4 / 27
西野小夏の章
第三話 水着の猫巫女 〜フィールドマップをキャラが歩くゲームは今時見ないかも〜
しおりを挟む
姫浜町の隣、彼方さんの町の南では毎年夏のシーズンになると、旅行客で賑わう海水浴場が存在している。
透き通った青い海に踏み入れた素足を熱で覆うサラサラとした砂浜の左右には松の木がこれでもかと生い茂っている。
更にその海岸沿いの向こう側では、様々な屋台なども展開されており、様々な飲食物を堪能出来る様になっている。
その充実さには目移りばかりしている時間をもったいなくさせる程だ。
そして海水浴場の中でも一番の目玉とされている催しが、その様々な屋台を抜けた先で大きく開催されている音楽ビーチフェスティバルだ。
そこでは様々なアーティストがステージの上で楽曲を披露し、やってきた旅行客を沸かせている。
その町最大の盛り上がりの尽きない人気スポットと言っても過言ではない。
夏休みに入る前、私は友達と共にその海水浴場へ一泊二日で向かう予定を立てていた。
そして予定の今日、私は朝から姫浜町の一番上、駅前の広場にて一足先に友達が来るのを待っていた。
スマホを取り出し、購入する予定のゲームの情報を見て時間を消化する。
私が今気にかけているのは、某有名企業の生配信の中で一際注目を浴びているタイトル『レヴァナント・アタラクシア』
世界の果てで目覚めた少年が、幾つもの異なる世界を冒険し、世界の真実の扉を開くという内容のオープンワールド物。
PVを見た時点で私も購入する事を決めた作品で、早くも次の最新情報が待たれている。
他にも色んな気になるタイトルが今年は目白押しで、左右に身体を捻らせ唸りながらゲーム選びをしていると、駅からチラホラと人が降りてきた。
少しだけ冷静になって、改めてスマホに向かって悩んでいると、私の腰から手が伸び胸目掛けて手が飛んできた。
「ぴゃう!」
咄嗟の出来事に身体が大きく跳ね、考えていた事が一気に白紙になりパニックになる。
そんな私に構わず後ろから腰へ伸びて飛んできた手は私の胸を掴みワキワキとうごめいている。こんな事をするのは陽気なあやつしかおらん。
「うーん、このまな板からギリギリ脱却出来てへん小さなぷにぷにが丁度、柔らかくてええな~」
私の背後から気配を消して濃厚接触してきた手を退かし、後ろを振り返りながらその頭へ向かってグーを放った。
「沙莉~! こんな場所でなんて事してくれるの!?」
「え!? 場所を変えたら揉み放題なんか!?」
何時もの様に私を弄る沙莉の後ろでもう一人が、私達の間へ両手を横に広げて入ってきた。
「ダメだよ沙莉⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯おはよ⋯⋯」
「綾乃~! ⋯⋯ありがたいけど、手が⋯⋯」
仲裁に入ってくれたのはありがたいが、今度は綾乃の広げた手が私のを掴んでいる。
それに気付いた綾乃は慌てて手を退け、ジタバタと動揺しながら私に謝り始める。
「え? あ、ああ~⋯⋯! ご、ごめん⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯」
謝った綾乃の肩をスケベおやじの皮を被った沙莉の腕が侵食し、綾乃に向かって私に聞こえる声量で耳打ちをしだした。
「おいおいおいおい綾乃~⋯⋯どやった? こなっちゃんの黄金の果実は!」
「ええ⋯⋯さ、沙莉⋯⋯え、その⋯⋯や、やわらかい⋯⋯」
顔を赤らめながら下を向き、その手の感触を思い出しながらワキワキと動かしている。綾乃も綾乃でこう言う所含めて正直な子だ。まだ許せる。対してこのスケベはというと。
「せやろ~? あれでいて成長期をまだ控えてるってのがな⋯⋯? ぁ痛ァッ!」
スケベおじさんと化した沙莉の頭が、丸めた雑誌でスパンと叩かれた。
その人は沙莉を片手でどかし、私達に挨拶を交わした。
「小夏、おはよう。綾乃さんも」
「紬先輩! 撃退ありがとうございます!」
到着と共に痴漢撃退の勲章を授かった紬先輩も合流し、これで友達三人と私が揃った。
「どういたしまして、小夏。本当動かなければ良い子に見えなくもないのにね、沙莉は」
「よし、みんな揃ったし早速行こか」
さっきまで黄金の果実ではしゃいでいた人とは思えない、中身だけ異世界転生を果たした沙莉は早速駅へと歩き出した。
あまりの変わり様に思わず小言を漏らしそうになったが、それはそうと早く行きたいのは分かるので、私も綾乃と紬先輩に並んで歩みを進めた。
今回の旅行には連れて行けないので、帰るまでは両親にラオシャを任せる様に言っておいた。私のいない間ラオシャもツナ缶フェスを繰り広げているのだろうか。
つまり今回の旅行では猫巫女活動は一切する事は無い。その予定である。
ただ念の為ラオシャから対処くらいは出来る様にと忠告されているので、ラオシャの力が多少蓄えられた市販の飴と、私の鞄の中の一番小さいポケットに天眼モノクルが収納してある。
隣町で遊ぶんだから必要もないと思うが、と考えていると向かいの方から私に向かって手を振りながら声をかけている彼方さんの姿が見えた。
「よ~、小夏~」
「え、ええ! 彼方さん! 彼方さんがいる! どうして!?」
憧れの彼方さんが、私の町の駅前で立っていた。
さっき降りてきた人の中にもしかしたらいたのだろうか。海に着くまでに色々驚く事が起き過ぎである。そのトドメが彼方さんかと思うと今年一番嬉しかった出来事堂々の一位だ。
「(相変わらずそのダウナーな声、素敵です)」
尊さにやられている私の隣にいる綾乃と紬先輩は彼方さんを不思議そうに見つめている。
当然だ、誰一人として猫巫女になった事は打ち明けていないし、放課後になるといつも真っ直ぐ帰って独りゲームに勤しんでいる私がこんな美人な年上の方と知り合っているなんて思わないだろう。
「小夏ちゃ⋯⋯知り合い⋯⋯とか⋯⋯?」
綾乃から私と彼方さんの関係を聞き出してきた。
紬先輩は私の顔をじっと見ている。
三人揃う様になってから微かに感じていたのだが、何というか、紬先輩は私の事に対しての視線が少し強い気がする。
気のせいだとは思うが、今日は少し顔に陰りを感じるような。
ともかく彼方さん側へ移動し、二人に紹介をする。
「あ、う、うん。この人は梵彼方さんって言って、あっ──」
紹介をしている私に後ろから抱きついて、彼方さんから自己紹介が始まった。
「どーも、隣町で喫茶店を営んでます。小夏とは店に来た時に知り合ったんだ」
唐突な後ろからの抱擁に、私の心拍数は跳ね上がり、顔中が真っ赤になってしまう。彼方さんの私に対するスキンシップは死を意味するというのに、これでは幾ら残機をストックしていても足りない。
そしてそれを見せつけられた紬先輩の表情も何故か固くなっている気がした。
私はとにかくこのレッドゾーンを惜しみつつも回避する為、彼方さんに質問を問い掛ける。
「あ~、あの⋯⋯彼方さんは、どうしてこちらに?」
彼方さんも流石に身体を退かし、私の質問に答えてくれた。
「おっとそうだった。実は探し物があってここに来たんだけど、取り敢えず神社はどこかな~」
いつもの笑顔から少し真剣な表情に変わっていく、それを見た私は彼方さんに神社の場所を教えると、彼方さんは「ああそこかあ、ありがとねえ」とそのままその神社まで歩いて向かって行ってしまった。
「行っちゃったね⋯⋯」
「なんだかフワッとしてる人ね、あの人」
そこが良いんだよと胸の内で囁き、私はあはは⋯⋯と軽く相槌を打つ。
立ち止まっている私達を、駅から戻ってきた沙莉が待ちかねて改札の向こうから声をかけてきた。
「何しとんの~! そろそろ電車くるで~!」
それを聞いて私達は急いで改札を通り、四人揃って電車を待った。
バスで向かっても良かったのだが、彼方さんの隣町からはそれなりに距離がある為、電車に乗って移動してしまった方が早くて楽なのだ。
電車が到着し、四人で車両の座席に座る。座席から顔を横にし、動く景色を窓越しに眺める。
「海、楽しみだなぁ⋯⋯」
✳︎
電車に揺られ、隣町の海岸から少し離れた場所にある宿へ着いた私達は、早々にチェックインを済ませた後、各々が一つの部屋で荷物をまとめて、これから向かう海岸への支度をしていた。
既に沙莉と共にベッドにダイブインを決めているし、そろそろ水着に着替えて海に向かおうかと私も服を脱ぎ着替え始める。
私は匍匐前進の早い女なので、控えめにフリルのある水着をチョイスして、髪はおさげにはせず後ろで結んで⋯⋯と、隣にいる綾乃へ振り向くと脱ぎかけのメロンが二つ、私の視界にこれでもかと映ってしまった。
「うっそ⋯⋯」
情けない声を漏らしてしまう程に、その実は大変たわわであった。
普段の制服姿では全く気付けなかったが、こうして近くで拝見するとでかい、嘘だろ。
綾乃はそこまで大きくない、そう判断した私の目は節穴だった。
私の絶望寸前の視線に気付いた綾乃が両腕でぎゅっと寄せてそのたわわな実を隠した。
「こ、小夏ちゃ⋯⋯ダメ⋯⋯」
その恥じらう姿に目眩がしそうだ。私は綾乃に一言謝ってから、反対側へ視線を向ける。
反対側では沙莉と紬先輩がいて、既に二人は着替え終わっていた。
二人共スタイルもよく果実もよく実っている為、こうして比べてみると完全に負け犬である。
沙莉は部活動でも活発に動く為か、肌が既にほんの少し焼けていて、日焼け後と白い肌の境界がほんのり分かる。
紬先輩はというと殆ど日に焼けてはおらず、肌の白さを保っていた。
そんな二人をじっと見つめていると、紬先輩が私達に声をかける。
「とりあえず、海に来たら自由行動でも良いかしら、海に入るもよし、フェスではしゃぐもよし、屋台を巡るのも良いと思うの」
真っ先に沙莉が反応し、身振り手振りを大きく取る。
「賛成ー! 今すぐにでも海入りたいし、色んなもん食べまくりた~い!」
元気よく手をあげて応えた沙莉に乗っかるように、綾乃も賛成する。
「私も⋯⋯聞きたいアーティストがいるから⋯⋯」
「小夏は? どうする?」
紬先輩が私の返事を待つ。
「うん、私も海行きたいし、かき氷も食べたいですから、沙莉に付いて行きます」
案の定、私の言葉を聞いたとほぼ同時に沙莉が密着してきた。
「こなっちゃん⋯⋯! あたしの事、やっぱり好きで──」
「あーー、あーー、ええから早く行くよ⋯⋯」
否定はしない、沙莉にはこの友達の輪以外でも私に良くしてくれていたりするので、今日みたいな特別な日には私から恩返ししたいというものだ。
恥ずかしさが拭い切れないが、私は抱きつかれた手を解き、もう一度その手を握って部屋の扉の前まで一緒に移動した。
「今日くらい⋯⋯付き合ってあげるから⋯⋯」
沙莉の顔を見れないまま真逆を向き、照れ顔を極力見せずに私なりの感謝を示した。
どうせこんな反応を示したとしても、沙莉はいつもの様に弄り倒して来るのだろう、私は反対を向いているから分からないが、今沙莉の顔はにんまりしているに違いない。無言のまま、沙莉の反応を待っていると。
「あ⋯⋯え⋯⋯? うん⋯⋯ほな、いこっか⋯⋯うん⋯⋯ね⋯⋯?」
え⋯⋯
いや⋯⋯
それは違う、違う。
知ってる反応と違う。
予想していた反応と違う。
どうしてそんな。
ずるい、これ以上は──
私が──
「何してるの、早く行くわよ二人共」
紬先輩の声で一時的に我に返り、私達は足早に部屋を後にした。
綾乃も紬先輩も見ていなかったのか、表情にも現れてはいない。
四人歩く中で、私と沙莉だけが
未だ頬を染めて前を歩いていた。
長い時間硬直し続けていた筈だが、恐らく一瞬の出来事だった様で──
海岸までの道すがら、繋いだ手から伝わる熱だけが、私達を溶かし合っていた。
✳︎
海岸までやってきた私達は、各々行きたい場所へ移動して散り散りに行動していた。
紬先輩は屋台を。綾乃は好きなアーティストを観にフェス会場に向かって行った。
綾乃曰く、頭に猫の被り物を被ってバンド活動をしているアーティストが好きで、今年のフェスに参加している、らしい。どんな陽気なバンドなんだろうか。
私と沙莉はというと、気持ちを落ち着かせる為にお互い海に入ろうと砂浜に立っていた。その前に。
「あの⋯⋯手⋯⋯」
流石に冷静になった私は、我慢できず、ここに来るまでずっと繋がれていた手を沙莉の前へ突き出した。
沙莉はもう片方の手で真っ赤になった顔を覆いながら言い訳を並べ始める。
「あ、ああ⋯⋯いや、ちゃうねん⋯⋯その⋯⋯こなっちゃんの事は、好き、やけど⋯⋯そういうのとはちゃうくて⋯⋯攻められるのが⋯⋯な⋯⋯」
こんなにも弱々しい沙莉を見るのは初めてだった。いつも私を攻め立てていた沙莉が、攻められる側になるとこうもふにゃふにゃだとは。
「分かってるよそんなん⋯⋯だからっていつまで握ってんのって⋯⋯もう、汗でびしゃびしゃやんか⋯⋯」
今にも思い出してしまいそうになるあの部屋での一瞬を、私は繋がれた手と一緒に振りほどいた。
「じゃあ⋯⋯海、入るんでしょ⋯⋯ほら、行くよ?」
真っ赤な顔を隠す様に、片腕を顔に当てている沙莉は無言で頷き、私の後ろに付いて歩いた。
ずっとこの調子なのだろうかと思っていたが、海に入ってからはいつもの調子が少し戻った様で、真っ赤になった顔は無くなっていた。
でも、いつも過剰なスキンシップが海ではかなり控えめだった気がする。
✳︎
沙莉に一頻り構った後は一度全員集まり、昼食を済ませていた。その後は色んな屋台を巡ってみたり、持ってきたビーチボールで遊んだりと、時間を忘れて海を満喫した。
そして夕日が町を包む前の時刻、私達は最後に、綾乃の言っていた猫の被り物バンドの生演奏を見にフェス会場まで足を運び、その空間を全身で堪能しに行った。
猫の被り物をしたアーティストは意外にもごりごりのロックバンドだったもので、綾乃のセンスがイマイチ分からなくなったのは私だけではないはずだ。
私はそのバンドを見るのは初めてで、終わりまでずっと頭は暑くないのかと疑問に感じながらも楽しんだ。
そうしてすっかり夕陽も顔を出して、海の色と合わせたコントラストが私達を包んでいた。
少し遊び疲れ、私は一人アイスを片手に海岸へ座り、海から夕日を眺めていた。
今日は生きてきた中でも、特別に思えた時間だった気がする。友達の見たこともない表情も、私の感じた事のない感覚も、全部楽しい思い出になったとそう感じる。
ただどうだろうか。
猫巫女になっていなくても、この一日はあっただろうか。そしてこの先、私の日常は平穏でいるのだろうか。
そんな事を片隅で考えて、ビーチボールを取り出す時に持ってきていたモノクルを手に取って天眼を発動し、片目で海を見る。
迷魂も何もない、夕日の海に足された流れる星が、より一層この景色を幻想的に映す。
そうして天眼モノクル越しの景色をじっと眺めていると、綾乃が隣に座ってきた。
「小夏ちゃ⋯⋯楽しかったね、ビーチフェス⋯⋯」
「あ、綾乃! うん、楽しかった!綾乃ロックバンドとか聴くんだね⋯⋯」
「うん⋯⋯普段からよく聴くんだ⋯⋯あのバンドさん達だけだけど⋯⋯」
綾乃が隣で三角座りのまま、好きの思いを打ち明けてくれた。
「意外だったなあ⋯⋯まだまだ仲良くなれるね、私達」
綾乃に向けて、私は笑顔を送った。
綾乃も向日葵のような笑顔を私に送り返して見せ、前のめりに私に迫って来た。
私の片腕に大きめのメロン二つの感触が襲う。
「うん⋯⋯! 小夏ちゃ⋯⋯! また来年も海、行きたいね⋯⋯!」
「う、うん⋯⋯凄い⋯⋯」
「⋯⋯?」
「ああいや、また行こう、ね! あはは⋯⋯」
片腕にその感触を残したまま、前のめりになった綾乃を元の姿勢に戻す。
でっか⋯⋯。
格差に絶望しそうになっていると、綾乃が何か言いたげにもじもじしている。
私はそれを見て
「ん? ど、どうしたの? 綾乃⋯⋯」
綾乃は少し動揺しながら口を開き
「ううん⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯最近、明るくなってるというか、行動的になったかなって⋯⋯」
「そうかな? いつも通りだと思うけど、なんか変?」
「変じゃないの⋯⋯でも⋯⋯えっと、思ってる事、言うね?」
改めて、綾乃は私に真剣な顔を向けた。あまり見ない眼差しをしているので思わず息を呑んでしまう。
「えっと⋯⋯なにか、隠してない、かな⋯⋯そのモノクルだって⋯⋯」
「え、あ、ああ⋯⋯隠してるっていうか、これは、その⋯⋯」
綾乃は再び私に詰め寄り言葉を続ける。
「この前もお弁当食べてる時、ずっと考え事してた、よね⋯⋯何かあるんだったら、相談して欲しい⋯⋯友達だから⋯⋯」
まさか綾乃がそこまで歩み寄って、私の事を思ってくれていたとは思わなかった。
だが友達とはいえ、言うべきなのだろうか。
最近の私と、私の猫の事を。
「えっと⋯⋯うーんと⋯⋯その⋯⋯」
言葉に詰まり、少しの間沈黙が流れる。これはもう言わなければ進まない所まで来てしまっている。
これがゲームやアニメの物語なら、種明かしすべきは最後の方や、誰かしらにバラされるパターンがあるだろう。でも私は、友達に嘘を付いてまで、猫巫女を続けたくなかった。
多分、きっと、どうにかなる。私は恐る恐る、綾乃に向き合い、口にする事にした。
たとえ禁じられていたとして、恐れる必要なんてない、私は私の猫巫女を、やり遂げてみせるだけ。
「うん⋯⋯分かった。⋯⋯綾乃、私ね。猫巫女に、なったんだ」
続けて綾乃に向けて秘密を話す。
「ゴメン、よく分かんないよね。猫巫女って、言われても⋯⋯あのね」
静寂の中放たれる私の言葉を一つ一つ、綾乃は胸の中に仕舞い込んでいく。
猫巫女とは何か、ラオシャが居ること、今までやって来た事を綾乃に説明し、打ち明けていった。
最初こそ不思議がっていたが、綾乃は最後まで私の話を聞いてくれた。
そしてそんな私達の後ろで、真剣な話をしていると察してくれていたのか、紬先輩と沙莉は少し離れた所で食べ物を食べながら私達を待ってくれていた。
「その町の迷魂を全部還すのが、私とラオシャの役目なの」
綾乃は少し深呼吸をした後、少しずつ言葉を並べてくれた。
「小夏、ちゃん⋯⋯ありがとう、話してくれて⋯⋯」
「ゴメンね、何となく、秘密にしといた方が良いかなって思って、話さなかったんだけど⋯⋯そ、そんなに思い詰めた顔してたかな?」
恐らく私が迷魂に対して使う技を考えている時だろう。思い返してみるとその日はずっと頭で考えていて、あまり綾乃達との会話にも参加していなかった気がする。綾乃はそんな私の様子をずっと心配してくれていたのだ。
「うん⋯⋯その前の日も、ちょっと⋯⋯動物の匂いも少ししてたから⋯⋯」
こんな時に猫巫女基本スタイルの弊害が露わになってしまったが、綾乃はそれ程良く私の事を見てくれていた証拠だろう。
「ああ⋯⋯朝起きたらラオシャを吸ったりしてるから⋯⋯」
明日ラオシャを洗う予定を立てた所で、沙莉から声がかかった。
「お、お~い、そろそろ帰らな暗なるで~!」
「う~ん! 今行く~! じゃあ、行こっか。今度、私の家に招待するよ、その時にまた一杯話そう?」
「うん⋯⋯! ありがとう、小夏、ちゃん!」
私は綾乃に約束をし、沙莉達と合流して宿へ戻っていった。
それにしても、こんなにも早く友達に打ち明ける事になるなんて予想もしていなかった。
帰ったらラオシャにも報告しよう。
今日は本当に色々ありすぎた。
✳︎
「そんな訳で、綾乃にだけ話しちゃいました」
後日、綾乃を私の家へ招待し、自室にてラオシャを紹介しながら、綾乃に猫巫女について明かした事を話していた。
ラオシャが話し出す光景に綾乃は怖がっていたが、今は多少落ち着いている。
「まあ、事前に禁止されたりしてなかったし、良いかなって思って⋯⋯」
クッションの上でおっさん座りのラオシャは、綾乃の方をじっと見ながら話し始めた。
「まあ、致し方ないの。ほれ、小夏が昨日からやり出したゲームのストーリーでもあった様に、いつかはバレてしまう物よ、遅い早いは問題では無いな。それに、彼女はなるべくしてなったとも言えるかも、のう」
ニヤリと口角を上げながら、私の方を見つめてくる。
私の隣にいる綾乃はというと、私の部屋に入ってから、モニターの下の小さな収納に置いてあるゲーム達を眼鏡も輝かせて見つめている。
アニメ好きである彼女もまたゲームを嗜むのだろうか。
そう言えばゲームをする事は話していない事を思い出したので、猫巫女の話が終わったら綾乃の話も聞いてあげよう。
それはさておき、先程のラオシャの言葉に疑問を抱く。
「なるべくしてっていうのは、どういうこと?」
綾乃も頭に?を浮かべてラオシャの方を見つめ始める。
そしてラオシャは口を開き、とんでもない事を言い出した。
「うむ、綾乃は猫巫女の適正ランク第二位じゃからな。小夏が逃げ出したら、次の候補の綾乃を猫巫女にするつもりだったんじゃよ」
「「えええええー!」」
綾乃と口を揃え、驚きの声を漏らした。
「これも何かの縁じゃし、綾乃も私と契約して、小夏のサポートに回るというのはどうじゃろうか?」
ラオシャの思い切った提案に、私は堪らず反応する。
「いやいや駄目だよ! いくら何でも友達を巻き込むのは──」
私の言葉を遮り、綾乃がラオシャの言葉に返事をした。
「あ、あの! ⋯⋯それ、私、やります⋯⋯猫巫女、やらせて下さい⋯⋯」
「決まりじゃな♪」
「なんでぇ!」
この日を境に綾乃は猫巫女の契約を結び、町には二人の猫巫女が生まれましたとさ。
「めでたい、のかなあ⋯⋯」
猫巫女になってから、色んな事が起きていたんだと、身に染みた私でありました。
透き通った青い海に踏み入れた素足を熱で覆うサラサラとした砂浜の左右には松の木がこれでもかと生い茂っている。
更にその海岸沿いの向こう側では、様々な屋台なども展開されており、様々な飲食物を堪能出来る様になっている。
その充実さには目移りばかりしている時間をもったいなくさせる程だ。
そして海水浴場の中でも一番の目玉とされている催しが、その様々な屋台を抜けた先で大きく開催されている音楽ビーチフェスティバルだ。
そこでは様々なアーティストがステージの上で楽曲を披露し、やってきた旅行客を沸かせている。
その町最大の盛り上がりの尽きない人気スポットと言っても過言ではない。
夏休みに入る前、私は友達と共にその海水浴場へ一泊二日で向かう予定を立てていた。
そして予定の今日、私は朝から姫浜町の一番上、駅前の広場にて一足先に友達が来るのを待っていた。
スマホを取り出し、購入する予定のゲームの情報を見て時間を消化する。
私が今気にかけているのは、某有名企業の生配信の中で一際注目を浴びているタイトル『レヴァナント・アタラクシア』
世界の果てで目覚めた少年が、幾つもの異なる世界を冒険し、世界の真実の扉を開くという内容のオープンワールド物。
PVを見た時点で私も購入する事を決めた作品で、早くも次の最新情報が待たれている。
他にも色んな気になるタイトルが今年は目白押しで、左右に身体を捻らせ唸りながらゲーム選びをしていると、駅からチラホラと人が降りてきた。
少しだけ冷静になって、改めてスマホに向かって悩んでいると、私の腰から手が伸び胸目掛けて手が飛んできた。
「ぴゃう!」
咄嗟の出来事に身体が大きく跳ね、考えていた事が一気に白紙になりパニックになる。
そんな私に構わず後ろから腰へ伸びて飛んできた手は私の胸を掴みワキワキとうごめいている。こんな事をするのは陽気なあやつしかおらん。
「うーん、このまな板からギリギリ脱却出来てへん小さなぷにぷにが丁度、柔らかくてええな~」
私の背後から気配を消して濃厚接触してきた手を退かし、後ろを振り返りながらその頭へ向かってグーを放った。
「沙莉~! こんな場所でなんて事してくれるの!?」
「え!? 場所を変えたら揉み放題なんか!?」
何時もの様に私を弄る沙莉の後ろでもう一人が、私達の間へ両手を横に広げて入ってきた。
「ダメだよ沙莉⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯おはよ⋯⋯」
「綾乃~! ⋯⋯ありがたいけど、手が⋯⋯」
仲裁に入ってくれたのはありがたいが、今度は綾乃の広げた手が私のを掴んでいる。
それに気付いた綾乃は慌てて手を退け、ジタバタと動揺しながら私に謝り始める。
「え? あ、ああ~⋯⋯! ご、ごめん⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯」
謝った綾乃の肩をスケベおやじの皮を被った沙莉の腕が侵食し、綾乃に向かって私に聞こえる声量で耳打ちをしだした。
「おいおいおいおい綾乃~⋯⋯どやった? こなっちゃんの黄金の果実は!」
「ええ⋯⋯さ、沙莉⋯⋯え、その⋯⋯や、やわらかい⋯⋯」
顔を赤らめながら下を向き、その手の感触を思い出しながらワキワキと動かしている。綾乃も綾乃でこう言う所含めて正直な子だ。まだ許せる。対してこのスケベはというと。
「せやろ~? あれでいて成長期をまだ控えてるってのがな⋯⋯? ぁ痛ァッ!」
スケベおじさんと化した沙莉の頭が、丸めた雑誌でスパンと叩かれた。
その人は沙莉を片手でどかし、私達に挨拶を交わした。
「小夏、おはよう。綾乃さんも」
「紬先輩! 撃退ありがとうございます!」
到着と共に痴漢撃退の勲章を授かった紬先輩も合流し、これで友達三人と私が揃った。
「どういたしまして、小夏。本当動かなければ良い子に見えなくもないのにね、沙莉は」
「よし、みんな揃ったし早速行こか」
さっきまで黄金の果実ではしゃいでいた人とは思えない、中身だけ異世界転生を果たした沙莉は早速駅へと歩き出した。
あまりの変わり様に思わず小言を漏らしそうになったが、それはそうと早く行きたいのは分かるので、私も綾乃と紬先輩に並んで歩みを進めた。
今回の旅行には連れて行けないので、帰るまでは両親にラオシャを任せる様に言っておいた。私のいない間ラオシャもツナ缶フェスを繰り広げているのだろうか。
つまり今回の旅行では猫巫女活動は一切する事は無い。その予定である。
ただ念の為ラオシャから対処くらいは出来る様にと忠告されているので、ラオシャの力が多少蓄えられた市販の飴と、私の鞄の中の一番小さいポケットに天眼モノクルが収納してある。
隣町で遊ぶんだから必要もないと思うが、と考えていると向かいの方から私に向かって手を振りながら声をかけている彼方さんの姿が見えた。
「よ~、小夏~」
「え、ええ! 彼方さん! 彼方さんがいる! どうして!?」
憧れの彼方さんが、私の町の駅前で立っていた。
さっき降りてきた人の中にもしかしたらいたのだろうか。海に着くまでに色々驚く事が起き過ぎである。そのトドメが彼方さんかと思うと今年一番嬉しかった出来事堂々の一位だ。
「(相変わらずそのダウナーな声、素敵です)」
尊さにやられている私の隣にいる綾乃と紬先輩は彼方さんを不思議そうに見つめている。
当然だ、誰一人として猫巫女になった事は打ち明けていないし、放課後になるといつも真っ直ぐ帰って独りゲームに勤しんでいる私がこんな美人な年上の方と知り合っているなんて思わないだろう。
「小夏ちゃ⋯⋯知り合い⋯⋯とか⋯⋯?」
綾乃から私と彼方さんの関係を聞き出してきた。
紬先輩は私の顔をじっと見ている。
三人揃う様になってから微かに感じていたのだが、何というか、紬先輩は私の事に対しての視線が少し強い気がする。
気のせいだとは思うが、今日は少し顔に陰りを感じるような。
ともかく彼方さん側へ移動し、二人に紹介をする。
「あ、う、うん。この人は梵彼方さんって言って、あっ──」
紹介をしている私に後ろから抱きついて、彼方さんから自己紹介が始まった。
「どーも、隣町で喫茶店を営んでます。小夏とは店に来た時に知り合ったんだ」
唐突な後ろからの抱擁に、私の心拍数は跳ね上がり、顔中が真っ赤になってしまう。彼方さんの私に対するスキンシップは死を意味するというのに、これでは幾ら残機をストックしていても足りない。
そしてそれを見せつけられた紬先輩の表情も何故か固くなっている気がした。
私はとにかくこのレッドゾーンを惜しみつつも回避する為、彼方さんに質問を問い掛ける。
「あ~、あの⋯⋯彼方さんは、どうしてこちらに?」
彼方さんも流石に身体を退かし、私の質問に答えてくれた。
「おっとそうだった。実は探し物があってここに来たんだけど、取り敢えず神社はどこかな~」
いつもの笑顔から少し真剣な表情に変わっていく、それを見た私は彼方さんに神社の場所を教えると、彼方さんは「ああそこかあ、ありがとねえ」とそのままその神社まで歩いて向かって行ってしまった。
「行っちゃったね⋯⋯」
「なんだかフワッとしてる人ね、あの人」
そこが良いんだよと胸の内で囁き、私はあはは⋯⋯と軽く相槌を打つ。
立ち止まっている私達を、駅から戻ってきた沙莉が待ちかねて改札の向こうから声をかけてきた。
「何しとんの~! そろそろ電車くるで~!」
それを聞いて私達は急いで改札を通り、四人揃って電車を待った。
バスで向かっても良かったのだが、彼方さんの隣町からはそれなりに距離がある為、電車に乗って移動してしまった方が早くて楽なのだ。
電車が到着し、四人で車両の座席に座る。座席から顔を横にし、動く景色を窓越しに眺める。
「海、楽しみだなぁ⋯⋯」
✳︎
電車に揺られ、隣町の海岸から少し離れた場所にある宿へ着いた私達は、早々にチェックインを済ませた後、各々が一つの部屋で荷物をまとめて、これから向かう海岸への支度をしていた。
既に沙莉と共にベッドにダイブインを決めているし、そろそろ水着に着替えて海に向かおうかと私も服を脱ぎ着替え始める。
私は匍匐前進の早い女なので、控えめにフリルのある水着をチョイスして、髪はおさげにはせず後ろで結んで⋯⋯と、隣にいる綾乃へ振り向くと脱ぎかけのメロンが二つ、私の視界にこれでもかと映ってしまった。
「うっそ⋯⋯」
情けない声を漏らしてしまう程に、その実は大変たわわであった。
普段の制服姿では全く気付けなかったが、こうして近くで拝見するとでかい、嘘だろ。
綾乃はそこまで大きくない、そう判断した私の目は節穴だった。
私の絶望寸前の視線に気付いた綾乃が両腕でぎゅっと寄せてそのたわわな実を隠した。
「こ、小夏ちゃ⋯⋯ダメ⋯⋯」
その恥じらう姿に目眩がしそうだ。私は綾乃に一言謝ってから、反対側へ視線を向ける。
反対側では沙莉と紬先輩がいて、既に二人は着替え終わっていた。
二人共スタイルもよく果実もよく実っている為、こうして比べてみると完全に負け犬である。
沙莉は部活動でも活発に動く為か、肌が既にほんの少し焼けていて、日焼け後と白い肌の境界がほんのり分かる。
紬先輩はというと殆ど日に焼けてはおらず、肌の白さを保っていた。
そんな二人をじっと見つめていると、紬先輩が私達に声をかける。
「とりあえず、海に来たら自由行動でも良いかしら、海に入るもよし、フェスではしゃぐもよし、屋台を巡るのも良いと思うの」
真っ先に沙莉が反応し、身振り手振りを大きく取る。
「賛成ー! 今すぐにでも海入りたいし、色んなもん食べまくりた~い!」
元気よく手をあげて応えた沙莉に乗っかるように、綾乃も賛成する。
「私も⋯⋯聞きたいアーティストがいるから⋯⋯」
「小夏は? どうする?」
紬先輩が私の返事を待つ。
「うん、私も海行きたいし、かき氷も食べたいですから、沙莉に付いて行きます」
案の定、私の言葉を聞いたとほぼ同時に沙莉が密着してきた。
「こなっちゃん⋯⋯! あたしの事、やっぱり好きで──」
「あーー、あーー、ええから早く行くよ⋯⋯」
否定はしない、沙莉にはこの友達の輪以外でも私に良くしてくれていたりするので、今日みたいな特別な日には私から恩返ししたいというものだ。
恥ずかしさが拭い切れないが、私は抱きつかれた手を解き、もう一度その手を握って部屋の扉の前まで一緒に移動した。
「今日くらい⋯⋯付き合ってあげるから⋯⋯」
沙莉の顔を見れないまま真逆を向き、照れ顔を極力見せずに私なりの感謝を示した。
どうせこんな反応を示したとしても、沙莉はいつもの様に弄り倒して来るのだろう、私は反対を向いているから分からないが、今沙莉の顔はにんまりしているに違いない。無言のまま、沙莉の反応を待っていると。
「あ⋯⋯え⋯⋯? うん⋯⋯ほな、いこっか⋯⋯うん⋯⋯ね⋯⋯?」
え⋯⋯
いや⋯⋯
それは違う、違う。
知ってる反応と違う。
予想していた反応と違う。
どうしてそんな。
ずるい、これ以上は──
私が──
「何してるの、早く行くわよ二人共」
紬先輩の声で一時的に我に返り、私達は足早に部屋を後にした。
綾乃も紬先輩も見ていなかったのか、表情にも現れてはいない。
四人歩く中で、私と沙莉だけが
未だ頬を染めて前を歩いていた。
長い時間硬直し続けていた筈だが、恐らく一瞬の出来事だった様で──
海岸までの道すがら、繋いだ手から伝わる熱だけが、私達を溶かし合っていた。
✳︎
海岸までやってきた私達は、各々行きたい場所へ移動して散り散りに行動していた。
紬先輩は屋台を。綾乃は好きなアーティストを観にフェス会場に向かって行った。
綾乃曰く、頭に猫の被り物を被ってバンド活動をしているアーティストが好きで、今年のフェスに参加している、らしい。どんな陽気なバンドなんだろうか。
私と沙莉はというと、気持ちを落ち着かせる為にお互い海に入ろうと砂浜に立っていた。その前に。
「あの⋯⋯手⋯⋯」
流石に冷静になった私は、我慢できず、ここに来るまでずっと繋がれていた手を沙莉の前へ突き出した。
沙莉はもう片方の手で真っ赤になった顔を覆いながら言い訳を並べ始める。
「あ、ああ⋯⋯いや、ちゃうねん⋯⋯その⋯⋯こなっちゃんの事は、好き、やけど⋯⋯そういうのとはちゃうくて⋯⋯攻められるのが⋯⋯な⋯⋯」
こんなにも弱々しい沙莉を見るのは初めてだった。いつも私を攻め立てていた沙莉が、攻められる側になるとこうもふにゃふにゃだとは。
「分かってるよそんなん⋯⋯だからっていつまで握ってんのって⋯⋯もう、汗でびしゃびしゃやんか⋯⋯」
今にも思い出してしまいそうになるあの部屋での一瞬を、私は繋がれた手と一緒に振りほどいた。
「じゃあ⋯⋯海、入るんでしょ⋯⋯ほら、行くよ?」
真っ赤な顔を隠す様に、片腕を顔に当てている沙莉は無言で頷き、私の後ろに付いて歩いた。
ずっとこの調子なのだろうかと思っていたが、海に入ってからはいつもの調子が少し戻った様で、真っ赤になった顔は無くなっていた。
でも、いつも過剰なスキンシップが海ではかなり控えめだった気がする。
✳︎
沙莉に一頻り構った後は一度全員集まり、昼食を済ませていた。その後は色んな屋台を巡ってみたり、持ってきたビーチボールで遊んだりと、時間を忘れて海を満喫した。
そして夕日が町を包む前の時刻、私達は最後に、綾乃の言っていた猫の被り物バンドの生演奏を見にフェス会場まで足を運び、その空間を全身で堪能しに行った。
猫の被り物をしたアーティストは意外にもごりごりのロックバンドだったもので、綾乃のセンスがイマイチ分からなくなったのは私だけではないはずだ。
私はそのバンドを見るのは初めてで、終わりまでずっと頭は暑くないのかと疑問に感じながらも楽しんだ。
そうしてすっかり夕陽も顔を出して、海の色と合わせたコントラストが私達を包んでいた。
少し遊び疲れ、私は一人アイスを片手に海岸へ座り、海から夕日を眺めていた。
今日は生きてきた中でも、特別に思えた時間だった気がする。友達の見たこともない表情も、私の感じた事のない感覚も、全部楽しい思い出になったとそう感じる。
ただどうだろうか。
猫巫女になっていなくても、この一日はあっただろうか。そしてこの先、私の日常は平穏でいるのだろうか。
そんな事を片隅で考えて、ビーチボールを取り出す時に持ってきていたモノクルを手に取って天眼を発動し、片目で海を見る。
迷魂も何もない、夕日の海に足された流れる星が、より一層この景色を幻想的に映す。
そうして天眼モノクル越しの景色をじっと眺めていると、綾乃が隣に座ってきた。
「小夏ちゃ⋯⋯楽しかったね、ビーチフェス⋯⋯」
「あ、綾乃! うん、楽しかった!綾乃ロックバンドとか聴くんだね⋯⋯」
「うん⋯⋯普段からよく聴くんだ⋯⋯あのバンドさん達だけだけど⋯⋯」
綾乃が隣で三角座りのまま、好きの思いを打ち明けてくれた。
「意外だったなあ⋯⋯まだまだ仲良くなれるね、私達」
綾乃に向けて、私は笑顔を送った。
綾乃も向日葵のような笑顔を私に送り返して見せ、前のめりに私に迫って来た。
私の片腕に大きめのメロン二つの感触が襲う。
「うん⋯⋯! 小夏ちゃ⋯⋯! また来年も海、行きたいね⋯⋯!」
「う、うん⋯⋯凄い⋯⋯」
「⋯⋯?」
「ああいや、また行こう、ね! あはは⋯⋯」
片腕にその感触を残したまま、前のめりになった綾乃を元の姿勢に戻す。
でっか⋯⋯。
格差に絶望しそうになっていると、綾乃が何か言いたげにもじもじしている。
私はそれを見て
「ん? ど、どうしたの? 綾乃⋯⋯」
綾乃は少し動揺しながら口を開き
「ううん⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯最近、明るくなってるというか、行動的になったかなって⋯⋯」
「そうかな? いつも通りだと思うけど、なんか変?」
「変じゃないの⋯⋯でも⋯⋯えっと、思ってる事、言うね?」
改めて、綾乃は私に真剣な顔を向けた。あまり見ない眼差しをしているので思わず息を呑んでしまう。
「えっと⋯⋯なにか、隠してない、かな⋯⋯そのモノクルだって⋯⋯」
「え、あ、ああ⋯⋯隠してるっていうか、これは、その⋯⋯」
綾乃は再び私に詰め寄り言葉を続ける。
「この前もお弁当食べてる時、ずっと考え事してた、よね⋯⋯何かあるんだったら、相談して欲しい⋯⋯友達だから⋯⋯」
まさか綾乃がそこまで歩み寄って、私の事を思ってくれていたとは思わなかった。
だが友達とはいえ、言うべきなのだろうか。
最近の私と、私の猫の事を。
「えっと⋯⋯うーんと⋯⋯その⋯⋯」
言葉に詰まり、少しの間沈黙が流れる。これはもう言わなければ進まない所まで来てしまっている。
これがゲームやアニメの物語なら、種明かしすべきは最後の方や、誰かしらにバラされるパターンがあるだろう。でも私は、友達に嘘を付いてまで、猫巫女を続けたくなかった。
多分、きっと、どうにかなる。私は恐る恐る、綾乃に向き合い、口にする事にした。
たとえ禁じられていたとして、恐れる必要なんてない、私は私の猫巫女を、やり遂げてみせるだけ。
「うん⋯⋯分かった。⋯⋯綾乃、私ね。猫巫女に、なったんだ」
続けて綾乃に向けて秘密を話す。
「ゴメン、よく分かんないよね。猫巫女って、言われても⋯⋯あのね」
静寂の中放たれる私の言葉を一つ一つ、綾乃は胸の中に仕舞い込んでいく。
猫巫女とは何か、ラオシャが居ること、今までやって来た事を綾乃に説明し、打ち明けていった。
最初こそ不思議がっていたが、綾乃は最後まで私の話を聞いてくれた。
そしてそんな私達の後ろで、真剣な話をしていると察してくれていたのか、紬先輩と沙莉は少し離れた所で食べ物を食べながら私達を待ってくれていた。
「その町の迷魂を全部還すのが、私とラオシャの役目なの」
綾乃は少し深呼吸をした後、少しずつ言葉を並べてくれた。
「小夏、ちゃん⋯⋯ありがとう、話してくれて⋯⋯」
「ゴメンね、何となく、秘密にしといた方が良いかなって思って、話さなかったんだけど⋯⋯そ、そんなに思い詰めた顔してたかな?」
恐らく私が迷魂に対して使う技を考えている時だろう。思い返してみるとその日はずっと頭で考えていて、あまり綾乃達との会話にも参加していなかった気がする。綾乃はそんな私の様子をずっと心配してくれていたのだ。
「うん⋯⋯その前の日も、ちょっと⋯⋯動物の匂いも少ししてたから⋯⋯」
こんな時に猫巫女基本スタイルの弊害が露わになってしまったが、綾乃はそれ程良く私の事を見てくれていた証拠だろう。
「ああ⋯⋯朝起きたらラオシャを吸ったりしてるから⋯⋯」
明日ラオシャを洗う予定を立てた所で、沙莉から声がかかった。
「お、お~い、そろそろ帰らな暗なるで~!」
「う~ん! 今行く~! じゃあ、行こっか。今度、私の家に招待するよ、その時にまた一杯話そう?」
「うん⋯⋯! ありがとう、小夏、ちゃん!」
私は綾乃に約束をし、沙莉達と合流して宿へ戻っていった。
それにしても、こんなにも早く友達に打ち明ける事になるなんて予想もしていなかった。
帰ったらラオシャにも報告しよう。
今日は本当に色々ありすぎた。
✳︎
「そんな訳で、綾乃にだけ話しちゃいました」
後日、綾乃を私の家へ招待し、自室にてラオシャを紹介しながら、綾乃に猫巫女について明かした事を話していた。
ラオシャが話し出す光景に綾乃は怖がっていたが、今は多少落ち着いている。
「まあ、事前に禁止されたりしてなかったし、良いかなって思って⋯⋯」
クッションの上でおっさん座りのラオシャは、綾乃の方をじっと見ながら話し始めた。
「まあ、致し方ないの。ほれ、小夏が昨日からやり出したゲームのストーリーでもあった様に、いつかはバレてしまう物よ、遅い早いは問題では無いな。それに、彼女はなるべくしてなったとも言えるかも、のう」
ニヤリと口角を上げながら、私の方を見つめてくる。
私の隣にいる綾乃はというと、私の部屋に入ってから、モニターの下の小さな収納に置いてあるゲーム達を眼鏡も輝かせて見つめている。
アニメ好きである彼女もまたゲームを嗜むのだろうか。
そう言えばゲームをする事は話していない事を思い出したので、猫巫女の話が終わったら綾乃の話も聞いてあげよう。
それはさておき、先程のラオシャの言葉に疑問を抱く。
「なるべくしてっていうのは、どういうこと?」
綾乃も頭に?を浮かべてラオシャの方を見つめ始める。
そしてラオシャは口を開き、とんでもない事を言い出した。
「うむ、綾乃は猫巫女の適正ランク第二位じゃからな。小夏が逃げ出したら、次の候補の綾乃を猫巫女にするつもりだったんじゃよ」
「「えええええー!」」
綾乃と口を揃え、驚きの声を漏らした。
「これも何かの縁じゃし、綾乃も私と契約して、小夏のサポートに回るというのはどうじゃろうか?」
ラオシャの思い切った提案に、私は堪らず反応する。
「いやいや駄目だよ! いくら何でも友達を巻き込むのは──」
私の言葉を遮り、綾乃がラオシャの言葉に返事をした。
「あ、あの! ⋯⋯それ、私、やります⋯⋯猫巫女、やらせて下さい⋯⋯」
「決まりじゃな♪」
「なんでぇ!」
この日を境に綾乃は猫巫女の契約を結び、町には二人の猫巫女が生まれましたとさ。
「めでたい、のかなあ⋯⋯」
猫巫女になってから、色んな事が起きていたんだと、身に染みた私でありました。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。
まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。
温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。
異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか?
魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。
平民なんですがもしかして私って聖女候補?
脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか?
常に何処かで大食いバトルが開催中!
登場人物ほぼ甘党!
ファンタジー要素薄め!?かもしれない?
母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥
◇◇◇◇
現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。
しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい!
転生もふもふのスピンオフ!
アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で…
母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される
こちらもよろしくお願いします。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
大失恋した稀代の魔術師は、のんべんだらりと暮らしたい
当麻月菜
ファンタジー
ナルナータ国には国王陛下から直々に<慧眼の魔術師>という二つ名を拝命した稀代の魔術師がいる。
しかしその実態は、人間不信で人間嫌い。加えて4年前の大失恋を引きずって絶賛引きこもり中の公爵令嬢で、富と名声より、のんべんだらりとした生活を望んでいる。
そんなコミュ障&傷心&ずぼら魔術師ファルファラに一つの王命が下された。
『不穏分子であるとある貴族と結婚して内情を探り粛々と排除しろ』と。
それと同時に王子から『王命に従いたくないなら、北方の領主であり聖剣の持ち主であるグロッソと共に北方の魔物調査に行け』と取引を持ち掛けられる。
無論、ファルファラは北方の魔物調査を選んだ。
けれど道中、失恋相手と望まぬ再会をして事態はどんどんややこしくなっていく。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
器用貧乏の底辺冒険者~俺だけ使える『ステータスボード』で最強になる!~
夢・風魔
ファンタジー
*タイトル少し変更しました。
全ての能力が平均的で、これと言って突出したところもない主人公。
適正職も見つからず、未だに見習いから職業を決められずにいる。
パーティーでは荷物持ち兼、交代要員。
全ての見習い職業の「初期スキル」を使えるがそれだけ。
ある日、新しく発見されたダンジョンにパーティーメンバーと潜るとモンスターハウスに遭遇してパーティー決壊の危機に。
パーティーリーダーの裏切りによって囮にされたロイドは、仲間たちにも見捨てられひとりダンジョン内を必死に逃げ惑う。
突然地面が陥没し、そこでロイドは『ステータスボード』を手に入れた。
ロイドのステータスはオール25。
彼にはユニークスキルが備わっていた。
ステータスが強制的に平均化される、ユニークスキルが……。
ステータスボードを手に入れてからロイドの人生は一変する。
LVUPで付与されるポイントを使ってステータスUP、スキル獲得。
不器用大富豪と蔑まれてきたロイドは、ひとりで前衛後衛支援の全てをこなす
最強の冒険者として称えられるようになる・・・かも?
【過度なざまぁはありませんが、結果的にはそうなる・・みたいな?】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる