20 / 35
第6章 疾走
疾走①
しおりを挟む
馬上から、紅葉に染まる霧降山の山嶺を眺めていた私は、前のエルマからの声に、目を目的地に向け直した。
「着いたわよ。」
私は小さく頷くと、かつての故郷であるセント・アリアの入り口で馬から降りた。
「ありがとうございました。ここまで連れてきてくれて。」
馬上の主、「深い森のエルマ」は労うように愛馬の首を叩きながら私を見下ろした。
「お安いご用よ。私はこの辺りで待ってるから、ゆっくりしてきて…いえ、あなたの思うように時間を使ってきていいわ。終わったら声をかけてね。」
私はもう一度小さくと礼をすると、村の入り口に向けて歩を進めた。
村の敷地を縁取る簡素な石積の塀は、すっかり苔むし、人が住んでいた気配をいっさい感じさせないものになっていた。記憶をたどりながら私は朽ちた門をくぐると、村の中心へと足を向けた。
渡り烏によって焼かれた村の家屋は全て草木に覆われ、かつての平和だった時の姿とも、あの地獄の夜の業火に覆われた時の姿とも違い、止まった時の中で、ただ静かに佇んでいるようだった。
エルザに拾われ、魔女の弟子として生活を始めた後は忙しい日々が続いたが、それでもこの場所を訪れる機会が無かったわけではなかった。しかし、故郷に対する懐かしさよりも、死んだ両親を弔う気持ちよりも、渡り烏に襲われた時の恐怖が勝り、どうしてもこの場所に足を運ぶ気になれなかったのだった。だが、自分の身体と精神が大人に近づくにつれ、もう一度、自分の出発点であるこの場所に帰ってくる必要があると感じるようになった。
村の中央広場にさしかかると、草木に覆われた村の残骸とは対照的に、比較的新しい構造物が設置されていた。無くなった村人たちを弔うために、近隣の村と州軍が設置した、共同墓地を示す石碑だった。私は石碑の前に立つと、弔意を表す黒染めのマントの懐から、小さな花を取り出して供え、黙祷を捧げた。冷たい朝露の空気の中で、冬ごもりに向けた準備のために、木々を渡る鳥たちの声だけが響いていた。
黙祷を終えた私は、次に自分の生家のあった場所へと足を向けた。 かつての私の家は他の家屋と同様に、燃え尽きた残骸が草木に覆われていた。私は恐怖の記憶と共にこみ上げてくる吐き気を押さえながら、花を二輪供えると、手を合わせて目を閉じ、ここで命を落とした両親へと思いをはせた。既に両親との記憶は遠い過去のものになりつつあり、2人の顔を思い出すこともできなくなっていた。しかし、あの地獄の夜の炎の熱さと人が焼ける臭いだけは、忘れようにも忘れることはできなかった。そして、今もなお胸に燻り続ける報復心は、ますます私の魂を暗く焦がし続けていた。
渡り烏に襲われたあの日から6年の歳月が流れ、私はもうすぐ10才になろうとしていた。
「着いたわよ。」
私は小さく頷くと、かつての故郷であるセント・アリアの入り口で馬から降りた。
「ありがとうございました。ここまで連れてきてくれて。」
馬上の主、「深い森のエルマ」は労うように愛馬の首を叩きながら私を見下ろした。
「お安いご用よ。私はこの辺りで待ってるから、ゆっくりしてきて…いえ、あなたの思うように時間を使ってきていいわ。終わったら声をかけてね。」
私はもう一度小さくと礼をすると、村の入り口に向けて歩を進めた。
村の敷地を縁取る簡素な石積の塀は、すっかり苔むし、人が住んでいた気配をいっさい感じさせないものになっていた。記憶をたどりながら私は朽ちた門をくぐると、村の中心へと足を向けた。
渡り烏によって焼かれた村の家屋は全て草木に覆われ、かつての平和だった時の姿とも、あの地獄の夜の業火に覆われた時の姿とも違い、止まった時の中で、ただ静かに佇んでいるようだった。
エルザに拾われ、魔女の弟子として生活を始めた後は忙しい日々が続いたが、それでもこの場所を訪れる機会が無かったわけではなかった。しかし、故郷に対する懐かしさよりも、死んだ両親を弔う気持ちよりも、渡り烏に襲われた時の恐怖が勝り、どうしてもこの場所に足を運ぶ気になれなかったのだった。だが、自分の身体と精神が大人に近づくにつれ、もう一度、自分の出発点であるこの場所に帰ってくる必要があると感じるようになった。
村の中央広場にさしかかると、草木に覆われた村の残骸とは対照的に、比較的新しい構造物が設置されていた。無くなった村人たちを弔うために、近隣の村と州軍が設置した、共同墓地を示す石碑だった。私は石碑の前に立つと、弔意を表す黒染めのマントの懐から、小さな花を取り出して供え、黙祷を捧げた。冷たい朝露の空気の中で、冬ごもりに向けた準備のために、木々を渡る鳥たちの声だけが響いていた。
黙祷を終えた私は、次に自分の生家のあった場所へと足を向けた。 かつての私の家は他の家屋と同様に、燃え尽きた残骸が草木に覆われていた。私は恐怖の記憶と共にこみ上げてくる吐き気を押さえながら、花を二輪供えると、手を合わせて目を閉じ、ここで命を落とした両親へと思いをはせた。既に両親との記憶は遠い過去のものになりつつあり、2人の顔を思い出すこともできなくなっていた。しかし、あの地獄の夜の炎の熱さと人が焼ける臭いだけは、忘れようにも忘れることはできなかった。そして、今もなお胸に燻り続ける報復心は、ますます私の魂を暗く焦がし続けていた。
渡り烏に襲われたあの日から6年の歳月が流れ、私はもうすぐ10才になろうとしていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる