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本編

おひとりサラの里帰り①※

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「この町に帰ってくるのも、久しぶりですねぇ」


 馬車にゆられながら、サラは窓の外を窺って目を細めた。
 サラの実家は、現職場から隣の町にある。因みに、前職場であったリリアーヌのお屋敷があるのもこの町だ。……距離的には近いのだが、帰るには少し腰が重い。そんな場所に、サラの実家はある。

 ほどなくして、馬車はこぢんまりとしたお屋敷の前で停まった。そう、ここがサラの生家だ。因みに、『気ままなおひとり様人生計画』における理想の屋敷でもある。
 彼女が馬車を降りると、黒い塊が彼女に向かって飛びついてきた。それを難なく受け止め、抱き上げてサラは笑う。

「ただいま!ミリア!!」
「おかえりなさい!サラおばさん!!」

 黒いふさふさした塊は、何とサラの腰くらいの背丈の少女であった。黒いおさげに緑色の瞳をした愛らしい少女である。しかし、特筆すべきは彼女、ミリアの頭の上だ。……そこには、髪の同色のピン!と尖った耳がふたつ、くっついていた。ついでに、彼女のワンピースのお尻からはフサフサした尻尾が揺れている。

「お母さんは?具合はどう?」
「かあさんはね、居間ですわってるよ!こっちこっち!!」

 もふもふと尻尾で叩かれつつ、サラは可愛い姪っ子に手を引かれ懐かしの我が家へと足を踏み入れた。手編みのレースや、地味だけれど質が良く頑丈な家具……少し配置が違えども、サラが見てきた頃のままそれらは優しく迎え入れてくれる。
 見慣れた傷のついた廊下を通り、居間への扉を開くと


「嗚呼、サラ。遅かったですね?」

 ここ最近で嫌というほど耳にした、甘やかなテノールボイス。サラは嫌な予感を感じながら視線をうごかすと…………
 完全無欠の美貌でもって、変態性を見事なまでに覆い隠したマクシムが―――――――実に爽やかな笑顔で、ソファに座って寛いでいた。

「何で此処にいやがるんですか変態野郎うぅうおぉおおぉ!!!!!!!」

 絶叫が、小さな屋敷の隅々まで響きわたった。








 事の発端は、昨日の夜。サラは、マクシムに『半年休暇を貰い、実家に帰る』旨を伝えたところまで遡る。この一週間、めくるめく熱い夜を過ごしたマクシムの部屋(彼いわく、愛の巣)で、サラは危機的状況に陥っていた。

「……………サラ………私から……逃げるなんて、許しません」

 『実家に帰る』宣言に顔色をなくした変態が、壁際に小さな彼女を追い詰めていた。其の手にあるのは華奢な銀色の鎖と紅い革の首輪である。明らかな監禁セット―――ご丁寧にも首輪の内側はベルベットを貼られており、擦れても痛くはなさそうだが問題はそこではない。鎖の長さはマクシムの部屋にあるトイレとベッド、浴室に余裕で届くものの、部屋の扉にだけ届かない絶妙な長さだが問題はそこではないのだ。
 多大なる誤解の気配に、サラは青くなりながらも眼前に迫る変態を押しとどめた。

「まっ、待って!待ってくださいマクシムさん!!!お話を聞いてくださいぃ!」
「…………聞いたら、貴女は私の腕をすり抜けていってしまうんでしょう?サラ、いけませんよ。悪い子ですねぇ……こんなに毎晩私に種付けされているのに、今更逃げられると本気で思っているのですか?こんなに私を溺れさせておいて、私を捨てると?…………貴女は本当にいけない子ですねぇ、サラ……………」


 調教が、足りなかったかな。


 およそ彼から出そうもない低音が、変態の唇からブツブツと聞こえてくる。これはサラへの言葉責めではない。心の声が漏れたというやつだ。そして、だからこそヤバイと冷静なサラが警鐘をガンガン打ち鳴らしている。
 次の瞬間、賢い彼女は即座に変態の鎮静化を図った。果敢にも、マクシムの腕の中に自ら飛び込んでギュッと抱きついたのである!
 逃亡を図ろうとしていた獲物サラの予想外の行動に、マクシムは硬直した。その隙を見逃さず、サラはとにかく大声で叫んだ。 


「実家の姉が!!!臨月なんですぅ!!!」







 サラには、年の離れた姉が一人いる。サラによく似た顔の姉……アリアは、獣人の男と結婚し何だかんだで仲睦まじく暮らしている。何故平凡顔の姉が、そんなドラマのありそうな結婚に至ったのか?全ては彼女の夫……サラの義兄にあたる、あの男のせいだ。
 ある春の日、突然庭先に現れた黒い毛並みの狼男は、姉を「自分の番」だと言い張り、砂遊びをしていた当時三歳の姉に求愛したのである。当然、烈火のごとく怒り狂った両親に何度も叩きだされながらも実に十二年間、彼は姉に求愛し続けた。そして、十三年目にしてようやっと想いが実ってめでたく夫婦つがいとなったのだ………その時できたのが、サラの可愛い姪っ子ことミリアである。
 サラが物心ついたときから毎月姉の部屋へ忍び込み、贈り物を捧げて帰っていくその狼野郎は……まぁ、彼女にとっても家族のようなものだった。結婚が決まったと聞いた時は、「やっとかーい!!!」と叫んだものだ。

 それはさておき、実はかなり前から「サラに出産と育児を手伝ってほしいの」と姉に頼まれていたのだ。そんな時に、マクシムの肉蒲団にくぶとん事件が重なった。告白して玉砕すると思い込んでいたサラは、心の整理をつける丁度いいタイミングだと思い今回の帰省を計画したのである。
 ところが、蓋を開けてみればこの通り。それなりに良い結果にはなったものの、今更帰省の予定は変えられない。マクシムに『明日言おう、明日言おう』とズルズル引き延ばした結果前日になってしまった、というわけである。

「どうしてその事をもっと早く言ってくださらなかったのですか?」
「…………………………何となくこうなる事が分かってたからですよぅ」

 サラは頭を抱えて呟いた。その首には紅い革の首輪と、銀色の鎖が繋がれている。もちろん、鎖の先にはマクシムが満面の笑みで立っていた。

「………………半年なんて、耐えられません」
「手紙は書くつもりですよぅ?」
「…………つもり、ねぇ」
「……………………………う、ううう………」

 正直、書けるかどうかは自信がない。出産の手伝いも大仕事だが、新生児の世話は終わりのない戦争なのだ。昼夜問わず二時間おきに目を覚まし、乳を要求し、オムツが濡れればまた泣き叫ぶ。何もなくても泣き喚く。言葉の通じない未知の生物との共同生活は嵐のような忙しさなのである。
 ……だからこそ、姉はサラに助けを求めたのだ。実家の母はベテランだが、腰も悪いので無茶は出来ない。義兄はとても甲斐甲斐しいが、ここぞという時に役には立たない。それに、大きいとはいえミリアだってまだ子どもだ。

「マクシムさんに会えないのは私も寂しいですよぅ。でも姉さんのことも心配なんです」

 瞳を潤ませてサラが呟くと、額に柔らかいキスが落ちてくる。見上げると、柔らかく微笑んだマクシムが彼女の頭を撫でていた。

「家族思いなサラも素敵ですよ。………分かりました。道中お気をつけて行って来てください。必ず、必ず半年したら帰ってくるのですよ?」
「は、はい!マクシムさん、分かってくれてありがとう……!!」

 感極まって震えるサラの背中を、熱くて大きな手のひらがゆっくりと撫でさする。……若干いやらしい動きだが、これから半年は禁欲を強いてしまうのだ。少しくらいのセクハラは許してやろう……。

 そう思ったのが、彼女の運のつきであった。

 その後、「半年分の貴女を堪能させてください」とのたまった変態のせいで実に散々な目にあった。
 首輪や鎖はそのまま裸に剥かれ、四つん這いでマクシムの肉茎に口でご奉仕させられたり……その際「ご主人様の濃いミルクですよ。たっぷりおあがりなさい」と頭から子種をぶっかけられたり。
 その後は「いやらしい匂いですね。発情期の雌犬にはお注射しなくては……!」と舌なめずりする変態に後から貫かれ何度も何度も揺さぶられ…………

「ふ、はは!可愛い雌犬ですねぇサラ!!ご主人様にどうして欲しいのですか!?ほら、言わなければずっとこのままですよ!」
「は、ァン!ごしゅッじんさまぁ!!イかせてぇ!や、やらしいサラをいっぱい、いっぱい犯してぇ!!!」
「もっとしっかり、説明……なさい!」
「ふぁァアん!!あ、サラのぉ!しきゅ、に……ッたねつけして、くらしゃ………ぁあぁあァァン!ごしゅじんしゃまぁ!」

 と、いう感じで散々啼かされまくったのである。ついでにいうと、途中から「犬はワンと鳴くものでしょう?」と囁かれ、何度も絶頂し頭のネジが吹っ飛んでいた哀れなサラは終盤ずっと「わぅ、わん!ワぁ……きゃぅうぅン!!!」と啼き叫んでいた。翌朝恥ずかしさのあまり憤死するかと思ったが、何とか彼女は生きている。………しかし、あの首輪や鎖はもう絶対につけたくない。というか、思い出したくない。アレは見つけ次第絶対に燃やす。ベッドの上で色んな意味でぐったりしながら、固く誓ったサラであった。




 そんなわけで、美貌の変態にしばしの別れを告げ、姉たちの待つ実家に帰ってきたというのに――――――――居間に、その、変態がいる。

 予想外の事態に、サラはくらりと目眩を覚えた。…覚えただけで倒れないのが、サラなのであった。
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