【完結】追放された嫌われ魔法使いは、拾った毛玉を盲愛する

飛鳥えん

文字の大きさ
13 / 43

不機嫌な魔法使い

しおりを挟む
泥だらけの少女と向き合った途端、レネは眉間にしわを寄せた……ように見えた。
目隠しのせいで見えないが、そんな感じがしたのだ。
「ひどい匂いですね」
「沼に落ちたんです!そしたらユシウスが助けてくれて、ここまで連れてきてもらいました」
ユシウス、とロザンナが口にするとレネの纏う空気がひりついた。それはユシウスだから気付けたことだ。ロザンナはしげしげとレネのつま先から顔まで眺め、ユシウスに顔を寄せた。
「なんで目を隠しているの?病気?見えてないのになんだか見られてるみたいで気持ち悪い。それに男じゃない。魔女じゃなくて」
ユシウスはだんだんイライラしてきた。沼から引っ張り上げて放っておけばよかった。気持ち悪い、だって?レネみたいに綺麗な人なんてこの世に二人といるものか。
「はじめから魔女だなんて言ってない。くっつくなよ、離れろ」
「なによ、いいじゃない」
「……うるさい」
ふたりはびくりと肩を跳ねさせた。レネの声は冷たく平坦だった。
「わたくしの薬を求めるなら、きちんと代金は払ってもらいますよ」
「あ、あの。沼地に落ちた時、持ってきたワインとパンを落としてしまって」
「ワインは好みません。まさかそれが代金?わたくしを馬鹿にしているのですか」
ロザンナはカッと頬を赤くし、レネを睨み上げた。ユシウスは気が気ではない。
「だって、私はまだ子供だしお金なんて持ってないもの。お爺様は村長だから、母さんを治してくれたらお金は払うわ。それでいいでしょう」
「……話になりません。ユシウス、この無礼な子供を森の出口まで送ってきなさい。済んだらすぐに戻るように」
「は、はい。レネ様」
「ちょっと待ってよ!」
レネはもう踵をかえして家の中に戻ろうとしていたが、ロザンナはゆったりとした部屋着の袖を掴もうとした。伸ばしたその手を、ユシウスはとっさに掴んで止めた。
「私はトエリ村の村長の孫よ、母さんは村長の娘!看もしないで追い返したら」
「追い返したらなんです。お嬢さん、あなたここへは一人で来ましたね。なぜです」
ロザンナは言葉に詰まった。
「当てて差し上げましょうか。どうせ怪しげな沼地の魔女などに調薬を頼むなど外聞が悪いとか何とか言って反対されたんでしょう。もしかしたらわたくしの事も、とっくに知っていてあなたに教えてくれなかったのかもしれませんね。……とにかく、わたくしの薬はただではないし、いきなり村まで呼び付けられるなんでご免です。自分たちの医者に診せるんですね」
ロザンナの勝気な目に涙の膜が盛り上がった。
「か、母さんは発疹が出てからずっと息が苦しそうでどんどん痩せちゃった。食事はしないのに喉が渇くってずっと言ってて、なのに井戸水じゃなくて雨水を飲もうとするの。こないだなんて、父さんたちの前で」
「ロザンナ、もう行こう、レネ様のご迷惑だよ」
ユシウスが彼女の腕を引いた。レネは魔法使いだが、医者ではない。それにレネの推測が正しいのなら、多分彼女がいくらレネに来て欲しがっても、家の者が歓迎しないだろう。村長ならお金の余裕があるだろうし、近くの町医者に早く見せるべきだ。
しかし、ロザンナを引っ張っていこうとしたユシウスを止めたのは当のレネだった。
「待ちなさい、今なんと」
「だから、熱があって喉が渇いてて」
「その後です。雨水を飲もうとする?」
「ええ、そう……変よね、綺麗な井戸水があるのに」
レネはしばらく考え込んでいるようだった。やがて、渋々ながらといった風情で、ロザンナを見下ろした。
「お嬢さん、お名前はロザンナといいましたね。トエリ村の、村長の家?」
「ハンプトンよ、村で一番高い屋根のあるお家。来てくれるの?今から!?」
「今からは無理です。用意するものがありますから。代わりに熱さましと……気休め程度ですが、痛み止めの薬を渡しておきます」
レネは家の中に戻ると、一緒に入ってこようとしたロザンナに向けて手の平を突き出した。
「その泥まみれの格好でわたくしの家の床を汚さないでください」
そう言って書斎の方へと向かった。ユシウスは数日前までの部屋の惨状を思い出した。
「もう、すごい意地悪。そう思わない」
ロザンナは憤慨してユシウスに詰め寄った。確かに、レネの言い方はちょっと冷たい。
「でも君だって失礼だったよ。レネ様は魔法使いだけど、薬だって簡単に作れるわけじゃないんだから」
「ロザンナだってば。……それにそんなはずないわ。王都から来た魔法使い様をもてなしたことがあるけど、大抵のことは魔方式を紙に書いたりするだけで出来たもの。それだと普通の人間と変わらないことになっちゃう」
ロザンナは首を傾げた。
「ほんとにあの人って魔法使いなの?魔法式を書いたり精霊を呼び出すのを見たことある?」
「ないけど」
「ないの?じゃあ、聖女様の加護は受けてる?国に認められた魔法使いはみんな慈雨の聖女の祝印があるでしょ」
「知らない。レネ様は国一番の魔法使いなんだから、おいそれと人前で力をひけらかしたりしないんだよ」
「ふーん。まあいいや、お爺様にもう一度聞いてみよう。沼地の銀色の髪で目隠しをしてるレネって魔法使いのこと」
レネが戸口に戻り、丁寧に紐で縛った小包を差し出した。
「青い小瓶は毎食後にスプーンひと匙。粉末の方は一日おきに井戸水を沸かして飲ませなさい」
「はい!ありがとうございます」
打って変わった態度で少女は頭を下げた。それと、とレネが付け足す。
「死ぬほど不味いので口直しと一緒に飲ませるように。いいですか、不味いですが楽になりますから病人が嫌がっても飲ませるんですよ」
「え、……はい、わかりました」


「ねえ、そんなに不味いのかな、これ」
来た道を戻りながら、今度は沼地を迂回してロザンナを森の出口まで送っていった。
ユシウスはレネの手料理を思い出しながら頷いた。
「相当不味いかもね。でもそれで君の母さんがちょっとでも楽になるならいいじゃないか。薬なんて買いたくても買えない人もたくさんいるんだし」
「なにそれ、パレステアは慈雨の聖女様のおかげで他の国より豊かなんだから、みんな暮らしには困ってないわよ。ユシウスは世間知らずね」
ユシウスは黙々と歩いた。樹々や岩は勝手に移動するが、地形そのものが変わるわけではないので、獣人のように勘が鋭い生き物は一度覚えてしまえば迷うことはない。だからレネの言った「逃げようとしても森からは出られない」は事実ではないのだが、何となく言いそびれてしまった。レネはそうであって欲しいように思えたからだ。
「着いたよ。ここが森の出口。君の村はどっち?」
「西の丘の向こうよ。あー良かった。この森ほんとに薄気味悪いわ。ユシウスはずっとここに住んでるの?」
平野部と森の境目付近で、ユシウスは立ち止まった。境界の向こう側に一歩踏み出すだけで目に痛いほどの陽光が振りそそぎ、反対に森の陰影を一層深めているようだった。
「3週間ぐらい前から住んでる。レネ様が僕を買ってくださったから、死ぬまでレネ様にお仕えするんだ」
ユシウスの声が少し弾んだのは、レネの役に立って褒めて貰う自分を想像して浮き立ったためだった。
ロザンナはふーん、と三つ編みの先をいじった。
「あんな意地悪そうな人と一緒に暮らすの嫌じゃないの。私……良ければお爺様に頼んで、あんたを家に置いてあげてもいいわよ」
ユシウスは言っている意味が分からずまじまじとロザンナの顔を見つめた。視線を受けて、少女の顔が林檎のように赤くなっていく。
「ユシウスにとっても悪い話じゃないわよ。うちはお金持ちだし、お爺様は私のお願いは何でも聞いてくれるから、ユシウスの欲しい物を私が買ってあげる」
ユシウスは興味を失くしたように、ロザンナから目を逸らした。
「行かない。僕はレネ様の側に居たいんだ。それにレネ様は冷たくないよ、君だって薬を貰ったろ。失礼な奴。僕の欲しい物なんて君に用意できるわけないよ。もう帰りなよ」
枝を手で払いながら来た道を引き返した。帰りは一人なので、倒木の上を飛び越え、身軽に森の中の獣道を駆けて戻っていく。
その背中にロザンナの怒ったような声が浴びせられた。
「な、なによ!ユシウスの馬鹿!親切で誘ってあげたのにもう知らない。もう口をきいてあげないんだから!」

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...