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霊獣(1)
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名取の儀式に際して、舞台に上がる順番は卜占により決められた。
先頭から黒南風、北斗、花鶏、雨月の順となる。
「では黒南風殿下、前へ」江雲が促す。
「ああ」
「君なら大丈夫だ。落ち着いて行っておいで。黒南風」
「ありがとうございます。雨月義兄上」
「黒ちゃん、がんばってねぇ」
兄と姉の声を背に黒南風皇子が舞台に上がると、黄色い歓声が上がった。
年若いご婦人や宮中で働く女官たちも、本日この時は無礼講とばかりに、皇子に向けて袖をひらひらさせて声援を送る。
(これ一応、宮中の正式な行事だよな)
蘇芳は内心突っ込みを入れたが、花鶏以外の見知った顔があるとやはり注目してしまうものだった。
黒南風は中性的な容姿が涼やかな美少年で、歳は花鶏の二つ上になる。切れ長の目、細い体躯からは想像しにくいが、剣技に優れ、性格も穏便で争いを好まない。
気質が近いのか、、花鶏とは相性がいいのか兄弟の中では比較的友好な付き合いのようだ。
(お互い北斗皇子に迷惑をかけられてる者同士だから、ってのもありそうだ)
花鶏以外の皇子たちはゲーム内における攻略対象なので、皆それぞれに異なる魅力がある。
黒南風が緊張した面持ちで舞台に着くと、その中央には漆の書見台が立っている。その上に置かれた藤色の草紙は無題で、ただ細い革紐で綴じられているだけの簡素な代物だった。
しかし本来、宝物殿で厳重に保管されている国宝の一つである。
便宜上、『後嗣霊獣委細目録』と呼ばれている。
(結果が分かっててもこればっかりは興奮するな)
黒南風が書見台に近づき、そっと表紙の上に右手を置いた。皇統が口伝でのみ継承している真言を音にせず口の動きだけで唱える。
固唾が飲まれる中、しかし見ているこちらが拍子抜けしてしまうほど、それはすぐに起こった。
最初は香りだった。舞台に燻る香とは明らかに異なる、何とも言えない清雅な香りが立ち昇る。
(うわ、来るぞ来るぞ……!)
思わず、蘇芳はわずかに身を乗り出してしまう。それは青葉や波瀬も同じだった。
「おい、あれっ!」と、誰かが興奮も露わに指さした。
書見台の周囲半径1メートルにつむじ風が発生し、それは大きく空へと吹き上がったかと思うと、高く中空に金色の巨大な円環が現れた。
天の階のごとく光の粒子が収斂して現れた円環は、複雑な文様を描いており、内円と外円は幾層にも重なり膨張していく。膨張し拡大しながら文様を刻んだ円の外縁は互い違いに高速回転し、それはさらなる光の渦を生み出している。
もはや固唾を呑み、観衆そして黒南風皇子が見上げる中、中央で唐草のようにからあみあっていた光の筋が、ゆっくりと下に向けて生き物のように解けた。ゆっくりと口を開けるように光の蔦が伸びていく。
そして表出した空洞から、何かが物凄い速さと勢いで垂直に突進してきたかと思うと、加速度を思えばあるまじき物理法則を無視した優雅な動きで、ふわりと羽を広げて静止した。
そうでなければ、黒南風に真下にいた黒南風に激突して、皇子は原型をとどめていなかっただろう。
とっさに両腕で身を庇った黒南風が恐る恐る仰ぎ見た先にあったのは、延長4メートルを超す巨鳥だった。
すらりと伸びた長い首、光を受けて輝く美しい朱色の羽毛に覆われ、頭頂と尾には天女の領巾のような長い冠羽がたなびく。巨体と相反する優美さが、何より知性を宿らせた双眸が、異様なまでの神聖さを醸し出していた。
一つ羽ばたくたびに、突風による砂埃が舞い上がり、蘇芳は体勢を崩しながらも目の前の光景に夢中になっていた。
(凄い……!ゲームでもファンブックでも見てるけど、生で見るのとじゃ迫力が全然違う!)
「これいつまで続くんだっ」
砂丘を歩いていて砂嵐に巻き込まれでもしたように、波瀬が中腰で目を庇いながら叫んだ。
空中に静止した状態で羽ばたくために起こる突風のせいで、その声すらかろうじて蘇芳の耳に届く程度だ。
確かに巨体だが、さすがにここまでくると、物理法則が機能してのことではないのは明らかだった。
「黒南風殿下が霊獣の名前を呼ぶまでこのままだ!」
蘇芳は怒鳴り返した。
それが聞こえたわけではなかろうが、黒南風は風に負けぬ声で空中の巨鳥の目をひたと見据えて声を張り上げた。
「瀧華国の黒南風の名のもとに、ここに約定を宣言する!汝の名を告げる!我に従属せよ……曙光!」
応えるように、甲高い鳴き声が空に響いた。
大きく翼に空気をはらんでから、もう一度ふわりと舞い上がった巨鳥……曙光は、そのまま黒南風の足元目掛け落下した……かに見えたが、実際はその影の中にまるで泥に沈むかのように頭から潜り込んだ。
黒南風は呆然と肩で息をしている。
しばし後、先の突風の中、微動だにしなかった書見台の草紙が勝手にパラパラと捲れていった。
白紙の項が開いた状態でピタリと静止し、墨汁が紙の内側から滲んで浮かび上がった。
群衆からは見えなかったが、礼部の長と黒南風の目にははっきりと、細部まで描写された霊獣の絵姿と、その横に流麗な筆文字で「曙光」が浮かび上がるのが見て取れた。
放心したように立ち尽くす黒南風に、礼部の長が恭しく拝礼する。
「御身のご無事を、心よりお喜び申し上げまする」
ドォォォォン、とひときわ大きく打ち鳴らされた銅鑼の音に、一泊おいて、群衆が一斉に沸いた。
先頭から黒南風、北斗、花鶏、雨月の順となる。
「では黒南風殿下、前へ」江雲が促す。
「ああ」
「君なら大丈夫だ。落ち着いて行っておいで。黒南風」
「ありがとうございます。雨月義兄上」
「黒ちゃん、がんばってねぇ」
兄と姉の声を背に黒南風皇子が舞台に上がると、黄色い歓声が上がった。
年若いご婦人や宮中で働く女官たちも、本日この時は無礼講とばかりに、皇子に向けて袖をひらひらさせて声援を送る。
(これ一応、宮中の正式な行事だよな)
蘇芳は内心突っ込みを入れたが、花鶏以外の見知った顔があるとやはり注目してしまうものだった。
黒南風は中性的な容姿が涼やかな美少年で、歳は花鶏の二つ上になる。切れ長の目、細い体躯からは想像しにくいが、剣技に優れ、性格も穏便で争いを好まない。
気質が近いのか、、花鶏とは相性がいいのか兄弟の中では比較的友好な付き合いのようだ。
(お互い北斗皇子に迷惑をかけられてる者同士だから、ってのもありそうだ)
花鶏以外の皇子たちはゲーム内における攻略対象なので、皆それぞれに異なる魅力がある。
黒南風が緊張した面持ちで舞台に着くと、その中央には漆の書見台が立っている。その上に置かれた藤色の草紙は無題で、ただ細い革紐で綴じられているだけの簡素な代物だった。
しかし本来、宝物殿で厳重に保管されている国宝の一つである。
便宜上、『後嗣霊獣委細目録』と呼ばれている。
(結果が分かっててもこればっかりは興奮するな)
黒南風が書見台に近づき、そっと表紙の上に右手を置いた。皇統が口伝でのみ継承している真言を音にせず口の動きだけで唱える。
固唾が飲まれる中、しかし見ているこちらが拍子抜けしてしまうほど、それはすぐに起こった。
最初は香りだった。舞台に燻る香とは明らかに異なる、何とも言えない清雅な香りが立ち昇る。
(うわ、来るぞ来るぞ……!)
思わず、蘇芳はわずかに身を乗り出してしまう。それは青葉や波瀬も同じだった。
「おい、あれっ!」と、誰かが興奮も露わに指さした。
書見台の周囲半径1メートルにつむじ風が発生し、それは大きく空へと吹き上がったかと思うと、高く中空に金色の巨大な円環が現れた。
天の階のごとく光の粒子が収斂して現れた円環は、複雑な文様を描いており、内円と外円は幾層にも重なり膨張していく。膨張し拡大しながら文様を刻んだ円の外縁は互い違いに高速回転し、それはさらなる光の渦を生み出している。
もはや固唾を呑み、観衆そして黒南風皇子が見上げる中、中央で唐草のようにからあみあっていた光の筋が、ゆっくりと下に向けて生き物のように解けた。ゆっくりと口を開けるように光の蔦が伸びていく。
そして表出した空洞から、何かが物凄い速さと勢いで垂直に突進してきたかと思うと、加速度を思えばあるまじき物理法則を無視した優雅な動きで、ふわりと羽を広げて静止した。
そうでなければ、黒南風に真下にいた黒南風に激突して、皇子は原型をとどめていなかっただろう。
とっさに両腕で身を庇った黒南風が恐る恐る仰ぎ見た先にあったのは、延長4メートルを超す巨鳥だった。
すらりと伸びた長い首、光を受けて輝く美しい朱色の羽毛に覆われ、頭頂と尾には天女の領巾のような長い冠羽がたなびく。巨体と相反する優美さが、何より知性を宿らせた双眸が、異様なまでの神聖さを醸し出していた。
一つ羽ばたくたびに、突風による砂埃が舞い上がり、蘇芳は体勢を崩しながらも目の前の光景に夢中になっていた。
(凄い……!ゲームでもファンブックでも見てるけど、生で見るのとじゃ迫力が全然違う!)
「これいつまで続くんだっ」
砂丘を歩いていて砂嵐に巻き込まれでもしたように、波瀬が中腰で目を庇いながら叫んだ。
空中に静止した状態で羽ばたくために起こる突風のせいで、その声すらかろうじて蘇芳の耳に届く程度だ。
確かに巨体だが、さすがにここまでくると、物理法則が機能してのことではないのは明らかだった。
「黒南風殿下が霊獣の名前を呼ぶまでこのままだ!」
蘇芳は怒鳴り返した。
それが聞こえたわけではなかろうが、黒南風は風に負けぬ声で空中の巨鳥の目をひたと見据えて声を張り上げた。
「瀧華国の黒南風の名のもとに、ここに約定を宣言する!汝の名を告げる!我に従属せよ……曙光!」
応えるように、甲高い鳴き声が空に響いた。
大きく翼に空気をはらんでから、もう一度ふわりと舞い上がった巨鳥……曙光は、そのまま黒南風の足元目掛け落下した……かに見えたが、実際はその影の中にまるで泥に沈むかのように頭から潜り込んだ。
黒南風は呆然と肩で息をしている。
しばし後、先の突風の中、微動だにしなかった書見台の草紙が勝手にパラパラと捲れていった。
白紙の項が開いた状態でピタリと静止し、墨汁が紙の内側から滲んで浮かび上がった。
群衆からは見えなかったが、礼部の長と黒南風の目にははっきりと、細部まで描写された霊獣の絵姿と、その横に流麗な筆文字で「曙光」が浮かび上がるのが見て取れた。
放心したように立ち尽くす黒南風に、礼部の長が恭しく拝礼する。
「御身のご無事を、心よりお喜び申し上げまする」
ドォォォォン、とひときわ大きく打ち鳴らされた銅鑼の音に、一泊おいて、群衆が一斉に沸いた。
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