魔女の弟子

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第6章 疾走

疾走②

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「アストラエアの救出に向かう。」
私がエルザ師匠の弟子になってから6年目の夏、師匠はそう告げると、北の城壁へと向かったアストラエアを迎えに行くと言い出した。アストラエアからは、「墓守りのミラルダ」の追撃を退け、北の城壁までたどり着いたことまでは知らせが来ていたが、それ以降、長らく音信不通となっていた。
 アストラエアから届いた続報には、魔女集会のメンバーの一人「結晶のシーレ」によって北の城壁に幽閉されており、自らの力では脱出できないと記されていた。アストラエアがシーレに求めたのは、幽鬼(ファントム)に対抗するための手段である、「月光」と呼ばれる武器を借りることだったらしいが、シーレからの要求は、その引き換えとして、アストラエアを人質として拘束することだった。
 「6年も待たせておいて、これがシーレの答えか。まったく、世間知らずの引きこもり魔女はこれだから始末が悪い。」
 エルザ師匠は舌打ち混じりに悪態をつくと、早々に旅支度に取りかかった。当然、私も同行するものと思っていたが、師匠は私に家に残るように言い渡した。
 「北の城壁へは私一人で向かう。お前は他の魔女に預けるから、鍛練を続けておけ。」
 それだけ言い残すと、私が反論する暇も与えず、師匠は出発していった。
 翌朝、エルザ師匠のように日課の剣術型をこなしていた私を迎えに来たのは、魔女集会のメンバーの一人であり、エルザ師匠の友人である魔女「深い森のエルマ」だった。
「おはよう、ラルフ君!朝から精が出るわね。」
 エルマは軽い身のこなしで馬から降りると、肩までの黒髪を軽く払って、にこやかな笑顔を見せた。6年前に魔女集会で出会ったときと変わらず、使い古された皮のコルセットと編み上げブーツを粋に着こなす姿が印象的な魔女だった。エルマ本人の記憶によると、彼女が魔女になったのは18歳のときだったらしい。肉体的にはエルザ師匠よりも若いときに魔女になったことを理由に(エルザ師匠が魔女になったときの年齢は最後まで教えてはくれなかった)、エルザ師匠のことをよく年増扱いして、からかっていた。
 「おはようございます、エルマさん。ご無沙汰してます。」
 私は模擬刀を下げて姿勢を正すと、丁寧にお辞儀した。エルザ師匠から教わったことだが、魔女同士の慣例的な挨拶だった。
 エルマも丁寧なお辞儀を返してきた。
 「久しぶりね。ずいぶんと大きくなったなぁ、少年。」
 そう言うと、私の頭をポンポンと叩いた。
 成長期を迎えた私は同年代の子供たちよりも体格に恵まれ、目線の高さは小柄な体格であるエルマのものにまで迫っていた。
「エルザから聞いてると思うけど、君のことは私がしばらく面倒見てあげるわ。さっそくだけど、私の家に引っ越してもらうから、荷物をまとめてね。」
 それは初耳だったが、私は急かされるまま、着替えと何冊かの本をまとめ、家を戸締まりし、エルマの馬に乗せてもらった。
 エルマの家につくまでの道中、彼女とは、多くの会話をした。
「エルザからは何を教わってるの?」
「色々です。剣術とか、体術とか、勉強とか。あとは…」
 「あとは?」
 言いよどんだ私にエルマは質問してきたが、それ以上答えることを控えた。私が短く答えた内容にはあまりにも多くの事が含まれており、その全てが魔女と戦うための方法だった。エルマとは気さくに話が出来そうだったが、それでも、魔女を殺すことを目的にして鍛練していることを、彼女に話すのはあまり気持ちの良いものではなかった。なにより、私の鍛練の中身の大半は、「不死人」になることを目指す内容だったが、エルザ師匠からはそれを他人に話すことを固く禁じられていた。

 「不死人の存在は魔女集会のメンバーの中でも限られた者しか知らないことだ。間違っても他の魔女に不死人になる訓練をしているなどとしゃべるんじゃないぞ。ましてや、他の人間に対してなど、もっての他だ。」
 「どうしてですか?不死になれるなんて、すごいことなのに。」
 再三口止めをしてくるエルザ師匠に対して、私は疑問を返した。
 「人間たちが何故、古くから魔女の力を求めてきたと思う?魔女が兵器として扱われてきたのは事実だが、大半の人間の目的は不老不死の力を手に入れることだった。もしお前がそういう存在だと信じる者がいれば、お前はこれまで惨殺されてきた魔女たちのように、不死の秘密を調査するために拷問され、解体された挙げ句、ゴミのように打ち捨てられることになるんだぞ。」
 エルザ師匠からの脅しは私を黙らせるのに十分な効果を持っていた。

 気まずそうに沈黙する私に、エルマは質問を変えてきた。
「エルザとの生活は楽しい?」
 私は言葉を選びながらゆっくりと答えた。
「…そんな風に考えたことはありませんでした。エルザ師匠からの教えは何もかも厳しくて、でも、自分にとって新しいことばかりで、次は何を教えてくれるのだろうと、楽しみに思うことはあります。」
「そう。これは内緒だけど、エルザは君との生活を結構楽しんでいるみたいよ。」
 エルマは肩越しに私を振り返ると片目をつぶって見せた。
「エルザとは普段からよく手紙をやりとりしてるのだけど、彼女の手紙の話題といえば、ラルフ君のことばっかりだもの。『今日は新しい剣術の型ができるようになった』とか、『このご飯はよく食べたから今度も作ってやろう』とかね。君の成長が素直に嬉しいのね。」
 エルマ自身も嬉しそうに小さく頷きながら、穏やかな微笑みを口許に浮かべていた。
 私は馬上で揺られながら、北へと向かったエルザ師匠の無事を祈るしかなかった。
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