【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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第2部

こんなの序の口ですよ

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花鶏が拗ねてしまった。半分はふりだと分かっているが、もう半分は割と本気で拗ねているのも確かだ。

(そんなにまずかったか?だって花浴とは本の貸し借りしてる癖に、俺だけ駄目っておかしくない?)

何となく仲間外れにされたようで、蘇芳も面白くない。

花浴は花鶏のことも、それに会ったこともない亡くなった花雲のことも大事にしてくれる稀有な女性だ。
花雲の絵を見ながら「もし生きておられたら花鶏様と一緒にわたくしがお世話したはずのお嬢様」と言って偲んでくれる。元宮女で、婚家で虐められ追い出された彼女と子供たちを援助し、黒曜宮に再雇用したのは大正解の人事だった。

そんな素晴らしい女性に嫉妬はしたくないし、断じてそういうのではないのだが。

「アトリ様と喧嘩されたんですか?」とサリムにも気を遣われてしまった。子供にまで気を遣われたのが地味に堪え、蘇芳は自分が折れることにした。そしてそういうやり取りにさえ、楽しみを見出している自分にも気付いていた。

「花鶏、まだ怒ってますか?」

その夜はちょうど星灯祭の最後の晩だった。最近の花鶏は護衛を連れてまたあちこち出歩くようになった。夜はもちろん帰ってくるので、さっそく日暮れ時に居間で声をかけた。

反省してますよ、の気持ちが伝わるよう下手に出てみる。

花鶏はいつかのアジラヒムのように窓辺で本を読んでいた。ちら、と蘇芳を見て、またすぐに本に目を落としてしまう。

蘇芳はいよいよ困ったように眉を下げ、しかし内心は楽しくてしょうがない。
こういう傍目から見てくだらないやり取りは、茶番であればあるだけ当人にとっては楽しい。

「無視しないでください。先生は反省してるんです、こっちを向いて」

言いながら、甘えるように花鶏の首に腕を絡める。

「どうしたら許してくれますか?」

ぴく、と花鶏が反応した。千切れんばかりのしっぽが見えそうだったが、怒ったふりは継続している。

「じゃあ、今夜の星灯祭、俺と一緒に行って。そうしたら許してあげます」

期待のこもった眼差しに、一も二もなく頷きたいが……。

「今夜は人も多いし、あんなことがあったから凱将軍も二人だけで外出はさすがに……戴冠式を待たずに帰国するのも安全のためですし」

そう、ラジェドとイルファーンの共謀事件の後、あっさりと瀧華国への帰国の算段が付いた。

これは文字通り、花鶏を留め置く理由がなくなったこと。ラジェドは裁判を経て牢にいるが、一族郎党、国家反逆の罪で処刑は免れないという。女子供はせめて奴隷として生きられるよう、アジラヒムがアルサスに嘆願していると聞いた。

ラジェドが「名もない国」に花鶏を売り飛ばす算段だったこと……由々しきことだが、これには証拠がない。
「名もない国」を咎め立てするのは難しいだろう。

イルファーンの処遇は聞かなかった。知った人間のその手の話は聞かない方が良いと思ったのだ。


これらが明るみに出ると、瀧華国への謝罪だけでなく賠償問題にも発展しかねない。金の問題というより、即位を前に瀧華国に借りを作るのを嫌がったアルサスは、さっさと花鶏をカデンルラから追い出したがった。

ラジェドが捕まった以上、花鶏の身に危険はないだろうが「名もない国」が皇族の誘拐を企んでいる以上、一刻も早く帰国すべき、との凱将軍の意見に蘇芳も全面賛成だった。

よって、友好国の戴冠式を前に出国という、かなり不自然な形の帰国が決まったばかりなのだ。

夜間外出は凱将軍が難色を示すだろう。

花鶏はがっかりした様子で、けれど諦めきれないように蘇芳の手の甲に頬を摺り寄せた。

「駄目?護衛は付けていいですから、少しの間だけ……瀧華国の外でこんなに先生と自由に過ごせることはもうないから」

上目遣いに言われると、叶えてやりたくなるのが彼氏心というやつで。




「一、いえ……三刻だけなら」

蘇芳は意外な言葉にまじまじと凱将軍を見返した。案の定、凱将軍にお伺いを立てると、彼は難色を示したが、迷いを振り切るようにそう言った。破格の好条件だ。花鶏の喜ぶ顔が浮かんで嬉しくなる。

「いいのですか?てっきり反対されるかと」

「首謀者がいなくなった以上<名もない国>も他国でそこまで動けるとは思いません。ただ、出歩く範囲は大通りから館までの往復一里までの距離にしてください。それから護衛を巻かないこと……これは花鶏殿下に前科があるので、くれぐれもお伝えください。守っていただけるのでしたら、よろしいかと」

(巻いたことあるのか。俺の知らないところで凱将軍に迷惑かけて。後で叱ろう)


「もちろん、殿下によく言って聞かせます。ありがとう」

凱将軍が、珍しく口元に笑みを置いた。

「殿下はカデンルラの方が、自由で楽しそうに見えました。星灯祭を見る機会などもうないでしょうし、殿下にとって帰国後の思い出になればと思います」

「凱将軍は、花鶏殿下を気にかけてくださいますね。そのせいで、雨月殿下の派閥から何か言われませんか」

「どう、でしょうか。雨月殿下は……少しお変わりになられました。近頃は、市井から召し上げた娘をずっと側から離さずどこにでも連れて行きます。……こんなことを言うのは良くないのでしょうが、私はどうも、あの娘はよくない気が……いえ、お忘れください。殿下のすることに異を唱えるなどおこがましい」

(はつりのこと、だよな。作中でヒロインを悪く言う人はいなかったのに、よりにもよって凱将軍が?)


「少し気にかかることがあります。言おうか迷いましたが凱将軍になら、信用して話してもよいかと」

蘇芳は将軍が頷くのを確認してから続けた。

「珀を召喚したとき、国境付近で起きた雨月殿下暗殺未遂のことを聞いてみたのです。珀は、雨月殿下に命令されて、あのような行動をしたと言っていました」

凱将軍は、驚愕と蘇芳に対する猜疑心を目に宿した。

「そんなはず……それに何のために。花鶏殿下は皇位に興味がないはず。派閥にも属さず、はっきり言って、雨月殿下の脅威ではありません」

「雨月殿下にとって邪魔だったのは、花鶏殿下ではなく、私だったのではないでしょうか」

「そんな、まさか珀の名取を蘇芳殿がしたからですか?雨月殿下はそんな狭量なお人ではありません。蘇芳殿……貴方に悪気がないのは分かるが、どうか言動には用心なされよ」

蘇芳は頭を下げた。

「すみません、今の発言は浅はかでした。お許しを……」

将軍は表情をやわらげ、逆に蘇芳を気遣うように微笑んだ。

「いえ。頭を上げてください。元はと言えば私の方から始めた話です。星灯祭をどうぞ楽しんでこられませ」


この約束の取り付けが花鶏を喜ばせたことは言うまでもない。

外出許可が下りたことをドヤ顔で報告してやると、不機嫌の振りはどこへやら、花鶏は嬉しそうに蘇芳を抱きしめてその場でくるくる回った。

これにはさすがに閉口した。いい年した大人としてかなり恥ずかしい。近くに使用人がいないことを急いで確認する。

「目が回るから下ろして!……瀧華国に帰ったらこういうのは慎んでくださいね、周りに知られないようにしないと」

花鶏は蘇芳に密着したまま、不満そうな顔をした。

「知られてまずいですか?事実無根の噂が事実になっただけだと思うけど」

「わざわざ注目の的になりに行かなくてもいいんです。こういうのは当人だけが知っていればいいことですから」

「せっかく虫避けになると思ったのに……」

蘇芳は貴族の姉妹の一件を思い出した。あの時も花鶏の保護者として怒りはしたが、今はそこに恋人としての怒りも上乗せされてくる。またあんな事があったらと思うと、胃がむかむかしてきた。

「貴方に近づく虫がいたら私がちゃんとどうにかしてあげますよ。もし居たらすぐ言いなさい。ひとの男に手を出すなら相応の報いは受けて貰わないと」

花鶏の顔が赤くなった。「虫除けってそっちじゃなくて」と、もごもご言っている。

最近、どうも蘇芳の一挙手一投足に振り回されて赤くなったり狼狽えたりと忙しそうだ。

それに構わず、蘇芳はにっこりと笑って花鶏の顎先に軽く口づけた。

「人目を忍んで秘密の恋人と逢瀬をするのが楽しいんですよ。表では先生と呼んでいるのに、二人きりになったらこんなことをしているなんて」

踵でわずかに背伸びして、花鶏の耳たぶを甘噛みしてやる。

「っ、せん、せい」

「ね、楽しいでしょう?」

からりと笑う蘇芳とは逆に、花鶏はあたふたと身体を離した。

「先生が思ってたのと違う……こんなの、嬉しいけど……お願いだからもうちょっと小出しにして」

蘇芳はにやにやしながら花鶏の顎に手をかけ、下を向かせてその唇を奪った。舌は入れない。前もってお伺いを立てる約束だからだ。蘇芳は恋人との約束を守る男である。

ちゅっ、という可愛らしい音をさせて、せめてもと離れる瞬間ぺろりと上唇を舐めた。

「こんなの序の口ですよ。貴方に教えたいことがまだ山ほどあるんです」

こんなに好きになった相手と恋人になったことはない。自分でも驚くくらいに、相手への執着が一日一刻ごとに増していく。

花鶏が若く、それを怖がるようなら、小出しにするのも一つの手だろう。

でも蘇芳はそうしたくなかった。もっと溺れさせたいと思った。

(先に仕掛けたのはお前だけど……押し殺してきた俺の方が、なんだかんだ言っていつも口に出して発散してたお前よりずっと”重い”んだよ)

何度も確認は取った。本当にいいのかと逃げ道を何度も示してやった。それでも手を伸ばしたのは花鶏なのだから、今更純情ぶって尻込みされても手遅れというものだ。

(ほかの人間に渡さない。俺がずっと守ってきた子なんだから、責任もって最後まで俺のものだ)

もし奪おうとする人間がいたら、その時はどんな手を使ってでも阻止するし、決して相手を許さないだろう。

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