2 / 35
2
しおりを挟む
なんだか暖かいようで涼しくて気持ち良い。それに先ほどまで訓練していたというのに、汗の不快感も存在しない。というより、ここはどこだろう。
見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました私はぼんやりと考える。そもそも、訓練が終わってからここに来た経緯がわからない。うーんと伸びをして、記憶を整理していく。
そうしてしばらくすると、ここが知らない場所ではないことがわかった。騎士団本部の救護室。訓練場から少し離れたところにあり、普段は訓練場のすぐそばの簡易的な救護室に訪ねることが多かったため、すぐには思い至らなかっただけで、れっきとした第3騎士団の施設だ。
「ああ、良かった。目を覚ましたんだね。あまり無理をしてはいけないよ」
枕元から声がする。その方向に視線を向けると・・・。光沢のある薄茶色の瞳と交わった。
「お、王太子殿下。申し訳ございません」
その正体を認識し、慌てて飛び起きた。もともと訓練で体力を消耗しているところに、王太子殿下が護衛も伴わず現れたことに衝撃を受け、倒れてしまっただけだ。体調には何の問題もない。
「ああ、寝たままでかまわないよ。倒れてから心配で様子を見ていたけれど、迷惑だったみたいだね。申し訳ない」
綺麗な傷かわしげな瞳に見つめられ、返答に窮する。
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。お気遣いありがとうございます。ところで殿下は、なぜおひとりで訓練場までやってこられたのですか?」
やっとの思いで確認しておくべきことを、口にした。
「ああ、それは君の様子が見たかったからだよ。元気にやってるかなってね。何人も護衛を連れていたら訓練の邪魔になると思って一人で来たんだ」
屈託なく答える王太子に内心あきれてしまった。むしろ、護衛がいないほうが問題だ。
「そうなのですね。しかし、軽率におひとりで行動されては困ります。これからは誰か友のものをお連れください」
すっかり調子を取り戻し、騎士団長として進言する。
「そうだね。軽率だった。いくら君と二人で会いたいからって騎士団に迷惑をかけるわけにはいかなかった」
すまなそうに頭をかく王太子の、二人きりという言葉が反響する。なぜ、二人きり。
そうか、騎士団長としての勤めを果たしているか確認するためか。ようは試験のようなものだ。クッキーだって毒見のやり方の確認に違いない。思いついて、安堵した。これなら対処できる。
「もし、何か私の働きで気になることがあるのでしたら、何人見張りをつけていただいてもかまいません。この国で騎士となり、女性であるものが団長職についたのは初めてのことですから気にかかるのも承知いたしております。ですから、殿下ご自身で動くことは控えてください。どうしてもというならば、変装したうえで、護衛をつけて訪れてください。正体がわかってしまえば、良き団長を装うのも簡単です」
これで万事解決だ。完璧な提案だろう。素直な王太子はきっと納得する。
「アンジュはそういうのが好みなのか。なら、努力するが」
予想とは違い、いぶかしげな声で回答が返ってきた。
「はい、そのようにしていただけるとこちらも助かります」
これ以上何か言ってややこしくしても仕方がない。そう、自分に言い聞かせて話を終わらせた。
見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました私はぼんやりと考える。そもそも、訓練が終わってからここに来た経緯がわからない。うーんと伸びをして、記憶を整理していく。
そうしてしばらくすると、ここが知らない場所ではないことがわかった。騎士団本部の救護室。訓練場から少し離れたところにあり、普段は訓練場のすぐそばの簡易的な救護室に訪ねることが多かったため、すぐには思い至らなかっただけで、れっきとした第3騎士団の施設だ。
「ああ、良かった。目を覚ましたんだね。あまり無理をしてはいけないよ」
枕元から声がする。その方向に視線を向けると・・・。光沢のある薄茶色の瞳と交わった。
「お、王太子殿下。申し訳ございません」
その正体を認識し、慌てて飛び起きた。もともと訓練で体力を消耗しているところに、王太子殿下が護衛も伴わず現れたことに衝撃を受け、倒れてしまっただけだ。体調には何の問題もない。
「ああ、寝たままでかまわないよ。倒れてから心配で様子を見ていたけれど、迷惑だったみたいだね。申し訳ない」
綺麗な傷かわしげな瞳に見つめられ、返答に窮する。
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。お気遣いありがとうございます。ところで殿下は、なぜおひとりで訓練場までやってこられたのですか?」
やっとの思いで確認しておくべきことを、口にした。
「ああ、それは君の様子が見たかったからだよ。元気にやってるかなってね。何人も護衛を連れていたら訓練の邪魔になると思って一人で来たんだ」
屈託なく答える王太子に内心あきれてしまった。むしろ、護衛がいないほうが問題だ。
「そうなのですね。しかし、軽率におひとりで行動されては困ります。これからは誰か友のものをお連れください」
すっかり調子を取り戻し、騎士団長として進言する。
「そうだね。軽率だった。いくら君と二人で会いたいからって騎士団に迷惑をかけるわけにはいかなかった」
すまなそうに頭をかく王太子の、二人きりという言葉が反響する。なぜ、二人きり。
そうか、騎士団長としての勤めを果たしているか確認するためか。ようは試験のようなものだ。クッキーだって毒見のやり方の確認に違いない。思いついて、安堵した。これなら対処できる。
「もし、何か私の働きで気になることがあるのでしたら、何人見張りをつけていただいてもかまいません。この国で騎士となり、女性であるものが団長職についたのは初めてのことですから気にかかるのも承知いたしております。ですから、殿下ご自身で動くことは控えてください。どうしてもというならば、変装したうえで、護衛をつけて訪れてください。正体がわかってしまえば、良き団長を装うのも簡単です」
これで万事解決だ。完璧な提案だろう。素直な王太子はきっと納得する。
「アンジュはそういうのが好みなのか。なら、努力するが」
予想とは違い、いぶかしげな声で回答が返ってきた。
「はい、そのようにしていただけるとこちらも助かります」
これ以上何か言ってややこしくしても仕方がない。そう、自分に言い聞かせて話を終わらせた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる