【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

文字の大きさ
上 下
35 / 156

霊獣(1) 

しおりを挟む
名取の儀式に際して、舞台に上がる順番は卜占ぼくせんにより決められた。
先頭から黒南風くろはえ北斗ほくと花鶏あとり雨月うげつの順となる。
「では黒南風殿下、前へ」江雲が促す。
「ああ」
「君なら大丈夫だ。落ち着いて行っておいで。黒南風」
「ありがとうございます。雨月義兄上」
「黒ちゃん、がんばってねぇ」

兄と姉の声を背に黒南風皇子が舞台に上がると、黄色い歓声が上がった。
年若いご婦人や宮中で働く女官たちも、本日この時は無礼講とばかりに、皇子に向けて袖をひらひらさせて声援を送る。

(これ一応、宮中の正式な行事だよな)

蘇芳は内心突っ込みを入れたが、花鶏以外の見知った顔があるとやはり注目してしまうものだった。

黒南風は中性的な容姿が涼やかな美少年で、歳は花鶏の二つ上になる。切れ長の目、細い体躯からは想像しにくいが、剣技に優れ、性格も穏便で争いを好まない。
気質が近いのか、、花鶏とは相性がいいのか兄弟の中では比較的友好な付き合いのようだ。
(お互い北斗皇子に迷惑をかけられてる者同士だから、ってのもありそうだ)

花鶏以外の皇子たちはゲーム内における攻略対象なので、皆それぞれに異なる魅力がある。

黒南風が緊張した面持ちで舞台に着くと、その中央には漆の書見台しょけんだいが立っている。その上に置かれた藤色の草紙は無題で、ただ細い革紐でじられているだけの簡素な代物だった。

しかし本来、宝物殿で厳重に保管されている国宝の一つである。
便宜上べんぎじょう『後嗣霊獣委細目録』こうしれいじゅういさいもくろくと呼ばれている。


(結果が分かっててもこればっかりは興奮するな)
黒南風が書見台に近づき、そっと表紙の上に右手を置いた。皇統が口伝でのみ継承している真言を音にせず口の動きだけで唱える。
固唾が飲まれる中、しかし見ているこちらが拍子抜けしてしまうほど、それはすぐに起こった。

最初は香りだった。舞台にくゆこうとは明らかに異なる、何とも言えない清雅な香りが立ち昇る。

(うわ、来るぞ来るぞ……!)

思わず、蘇芳はわずかに身を乗り出してしまう。それは青葉や波瀬も同じだった。

「おい、あれっ!」と、誰かが興奮も露わに指さした。
書見台の周囲半径1メートルにつむじ風が発生し、それは大きく空へと吹き上がったかと思うと、高く中空に金色の巨大な円環が現れた。
天のきざはしのごとく光の粒子が収斂しゅうれんして現れた円環は、複雑な文様を描いており、内円と外円は幾層にも重なり膨張していく。膨張し拡大しながら文様を刻んだ円の外縁は互い違いに高速回転し、それはさらなる光の渦を生み出している。

もはや固唾を呑み、観衆そして黒南風皇子が見上げる中、中央で唐草のようにからあみあっていた光の筋が、ゆっくりと下に向けて生き物のように解けた。ゆっくりと口を開けるように光の蔦が伸びていく。
そして表出した空洞から、何かが物凄い速さと勢いで垂直に突進してきたかと思うと、加速度を思えばあるまじき物理法則を無視した優雅な動きで、ふわりと羽を広げて静止した。
そうでなければ、黒南風に真下にいた黒南風に激突して、皇子は原型をとどめていなかっただろう。

とっさに両腕で身を庇った黒南風が恐る恐る仰ぎ見た先にあったのは、延長4メートルを超す巨鳥だった。

すらりと伸びた長い首、光を受けて輝く美しい朱色の羽毛に覆われ、頭頂と尾には天女の領巾ひれのような長い冠羽かんうがたなびく。巨体と相反する優美さが、何より知性を宿らせた双眸が、異様なまでの神聖さを醸し出していた。

一つ羽ばたくたびに、突風による砂埃が舞い上がり、蘇芳は体勢を崩しながらも目の前の光景に夢中になっていた。

(凄い……!ゲームでもファンブックでも見てるけど、生で見るのとじゃ迫力が全然違う!)

「これいつまで続くんだっ」
砂丘を歩いていて砂嵐に巻き込まれでもしたように、波瀬が中腰で目を庇いながら叫んだ。
空中に静止ホバリングした状態で羽ばたくために起こる突風のせいで、その声すらかろうじて蘇芳の耳に届く程度だ。
確かに巨体だが、さすがにここまでくると、物理法則が機能してのことではないのは明らかだった。
「黒南風殿下が霊獣の名前を呼ぶまでこのままだ!」
蘇芳は怒鳴り返した。

それが聞こえたわけではなかろうが、黒南風は風に負けぬ声で空中の巨鳥の目をひたと見据えて声を張り上げた。

「瀧華国の黒南風の名のもとに、ここに約定を宣言する!汝の名を告げる!我に従属せよ……曙光しょこう!」

応えるように、甲高い鳴き声が空に響いた。

大きく翼に空気をはらんでから、もう一度ふわりと舞い上がった巨鳥……曙光は、そのまま黒南風の足元目掛け落下した……かに見えたが、実際はその影の中にまるで泥に沈むかのように頭から潜り込んだ。

黒南風は呆然と肩で息をしている。

しばし後、先の突風の中、微動だにしなかった書見台の草紙が勝手にパラパラと捲れていった。
白紙のページが開いた状態でピタリと静止し、墨汁が紙の内側から滲んで浮かび上がった。

群衆からは見えなかったが、礼部の長と黒南風の目にははっきりと、細部まで描写された霊獣の絵姿と、その横に流麗な筆文字で「曙光」が浮かび上がるのが見て取れた。

放心したように立ち尽くす黒南風に、礼部の長が恭しく拝礼する。

「御身のご無事を、心よりお喜び申し上げまする」

ドォォォォン、とひときわ大きく打ち鳴らされた銅鑼の音に、一泊おいて、群衆が一斉に沸いた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑) 本編完結しました! 『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル 『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました! おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。 ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです! 第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。 心から、ありがとうございます!

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...