【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

文字の大きさ
上 下
8 / 156

蘇芳の計画

しおりを挟む
何だってしてやるとはおもうものの、蘇芳にも仕事がある。
江雪に推挙されて、向こうの世界で言うところのスピード出世をしている蘇芳だが、その実、任されている裁量権は狭い。

と、蘇芳は職場で割り当てられた案件を整理しながら思った。

首都、瑛州南部にある紫雲城は、政治と行政の中心を担う広大な王宮だ。
直系皇族の住まう奥の院と、隣接する後宮には2人の側室と4人の皇子皇女。正門から両側をぐるりと囲う長大な回廊の向こうに謁見のための大広間があり、それらを取り巻くようにして、各省の詰め所が点在している。

それぞれが回廊でつながっているが、緊急時以外、他所の省から気軽に足を運ぶことはできない。
各省の長官の許可が必要である。
例外として、内部監察をになう御史大夫は事前の許可なく足を踏み入ることが許されていたが、そのような事態がここ十年ほどないことはよく知られている。

最後にそれがあったのは、花鶏たちの祖父の代で起きた反逆事件の時だ。

紫雲の名の名は建国の伝説に由来している。

皇帝に即位すると、畏敬を込めて本名とは別に通り名で呼ばれることが多いが、この国の王家の紋でもある「紫雲」が、まさにそれだった。皇帝と言えば、「紫雲」で通る。

現皇帝は花鶏たち姉弟のほか、3人の皇子皇女に恵まれた。それぞれ名を雨月、黒南風くろはえ北斗ほくと、蜜瑠璃という。

目下のところ、正妃との間に生まれた雨月第一皇子が、次期皇帝として最有力だ。
歳は今年で十五。文武に秀で、容姿は最も若いころの紫雲皇帝の面影が濃く、精悍で人目を惹く凛々しさに、
優し気な目元をしている。

しいて欠点を言うなら、父帝の紫雲と比べておっとりしたおおらかな性格ゆえ、権力闘争に関心がなく、気さくで王族特有の隔たりがない分、彼をなめてかかる輩もいる点だろう。
指摘を受けると、本人は困ったように笑いながら「そうはいってもなあ。私は生まれつきこうなんだよ。今さら変えようがないさ」と頭をかいた。

威厳という点においてやや精彩を欠くものの、それゆえに多くの人間が雨月皇子にひきつけられるのも事実だった。
仕官して五年目の青葉も、雨月皇子の人柄に魅せられた自覚のある一人だった。
周囲に吹聴してやっかまれるのが嫌で黙っているが、実は雨月皇子と話したこともあるのだ。
それは青葉にとって人生最大の自慢だった。

(ほかの二人の皇子と皇女は知らないが、雨月様ほど、お優しくて裏表のない方はいらっしゃらない)

恐れ多くもちょっと抜けたところもある御方だが、人民に対する思いやりや、その人柄を知った今となっては、彼以外が皇帝の座に就くなんて想像もできない。

(そう……だからこそ)

青葉はちらりと斜め横の机に視線を投げた。
今朝、体調不良だとかで二日ばかり出仕していなかった彼が詰所に入ってきたときは、周囲がざわついた。
青葉も手元の資料から顔をあげると、内心でちょっと首を傾げた。

(なんだろう。雰囲気が変わったか? ああ、髪をまとめているのか)

ざわつかせている当人はと言えば、何くわぬ涼しげな様子で席に着き、退屈そうに筆を動かしたり、頬杖をついてぼんやりしたりを繰り返している。

(やれやれ。我関せずの態度は変わらんな)

李家嫡男・蘇芳。
良い意味でも悪い意味でも、その名は有名だった。
一つは、まだ科挙試験に合格して登城したばかりの頃、田舎貴族出身の癖に江雪のお墨付きのおかげで、早々に巫監術省の次官におさまったのをやっかまれて。

またある時は、これもよくある話だが、洗練された若い美貌にちょっかいを掛けてきた武官を、裏のあの手この手を使って脅し免職させた、とか。
そして最もひどいのが、不正をただす立場にいながら、蘇芳本人が賄賂を受け取っているという噂だった。
もちろん、真偽のほどは定かではない。
むしろ、質の悪い妄言だととらえる者の方が多い。

「若くして総領の後ろ盾がある才気ある若者を妬んで、誰かがそのような噂を流しているのだ」
それが大多数の結論だった。
しかし、青葉を含めた年若い同期たちは、まだ年季の入った先輩のように江雪に遠慮して口をはばかる、ということをしない者も多い。

今も、近くの机で、器用にも素早く筆を動かしながら、若狭わかさ波瀬はぜが話しているのが聞こえた。

「なあおい、聞いたか。“後嗣の儀”に黒南風さまと北斗さまが名乗りを上げたらしいぞ」
「黒南風さまは、まあ妥当だろう。お母上が側室とはいえ、第二皇子だ。しかし北斗様の話は初耳だぞ、ほんとうか?」
「親父の弟が礼部省にいるから間違いないさ。礼部ではいま、準備にてんてこまいらしい。無理もないよな。なにせ式典自体が30年振りだってんだから」
「我々も祭祀の様子が見られるのかな」
「もしそうなら興奮するよ。皇子が全員そろい踏みして儀式に挑まれるなんて、めったにあることじゃないからな」
「……全員ではないだろう」

知らず聞き耳を立てる形となった青葉は、思わずちらりと蘇芳の方を見やった。
あと一人残っている皇子といえばー。

「花鶏殿下は、そもそも学舎にも通われてないだろ。しかも病気で、日光に当たるのすら毒だとか聞くぞ」
「ああ。江雪閣下も奇特な方だよな。いくら多々良姫様の遠縁にあたるからって、あれじゃあ厄介事を陛下から背負わされたも同然だ」

青葉は眉間にしわを寄せた。明らかに、出過ぎた口であり、不敬だ。
咳払いでもしようかと口元にこぶしを持っていったとき、
「お前たち、よほど暇らしいな。そんなに手持無沙汰なら、ほら。州から今朝上がってきた申立書の追加だ。処理しておくように」
なんと当の蘇芳である。いつの間にそばに来ていたのか、気配がなかった。ぎょっとした二人の前にずいと用紙の束を差し出す。
固まっていた二人のうち、若狭の方は殊勝にしていたが、波瀬は眉間にしわを寄せて束を受け取った。

「これはこれは、蘇芳殿。体の具合はもうよろしいので?」
皮肉気な様子に、蘇芳は片方の眉をあげたのみ、無言で応じた。

それにむっとして、
「暇をしているわけではありませんよ。蟲除けの呪札を認可を得ずに大量に売りさばいていた奴らを捕吏が逮捕した件で、どうでもいいような小案件が芋づる式にわらわらと湧いてきて、人員が足りていないんですよ」
小馬鹿にしたようにひらひらと手を振る。

青葉もその件は知っていた。
というか、二人と同じ部署にいる蘇芳も当然知るところだろう。

「蘇芳殿。尋問官は貴殿の子飼いと聞きました。下っ端の売人が留置されてもう半月ですが、なぜこうも新しい情報がないのでしょうね」

(これは八つ当たりもいいところだな)

青葉は思った。実際、尋問官は一人ではないし、吐いた情報があるとしても、それが自分たちのところに降りてくるとは限らない。組織犯罪の場合、情報統制が敷かれている可能性があるからだ。

蘇芳はふむ、と口元に扇子の端をトンとあてた。

(どこから出したんだ、それ)

「その手があったか」
「は?」
蘇芳はきれいな顔でにっこり微笑んだ。

「助言をありがとう。確かに見過ごせないな。この件は私が担当しよう」

そう言うとくるりと身を翻し、そのまま歩き去ってしまう。

若狭はきょとんとしていた。
波瀬ははっと我に返り
「あいつ、要はほかの仕事俺らに丸投げしやがった!」

これだからお坊ちゃんは!
「若狭。お前もありがとうなんて言われてたくらいで呆けるな!」

青葉も二人と同じように驚いていた。
ほぼお飾りのような立場で、せいぜい回ってきた仕事を下に采配するくらいのことしかしていなかった蘇芳が、
自分から案件を担当するなんて。

(まあ、言うだけで何もしないということもあるだろう)

その時は誰かが尻拭いをしなければならないし、そういう損な役回りを押し付けられがちなことを
青葉はちょっとあきらめがちに受け入れていた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です

深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。 どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか? ※★は性描写あり。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...