【完結】追放された嫌われ魔法使いは、拾った毛玉を盲愛する

飛鳥えん

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ずっとそばにいた

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鳥の囀りと、草の匂い。それから頬を撫ぜる馥郁としたそよ風に、レネリウスは緩やかに瞼を持ち上げた。

頭上に、茶色い蔦のようなものが見えた。その向こうに眩しい青空と、白い雲が切れ切れに漂っているのが見える。

ぼんやりした後、レネリウスは驚愕して目を見開いた。

間違いなく、現実だ。

咄嗟に手で触れると、眼窩にあるべき二つの眼球が納まっている。

「痛っ」

身を起こすと、慣れ親しんだ水車小屋の中ではなく、木の根……いや、枯れた木の蔦の中にいた。全身がナイフで切り付けられたように痛む。服は破け、乾いた血が付着している。

頭が混乱して、とにかくここを這い出ようとした。

「ユシウス?」

いつもの癖で呼びかけた時、手が何かに触れた。つるり、とした感触。そっと目を落とすと、枯葉に埋もれるようにして、白い何かが落ちている。

レネリウスは落ち葉を手で避けた。それは案外大きかった。ちょうどレネリウスの頭が横たわっていた場所に寄り添うようにして、大きな、動物の頭蓋骨が枯葉の寝床に埋まっている。



レネリウスは座り込み、数度、呼吸をした。

視線を外へと動かし、蝶々が飛んでいるのを見つけ、少しの間目で追っていた。十数年振りに見た、色のついた世界だった。

そのまま空を見上げ、何度か瞬きしてから、もう一度ゆっくり下を見た。

白い、大きな、狼らしき獣の骨が、まだそこにあった。





レネリウス・ザラは魔法使いの一族に生まれた。生粋の、生まれながらの、長命な魔法使いだ。

一族に特有の銀色の髪を持ち、珍しい色の瞳は宝石のように見る者を魅了し、また魔法の才覚は幼い時から群を抜いていた。

そのまま成長するにつれ、家族から愛され、幸福や富を手にしたはずだ。

彼の一族が<魂を見透かす>能力さえ持っていなければ。



「なんて醜い子……こんな子が、わたくしの子だなんて……ああ、情けない、恥ずかしくて、ザラの系譜に入れることすら嫌だ」

「君のせいではない。どうか気を落とさないで」

責任を感じ打ちひしがれる美しい母と、そんな妻を気遣い、息子に冷たい一瞥をくれる父親。

「……何を見ている。向こうへ行け。これ以上母を苦しめてどうする気だ」

「ごめんなさい」

お父様、という言葉は幼い喉につかえた。そう呼ばれるのを、心から嫌う人たちだった。

魂の美醜がどう見えるのか、自分では見ることが出来ない。それでも、親だけでなく一族は皆口を揃えて、レネリウスを見て顔をしかめ、侮蔑と、嫌悪を露わにした。

「まるで汚泥のつぶれたヒキガエルの様……」

「ああ、嫉妬深く高慢で、思いやりの欠片もない魂の姿形をしている。これで魔法の才はあるなど、きっとますます歪んだ性根に育つに違いないな」

「おお、嫌だ」

嘲る彼らはなるほど確かに、雪の結晶版や光る朝露のように、その外見に見合った、とても綺麗な何かをかたどった魂の形をしている。

レネリウスは長い髪で表情を隠し、いつも俯いて、誰にも見つからないようにひっそりと生きてきた。

魔法だけが、彼の心を慰めてくれた。いつしか、魔力も使い方も一族の長老を上回り、彼は故郷を出て、師匠のもとでさらに才能を開花させた。



そして齢が百を過ぎた頃、独り立ちしたレネリウスは、偶然が重なりパレステア公国の宮廷魔法使いとなった。

驚いたことに、人間の世界では、誰もかれもレネリウスを醜いと言って遠ざけたり、馬鹿にしたりしなかった。

むしろその逆で、老若男女が彼を誉めそやした。この世ならざる美貌、稀代の魔法使い、魔獣払いの救世主……美辞麗句は尽きず、憧れと称賛を込めてかれの周りに集まった。



青天の霹靂とはこのことだった。

(そうか……魂がいくら醜かろうが、この者達には外側しか見えていないのか)



生まれてはじめて、レネリウスは人のぬくもりに触れて、優しくされて、有頂天になった。嬉しかった。いくらでも魔法を行使して、国王たちを喜ばせ、すると宮廷人たちはまた彼を褒めたたえた。

レネリウスもいろんなものを彼らに与えた。ある者には将来に関する予言を、またある者には重い病を治すための知恵を、人間界に無い珍しい財宝や妙薬まで……そんなもので他人の関心が買えるなら安いものだと思った。



師匠には呆れ眼で「真にお主を見ていない人間の心に依存するでないよ」と苦言を呈されたが、レネリウスは聞かなかった。

レネリウス自身なんて見られた日には、またあの寂しい孤独な日々に逆戻りするだけではないか。



やがて聖女が現れ、レネリウスは彼を妬む魔法使いや貴族一派に宮廷を追われたが、しばらくは能天気にかまえ、かつて自分を取り囲んだ人々にのこのこ会いに行ったりもした。

結果は言うまでもなく、門前払いされたり、酷い時は汚水をぶちまけられた。

そうしてやっと、師匠の言葉がすとんと胸に落ちた。誰も別に、レネリウスのことなど本心から好いてはいないし、必要ともされていないから、もっと良いものが現れたら、そっちを大事にするのは当然なのだ。

魔法使いのくせに魔力の大半を封じられ、しかも目まで奪われた。師匠に合わす顔もなく、国から出ることもできず、かつて同じように追放された魔女が済んでいた沼地の森にすみ着いた。



たまにやってくる人間に薬草を調合した薬を売って暮らした。中にはレネリウスのことを知って訪れる者もいる。誰かと話したくなると、姿を変えて街へ向かった。



聖女が恵みの雨を降らす度、自身の中の魔力が代わりに消費されてゆくのを知っていたけれど、どうでも良かった。



10年ほどたった頃、それまで薬を買いに通っていた老人がぱたりと来なくなった。偏屈な頑固爺で、レネリウスに向かって、まるで自分の孫にでも相手するように生意気な態度を取る男だった。いつも妻の作った菓子だのジャムなどをレネリウスに押し付けて、カカと笑い帰っていく。

変装してこっそり街にある彼の家を探して尋ねると、病で亡くなったという。

とぼとぼと小屋に戻る途中、奴隷小屋が競りをやっていた。魔法使い相手に、怪しげな魔本や薬を売る店も出ている。

レネリウスは懐を探って、財布代わりの麻袋を取り出した。ずっしりと重いそれは、街に出る時必ず持ってくるようにしている。宮廷を追い出されたときに渡された手切れ金だった。

(……冬になる前に、ひざ掛けが一枚くらいあってもいいかもしれませんね)

レネリウスは帰り道とは逆の方向へ、ゆっくり足を向けた。
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