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09:愚者たち
しおりを挟む冷たい石の床、頑丈な鉄の檻、淀んだ空気、薄暗い地下牢。
一級犯罪者を投獄するためのココは、本来であれば私のような高貴な者が入る場所ではない。
なのに、なぜ。
拘束する騎士たちに無礼者と言えば、煩いと言って猿轡を噛まされた。
何をする気かと暴れれば、大人しくしろと殴られた。
私は、王子であるのに。
数時間前までは、騎士たちは私に傅きその剣を私の為に振るっていた。
しかし、今、その剣は私に向けられている。
「オマエの愚行で、もともと低かった王家の信頼は地に落ちた」
底辺の女に入れあげた揚句、尊い身であった令嬢を貶めた愚行は死に値する、と。
冷ややかな瞳を私に向ける兄に、言い知れない恐怖が身を襲う。
人形のように感情の無い婚約者の女よりも、コロコロと表情を変えて甘えてくるエミリアが可愛かった。
自分よりも優秀な女よりも、出来ないと泣きついてくるエミリアが可愛かった。
私が何をしても興味の欠片も向けてこない女よりも、リヒャルトさまリヒャルトさまと後をついてくるエミリアが可愛かった。
だから、エミリアを妻として貴族たちに見せたかった。
それだけの、はずだった。
「オマエが癇癪を起したから、公爵家に頭を下げて令嬢をオマエの婚約者としていたというのに」
王族の資質さえ無かったオマエを王子としていたのは、彼の令嬢が傍らにあったからだ、と。
あの女がいたからこそ、誰もが私を王子と呼んでくれていた、と。
兄の言葉が、わからない。
私は、第二王子だ。
国王である父と、王妃である母の子供だ。
ならば、あの女が居ようと居まいと、私が王子であることには変わりない、のに。
なのに、どうして私はこれほどまでに兄の言葉を聞くのが怖いのだろう。
「父上に王の資質は無かった。王冠を戴き女王として立つのは伯母上であった」
公爵は王配となり女王の執務を助け、国を導く方々であった、と。
少女は王女となり、ゆくゆくは女王の跡を継ぐ存在であった、と。
俄かには信じられない事を淡々と口にする兄の言葉が、耳を素通りしていく。
なにも、わからない。
「今更、オマエに理解できるとは思っていない」
冷たい石床に転がされ、騎士たちから切っ先を向けられている私に、兄が最後に、と言う。
どうしてだろう、聞きたくない。
「オマエとあの底辺の女は、明日、公開処刑される」
それまで大人しくしていろ、と。
そう言う兄の言葉がけが、耳に残った。
どうしてどうしてどうしてどうして。
なんでなんでなんでなんで。
どうしてなんでうまくいかない?!
今朝までは全てがうまくいっていたのに。
可哀想な王子様をあたしが癒してあげていたのに。
王子様のお妃さまになって、ずうっと幸せに暮らすはずだったのに。
なのに、なんで。
「明日早朝、オマエとリヒャルトは処刑される」
この国の、王子様が。
あたしの王子様のお兄様が。
あたしたちを、殺すと言った。
リヒャルトさまには婚約者の女が居たって。
そんなのは、知ってる。
美人で頭が良くて、みーんなあの女に傅いて、ソレが当然と能面で受けてる、顔だけの女。
その女のせいで、あたしの王子様が苦しんでいたんだから、知ってる。
みんなみんな、あの女にしか声を掛けない。
王子様が隣に居るのに、王子様じゃなくてあの女に媚び諂う。
そんなのはおかしいから、しれじゃぁ王子様が可哀想だから、あたしが王子様に声を掛けた。
あの女は何でもできるのに、リヒャルトさまは出来ないって、先生に怒られてたから。
だから、あたしが、リヒャルトさまは王子様だから自分で何も出来なくてもいい、って教えてあげたの。
「女。オマエは、どうしてリヒャルトに近づいた?」
だって、あたしの王子様だから。
そう言ったら、あたしが可愛いって。
ずっと一緒に居たいって、言ってくれたから。
だから、近くに居たの。
それが、なに?
「オマエの浅はかな言動で、リヒャルトは処刑される」
だから、どうして。
あたしの王子様が、あたしと結婚したいって言ってくれたのに。
王子様の言うことを聞くのが貴族たちなのに、どうしてあたしたちは殺されるの。
王家の妻は、伯爵家以上じゃなきゃいけないなんて知らない。
だって、あたしの王子様はそんな事言わなかった。
王様たちの前で誓いの口づけをしたんだから、あたしはリヒャルトさまの妻になる筈なのに。
なのに、どうして殺されるの。
「オマエに何を言っても理解できないとわかった」
あたしの王子様のお兄様の、その一言で、口に縄が当てられて、あたしは喋ることが出来なくなった。
なんでなんでなんで。
どうしてどうしてどうして。
だれも、答えては、くれない。
王城前の大広場。
有事の際は避難場所にもなるソコで、公開処刑が行われる。
並ぶギロチンの数は4台。
既に、猿轡を噛まされ四肢を拘束されたリヒャルトとエミリアという少女が顔を晒したまま座らされていた。
「では、父上、母上。いってらっしゃいませ」
姉夫婦の怒りを解き、貴族たちをはじめ民たちへの贖罪はこれしかなかった。
そもそも、私が王位を望んだのが全ての始まり。
付き合わせてしまう妻には申し訳ないが、ソレもまた運命と共に在ることを望んでくれた。
これからの後始末を全て押し付けてしまう息子には、きっと許されることはないだろう。
それでも、最後まで父と呼んでくれたことに涙が零れた。
冷ややかに見つめる姉の視線に気づきつつも、そちらを見ることすら出来ない私は、本当に王族たる資質がない。
今更、ソレに後悔しても全てが遅いのだが。
「おろせ!!」
最期に聞いたのは、息子の声。
ころりと転がった己の首は、この城の城壁に晒される事となる。
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