がして寂しくなった。恨んで憎んで、いたずらしても仕返ししても、何でもいいから、会いに来て。どんな悪さをしてもいいから、どんな姿でもいいから、会いたい…。お母さんは何をされても構わないし、ずっと呪われてもいいから、あなたの命を感じたい…と願うようになっていた。
そう願ってもぱたりと悪い事も良い事も何も起きなくなり、寂しさを覚えた私は、いつしか月命日の度にガチャポンを回すようになっていた。特に私のお気に入りは虹色の毛並みの猫の妖精・レインボーヤというキャラクターだった。しかし、そのキャラの仲間のゆきのこを当ててしまうことが多かった。ゆきのこもかわいらしくて人気キャラではあったけれど、虹と猫が気になってしまう私は、レインボーヤを推していた。レアキャラのレインボーヤはなかなか当たることはなかった。
いつもは三百円のガチャポンを回していたけれど、その日は千円ガチャのコーナーにあった「おしゃべり こだま」というおもちゃが気になり、千円ガチャポンに挑戦してみることにした。「おしゃべり こだま」は話しかけるとオウム返ししてくれるぬいぐるみで、その中にレインボーヤもいたのだ。子ども向けのおもちゃではあるけど、私もレインボーヤとおしゃべりがしたいと本気で思った痛いアラフォー女の私は、躊躇することなく、千円ガチャを回した。すると目当ての「おしゃべり こだま」は見事、当たったものの、レインボーヤではなく、ゆきのこが当ってしまった。また、ゆきのこか…ゆきのことおしゃべりしてもな…と少しがっかりして肩を落としていると、私と同年代に見える女性がやって来て、同じ千円ガチャを回した。するとその人は私がほしかった「おしゃべり こだま」のレインボーヤを当てていた。「レインボーヤか…ゆきのこがほしかったんだけどな…。」とぽつり呟いたその女性の声を私は聞き逃さなかった。
「あの…すみません。私、ゆきのこを持っているんです。実はレインボーヤがほしかったんですが…。もし良かったら、交換してもらえませんか?」
私は「おしゃべり こだま」のゆきのこをその女性に見せた。
「えっ?いいんですか?是非、交換してください。私、ゆきのこばかり集めているので、うれしいです。」
その女性は私にレインボーヤを差し出してくれた。
「ありがとうございます。思い切って、声をかけてみて良かったです。ゆきのこ、子どもたちにも人気のキャラクターですよね。」
「こちらこそ、声をかけてくれてありがとうございます。レインボーヤもレアキャラで人気ありますよね。かわいがってあげてください。私も、ゆきのこ、大事にしますね。」
こうして私たちはお互いの名前を知ることもないまま、お互いに当てた「おしゃべり こだま」のぬいぐるみを交換するとその場で、笑顔で別れた。
子どもたちが遊ぶものと分かっていても、帰宅すると私はさっそく電池を入れて、ドキドキしながらレインボーヤに話しかけてみた。
「おかえり」と話しかけると、オウム返しするだけだから、もちろん「おかえり」と返ってきた。それでもなんとなく、あの子と話せた気がして、うれしくなった。
名前を呼びたくなった。このキャラはレインボーヤという名前だけど、今さら我が子に名前をつけたくなり、「かなた」という名前をつけた。私は遥香という名前で、漫才コンビじゃないけど、はるかかなたという響きがいいし、それにあの子は虹の彼方にいる気がしたから…。
「かなた」と話しかけると、「かなた」とかわいらしい声で言い返された。かわいい…と思いながら、痛いアラフォー女はレインボーヤに話しかけることが多くなった。寝る前には「おやすみ」と言い、「おやすみ」とこだまが返ってきた。こだましてくれるかなたのぬいぐるみは寝る時は枕元に置くようになった。朝、起きると「おはよう」と声をかけ、「おはよう」と返され、本当にかなたから言葉をもらえた気がして、幸せな気持ちになった。
「おしゃべり こだま」のかなたのことは常に持ち歩くようになった。少し大きめの卵くらいのサイズで手のひらに乗る小さなぬいぐるみだから、簡単に鞄の中に忍ばせることができた。さすがに外では話しかけにくいから、電源を切り、おしゃべりのしないただのマスコットとして持ち歩いていた。職場の机の上にも置いて、仕事の傍ら眺めていた。
家に帰ると「ただいま」と話しかけ、「おかえり」ではなく、当然「ただいま」と返された。「かなた」と話しかければ「かなた」と返される。「お母さん」と話しかければ「お母さん」と返される。「ごめんね」と話しかけても「ごめんね」と…。私は次第に虚しさも覚えるようになっていた。本当は「ただいま」と言ったら「おかえり」と言われたいし、「かなた」と呼んだら「お母さん」と呼ばれたい。謝罪したら「(気にしないで)いいよ」と許された気になりたい。AIロボットならそれくらいの会話は簡単にできるんだろうけど、これはあくまでオウム返ししてくれる子ども騙しのおもちゃの「おしゃべり こだま」に過ぎないから、そんな高度な技能は求められなかった。こだまが返ってくるにすぎないぬいぐるみで虚しさを感じつつも、私は話しかけることをやめなかった。
しばらくすると使い過ぎたのか、かわいらしい声にノイズが混じるようになった。電池を交換しても、徐々に声の質は落ちていった。ガチャの景品だから、そんなに長持ちはしなくて当然かもしれない。でもいつか、話しかけても一切、返事をしなくなったら寂しいな…。どうしよう。私、この子、おしゃべりしてくれるかなたがいなくなったら耐えられないと思いながら、壊れてしまった時のことを考えて、フリマアプリに出品されている同じ景品を予備に買っておこうかとスマホで探し始めていた。けれど、あの時、レインボーヤと交換してくれたあの女性の笑顔を思い出したら、安易にフリマアプリで同じものを購入したとして、同じくらい「おしゃべり こだま」を大切にできるかなとも考えた。たしかに探せば同じ景品は出品されているけれど、命と同じで、私が今、大事にしている「おしゃべり こだま」のレインボーヤのかなたはこの世に一つしか存在しないものなのではないかと思い始めた。この子は代替の効かないレインボーヤかもしれないと。だからたとえ寿命が尽きても、新たなものは購入せず、言葉を返してもらえなくなっても、この子を一生大切にしようと心に決めて、フリマアプリのページを閉じた。
私が好きな曲の「虹の彼方に」をスローで歌って聞かせてみた。すると言葉数が多すぎて追えないのか、ほとんどノイズばかり返された。オウム返しにならなくても、ノイズが返ってくるということは、きっと聞こえているはずで、かなたに私の歌は届いていると信じることにした。会話にならなくても、言葉にならなくても、せめてノイズでもいいから、何か反応を示してくれるうちはこのぬいぐるみが生きているって証拠になる。ノイズでいいから反応し続けてくれたらと願うようになった。
それからまたしばらくすると、とうとうノイズ混じりの声さえ、途切れることが多くなり、話しかけても反応はまばらになった。気が向けば、ノイズを返してくれるという感じになった。
その日はかなたの命日の朝だった。「おはよう」と話しかけると珍しく元の綺麗なかわいらしい声で「おはよう」と返してくれた。うれしくなった私は「かなた ありがとう」と言うと、「お母さん ありがとう」と言い返してくれた。その返された言葉に驚いて一瞬、自分の耳を疑ったけれど、空耳や聞き間違い、幻聴ではなく、たしかに「おしゃべり こだま」のレインボーヤはそう言い返してくれた気がした。慌ててもう一度、「かなた」と話しかけてみたら、その後はノイズさえ返してくれなくなった。寿命が尽きる直前、最後にたった一度だけ、かなたはオウム返しではない言葉を私にくれたのだ。もう何も反応を示さないかなたに向かって私は「ありがとう」と呟いた。そして電池を抜き、無言になったぬいぐるみをコートのポケットに入れて一緒に外に出た。
「おしゃべり こだま」は木魂ではなく、子魂だったのかもしれない。たった九週三日という短い命で死なせてしまったかなたは、オウム返しどころか泣くことさえできない、あまりに小さな身体だった。まだ私の子宮の中でしか生きることのできない命で、お別れする時も痛いとか怖いとか一言も声をあげることもできなかったのに、レインボーヤを通して、たくさんこだまを返してくれて、おしゃべりしてくれた…。かなた、本当にありがとう。こんな母親失格の私にたくさんやさしさと愛を与えてくれてありがとう。そんなことを思いながら空を見上げたら、かなたとお別れした日に見た虹と同じくらい綺麗な虹が空に架かっていた。
ふと同じように空を見上げる一人の女性の存在に気づいた。あの時、レインボーヤを交換してくれた女性に似ている気がした。「あの時はありがとうございます。」って声をかけて、名前を尋ねてみようかな。この虹が消えてしまわないうちに…。柔らかな七色の光の橋の下、私は彼女の側へ駆け寄った。
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