【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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第3部(終章)

花鶏ide 人魚姫

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「先生、本当は<人魚>が皇子を助けたのに、この話は間違ってると思います。だって本当のことを知ったら、きっと皇子は人魚の方を好きになったはずだもん」

そうだ。結末に納得できなくて文句を言う花鶏のおでこに手を置いて、早く寝なさいと笑った後、蘇芳は言ったのだ。

「これはおとぎ話ですからねぇ。でも殿下、考えてもみてください。たとえ人魚が皇子を助けたとして、どうして皇子は彼女を好きにならないといけないのですか?」

花鶏は布団から顔だけ出して蘇芳を見上げた。とろとろと眠気が押し寄せるせいか、蘇芳の言っていることが、イマイチ腑に落ちない。

「自分を助けてくれた人を好きになるのは、当たり前じゃないんですか……?」

蘇芳は微笑んだまま、少しだけ悲しそうな、虚を突かれた表情を浮かべた。花鶏には、蘇芳がなぜそんな寂しそうな顔をするのか分からず、自分が馬鹿なことを言って呆れさせたのかと心配になった。

「……そうですね、そうかもしれません。でも、誰かに親切にしたり、助けたとしても、相手も同じように返さなくてはいけないなんて、そんなのは横暴な話です。殿下、あなたが大人になって誰かを大事に想い、真心を尽くしても、相手が同じものを返してくれないかもしれません。悲しむのはいいけど、恨んではいけませんよ。心だけは、どんなに偉くても力があっても自分の思い通りにいきませんからね」

蘇芳は花鶏の前髪をかき上げ、温かい手の平で頭を撫でた。

「皇子様には皇子様にしか分からない理由があって、隣国の皇女様が好きだったのかもしれません。命を助けられたことは、必ずしも愛する理由にしなくていいんです。愛情はその人の心の自由ですから」
蘇芳は続けた。

「でも、この人魚は皇子様に感謝という気持ちを返してもらえました。たぶん、幸せだったと思いますよ。最後は悲しい結末だけど、きっと皇子様を恨む気持ちはなかったと思います」
「……先生は」
「え?」
「先生は、僕が大事に想って真心を尽くしたら、その、受け取ってくれますか? 同じだけ返してなんて言いません。受け取ってくれる?」

蘇芳はきょとんと目を丸くした後、くしゃっと笑顔になった
布団の上からぽんぽんと花鶏のお腹を軽く叩いて「当たり前でしょう」と言った。

「私は殿下が大好きですよ、どんな時もね。いつか殿下にそういう相手が出来たら、私がそばで応援してあげますからね」

花鶏は笑みを返したが、何となくすっきりしない気持ちもあった。

(……応援、てなに。先生と僕の間に、他の人間なんていらない。先生はそうじゃないの)


「ちょっと待て。お前、さっき沙羅のことを自分の妻と言わなかったか?」
今の話の流れだと、助けた男と夫婦になったのではないのか。

「最後まで話を聞きなさい、彼女と同じ名前のくせにせっかちな子供だ。蓋の外れた棺が岸に流れ着いて、沙羅が逃げおおせたことを里人が勘付いたのだ。周辺も捜索され、あろうことか、彼女の夫は保身のため妻を引き渡してしまった」

睡蓮は水に抱かれて眠る沙羅を見下ろし、そっとその頬に手を伸ばした。
愛おしそうに目を細める姿は、痛ましいほど一途に彼女を大事に想っていることを伝えてくる。

「今度は水中の柱に括りつけられた彼女を、もう一度助けた。沙羅は一度目の時に助けたのも私だったと知って、礼を言ってくれた。……嬉しかった。初めて彼女の目に留まって、言葉を交わして、名前を呼ばれて」

血色のない顔に血が上ったように見えた。それを見ていると、蘇芳に始めた優しくされた当時の感情が蘇る。

蘇芳に見つめられ、名を呼ばれて、先生と呼ばせてもらって、嬉しかった時の感情が。
それまでが孤独だったから、余計に甘く感じた。<睡蓮>もそうだったのかもしれない。

「沙羅は自分を捨てた男ではなく、私を選んでくれた。だから私は、彼女の願いに従って、月代の里を守り続けてきたのだ」
「彼女を人柱にしたのは里人のはずだ。なんで助けようとした?」
「沙羅は慈悲深く、自分を生贄にした人間たちでさえ、同情し行く末を案じていた。里には幼い子供たちもたくさんいたから、それもあったろう」

睡蓮は花鶏の目をまっすぐ見つめた。
別人とわかっていても、慕う相手にここまで似ていると、やりづらい。
蘇芳だって、それくらいの気持ちは許してくれるだろう。

「……かつて沙羅の願い通り、私はこの土地の祟り神を鎮め、己もこの地下に封じられた。だが十五年前、沙羅の家系の者が里の外へ逃げ出してしまった。代々、生贄を出す家は厚遇され、生活に苦労はさせない決まりだ。その代わり、贄に出しやすいよう、末の子供には名前を付けないでおく。国が禁じた人柱を今日まで続けているから、外に秘密は洩らせない。助けも請えない」

(つまり、巫監術府の調査が入ったのは、有難迷惑だったということか? でもあれは、もともと住民からの訴状が発端だったはず)

「逃げた沙羅の子孫たちは役目を放棄して里を捨て逃げてしまった。……焦った二の里のまとめ役が、何を血迷ったかよそから招いた人間たちを住民に見立てて、せめてもの罪滅ぼしにと自分も含めて、祟り神に生贄として差し出してしまった」

竹小屋で見た、まるで放っておかれたような老若男女。なるほど、はじめから里と無関係の人間だったなら、あの扱いも納得だ。

(そうなると、余計あの末草とかいう奴の素性が怪しいな)

「生贄が滞れば、代償に里が一つ沈む。残る里はふたつ。そなた達が見た眠る人々は、まとめ役の女以外、二の里の本当の住民ではないよ。金を払って招かれた旅芸人一座だ」

自分達だけならまだしも、よそから人攫いの真似までして生贄を差し出したとあっては……確かに、役人の介入は避けたいだろう。

「つまり……封じた祟り神に生贄を差し出す役目を負うのが沙羅の家系で、今まで何人も、一族から贄を出してきたのか……」

名前のない末の子供を。

「惨たらしいな……そもそも、生贄を求めている時点で、その祟り神とやらは鎮められていないんじゃないのか」

睡蓮は黙っている。うすく微笑んでいるようにも見える横顔が、愛情深く水底の沙羅を見下ろしていた。花鶏の言葉が届いているかどうかも怪しい。

「月代の里を守り抜くのが彼女との約束だった。それが叶えば、約束通り、また私を見てくれる。今度こそ、ずっと一緒にいてくれる」
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