【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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第2部

俺の本、勝手に読んだ?(1)

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蘇芳が二の句を継げないでいると、それまで黙っていたもう一人の王族が、ふらりと前に出た。

「花鶏、『名もない国』がお前を欲しがる……まあ順番はともかく欲しがったとして、そっちの計画は失敗だな。アルサス兄上のことも、即位式の前に裏切り者をあぶり出せてよかったよ」

よかった、と言いつつその表情は限りなく暗い。
アジラヒムは子供のように頼りない表情で、ふらふらとイルファーンの側によると、その頬を思い切りぶった。

鋭い音が空を裂いた。

「俺を捨てるならまだしも、兄上まで……そんなに俺たちが憎かったのか。お前の両親たちのことは悪かったけど、カデンルラを武力で平定したから守れたものもあるんだ。お前も知ってるだろ。俺たち兄弟同然だっただろ」
「お前を兄弟なんて思ったことは一度もない。俺の心は一生かかっても高慢なお前には分からないさ。分かって欲しいとも思わんがな」

もう一度、頬をぶつ音がした。イルファーンはさすがに首を垂れて、地面にペッと血を吐いた。

「花鶏、こいつの処遇はこちらに任せて貰えないか。瀧華国の面子が立たないかもしれないが、せめてカデンルラの地で……処断したい」

いつもの溌剌とした若者の姿はなく、この一日で一気に歳をとって疲れ切ったような声だった。

「俺は構わないが。いいですか? 先生」
「殿下のお好きになさってください」
蘇芳はさっきのことが気にかかったまま、上の空で答えた。

アジラヒムはもうイルファーンを見ることはなく、このまま王宮からの援軍が来るのを待って彼らをアルサスに差し出すと言った。

凱将軍に送り届けられ、念のため彼を含めた護衛兵が常より多く館に配備された。

帰宅し、軽い夜食を用意してもらい、順番に湯浴みしてようやく一息を着いた。
この2、3日はジェマやサリムとも会えず、ろくに睡眠もとれていない。

普段なら居間や中庭で眠るまでの時間を二人過ごしたりもするが、そんな元気がなく、気が緩んでうつらうつらし出した蘇芳を花鶏がそっと肩を抱いて寝室に向かった。


カデンルラの建物に平屋はとんどなく、密集地帯の中で面積を拡張するために縦に伸びている。
このどっしりした土壁の迎賓館も例に漏れず、3階建てのうち、2階が居住スペースになっており、部屋は4つある。
そのうち隣り合う2部屋を蘇芳たちが使っているが、この二つは中で繋がっており、その気になれば行き来が自由だった。

「珀はもういないんですか?」
花鶏に聞かれて、蘇芳はすぐに答えず、パチパチと何度か眠そうに瞬きしあと、「え、なんですか」と言った。

「は・く。もう兄上の所へ帰ったのかなって」
「あ、ああ珀ですね、帰りました。あまり私が呼び出すのは良くないけれど、今回はあなたの身に関わることだったし、ほんの少しだけ雨月殿下から借りてしまいました」

まあ大丈夫だろう。花鶏が裏で動いていたおかげで、思うより大分早く収束できた。雨月は何も気づいていないかもしれない。

「先生、眠いですか。横になる?」

蘇芳は首を横に振った。本当は目を閉じれば今すぐにでも眠りに落ちそうだ。

「殿下の方がお疲れでしょうに。捕まっている間、ちゃんと食べていましたか?怪我は……無いようですが、酷いことされてませんか?」

「平気。あいつらに色々と命令してやって、豪華な飯をたらふく食べてやりましたよ。でも朝起きて先生の顔を見れないし、夜おやすみが言えなくて、それが嫌だったな」

部屋の内扉の向こうがすぐ花鶏の寝室だ。あとはもう眠るだけなのに、離れがたくて整えられた寝台の端っこに座って、ふたりで窓の向こうの宵闇を眺める。

会話が途切れると、ぽつぽつと、どちらかがまた話し始めて相手がそれに返す。まるで時間を引き延ばしているように。

「あなたが大きくなってからは、それほど昔みたく心配することもなくなっていたのに。落馬して怪我はしないかとか、虐められてないかとか」
「もう昔みたいに心配してくれないんですか?たとえば、いつかの姉妹たちみたいに、俺に夜這いをかけに来るおん、女性がいたらどう?心配してくれる?」

花鶏が甘えるように、首を傾けて蘇芳に凭れてくる。蘇芳の方がそうしたいくらいだった。それくらい眠い。

そして眠すぎて、この時の蘇芳は欲求のしたいままにした。
圧し掛かる身体をいったん押しやり、残念そうな顔をする花鶏の肩に、自身の頭を凭れた。
湯上りの身体は温かく眠気を誘う。船の時のように、違う匂いだとはもう思わなかった。
これが花鶏の匂いなんだな、と素直に受け入れることが出来た。

「殿下がもし、心から好いた相手なら、私は心配しません」
蘇芳の頭の重みににやけていた花鶏の顔が、すっと真顔になった。
それに気づくことなく、蘇芳はぼんやりと睡魔に負けようとしていた。

花鶏の手が蘇芳の手首をつかみ、指の間に自分の指を絡めるようにしてぎゅっと握った。

(あ、恋人繋ぎ。花鶏が読んでる本に挿絵があったな)


花鶏に内緒で、蘇芳も借りて読んだことがある。蘇芳は冒険活劇の方が好きだが、花鶏の愛読書はべたべたの展開がむしろ清々しい王道ラブストーリーだった。

恋人繋ぎした男女はその後、男が女を押し倒して、恥ずかしそうに嫌々する彼女と……まあ、そういうがっつりした描写がある類の本だったので、蘇芳は花鶏も年頃なんだなと思いながら淡々と読了した覚えがある。

ぽすんと、軽く肩を押されて、蘇芳の視界は天井を映した。
寝台の端に座っていたので痛みなどない。夜着を着て寝転がって、なんならこのまま夢の中に入っていくだけだ。

だが、それを許さないのが「恋人繋ぎ」されたままの手と、上から腰にまたがって見下ろしてくる花鶏の怒ったような顔。

結っていない髪が肩から落ちて、帳のように蘇芳の顔の両側を遮った。
掴まれていない手でそれに触ると、少し湿っている。
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