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後嗣の儀(2)
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正門と舞台にそれぞれ設置された銅鑼の音がボォオオン、と鳴り響いた。それを合図に、舞台の上に艶やかに着飾った古今東西の舞の名手たる乙女たちが優雅に踊り始める。
楽団の演奏中に貴賓席に戻ってきた花鶏に、すぐそばで下女に扇を仰がせていた少年が馬鹿にしたような笑いを放った。
「花鶏義兄上はまた輪を乱すような行動を。皆様方おそろいの席に遅れてくるなど、無礼ではありませんか?」
「やめなさい、北斗」
「偉そうにするなよ、黒南風」
黒南風は毎度のことながら、このやり取りにうんざりした。
生まれ順で言えば黒南風は第2皇子だが、母親の身分は、北斗の方が高いのだ。
後宮において実家の勢力というのは侮れないもので、生まれた時からそのあたりを大人に吹き込まれているのか、北斗は黒南風を自分より下に見ている節があった。。
傍に控えたお互いの召使たちも、そこはかとなく険悪な雰囲気である。
女官長の花浴はいつも通り、我関せずのスンとした表情で静かに花鶏の後ろへ控えていた。
そこへ、おっとりと鈴を転がすような声がかかった。
「まあ花鶏ちゃん、今日はいつもの黒い衣装ではないのねぇ。とっても綺麗」
「ありがとうございます。義姉上」
花鶏はいつものように北斗を無視し、義姉に微笑んだ。
「義姉上も相変わらずお美しい。よくお似合いで」
「まぁ。どんな風に?」
花鶏はにっこり笑った。
「白くてさっぱりしてます」
花浴はずるっとこけそうになった。適当にもほどがある。
「姉上、こんな奴構ってやることありませんよ!」
「いいのよぉ。どうもありがとぉ」
くすくすと楽しそうに笑う蜜瑠璃皇女の長い巻き毛は金色だった。この国の民が持たぬ色で、砂漠の国カデンルラの血を引く母親の遺伝だという。
まさにその名の通りの、蜜色の髪、瑠璃色の瞳。容姿に秀でた皇統の中でも、異質の美貌を持ち民からも宮中の者からも、仙女の如きと謳われる美姫だ。
自身の雪花宮にちなんでか、白に金糸の刺繍を施した衣装がまばゆい。
心なし和んだ空気に、黒南風はほっとした。
「本当に。いつも黒い服だから余計に新鮮に感じるよ。やっぱり特別な日だから?」
「特別な日に蘇芳の色?ふふ」
答えようとした花鶏に、北斗が嘲るような視線を向けた。
「ふん。わざとらしい奴。どうせあの蘇芳って男に見せて喜んで貰うんだろ。母親に見捨てられたからって、男にいいように飼いならされて、皇族として恥ずかしいったらっ、っあ」
瞬間、空気がすっと冷えた……かのように思えた。
思わず北斗が口ごもるほどの怒気が、花鶏から放たれていた。その双眸は黒々として、瞳孔が開いている。そのくせ表情は削げ落ち、ただただ研ぎ澄まされた怒りだけでそこに立っているかのようだった。
「……俺の先生を侮辱するな」
「な、何だよっ!ほんとの事だろ!」
恐怖の反動で言い返した末弟に、黒南風はもう黙っておけ、と焦った。
『謝れ』ではない。この場合の最適解は『黙る』だ。
花鶏の事情は宮中の皆が知るところだ。
他の兄弟より遅れて輪に加わったこの義弟は、愛想のよい、落ち着いた立ち居振る舞いの少年に成長した。
皇位継承にはなから興味がないことを公言していて、そのせいか堅苦しい宮中にあって自由な振る舞いも多かったが、そのことで波風を立てない器用さも備えていた。
そんな義弟の唯一の逆鱗が、彼の『先生』だということもまた有名だった。
北斗は特に、当初から花鶏に突っかかっていたが、普段は歯牙にかけられてもいない。体よくあしらわれている。
それがたまに、こうして逆鱗を撫でてしまうことがある。こうなると、もう手が付けられない。
(まずい、よりにもよって後嗣の儀の真っ最中に)
花浴もまた、ああ、と内心ため息を吐いた。
(もう、もう。これだから花鶏様と北斗様の席次を放しておいてと言ったのに、意味ないわ)
その時。
「いい加減にしなさい。二人とも」
穏やかだが有無を言わさぬ声に、ぼうっとしている蜜瑠璃以外の3人は動きを止めた。
楽団の演奏中に貴賓席に戻ってきた花鶏に、すぐそばで下女に扇を仰がせていた少年が馬鹿にしたような笑いを放った。
「花鶏義兄上はまた輪を乱すような行動を。皆様方おそろいの席に遅れてくるなど、無礼ではありませんか?」
「やめなさい、北斗」
「偉そうにするなよ、黒南風」
黒南風は毎度のことながら、このやり取りにうんざりした。
生まれ順で言えば黒南風は第2皇子だが、母親の身分は、北斗の方が高いのだ。
後宮において実家の勢力というのは侮れないもので、生まれた時からそのあたりを大人に吹き込まれているのか、北斗は黒南風を自分より下に見ている節があった。。
傍に控えたお互いの召使たちも、そこはかとなく険悪な雰囲気である。
女官長の花浴はいつも通り、我関せずのスンとした表情で静かに花鶏の後ろへ控えていた。
そこへ、おっとりと鈴を転がすような声がかかった。
「まあ花鶏ちゃん、今日はいつもの黒い衣装ではないのねぇ。とっても綺麗」
「ありがとうございます。義姉上」
花鶏はいつものように北斗を無視し、義姉に微笑んだ。
「義姉上も相変わらずお美しい。よくお似合いで」
「まぁ。どんな風に?」
花鶏はにっこり笑った。
「白くてさっぱりしてます」
花浴はずるっとこけそうになった。適当にもほどがある。
「姉上、こんな奴構ってやることありませんよ!」
「いいのよぉ。どうもありがとぉ」
くすくすと楽しそうに笑う蜜瑠璃皇女の長い巻き毛は金色だった。この国の民が持たぬ色で、砂漠の国カデンルラの血を引く母親の遺伝だという。
まさにその名の通りの、蜜色の髪、瑠璃色の瞳。容姿に秀でた皇統の中でも、異質の美貌を持ち民からも宮中の者からも、仙女の如きと謳われる美姫だ。
自身の雪花宮にちなんでか、白に金糸の刺繍を施した衣装がまばゆい。
心なし和んだ空気に、黒南風はほっとした。
「本当に。いつも黒い服だから余計に新鮮に感じるよ。やっぱり特別な日だから?」
「特別な日に蘇芳の色?ふふ」
答えようとした花鶏に、北斗が嘲るような視線を向けた。
「ふん。わざとらしい奴。どうせあの蘇芳って男に見せて喜んで貰うんだろ。母親に見捨てられたからって、男にいいように飼いならされて、皇族として恥ずかしいったらっ、っあ」
瞬間、空気がすっと冷えた……かのように思えた。
思わず北斗が口ごもるほどの怒気が、花鶏から放たれていた。その双眸は黒々として、瞳孔が開いている。そのくせ表情は削げ落ち、ただただ研ぎ澄まされた怒りだけでそこに立っているかのようだった。
「……俺の先生を侮辱するな」
「な、何だよっ!ほんとの事だろ!」
恐怖の反動で言い返した末弟に、黒南風はもう黙っておけ、と焦った。
『謝れ』ではない。この場合の最適解は『黙る』だ。
花鶏の事情は宮中の皆が知るところだ。
他の兄弟より遅れて輪に加わったこの義弟は、愛想のよい、落ち着いた立ち居振る舞いの少年に成長した。
皇位継承にはなから興味がないことを公言していて、そのせいか堅苦しい宮中にあって自由な振る舞いも多かったが、そのことで波風を立てない器用さも備えていた。
そんな義弟の唯一の逆鱗が、彼の『先生』だということもまた有名だった。
北斗は特に、当初から花鶏に突っかかっていたが、普段は歯牙にかけられてもいない。体よくあしらわれている。
それがたまに、こうして逆鱗を撫でてしまうことがある。こうなると、もう手が付けられない。
(まずい、よりにもよって後嗣の儀の真っ最中に)
花浴もまた、ああ、と内心ため息を吐いた。
(もう、もう。これだから花鶏様と北斗様の席次を放しておいてと言ったのに、意味ないわ)
その時。
「いい加減にしなさい。二人とも」
穏やかだが有無を言わさぬ声に、ぼうっとしている蜜瑠璃以外の3人は動きを止めた。
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