死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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毒は薬となれるか

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ヨアンとの『仲直り』の翌日。
キリアスにそれとなく警戒の目を向けられているとは知らず、シュメルヒは以前からの計画を行動に移そうと考えていた。

「それは何ですか? 実験器具? あとなんで部屋に鍋なんか持ち込んで……」
「そこ、踏まないでくださいね、ハビ」
ハビエルに厨房で沸かした湯を持って来てもらい、イレニアから持ち込んだまま、部屋の戸棚の中にしまっていた薬瓶やすり鉢、分量計を机の上に並べていく。
床にはびっしりと文字と絵が描かれた用紙が何枚か落ちていたので、ハビエルは踏まないようにそれらを拾い集め、目を通してみた。
イレニア語で書かれてる。
植物の細密画。文字の方は……なにやら物騒な単語が並んでいた。

―毒(強)効果あり、毒(弱)効果なし
―痺れ、嘔吐、眩暈、神経昂り
―効能、副作用あり、痛み、長期、過敏病
―若年、経過観察、音、光、疼痛


シュメルヒは一通り道具を並べ終わると、今度は麻袋から幾重にも布にくるまれた塊を取り出した。
中を開けると、乾燥した茶色っぽい塊が現れる。
さらには別の袋から、白っぽい塊と、黒い塊を出してそばに置いた。

「それ、黒ゴボウですか? 木の根っこなんてシュメルヒ様が召し上がるようなもんじゃないですよ」
「ゴボウは木の根とは違う……いえ、いいです。この白い方は石灰。黒い塊は、アコニツムを乾燥させたものです」
「アコニツム?」
ハビエルは聞きなれない発音に眉を顰める。

シュメルヒは頷いた。
オスロには生育していない高山植物だから、ハビエルは目にしたこともないはずだ。
イレニア全土を探せば見つかるかもしれないが、そんな真似をするよりも、東洋の交易商人から仕入れたものを、ガシム教授の伝手で数株分けてもらう方が早かった。
イレニアの温室……出入り禁止の奥の部屋で栽培していたうちのひとつだった。

――前世では思いつきもしなったこと。
仮に思いついたとしても、何年もかけて実行に移そうなんてしなかったに違いない。

「アコニツム、ってなんですか? そのゴボウみたいなのがそうなんですか?」
ハビエルの頭の中では結局ゴボウになってしまったようだ。
「毒です」
「ああ毒ですか、……毒!? 」
「今から飲みます」
「はあ!?」
ハビエルは叫び声を上げて、シュメルヒを羽交い絞めにしようとした。
「止めないでください。あと私に触ってはいけません」
「一緒の意味でしょソレ!いや止めるに決まってんだろ! 思い詰めないでください、生きてたらきっといいことあります!ヨアン殿下の態度を気にしてるなら、俺が機を見て復讐をっ」
「……誤解です。それにヨアン様に向かって不敬ですよ、ハビ」
「へ?」
シュメルヒはもう一度、誤解です、と泣きそうになっているハビエルを宥めた。
「私といて楽しいなんて、やっぱりあなた変わってますね」
「それ、今、嬉しそうに言うことですか!」
嬉しそう。
思わず口元に手をやると、確かに。口角が上がっている。……恥ずかしい。

そんなシュメルヒを見て、ハビエルはまた泣きそうになった。
「勘違いなら、なんで毒なんて」
シュメルヒは己の説明不足に気付いた。
「ああ、そうでした。あなたにはまだ話してませんでしたね。毒というのは、利用法次第で薬にも転じるのですよ。これは根の部分が猛毒ですが、成分を薄めて量を調節すれば、強心剤や沈痛の効果がとても高いんです」
「生薬として使うってことですか?でもそれなら、オスロにだって侍医が使ってる薬が何種類もありますよ。そんな名前の薬は聞いたこともないですし」
「当然です。まだ誰も試してませんから」
「……は?」

アコ二ツム……所によってはトリカブト、という名前でも呼ばれている植物で、東洋のある医者が毒の素を弱めて患者に与えると神経痛や疼痛、ある種の過敏病にも大層効き目があることを発見する。

それは全くの偶然だった。なぜなら医者は治療の甲斐なく何年も苦しんでいた妻をにしてやろうと、毒と知ってこれを与えたところ、痛みが和らいだというのだから。
荒唐無稽な話だったから、も、誰も危険を冒してまで試そうとはしなかった。
シュメルヒの耳に入ったのは、それが<猛毒>にまつわる逸話だったからだ。
シュメルヒの血に含まれる毒と、猛毒のアコ二ツム……どちらがより強い毒か、そんな話題だったと思う。

(あの時はヨアン様も同席していて、そうだ……話題を振ってきた貴族に激高していたな)

ヨアンの癇癪は当時はもう有名だったから、周囲も慣れてしまっていた。シュメルヒでさえ、恐れこそしたが気に留めてはいなかった。

(ヨアン様は何をあんなに怒っておられたのだろうか……)

ふと疑問がよぎったが、今となってはもう分からない。

アコ二ツムの効果の発見も、ヨアンの激昂も、全てだ。
シュメルヒが処刑される一年前ほど前になる。
だからまだ、この植物が薬にもなる猛毒だと知る者はこの世にいない。

「今のオスロで処方されている生薬ではどれも、ヨアン様にはがないのです」

ヨアンが幼少からずっと、慢性的な神経痛や発作に苦しめられてきたのは前世で知っていた。
そして、残念ながらこの先症状が治癒することはないことも。
むしろ周囲はヨアンの詐病だと、陰で貶めろくな治療もしていなかった。

……それも、前世のシュメルヒは知っていたのだ。

医者は<悪い気の病>だとして、とにかく症状が出たら安静にさせ、それで駄目なら<悪い血>を鎮めるために氷水を張った浴槽に浸ける、という処置を行った。
シュメルヒは前世でそれを知った時、さすがに病人にすることではないと思った。
実際、ヨアンはいつも抵抗して治療を拒んでいた。
それとなくイルミナに止めるよう頼んでみたが、オスロではれっきとした療法なのは事実で、イルミナも甥を心配してそうさせていたのだ。
悲し気にそう言われては、それ以上強く言えなかった。

だが、結局成人して即位した後も、ヨアンの慢性的な不調は治るどころか、むしろ悪化した。

音や光に過敏で、頭痛や耳鳴りからくる苛立ちからか、家臣に当たることも頻繁にあった。
はじめは若くして即位したヨアンを支えるべく献身的だった彼らも、次第にヨアンを侮り、奸臣に転じたり、私欲を欲して賄賂や横領が横行したのだった。
……腐敗政治は一度嵌ってしまえば際限がなかった。

中央貴族は自分たちの領地を統治する領主としての顔も持つ。
それが腐敗すれば、割を食うのは領民……オスロの国民たちだ。

(……国民が怒るのは無理もなかった。だが、どこかで踏みとどまれたはずだ)

重鎮だったキリアスが裏切って革命軍側についたことで、有力貴族たちは我先にと次々寝返った。
金や物資がどんどん革命軍に流れ込み、ついには王宮を明け渡し、シュメルヒは処刑されることになったのだ。

(キリアスさえヨアン様を見捨てなければ、取り返しはついたはずだ……)

あるいはもっと前から――。
ヨアンの病が進行する前に、彼の言い分を信じて、わずかでも症状を緩和できたなら、あるいは。
本当のヨアンは家臣に当たり散らすような暴君ではないと、皆が知ってくれたなら。

思考に沈んでいると、ハビエルが納得できないとばかりに食い下がった。
「だからってもし間違ったら取り返しが尽きません!それにこの道具、石灰って……まさかご自分でア、アコムの毒を薄めて試す気ですか? 危険すぎます!絶対ダメです!」
「アコ二ツムです。私に毒は効かないので大丈夫ですよ」
「毒が、効かない……?」
ハビエルは鸚鵡返しに問うた。
「効かないって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。私自身が<猛毒>ですから。それに実験なら、もう何百回もイレニアに居た頃から繰り返しました。薬の製法はもう完成しています。これはいわば、最終調整」

道具を丁寧に布で拭き清め、酒精アルコールで消毒していく。

「毒と毒が中和し合うのか、それとも体内でより強い方の毒が勝って残るのか……いずれにしろ、飲めば毒と分かりますが、それによって死ぬことはありません。ですから大丈夫ですよ」
ハビエルからの返答はない。
手を止めて振り返ると、どこか虚ろな表情で立ち尽くしていた。
「それ、俺に話しても良かったんですか?」
怖い顔をする侍従に向かって、シュメルヒは小さく微笑んだ。
「かまいません。私に毒見の必要がないことを、貴方になら知られても」

毒に耐性があること。これを知るのはイレニアの両親だけだ。
<毒持ち>が皆、シュメルヒのように耐性があるわけではいから、巷では知られていない。

耐性があると知れたら、暗殺者は毒殺を避け、別の方法をとるだろう。
最も警戒すべき暗殺方法が無効なことは、むしろ最後まで隠しておくべきことなのだ。
だからハビエルは今、見たこともない顔をしてシュメルヒを凝視している。
秘密を告げるその意味を、そこに含まれる信頼の度合いとともに、正しく重く受け止めているのだ。

ハビエルはやがてはぁ、と息を吐くと、
「分かりました……ヨアン様のために、ですね。けど、いくら平気だと言われても見ていて肝が冷えます」
「イレニアに居た頃から色々な毒草で実験をしてきたので、慣れています。多少苦しい時もありますが、やはり私の体内の毒に勝る毒は、この世のどこにもないのでしょう」
「実験って、経口摂取するって意味ですよね……信じられない。……心配なのはそれだけじゃありません。俺はシュメルヒ様を信じてますけど、オスロの連中の中には、あなたを外国から来て殿下に取り入ろうとする余所よそ者だと疎んでいる奴らもいます。シュメルヒ様が殿下に毒性のあるものを与えたなんて知れたら、槍玉にあげる格好の口実ですよ」
「それは……確かにその通りですね」

薬の効用は、病人が飲んで効果が出るまでは証明できない。
シュメルヒの身体で何度実験を繰り返しても、結局、ヨアンに効かなくては意味がないのだ。

このために、寝る間を惜しんで毒の研究をしてきた。あらゆる関連書物を読み漁り、実際の薬草で調合もした。
そして辿り着いた答えが、毒を用いて薬と為すこと、だった。
正確には、猛毒を用いて未知の良薬を生み出す。
<毒持ち>のシュメルヒだからこそ、己の身体を実験台にして試すことができる。

様々な薬草や毒草を採集して、煎じたり加工して試したが、ヨアンの症状にもっとも効くと思われるのは、やはり<これ>だった。
シュメルヒの知る限り、地上で最も強力な毒のひとつ。そしてまだ世に知られていない未知の薬。
数株しかない貴重なものだ。
最後の配合は慎重に、ひと匙も無駄にしたくない。

シュメルヒの思い詰めた顔を見て、ハビエルは眉間を揉んだ。
「……少し考えさせてください。誰にも怪しまれずに殿下にこの<薬>を渡せる方法を考えてみます。それまでにシュメルヒ様は、ヨアン様との信頼関係を築くことが最優先ですね。いざという時、殿下自身がシュメルヒ様を信頼してくれないと孤立無援になりますよ」
「分かりました。……ヨアン様は私がお嫌いなので難しそうですが……少しずつ、頑張ってみます」
ハビエルは今にも舌打ちせんばかりの顔つきをした。
「まったくあの餓鬼、じゃなくて殿下。失礼ですよ、こんな花をシュメルヒ様に寄越すなんて。それに見舞いにも来なかったし、さっきだって怪我の具合を心配する言葉の一つもないなんて、何様ですか!」

「何様って、ヨアン様は皇太子様ですよ」
「そんな事言ったら、シュメルヒ様だって……妃殿下様ですよ」
こんな花、と言われてしまったヨアンに貰った花は、寝台の枕元、綺麗な皿に水を張って、その中に浸してある。
茎が萎れていて花瓶にはさせなかったためだ。
少しでも元気になってくれたらいいのだけれど。
「なんという名前の花なのでしょうね。薔薇でしょうか。とても綺麗です」
「それは……」

愛おしそうに花弁に触れるシュメルヒに、ハビエルが言い淀んだ。
「ハビ?」
「……いえ、何でもありません。多分、薔薇の一種だと思います」
「そうですか」
本当は名前なんてどうだっていい。自分のために誰かが摘んでくれた花。それが嬉しかっただけなのだから。
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