【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

文字の大きさ
上 下
105 / 156
第3部(終章)

ホラー的演出

しおりを挟む
ぶはっと水面から顔を出し、必死に腕を振り回して遠ざかると、背中が岩肌にぶつかった。

(待て待て待てっ、ホラーは無理、俺の許容範囲にないからっ!)

げほげほと口から水を吐いて咽込み、岩壁に縋りついた。手の平をごつごつした壁に擦り付ける。纏わりつく髪の毛の感触がまだ生々しく残っている。ほんの一瞬、目を閉じた若い女の顔が、揺れる黒髪の中心に見えた気がして、背筋が震えた。

「花鶏っ、花鶏!どこだ!」

足がつかないほどの水深がある。
蘇芳は両手で水をかき混ぜるようにして浮かびながら叫ぶと、声がこだまとなって反響した。

花鶏は一緒に落ちたはずだ。必死に見回すと、地中に落ちたはずなのに、うっすらと明るい。ぼわっと音がして、青い焔が近くで燃え上がった。びくりとして見ると、岩壁にかかったいくつもの松明が青くゆらゆらと、空間を照らしている。

水中の中で月光が差し込んでいるように見えたのはこれだったらしい。



そこは空洞で、岸らしき乾いた地面と、蘇芳の浸かったため池の二つの区画があるほか、その向こうには枝分かれした細い通路が真っ黒い口を開けている。

「花鶏!」

声がぐわんと反響するばかりで、応えがない。急いで岸に上がろうとした時、後ろから突き出た腕に、裾を掴まれ、蘇芳は危うく溺れそうになった。ひゅっと心臓が凍りつく。

「うわぁっ」
「げほっ、あ、す、蘇芳どの!し、し、した」

ばしゃばしゃと水面を叩いてパニックに陥っている波瀬の襟首を、蘇芳は引っ掴んだ。

「落ち着け、暴れるな!岸まで泳げるか?泳げるな?無理でも泳げ!」
「え、ええっ!いやだから、この下にっ」
「死体だな、分かってる。何もしてこないから、早く岸に上がって花鶏達を探すぞ!」

波瀬の顔が引きつった。青い松明のせいではなく、顔面が蒼白だ。がちがちと歯を鳴らして、水面下に蘇芳の服を掴んで引っ張る。

「蘇芳殿……」
「なんだ!?」
「足に何かが当たってんだけど」
「……藻が絡まってるだけだ、行くぞ」
「掴まれてるんですよぅ」

情けない声を出した瞬間、波瀬の頭が水面に潜った。いや水中に引きずり込まれたのだ。

「波瀬!?……おい、嘘だろ」

断言する。これは原作にないシーンだし、そもそも『瀧華国寵姫譚』はホラージャンルではない。
蘇芳は天を仰いで唸った。気泡がぼこぼこと浮いてくる。今すぐ花鶏を探したい。しかし波瀬を見捨てることもできない。

(くそ、なるようになれ!)

上衣を脱いで放ると、勢いをつけて一気に潜水した。


蘇芳に潜水の経験はない。それでも覚悟を決めて足をばたつかせて波瀬を追いかける。幸い、波瀬は腕を前に突き出すように底へ沈んで……引きずり込まれていたから、何とかその手首を掴むと、ぐいっと上半身をそらして波瀬の身体を上に引っ張った。

波瀬の身体がわずかに軽くなる。暗い水中に、藻のような長い髪が見えた気がした。


「ぶはっ、す、蘇芳殿」
「このまま岸までいくぞ!」

顔を乱暴に拭って平泳ぎの要領で岸に向かう。波瀬の首根っこを摑まえたまま何とか岸へ辿り着くと、蘇芳は背後を振り返った。波瀬も横で仰向けのまま、息も絶え絶えになっている。

背後の大きな水溜まり……洞窟の中の池には、仄かに発光する薄紅色の睡蓮が緑の葉とともに浮かんでいた。
日光の差さない中、どうやって光合成を行っているのか、瑞々しい花弁は睡蓮の名の通り、ひっそり閉じられていた。

青白い松明の灯りと、内側から発光する花の群れ、揺らめく黒い波間……幻想的な光景だったが、如何せん、手に残る人毛の感触と水中で垣間見た<何か>が脳裏にこびりついている。
これがホラーゲームなら、蘇芳と波瀬はすったもんだの挙句水底に引きずり込まれる端役AとBだろう。
実際、波瀬はBを実演してくれたばかりだ。

「蘇芳殿っ、感謝します、俺、あんたに一生ついていきますよ」

泣きそうな声で、ぐったりした蘇芳を引き摺って水面から離しながら、波瀬が礼を言った。
ああ、と応えようとした蘇芳に、

「花鶏殿下とのあれやそれも、聞かなかったことにしとくんで、安心してください。俺、こう見えて口は堅い方なんで!」

仰向けにずるずる引き摺られながら、絶句した。

「あれ、気付いてませんでした?……途中から、花鶏殿下はたぶん俺が起きてるの気付いてましたよ」

蘇芳は両手で顔を覆った。
気付いていた?あの時、あの……花鶏と布団の中での、弊風を隔てたあれを。

「……鼾をかいてたじゃないか」
「途中から起きてましたよ、というかよく他人が傍で寝てるのにあんな、あ、いや、何でも」

悲壮感を漂わせた蘇芳の表情に気付いて、波瀬は口ごもった。蘇芳はずきずきする頭で、あらゆる感情を押し込めて冷静さを取り戻そうとした。百パーセント、自分たちが悪い。波瀬は全く悪くない。

「気を遣わせて申し訳ない」
「やめろって。そりゃ吃驚したけど、まあ……昔からあんた達のことを見てきたし、ある意味、納得しちまったよ。だって距離がなぁ」

近すぎるんだよなあ、とぼやく声に返す言葉もなかった。波瀬は言いにくそうに付け足した。

「だけど、あんまり殿下を虐めてやらない方が……最後の方なんて、ちょっと可哀想だったし」

(先に仕掛けてきたのは花鶏の方なのに!? まるで俺があの子を虐めたみたいじゃないか)
可愛がっていただけだ。憤懣やるかたなく、羞恥心も相まって蘇芳はむすっとした顔で沈黙した。


岸といっても、洞窟内部にあって水に侵されていない地面というだけだ。面積はそう広くない。
背後の蓮池、閉じてしまった天井、周りを囲む岩窟と青白い松明を見回し、波瀬はぶるっと震えた。

「蘇芳殿、ここって俺たちが落ちた場所ですか?地下ってこんなことになってるもんですかね、それにさっきの水の中にいたあれは」
「ここが探していた睡蓮の群生池だ。さっきのあれは……なんというか、元は人間で、今はこの場所の主の眷属と言ったところかな」
「……すいません、何が何やら」
「歩きながら話そう。花鶏、殿下たちを探さないと。一緒に落ちたはずなのに」
「まさか殿下も俺みたいに水中に引きずり込まれたんじゃ」

蘇芳は針を刺された様な痛みを感じながら、すぐに首を横に振った。

「いや、殿下には東雲もついている。それに私よりも後から落下するのを見た。水に落ちたなら分かるはずだ……他の二人は?」

周囲にそれらしき人影はない。末草とはつりは、地上に置き去りにされたのか。

「そういえば、末草殿が身分を騙っていたと言いましたね、ありゃどういうわけです?」

蘇芳は濡れそぼった衣をできるだけ脱いで身軽になると、長い髪を絞ってひとまとめにした。青い松明が照らすいくつか通路がどこへ通じているのか見当もつかず、残していた蟲札もぐっしょり濡れて字が滲み、使い物にならない。

(ガイドがいない鍾乳洞の探索なんて、自殺行為だ)

それでも、花鶏がこの中のどこかにいるなら、早く合流して見つけ出さなくては。

「末草と言うのは睡蓮の別称なんだ。だから最初から妙に気になってたところに、昏睡患者の中に本物のまとめ役がいたら、疑って当然だろう」

「睡蓮って……あの睡蓮?」

背後を指差す。優雅に揺蕩うひっそりとした眠りの華。

「違う……『月代恋月記』に出てくる花の精<睡蓮>だ。彼は殿下が思ってるような理想の恋人なんかじゃない。定期的に生贄を求める<蟲>の蛹だ。孵化したら天災級の<水蟲>になる。先見の占い師たちが予見した国難というのはこれなんだよ。昔、六つある里のうち、四つを生贄にして眠らせていたはずの<睡蓮>が、何かの理由で目を覚ました」

話についていけない波瀬を急かして、蘇芳は松明を手に取ると、一番端の通路を進む。しらみつぶしに行くしかない。

「その睡蓮が、この地下洞窟のどこかにいるはずだ。……最悪なのは、もし花鶏が先にそいつと鉢合わせでもしたら」
「ど、どうなるんです」
「そんなの知るわけないだろ!俺の知る原作にないんだから」

ひぇ、と波瀬が首を竦めた。神経質になっている蘇芳に色々聞きたいことがあるものの、怖くてできない。

(里の同行役を青葉に任せておけばよかった)

豪放磊落とした波瀬だが、それは賑やかで温かい健全な環境が好きというだけだ。摩訶不思議で訳の分からない状況に、ピリピリした上司と一緒に放り込まれると、途端に肝が小さくなってしまう。水中で足首を掴まれた感触が蘇り、ごくっと唾をのんだ。

(この人は怖くないのか……)

松明をかざしながら、ぶつぶつ呟き暗闇に突き進んでいく蘇芳の細い背中を呆然と見る。そこにある恐れは、花鶏の安否以外にないらしい。

蘇芳の優先順位一位は花鶏殿下だ。それなのに、さっき波瀬を見捨てず<あれ>のいる水の中に助けに来てくれた。
訊きたいことは山ほどあるが、もし花鶏に何かあったら、蘇芳は正気でいられないかもしれない。
波瀬は何とか気持ちを奮い立たせ、蘇芳の後を追った。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です

深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。 どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか? ※★は性描写あり。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...