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第3部(終章)
可愛すぎて苛々する ※
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(なんだか、兄妹喧嘩を見てるみたいだ)
体格の良い花鶏と、小柄なはつりがきゃんきゃん言い合っている様子は、いささか花鶏が大人気ないが、正直微笑ましくはある。
花鶏が同じ年頃に食って掛かることなど、瀧華国内では初めてかもしれない。普段の花鶏は、もっと周囲を警戒して、取り繕った態度で線引きをしている。
こんな風に子供じみた言葉の応酬をする子ではないのだ。
ふっ、と思わず笑みをこぼすと、花鶏はショックを受けた顔をした。
「先生!」
「夜に大きな声を出さない。二人とも、仲良くして。沙羅、りつは年下だから、大目に見てあげて。ね?」
花鶏は悔しさに地団太を踏みそうだし、はつりはそんな花鶏を呆れたように見ている。
蘇芳は今更のように、これまでの花鶏に対するモーションはなんだったんだろうと訝しんだ。
ここに来るまでのはつりの態度は、花鶏に恋する乙女のそれではなかったような……。
後宮にいた時の言動と、道中の態度。そしてこの、自分より幼稚な喧嘩相手の男の子を見るような冷めた目つき。
「あの……そろそろ寝ません?ここ、燭台もないし、真っ暗になったら布団の用意もできませんよ」
波瀬がおずおずと口を挟み、どのつく正論を進言したことで、蘇芳はパンと手を打って二人の注意を引いた。
「聞こえましたね。ふたりとも、里に着いたら私の言うことを聞く約束です。寝支度をしなさい」
◇
流石に、用意されていた寝具は新しかった。
が、煎餅のように薄い布団を床の上に直置きとくれば、自分はいいとして、花鶏がちゃんと寝付けているか心配だ。
身体が痛くて寝返りも打てなくなっていはしまいか。夏とはいえ、明け方に寒くて風邪をひいたりしまいか。
気になって、そわそわと落ち着かなくなってくる。
空き家の一階部分は広く取られた共有スペースになっており、物がない分、布団を敷くにはちょうど良かった。
さすがに、はつりを男どもと同じ部屋に寝かせるわけにはいかず、階段を上がった屋根裏に布団を敷いてやった。
古びた屏風で花鶏の寝間を仕切り、その向こうで蘇芳と、少し離れて波瀬が眠ることになった。
横たわったまま衝立を見つめていると、闇の中、くしゅんと可愛らしいくしゃみの音がした。
波瀬のかくいびきにかき消されそうな小さな音だ。
「殿下?」
応えるように、二度続けてくしゃみが聞こえる。
(やっぱり寒いんじゃないかっ)
急いで布団を抜け出して、衝立の向こう側へ回った。
枕元に膝をつくと、花鶏は背を向けたまま丸くなっているようだ。暗くてよく見えない。
「殿下、寒いんですか? 気付かなくてすみません、私の上掛けを使って、ッ」
いきなり腕を掴まれ引きずり込まれたと思ったら、寝技の要領で、背後から拘束された。そのまま、布団を頭まですっぽりかけられた。
埃っぽい匂いと、よく馴染んだ花鶏の匂いがする。
「しっ、波瀬が起きるから静かに」
花鶏は耳元で囁くと、左足で蘇芳の下半身を押さえつけ、横抱きにした腰から腕を伸ばして、手首をひとまとめにした。
完全に身動きが取れなくなり、蘇芳は眉をひそめた。
「騙しましたね。心配したのに」
「寒かったのは本当。ほら、俺の身体冷たいでしょ、いつもみたいに温めてくれませんか」
蘇芳は身じろいで、何とか布団から出ようとした。いつも勝手に布団に潜り込んで暖を取っているのは花鶏だ。
「暴れないで。なんで兄上もあの女も……俺の先生なのに……先生も悪いんですよ。先生って呼ぶのを許したりするから。俺、嫌だって言いましたよね」
小さく鼻をすする音がした。もしかして泣いているのか?
「花鶏……」
「今更そんな声出しても駄目です。俺、今怒ってるんだから……先生は声を我慢してて」
言うやいなや、花鶏の冷えた手が、夜着の中に滑り込んできた。
「殿、……花鶏、本当にやめなさい。私の同意を得ずに、こんなことをしていいと思っているなら、あなたは私を下に見過ぎています」
花鶏の手がピタッと止まり、首筋にかかっていたいた息も乱れた。
自分でも思ったより冷たい声が出たので、蘇芳に冷たくされることに慣れていない花鶏は猶更だろう。
ショックを誤魔化すようなふてくされた声が首筋にかかった。
「先生だって俺にそういうの、してきたくせに」
「……その節は謝ったでしょう」
蘇芳は過去の自分をぶん殴りたくなった。しかし、ここで退くわけにはいかない。ここでなあなあにしてしまえば、恋人という免罪符のもと、真剣に話さないといけないことも、きっとなし崩しになる。適当で楽な恋愛を、花鶏とだけはしたくなかった。
蘇芳は何とか身を捩って、花鶏の頭を肩越しに撫でた。
「誕生日に、と約束しましたよね。駄目ですよ、こんな風にぞんざいにしたら」
私を大事に扱ってください、と蘇芳が言えば、花鶏が萎れたように、蘇芳の頭に鼻先を埋めた。
「……先生を下に見たことなんてありません。酷いこと言わないで」
「わかってます、きつい言い方でしたね。どうして私に怒ってるのかも、口に出して教えてくれてありがとうございます」
「俺のこと嫌いになりませんよね……?」
「なりませんよ。でも、ずっとお互いを大事にし合いたいから、こういうのは駄目です」
蘇芳は声を潜めて、首を反らす。
「その代わり、あなたと初めてするときは、最高に良い思いをさせてあげると約束します」
花鶏の身体がぶるっと震えた。素肌に触れたままの手に力が籠もる。
「良い思いって、どんな」
打ちひしがれていた様子から一転、期待を込めた声音に胸の奥がくすぐられる。嫉妬深いくせに、単純で可愛い。
蘇芳はもっと声を潜めて、息を吹き込むように吐息だけで告げた。
「あなたが泣いてもう無理と言うまで気持ちよくさせてから、うんと甘やかしてあげます。好きな相手とする行為がどんなにやらしくて、切なくて、幸せか、私が全部教えて差し上げます」
花鶏の喉が鳴る。密着した身体の体温が急上昇し、しがみ付くように抱きしめられた。
「先生、謝りますから、仲直りしてくれますか?」
「もちろん」
「それで、あの……」
花鶏の声がさっきと打って変わって、弱弱しく言い淀んだ。
ぐり、と腰に押し付けられたものが何なのか、分からない程初心ではない蘇芳は、目を点にした。
(そうか、そりゃそうなるよな)
何となく気付いていたが、花鶏は両極性のあるタイプだ。蘇芳を刺激して主導権を握るのも好きだし、同じくらい、蘇芳に翻弄されるのも興奮するらしい。
(性癖がちょっとなあ……何でこんな育ち方をしたんだか)
「せんせい」
今は泣きそうな震え声で、昂りがおさまらず愚図って甘えている。
蘇芳はよしよしと、腹に回された腕を叩いた。
「合意を得ていれば、途中まではいいですよ」
可哀想に思い許可すると、花鶏は荒い息の元、蘇芳の耳殻にやさしく噛みついた。
◇
「ふっ、ふ……う」
口を両手で覆って、声が漏れないようにする。さっきまで涼しいと思っていたのに、今は被った布団が暑くてかなわない。
(このっ、……なんで、こんな、上手いんだよ)
背後の花鶏の息遣いも荒い。回された手が胸や腹を揉むように撫でさする。胸の尖りを見つけて、あろうことかぐり、と捻るように摘まんだ。
「んんっ」
「これ、好きですか」
耳に唇を押し付け、直接声を吹き込まれる。ぞわりと首の後ろが粟立って、蘇芳は首を振った。
(痛いって、馬鹿)
そう思うのに、ひりひりするそこを摘まんで引っ張られ、かと思うと指の腹で押しつぶされると、じんと腰の奥が重たくなってくる。
足をもぞもぞさせると、布越しにやわやわと揉まれていたそこが固くなってきたのが自分でも分かって顔が火照った。
「ここ、直接触ってもいい?」
嫌々するようにまた首を振った。首の付け根に歯を立てて噛みつかれた。
「んっ、うう」
ジンジンとした痛みの上を、熱い肉厚の舌がねっとりと舐める。ぞくぞくした。
「許可して、先生」
布越しだった手が、ずいと服の下に押し入り、逃げを打つ腰を無視してまだ柔らかいそこを根元から掴んだ。
目を見開く。温かい、自分ではない掌の感触。小さい生き物を可愛がるように、根元からくびれを擦り、先端をくりくりと指で捏ねる。とろりとした先走りが、先端の小さな口から零れた。
「あ、あっ」
「先生、しぃー」
「あ、だめ……こえ、でる……ひっ」
背後から喉の奥で唸るような音がした。花鶏の手が蘇芳の口を覆うと、もう一方の手を筒状にして、上下に動かす。ぬめりのせいで、ずちゅずちゅと恥ずかしい音が花鶏の手の中から聞こえる。
目を潤ませ、花鶏の手で押さえられた口の代わりに必死に鼻で息を吸った。
「んっ、んんー」
びしゃっと飛沫が花鶏の手にかかった。ハアハアと肩で息をして、ぐったりする。
痺れるような余韻と、火照った身体が、甘い疲労感を伴って今にも意識が落ちそうになった。
が、腰に当てられた固い熱が、まだ花鶏の昂りがおさまっていないことを教える。
花鶏が歯を食いしばるぎりぎりという音がして、頑是ない子供のように首の後ろに頭を押し付けてくる。蘇芳は身体を回転させ、このどうしようもない可愛い年下の男と向かい合った。
昂った自分のものをどうしたらいいか分からなくて愚図っている、十九歳の恋人。
(お前ってほんとさぁ……俺の事おかしくさせる天才だよ。くそっ、可愛すぎてイライラしてきた)
さっきまでの俺様な態度はどこへ行ったのだ。ふざけやがって。ああ駄目だ。乱暴な言葉を使って虐めてやりたい。花鶏が思いつきもしない恥ずかしいことをして、泣いてやめてと言うまで、無茶苦茶にしてからとびきり優しくキスしてやりたい。
(ガキが。大人を振り回しやがって)
◇
突然振り向いて、しかも怒っているような気配を漂わせる蘇芳に、花鶏は怯んだ。
(やりすぎた?……先生、本気で怒ってる?)
叱られるのは、嬉しいけどやっぱりちょっと怖い。怖いが、蘇芳の痴態とあえかな喘ぎ声がまだ耳に残っていて、下半身は全然鎮まってくれない。
まごついていたら、蘇芳の手が持ち上がり、花鶏の口を塞いだ。
「っ!」
至近距離にぬっと迫った蘇芳の目が、爛爛と輝いているのを見てぎょっとした。
先生、と声に出したいが、口を押さえ込まれていて出来ない。さっきと逆だ。
汗の匂いにくらくらしていると、蘇芳がささやきかけてきた。
「それ、先生に助けてほしいですか?」
それ、と言いながら膝小僧でぐり、足の付け根を押される。ぐっと歯を食いしばった。
「おや、返事がない。要らないということですね」
口を押さえられているから喋れないのに、意地悪く囁かれた。蘇芳の目の奥が笑っている。背筋がぞくぞくした。
必死に首を振って、甘えるように蘇芳の夜着の裾を引っ張った。蘇芳がちっと舌打ちをした。
(俺がそれしたら、行儀が悪いって絶対怒るくせに)
「声を我慢できる?」
こくこくと頷く。
「明日はつり様にごめんなさいできる?」
……背に腹は代えられない。また頷いた。
「目を閉じないで。終わるまで先生の顔を見ていて。……できる?」
涙目になりながらも頷くと、蘇芳が笑った。猫が鼠に爪をかけて遊ぶような、加虐的で獰猛な笑みだった。
◇
「花鶏様、じゃなかった沙羅、目が赤いですよ。大丈夫ですか?」
明け方、一番早く床から起きてきたのははつりだった。朝はひとまず、調理場が使えるまでは、里長の家から食事を分けてもらい、その分の代金を支払った。滞在中は里の食糧を分けて貰わねばならないので、残りは引き上げの時に一括で里に納めることになっている。
「平気だ。昨日はすまなかった。俺が大人気なかった」
朝食の肉粥を食べながら、しおらしく謝る花鶏に、はつりが驚いた顔をする。
「あたしもごめんなさい」
蘇芳は二人のやり取りに目を細めると、花鶏の頭に手を伸ばした。ガチャンと、花鶏が匙を落とす。あたふたと拾い上げる様子をはつりが不思議そうに見守る中、そのまま頭に軽く手を置いた。
「自分から仲直りできて偉いですね、沙羅。先生は嬉しいですよ」
花鶏は無言で、黙々と匙を口に運んだ。波瀬も同じように黙食していたが、さっきから一向に蘇芳と目を合わせようとしない。
どことなく緊張感の漂う二日目の朝だった。
体格の良い花鶏と、小柄なはつりがきゃんきゃん言い合っている様子は、いささか花鶏が大人気ないが、正直微笑ましくはある。
花鶏が同じ年頃に食って掛かることなど、瀧華国内では初めてかもしれない。普段の花鶏は、もっと周囲を警戒して、取り繕った態度で線引きをしている。
こんな風に子供じみた言葉の応酬をする子ではないのだ。
ふっ、と思わず笑みをこぼすと、花鶏はショックを受けた顔をした。
「先生!」
「夜に大きな声を出さない。二人とも、仲良くして。沙羅、りつは年下だから、大目に見てあげて。ね?」
花鶏は悔しさに地団太を踏みそうだし、はつりはそんな花鶏を呆れたように見ている。
蘇芳は今更のように、これまでの花鶏に対するモーションはなんだったんだろうと訝しんだ。
ここに来るまでのはつりの態度は、花鶏に恋する乙女のそれではなかったような……。
後宮にいた時の言動と、道中の態度。そしてこの、自分より幼稚な喧嘩相手の男の子を見るような冷めた目つき。
「あの……そろそろ寝ません?ここ、燭台もないし、真っ暗になったら布団の用意もできませんよ」
波瀬がおずおずと口を挟み、どのつく正論を進言したことで、蘇芳はパンと手を打って二人の注意を引いた。
「聞こえましたね。ふたりとも、里に着いたら私の言うことを聞く約束です。寝支度をしなさい」
◇
流石に、用意されていた寝具は新しかった。
が、煎餅のように薄い布団を床の上に直置きとくれば、自分はいいとして、花鶏がちゃんと寝付けているか心配だ。
身体が痛くて寝返りも打てなくなっていはしまいか。夏とはいえ、明け方に寒くて風邪をひいたりしまいか。
気になって、そわそわと落ち着かなくなってくる。
空き家の一階部分は広く取られた共有スペースになっており、物がない分、布団を敷くにはちょうど良かった。
さすがに、はつりを男どもと同じ部屋に寝かせるわけにはいかず、階段を上がった屋根裏に布団を敷いてやった。
古びた屏風で花鶏の寝間を仕切り、その向こうで蘇芳と、少し離れて波瀬が眠ることになった。
横たわったまま衝立を見つめていると、闇の中、くしゅんと可愛らしいくしゃみの音がした。
波瀬のかくいびきにかき消されそうな小さな音だ。
「殿下?」
応えるように、二度続けてくしゃみが聞こえる。
(やっぱり寒いんじゃないかっ)
急いで布団を抜け出して、衝立の向こう側へ回った。
枕元に膝をつくと、花鶏は背を向けたまま丸くなっているようだ。暗くてよく見えない。
「殿下、寒いんですか? 気付かなくてすみません、私の上掛けを使って、ッ」
いきなり腕を掴まれ引きずり込まれたと思ったら、寝技の要領で、背後から拘束された。そのまま、布団を頭まですっぽりかけられた。
埃っぽい匂いと、よく馴染んだ花鶏の匂いがする。
「しっ、波瀬が起きるから静かに」
花鶏は耳元で囁くと、左足で蘇芳の下半身を押さえつけ、横抱きにした腰から腕を伸ばして、手首をひとまとめにした。
完全に身動きが取れなくなり、蘇芳は眉をひそめた。
「騙しましたね。心配したのに」
「寒かったのは本当。ほら、俺の身体冷たいでしょ、いつもみたいに温めてくれませんか」
蘇芳は身じろいで、何とか布団から出ようとした。いつも勝手に布団に潜り込んで暖を取っているのは花鶏だ。
「暴れないで。なんで兄上もあの女も……俺の先生なのに……先生も悪いんですよ。先生って呼ぶのを許したりするから。俺、嫌だって言いましたよね」
小さく鼻をすする音がした。もしかして泣いているのか?
「花鶏……」
「今更そんな声出しても駄目です。俺、今怒ってるんだから……先生は声を我慢してて」
言うやいなや、花鶏の冷えた手が、夜着の中に滑り込んできた。
「殿、……花鶏、本当にやめなさい。私の同意を得ずに、こんなことをしていいと思っているなら、あなたは私を下に見過ぎています」
花鶏の手がピタッと止まり、首筋にかかっていたいた息も乱れた。
自分でも思ったより冷たい声が出たので、蘇芳に冷たくされることに慣れていない花鶏は猶更だろう。
ショックを誤魔化すようなふてくされた声が首筋にかかった。
「先生だって俺にそういうの、してきたくせに」
「……その節は謝ったでしょう」
蘇芳は過去の自分をぶん殴りたくなった。しかし、ここで退くわけにはいかない。ここでなあなあにしてしまえば、恋人という免罪符のもと、真剣に話さないといけないことも、きっとなし崩しになる。適当で楽な恋愛を、花鶏とだけはしたくなかった。
蘇芳は何とか身を捩って、花鶏の頭を肩越しに撫でた。
「誕生日に、と約束しましたよね。駄目ですよ、こんな風にぞんざいにしたら」
私を大事に扱ってください、と蘇芳が言えば、花鶏が萎れたように、蘇芳の頭に鼻先を埋めた。
「……先生を下に見たことなんてありません。酷いこと言わないで」
「わかってます、きつい言い方でしたね。どうして私に怒ってるのかも、口に出して教えてくれてありがとうございます」
「俺のこと嫌いになりませんよね……?」
「なりませんよ。でも、ずっとお互いを大事にし合いたいから、こういうのは駄目です」
蘇芳は声を潜めて、首を反らす。
「その代わり、あなたと初めてするときは、最高に良い思いをさせてあげると約束します」
花鶏の身体がぶるっと震えた。素肌に触れたままの手に力が籠もる。
「良い思いって、どんな」
打ちひしがれていた様子から一転、期待を込めた声音に胸の奥がくすぐられる。嫉妬深いくせに、単純で可愛い。
蘇芳はもっと声を潜めて、息を吹き込むように吐息だけで告げた。
「あなたが泣いてもう無理と言うまで気持ちよくさせてから、うんと甘やかしてあげます。好きな相手とする行為がどんなにやらしくて、切なくて、幸せか、私が全部教えて差し上げます」
花鶏の喉が鳴る。密着した身体の体温が急上昇し、しがみ付くように抱きしめられた。
「先生、謝りますから、仲直りしてくれますか?」
「もちろん」
「それで、あの……」
花鶏の声がさっきと打って変わって、弱弱しく言い淀んだ。
ぐり、と腰に押し付けられたものが何なのか、分からない程初心ではない蘇芳は、目を点にした。
(そうか、そりゃそうなるよな)
何となく気付いていたが、花鶏は両極性のあるタイプだ。蘇芳を刺激して主導権を握るのも好きだし、同じくらい、蘇芳に翻弄されるのも興奮するらしい。
(性癖がちょっとなあ……何でこんな育ち方をしたんだか)
「せんせい」
今は泣きそうな震え声で、昂りがおさまらず愚図って甘えている。
蘇芳はよしよしと、腹に回された腕を叩いた。
「合意を得ていれば、途中まではいいですよ」
可哀想に思い許可すると、花鶏は荒い息の元、蘇芳の耳殻にやさしく噛みついた。
◇
「ふっ、ふ……う」
口を両手で覆って、声が漏れないようにする。さっきまで涼しいと思っていたのに、今は被った布団が暑くてかなわない。
(このっ、……なんで、こんな、上手いんだよ)
背後の花鶏の息遣いも荒い。回された手が胸や腹を揉むように撫でさする。胸の尖りを見つけて、あろうことかぐり、と捻るように摘まんだ。
「んんっ」
「これ、好きですか」
耳に唇を押し付け、直接声を吹き込まれる。ぞわりと首の後ろが粟立って、蘇芳は首を振った。
(痛いって、馬鹿)
そう思うのに、ひりひりするそこを摘まんで引っ張られ、かと思うと指の腹で押しつぶされると、じんと腰の奥が重たくなってくる。
足をもぞもぞさせると、布越しにやわやわと揉まれていたそこが固くなってきたのが自分でも分かって顔が火照った。
「ここ、直接触ってもいい?」
嫌々するようにまた首を振った。首の付け根に歯を立てて噛みつかれた。
「んっ、うう」
ジンジンとした痛みの上を、熱い肉厚の舌がねっとりと舐める。ぞくぞくした。
「許可して、先生」
布越しだった手が、ずいと服の下に押し入り、逃げを打つ腰を無視してまだ柔らかいそこを根元から掴んだ。
目を見開く。温かい、自分ではない掌の感触。小さい生き物を可愛がるように、根元からくびれを擦り、先端をくりくりと指で捏ねる。とろりとした先走りが、先端の小さな口から零れた。
「あ、あっ」
「先生、しぃー」
「あ、だめ……こえ、でる……ひっ」
背後から喉の奥で唸るような音がした。花鶏の手が蘇芳の口を覆うと、もう一方の手を筒状にして、上下に動かす。ぬめりのせいで、ずちゅずちゅと恥ずかしい音が花鶏の手の中から聞こえる。
目を潤ませ、花鶏の手で押さえられた口の代わりに必死に鼻で息を吸った。
「んっ、んんー」
びしゃっと飛沫が花鶏の手にかかった。ハアハアと肩で息をして、ぐったりする。
痺れるような余韻と、火照った身体が、甘い疲労感を伴って今にも意識が落ちそうになった。
が、腰に当てられた固い熱が、まだ花鶏の昂りがおさまっていないことを教える。
花鶏が歯を食いしばるぎりぎりという音がして、頑是ない子供のように首の後ろに頭を押し付けてくる。蘇芳は身体を回転させ、このどうしようもない可愛い年下の男と向かい合った。
昂った自分のものをどうしたらいいか分からなくて愚図っている、十九歳の恋人。
(お前ってほんとさぁ……俺の事おかしくさせる天才だよ。くそっ、可愛すぎてイライラしてきた)
さっきまでの俺様な態度はどこへ行ったのだ。ふざけやがって。ああ駄目だ。乱暴な言葉を使って虐めてやりたい。花鶏が思いつきもしない恥ずかしいことをして、泣いてやめてと言うまで、無茶苦茶にしてからとびきり優しくキスしてやりたい。
(ガキが。大人を振り回しやがって)
◇
突然振り向いて、しかも怒っているような気配を漂わせる蘇芳に、花鶏は怯んだ。
(やりすぎた?……先生、本気で怒ってる?)
叱られるのは、嬉しいけどやっぱりちょっと怖い。怖いが、蘇芳の痴態とあえかな喘ぎ声がまだ耳に残っていて、下半身は全然鎮まってくれない。
まごついていたら、蘇芳の手が持ち上がり、花鶏の口を塞いだ。
「っ!」
至近距離にぬっと迫った蘇芳の目が、爛爛と輝いているのを見てぎょっとした。
先生、と声に出したいが、口を押さえ込まれていて出来ない。さっきと逆だ。
汗の匂いにくらくらしていると、蘇芳がささやきかけてきた。
「それ、先生に助けてほしいですか?」
それ、と言いながら膝小僧でぐり、足の付け根を押される。ぐっと歯を食いしばった。
「おや、返事がない。要らないということですね」
口を押さえられているから喋れないのに、意地悪く囁かれた。蘇芳の目の奥が笑っている。背筋がぞくぞくした。
必死に首を振って、甘えるように蘇芳の夜着の裾を引っ張った。蘇芳がちっと舌打ちをした。
(俺がそれしたら、行儀が悪いって絶対怒るくせに)
「声を我慢できる?」
こくこくと頷く。
「明日はつり様にごめんなさいできる?」
……背に腹は代えられない。また頷いた。
「目を閉じないで。終わるまで先生の顔を見ていて。……できる?」
涙目になりながらも頷くと、蘇芳が笑った。猫が鼠に爪をかけて遊ぶような、加虐的で獰猛な笑みだった。
◇
「花鶏様、じゃなかった沙羅、目が赤いですよ。大丈夫ですか?」
明け方、一番早く床から起きてきたのははつりだった。朝はひとまず、調理場が使えるまでは、里長の家から食事を分けてもらい、その分の代金を支払った。滞在中は里の食糧を分けて貰わねばならないので、残りは引き上げの時に一括で里に納めることになっている。
「平気だ。昨日はすまなかった。俺が大人気なかった」
朝食の肉粥を食べながら、しおらしく謝る花鶏に、はつりが驚いた顔をする。
「あたしもごめんなさい」
蘇芳は二人のやり取りに目を細めると、花鶏の頭に手を伸ばした。ガチャンと、花鶏が匙を落とす。あたふたと拾い上げる様子をはつりが不思議そうに見守る中、そのまま頭に軽く手を置いた。
「自分から仲直りできて偉いですね、沙羅。先生は嬉しいですよ」
花鶏は無言で、黙々と匙を口に運んだ。波瀬も同じように黙食していたが、さっきから一向に蘇芳と目を合わせようとしない。
どことなく緊張感の漂う二日目の朝だった。
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