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第2部

紫の目の麗人

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船舶が港に着くと、埠頭に降りた凱将軍をはじめとした護衛団の中央を縫って、花鶏は使節団の先頭を歩いた。

使節団と言っても、ほとんどの者は回送列車に乗ったままの乗客よろしく、数日首都に滞在したのち瀧華国の帰途へ着く。なんとも馬鹿げた話だ。この待遇を見たカデンルラの人間は、自国での花鶏の立ち位置を察するだろう。



蘇芳は花鶏の側に控えて、港から臨むカデンルラの首都を眺めた。



(全体的に土色、建物が密集してて道という道が露店で塞がってるな。こりゃ地図なしに歩けたもんじゃない)



都市機能が瀧華国のそれと全く異なるのか、整然と整備された五目並べのような景色を見慣れていると別の意味で圧倒される。

港は交易の場だ。

至る所から届く怒号と競りの掛け声、客寄せの甲高い声に、往来でスリにあったらしい人間の悲鳴まで。

何とも姦しく、熱気が溢れている。

「ようこそ、おいでくださいました。花鶏殿下。長旅でお疲れでございましょう。さあさ、こちらへ」

港で使節団を迎えたのは恰幅の良い中年の男で、外務大臣のラジェドと名乗った。

口ひげを蓄え、この国特有の浅黒い褐色の肌をしている。

ゆったりとした民族衣装は豪勢な幾何学模様の刺繍が施され、首や腕には金銀の装飾品。

向かい合うと、肌の色の違いも相まって、二つの国の様相の違いがはっきりと浮き彫りになる。



(けど、おんなじ言葉に聞こえるんだよなあ、文字も違うのに。不思議だ。誰もおかしいと……思わないんだろうな)



「出迎え感謝いたします。この後我々は、首都を案内いただけるのですか?それともすぐ陛下に謁見を?」

花鶏が余所行きの行儀のよい笑顔でラジェドに微笑みかける。



ラジェドもまた、自身より背の高い年若い皇子を見上げで笑み返した。

「それはもちろん、すぐにでも王宮へ、と言いたいところなのですが……」

しばし言いよどみ、

「実はルナカン、首都から離れた小国で内乱がおきまして。お恥ずかしながら軍事行動のため王宮内が慌ただしく……恐れ入りますが使節御一行様に置かれましては、一度滞在先の大使館へお連れしたく思いますがいかがでしょうか。今宵は王宮にて、歓迎の宴を催したく思いますのでそれまでどうか」



「それは……構いませんが」

花鶏が蘇芳に視線を向けた。

到着したその日に内乱?
しかもラジェドの口ぶりは、こんなことが日常茶飯事と言いたげだ。


「ありがたい!では、イルファーン。これへ」

呼ばれて前に進み出たのは、カデンルラ一団の中でひと際目を引く長身の美丈夫だった。



(こりゃまた、すごいな。人間離れしてる)

このゲーム世界で花鶏やその他の美形は見慣れていたが、そんな蘇芳でさえ、ちょっと目を見張るレベルの人物だった。

「イルファーンと申します、殿下。どうか以後、お見知りおきくださいますよう」

微笑とともに頭を下げる男の歳は20代後半といったところか。

褐色の肌はつややかで、短く切りそろえた髪は銀色。そして何より目を引くのは、髪と同色の睫毛に縁どられた中に鎮座する紫水晶のような瞳だった。

背は凱将軍と並ぶほど高く細身だが筋肉質で、その動きは重量を感じさせない。

妖艶で、どこか退廃的ですらある美貌だ。

(貴族……まさか王族ってことはないよな、呼びすでにされてたし)

これほど目立つ人物の素性が分からず蘇芳が考えあぐねていると、

「彼は我が国の優秀なマレェークでして。殿下のお世話と現地案内人として、どうぞお使いください」

ラジェドはにこやかに告げた。

花鶏は聞きなれない単語に怪訝な顔をしたものの、イルファーンに対しても友好的な笑みを浮かべた。

「では、よろしく頼みます。イルファーン殿」

「どうかイルファーンと。殿下」

イルファーンは蠱惑的に微笑むと、優雅な動作でかがみ花鶏の手の甲に口づけた。

驚いたのは花鶏と、そばにいた凱将軍だ。

急接近には反射で動くよう訓練された将軍が身体を割り込ませる前に、蘇芳が速やかに止めた。

「将軍、この国の挨拶ですから落ち着いて。殿下もご安心を」

イルファーンがこの時初めて蘇芳を見た。紫の瞳と視線がかち合う。

イルファーンは眉を下げて申し訳なさそうに、

「これは大変失礼を。どうかお許しください、殿下」

花鶏はさりげなく手を引くと、「お気になさらず」と微笑んだ。

見守っていたラジェドが景気よくパンと手を叩いた。

「それでは皆様、お疲れでしょうからどうぞ参りましょう。さあさあ!」

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