【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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霊獣(3)

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舞台に降りた花鶏と入れ違いに、肩をそびやかした北斗がすれ違いざま声をかける。
「もし失敗されても大丈夫ですよ、花鶏兄上。黒南風の奴でさえそこそこの成果を上げましたからね、僕と雨月兄上を筆頭に、もう十分に皇統の権威が示せましたから」
「そうだな。私にはあんな立派な霊獣を呼び出すのは難しいだろうから」
何の拘りもなく花鶏は言った。本心だった。何となくだが、どんなに努力しても、蘇芳に貰った妙薬を飲んでも、自分は他の3人のようにはなれない……理由は分からないが、そんな気がずっとしている。
けれども不幸だとは思わなかった。蘇芳が言ったのだ。
<何の心配もありません殿下。傍で見ていますからね>と。花鶏はすべきことをして、蘇芳の元へ帰るだけでいい。

(でもできれば……高望みかもしれないけど叶うなら)
花鶏は思った。
(褒めて貰えたらいいな。それに……俺が恥をかくのはいいけど、先生にまで俺の恥を負わせたくない。あの人は、きっとこっちが駄目と言っても、そうしてしまう人だから)

ー同じ頃。
蘇芳が最前で見つめる先に、花鶏がゆっくりと舞台を歩いてきた。
途中、北斗がすれ違いざま何か言い、花鶏が答える。北斗はちょっと吃驚したように、意外にも照れた様子を見せた。
(ゲームじゃ我儘弟キャラだもんな。素直じゃないとこはあるけど、ヒロインとの交流で内に秘めたる優しさや思いいやりに目覚めるタイプ。根っからの悪ガキなわけじゃないんだけどなぁ)
なぜああも花鶏に絡むのか。一周回って兄が大好きなブラコンとかだったら、それはそれで面白いけど。

そんなことを考えていたら、ふと、花鶏がこちらを見た。
約束通り舞台近くに移動した蘇芳をすぐに見つけて、ちょっと口許だけで笑みを作る。
蘇芳はつられたように微笑み返して、口の動きだけで「だいじょうぶ」と告げた。
そんな小さな動きは見えないだろうに、まるでわかったと言うように、花鶏が軽くうなづいた。

(大きくなったな。背なんて前は俺の腰くらいだったのに、もう背伸びしたら俺の肩にデコが当たる)
3年前は耳を隠すくらいの長さだった黒い猫っ毛は、高い位置に結い上げられて風にたなびいている。
蘇芳色の衣装は、黒色を見慣れた蘇芳の目には一層鮮やかに新鮮だ。
(何だよ蘇芳色って。だから衣装合わせの時、花浴と一緒になって俺を締め出したんだな。あれけっこう面白くなかったんだぞ)
とめどない、どうでもいいようなことを考える。そうしていないと、心臓がバクバクして口から飛び出しそうだった。
(ひとり息子の晴れ舞台に緊張してる親か俺は)
花鶏の方は、思いのほか緊張感が見られない。黒南風や北斗はかなり緊張していたし、北斗にいたっては完全に霊獣に呑まれていた。それでも、そっちは何の心配もいらないことを蘇芳は

(花鶏以外が成功するのは知ってた。が雨月皇子なのも原作通り。ここからは、俺が変えた原作にない未来だ)

何が起きようと、すぐに花鶏の元へ駆けつけれるようにしなくては……。蘇芳はひたと彼を見守った。

花鶏はここまで来てもちっとも気持ちが逸らないことを少し意外に思いながら、書見台の前に立った。
礼部の長に目配せすると、彼はちょっと迷った挙句そのまま後ろへ下がって舞台の縁までそろそろと後退した。

(前の二人の時はその場にいたのに。なるほど……何かあった時の備えか)

気にすることなく、後嗣霊獣委細目録こうしれいじゅういさいもくろくに手を乗せる。もったいぶることはしない。

(良くても駄目でも、結果は同じ。ならぐずぐずしていた分、見ている先生の心配を長引かせるだけだ)

真言を唱えた。変化は起こらない。周囲が沈黙する。まだ何も起こらない。前の二人の時に待った時間を超えてしばらく経った。

「駄目か……こんな事もあるのか」
そんな誰かの声を皮切りに、静かだった広間はざわつき出す。後方に移動した青葉と波瀬は、蘇芳の胸中を思った。

蘇芳はじっと待った。
周囲で蘇芳をあからさまに揶揄したり、横目でちらちらとうかがってくる視線にも動じない。

その時、蘇芳と花鶏の二人が、離れた場所にいながら同時に反応した。

((来た……))

大気中の空気が動き、3度目の金環は他の二つに比べて小振りだった。
燻したようにくすんだ光の輪が床面に浮き、文様を刻んだ外輪と内輪が互い違いに回転する。
それは現れた時が嘘のように、短時間のうちにスッと霧散した。待たせた割にあっけなく、それは終わった。

おかしい、と見ていた者たちは思った。
さっきまでの様子を見るに、とっくに霊獣が姿を顕現けんげんしているはずなのに、身体の一部さえ見えない。

蘇芳も同じように思っていたが、ふと、花鶏が下を見ていることに気付いた。
視線の先を追うより先に、花鶏はすたすたと歩き、床に落ちた何か……黒い紐のようなものをすくい上げた。


花鶏が両手にすくい上げたのは、黒い鱗がつやつやとした小さな蛇の子供だった。
とぐろを巻いて両手に納まり、はみ出した先っぽはしっぽのようにゆらゆらして、金色の目はきょろきょろとあたりを見回している。そのしぐさも相まって、なんだか迷子の子供のようだ。
花鶏がじっと見下ろしていると、子蛇の方もきょとんとした顔(としか表現できない)で見上げてくる。
チロチロと桃色の舌をだして、こてん、と首を傾げた。

「な、な、蛇ですと……なんと不吉な!」

事の仔細を見守っていた礼部の長が、信じられない!と言いたげに首を振った。
その声は広間の人間の耳にも届き、ざわめいていた見物人は一斉に騒々しくなった。

「蛇だと!?あの、四肢のない獣!?忌話いみわの中の空想上の産物のはずだろ。霊獣に蛇なんているはずない!」
「気味の悪い!天帝に罰を与えられて四肢をもがれ地面を這うしかできなくなった獣を呼び出すなんて」
「何かの凶兆じゃないのか……」
「しかもあんな小さいのが霊獣?神々しさも何もあったもんじゃない。他の皇子たちが呼び出した霊獣と格が違いすぎる」
「でも確かに同じように光の輪から出てきたぞ……」


「……蘇芳殿っ」
青葉がそっと駆け寄って声をかけた。波瀬も周りに鋭く目をやりながら、まるで盾になるように蘇芳の横に立った。
「おい、気にすんなよ蘇芳さんよ。別に蛇だってなんだって、いいじゃねえか、呼び出せたんだから。何も4人とも全員が、なんかあれだ、ああ……すげぇもんを出してこなきゃいけないってわけじゃなし……」

波瀬はそこまで言ってから、蘇芳の顔を見て言葉を失くした。青葉も同じように蘇芳を見た。
(なんてお顔をされてるんだ……)

蘇芳はまるで片時も目を離したら駄目なんだというように、一心に花鶏を見つめていた。
その表情には、青葉が想像したような「失望」や「嫌悪」はおろか、「戸惑い」さえ無いように見えた。

青葉はこういう顔を、自身の母親に見たことがある。まだ幼い弟が、歩き疲れてぐずった時だ。地べたにしゃがみ込んで抱っこをせがむ弟に「置いてくよ」といって歩き出す。すると弟は慌てて立ち上がると、必死になって母親に向かって走ってきた。泣いている弟を抱き上げた時の母親のまなざしと、何となく似ている。

花鶏殿下は泣いていないし、もちろん愚図ってもいないのに、なぜそんな風に思うのか分からない。
ただ、人が誰かをこんなにも切実に、ひたむきに見つめるというのを初めて知った。
それは微笑みだとかそんなものじゃなく、もっと無表情に近いものなのだ。眼差しだけが、そこに体温を添えている。

ふと青葉が引き寄せられたように舞台を見上げると。
案の定、花鶏もまた距離を隔てて蘇芳を見ていた。穏やかな表情で、ともすると少し困っているにも見える。
けれど恥じらいや卑下はなく、ただただ安心しきって蘇芳と見つめ合っているようだった。他の何も見えないし、聞こえないといった二人の空気に青葉は体が熱くなった。

(私はまさに無償の主従愛を目の当たりにしているのですね……!)

そんな青葉の感動とは裏腹、波瀬は別の意味でこの空気に当てられて冷や汗をかいていた。

(なんだこの……三全世界の恋人みたいな雰囲気は……よそでやれ余所で!公衆の目の前だぞ!)
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