【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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月下の仲直り(4)

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シンと寝静まり、月明かりだけの夜の邸内を蘇芳は足早に歩いていた。
(なんで気付かなかったんだろう。子供の試し行動じゃないか)
脳裏には育休明けの上司の言葉が思い出される。

<いやほんと、上の子のイヤイヤ期?すごかったよ。こっちが下の子ばかっかり構うから、環境変化でストレスあんのね。本人も悪いと思ってることして、どこまでこっちが受け入れるか、愛されてるか確かめて安心しようとすんの>

花鶏は後宮で今までと違う暮らしを始めたばかりだ。QOLが向上したから問題はないと持っていた。けれどまだ限られた人間関係しか持たない花鶏には、もう少し慎重なケアが必要だった。そのことに蘇芳は気付けなかった。

<一番駄目なのは頭ごなしに怒ることね。無視したり考えを否定するのも駄目。子供の気持ちを受け止めてあげなきゃ>

せめて手紙を出すなり、花鶏の不安を払しょくしてやるためにしてやれることはいくらでもあったろう。

(俺も感情が制御できなかった。思った以上にが自分を傷付けてたのに、反動で平気な振りしたせいでセルフケアができてなかったせいだ)
認めよう。全然平気じゃなかった。怖かった。痛かった。今も外に出るのが怖い。人と会って話すのが怖い。部屋から出たくないし、見知った人間以外と会いたくない。平気な振りをするのが億劫だ。

こんな思いをして守ってやった花鶏に、江雪の所に戻るなんて言われて頭にカッと血が昇った。
俺がどれだけお前のために痛い思いを我慢したと思ってんだ!と……。
冷静になってみれば、責任転嫁も甚だしかった。自己嫌悪がぐるぐると渦巻いて吐きそうになる。

(最悪だ。最低だ。あの子は悪くないし、痛い思いをするのを選んだのは俺自身なのに!あの子は試し行動なんて自覚もしてない。大人に甘えたのなんて、物心つく前を除けば俺が初めてだったかもしれないのに……何やってんだよっ、俺は!)

小さな嗚咽が暗闇の中から聞こえた。
外回廊を下りた先の中庭。ちょうど端にある井戸の影に隠れるように、少年が裸足で座り込んでいる。
「花鶏さま」
声をかけるとビクッと震えたが、逃げようとはしなかった。
蘇芳はゆっくり近づいて、花鶏と同じように井戸を背にして膝を抱えた。
月が雲の切れ間から現れると、花鶏の濡れた頬が白々と浮き上がった。叢は夜露を含んでいて、その中に座り込んでいると、夜と土と水の匂いが体の奥に染み込んでくる。

時折思い出しようにしゃくりあげる子供の泣き声を聞きながら、蘇芳は白い息を吐いた。
「叩いてごめんなさい。痛かったでしょう」
花鶏がぶんぶんと首を振った。それが健気で、蘇芳は心臓を強く握りこまれたように苦しくなった。
この子はいったい、何度に傷付けけられなくてはならないんだろう。
自分は蘇芳とは違うから、絶対に大丈夫だと高を括っていた。この子を救うと思いながら、どこかで下に見ていたのかもしれない。それに気付いた瞬間、ガンと頭を殴られたような衝撃に襲われた。

「実はとっても嫌なことがあったんです」
喉の奥が詰まるような罪悪感を感じながら、ゆっくり話し出す。
「とても怖くて嫌なこと。それで、外に出るのが嫌で、部屋に閉じこもって逃げていました。ごめんなさい。そのことを、もっと早く正直に殿下に言えばよかった」
「……大人でも逃げるんですか?」
「大人も逃げるときは逃げますよ。でも嫌なことから逃げても、殿下に嘘を吐いたのは良くないことでした。叩いたのは、もっと良くないことです」
「どうして嘘を吐いたのですか?」
ウーン、と蘇芳は唸った。
「……たぶん、私は殿下の前で良い恰好がしたかったのだと思います」
「どうして?」
「殿下に好かれたかったからです。江雪様より、御父上より、多々良姫様より、一番好かれたかったからだと思います。そうすれば許してもらえると思ったのです。今までのことを」
「……僕はもう許してる」
「そんな簡単に許しちゃだめですよ」
「どっちなの」
ふっ、と白い息を出して花鶏が小さく笑った。くっついている小さな肩からぬくもりを感じた。
「先生の怖くて嫌なのは、どうしたら取ってあげられますか?」
「殿下が話を聞いてくれたので、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「聞くだけでいいの?」
「十分ですよ。殿下に知ってほしかったんです、今の私の気持ちを。私も殿下の今の気持ちを知れて良かった。さっきは本当にごめんなさい。殿下に江雪様の所に戻ってほしくなかった。私と一緒にいてほしくて、カッとなりました」
くっついて座っている分、ふたりの目線はいつもより近い。

花鶏は久々に会う蘇芳の顔を見ていると、自分の中に蠢く質の悪い虫が鎮まっていくように感じた。
その虫は花鶏自身には制御ができない。けれど蘇芳といるときや、蘇芳が自分を見てくているときには、虫は行儀よくしている。だから花鶏は、虫が騒ぎ出すと、どうにかして蘇芳のそばへ行って、名前を呼んでもらえなくてはと気持ちが焦ってしまう。
(今度のことは先生は悪くない。でも先生は、僕に謝ってくれる……まるでそうするのが当たり前みたいに、先生の気持ちも教えてくれる)
花鶏はそれだけで胸がいっぱいだった。

そして少しやつれているけれど、蘇芳はいつも通り綺麗で、夜着と、緩く結んだ髪のせいかいつも以上に柔らかく見えた。
長い睫毛や、薄い唇が月明かりにほんのり青白く照らされて、花鶏は自然と月下美人という言葉を思い浮かべた。
「本気で言ったんじゃありません」
まるで蘇芳が江雪に嫉妬しているようなことを言うので、嬉しくて、ふわふわした心地だった。
さっきぶたれた頬の痛みさえ、なんだか大事に思えてくる。
「分かっています。今後は殿下が不安に感じたり、寂しくなったら、私はすぐそばにいます。だからこれからは、何でも話して、お互いをもっと理解し合いましょう」
花鶏は嬉しさでじんわり体の奥が熱くなるのを感じた。まさに蘇芳から一番欲しかった言葉だった。

「さて、戻りますか。すっかり寒くなりましたね。殿下、冷えたでしょう」
少し明るい声音で、さあ、と差し出された手に花鶏はぴょんと飛びついた。
「平気です!」

部屋に戻ると、火鉢が温めていた空気が冷えた体を包んだ。
「それじゃあ、殿下を客間にお連れしましょう。支度をしますから、少し待っていただけますか」
「一緒に寝たらだめでしょうか……?」
花鶏が上目遣いに見上げてくる。
(可愛いな。10歳なんてまだ子供か、まぁ、癖にならなきゃいいか)
「今日だけですよ」
ぱあ、と顔を輝かせて寝台に上がっていく花鶏に、苦笑しつつ蘇芳も布団をかけてやった。

ごちゃついた布団の中で二人してくっつく。枕は花鶏にあげて、蘇芳は自分の腕を枕にして、花鶏の上半身をぽんぽんと叩いてやった。
「先生」
「早く寝なさい」
「先生を『採点』したいのですけど」
「あ~……」
蘇芳は呻くと、布団を花鶏の頭の上まで引っ張った。花鶏が布団の中でふがふがと藻掻く。
「ぷはっ、『減点』です」
「そ、そうですよね……殿下をぶってしまったし……」
(馬鹿って言ったし……)
「ちがいます」
しぼんでしまいそうに落ち込む蘇芳に花鶏は首を振った。胸元にぐりぐりとおでこを擦り付けて甘える。
「僕を寂しくさせたから。だから減点です」
でも、と頭を押し付けたまま、くぐもった声で続けた。
「でも僕も、悪い子でした。我儘いって、心配させて、ごめんなさい」

「明日から絶対良い子にするから、嫌わないでくれますか」
蘇芳は少年の背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。花鶏を包む蘇芳の匂いが強くなる。くらくらするほどに。
「嫌いになんてなりません。殿下のことをずっと大事にします。私の方こそ、ごめんなさい」

翌朝、起こしに来た早蕨によって発見された二人はその場に正座させれ、長いことねちねち説教を受けた。
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