【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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後嗣の儀(4)

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「なぁ。なんで<名付>なづけじゃなくて、名取なとりっていうんだ?」
塩で味付けされた干し肉を右手、草餅の串団子を左手に持って喰いながら、波瀬が言った。
舞台から離れた城壁に沿って、屋台売りが行商している。これはなかなか珍しい光景で、いかに瀧華国が国難の少ない太平楽な国といえど、平民が宮中行事に混じるというのは一種異様である。

しかし誰も、そのことに疑問は抱いていないようだ。舞台のそばを離れて思い思いに行商人たちから飲み物や肉を買ったりして和やかな雰囲気である。

(これは俺の感覚がズレてるのか、はたまたシナリオの進行を優先するための強引な設定にこの世界の住人が違和感を感じるのはおかしいからなのか……)

そんなことを考えていると、波瀬が肉を咀嚼そしゃくしながら、
「あんたも喰えよ、屋台に行きたいって言ったのはそっちだろ。何にする?あ、親父さん、それもう一つ!お代はこの人が出すからさ」
「波瀬、いい加減にしなさい。……蘇芳殿、すみません。でも本当に何か召し上がりますか?」
「いや、私は……」
蘇芳が言いかけると、
「そうよ、綺麗なお兄さん!うちの肉団子はとびきり美味しいわよ、買ってって!」
屋台のそばで呼び込みをしていた少女が元気の良い声を発した。
蘇芳は彼女を見て微笑んだ。切りそろえた前髪の下の猫目が可愛らしい、人懐こそうな少女だ。
肉を捌く屋台の主人は父親らしく、看板娘といった風情の少女にほかの行商人たちも親し気に声をかけていく。
「お兄さんら、買ってやんなよ。その子のお袋さんが病気しちまってね、助けると思ってさ」
波瀬はいそいそと自分から財布袋を取りだすと、いくらか多めに金を渡して、一本を蘇芳に突き出した。
ホカホカした湯気を立てる肉団子を押し付けられた蘇芳は仕方なしに、
「ありがとうお嬢さん。お母上が早くよくなられるよう」
少女はぱっと顔を綻ばせた。
「ありがと!じゃない、ありがとうございます。綺麗な優しいお兄さん!」
「おい、金払ったの俺だぜ」

満足して舞台に引き返す道中、蘇芳はほい、と青葉に肉団子をやった。
「え、いいんですか?食べたかったのでは?」
「食べなさい。私は今、なにも喉を通らないから」
青葉ははっとしたように蘇芳を見つめ、何かを察したように、大人しく串を受け取った。
波瀬も何となく無言で、残りの肉を咀嚼する。

しんみりした空気を変えるように、
「そういえばさっきの話だが」
「え、何?何の話だ?」
「口に物を入れたまま話すな。……なぜ名付けではなく、名取なのか」
青葉は上品に一口ずつ齧りながら、確かにと同意した。
「ああ、言われてみればそうですね。そういえば何故でしょう。呼び出しに応じた霊獣に名前を付けることで使役の約定とする……なら名前を取るというのは、いささかおかしい」
「前提が間違っている」
「というと?」
蘇芳は記憶をたどるように遠くを見ながら、
「霊獣には元から名前があるんだ。この世界に存在があったその時から、天帝に名前を与えられている。その名前を、召喚した側の皇族が識別して、声にして呼ぶ。言霊の力が文字通り、霊獣から名前を取る。名前を取られた霊獣は主と認めて服従する。だから飼い犬に名前を付けるようなものとは根本的に順番が逆、ということだ」
青葉は尊敬のまなざしを蘇芳へと向けた。
「知りませんでした。蘇芳殿は本当に博学でいらっしゃる!」
「ふ~ん……じゃあ、名前を読み取れなかったら、主人と認めてくれねぇってわけか。霊獣てのは気難しいな」
蘇芳は少し考えてから答えた。
「いや。その可能性は低いだろう。呼び出しに応じた時点で、もうほとんど儀式は成功したも同然だ。そもそも常人は霊獣を召喚する術すらない。あるとしたらどちらか一択だ。呼び出しに応じるか、否か」

(本来ならそうだ。でもあの子の場合は、正直何とも言えないんだよな……)
蘇芳は舞台の上の花鶏を見やった。
立派になった、と思う。ちょっと大人気ないところがあるし、猫を被った要領のいいところもあるけれど。
健やかに成長してくれただけで。蘇芳はもうそれだけで、花鶏のまだ柔らかい頬を挟んでよしよしと褒めてやりたくなってくる。きっとそんな風に接するのも、もうあと何年か先にはなくなる。そんなことを予期してしまうほど、少年は日々若木のようにぐんぐんと成長を見せてくれる。
(あの子はよく頑張ってきた。この3年間、ほんとに努力してきた。それは俺が一番分かってる。だから心配なんてしてない)

それでも蘇芳の胸に居座る不安と緊張は、これが本来はなかったはずの未来だという事実のために他ならなかった。

ゲームでは、花鶏は花柳草に神気を侵され、霊獣を呼び出せなかった。大衆の面前で一人だけ霊獣を召喚できず、憐れみと嘲笑を受けたことが、少年の心に深い祖国への憎しみを植え付けた。
そこに付け込んだ江雪によって、花鶏は後に臣民を虐げる虐王ぎゃくおうとして、最後は雨月皇子とはつり姫の正義のもと討伐されたのだ。

(はつり姫が雨月皇子にプレゼントするはずだった神気を高める妙薬を俺が作らせてもらったけど、少しでも足しになってますように。多分、はつり姫じゃないと効果は薄いんだけど)

かつて早蕨に悪筆を馬鹿にされながら、薬草を手配して調合した妙薬だ。この世界のどの薬学書にも載っていない。

出典『瀧華国寵姫譚そうかこくちょうきたん~白虎の章~』β出版 ファンブック(定価2,340)より。

(値段以上の価値はあったと思わせてくれよ)

ただ健やかであってくれたらいいという気持ちは本心だが、心はそれ以上を望んでしまう。
原作のような、あんな寂しい思いをあの子にさせたくない。

(上手くいったら、今日は黒曜宮に皆を呼んで盛大にお祝いしような)
終わったらうんと褒めてやろう。あの子がもううんざりしてしまうほど、たくさんたくさん褒めてやろう。

そして、もし駄目だった時は。
(ひとりになんかしない。俺がすぐにそっちへ走って行って、目を見て言ってやる。先生はそんなのどうだっていいんだって。霊獣なんで呼べなくても、花鶏が一番大事で自慢なのは変わらないって)
それでやっぱり黒曜宮に帰ってから、いっぱい褒めてやろう。これまでの3年間を。これからのことは、その時が来たら考えればいのだ。
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