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本編
侍女の会~深夜のティラミス添え~
しおりを挟む「リリアお嬢様。折りいって『ご相談』がぁ………」
ベッドメイクを終えたサラが、珍しく思い詰めた表情で主であるリリアーヌに進言した。この『ご相談』の一言に、リリアーヌは表情を引き締め重々しく宣言する。
「分かったわ。第56回『侍女の会』、明日の夜十時に開催しましょう」
この宣言は瞬く間に侍女から侍女へと伝えられ………明晩、都合のついた者たちがリリアーヌの衣装部屋に集結した。リリアーヌとサラを除き、今回の参加者は三名。それぞれ情報収集力に秀でた歴戦の猛者達である。水筒を腰に、そして小さな籠かごに食べクズの出にくいお菓子を持ち寄り、総勢五名で『侍女の会』………別名『女子会』が幕を開けた。
「サラ、貴女の『ご相談』を当ててみましょうか………ズバリ!マクシムでしょう?」
まず最初に発言したのは、赤毛のアンヌ。軽いフットワークを駆使し、丁寧な物腰で情報の坩堝に突っ込んでいく切り込み隊長である。
「へっあ、な、何で分かるのぉ!?」
「……バレバレですわよ。『肉蒲団事件』からこっち、貴女あの執事の部屋に足繁く通ってらっしゃるじゃないの」
黒髪のジュリアが、冷や汗を流し始めたサラをフンと鼻で笑った。彼女はさる男爵家の庶子であり、それ故独自の情報ネットワークを持っている『侍女の会』の切り札だ。
「で?で?どこまでイッた?やっぱ最初からハードなの!?ドSだもんねぇ!!?」
鼻息荒くサラの肩を掴んだのが、お団子のミミ。いつも一つ括りのお団子頭をしているのだが、実はそこに小さなメモとペンを仕込んでいる新進気鋭の構成員だ。ただし、彼女の情報は好みもあってかゴシップ方面に偏っている。
「い、いってない!いくわけないでしょ!?怪我人だし、そもそも告白だってまだなんだからぁ!!!」
今回の『ご相談』発信者サラは、取手のない小さなティーカップに入れて固めた手製ティラミスを配り始めた。茶髪にこげ茶の瞳という、個性に乏しい色彩のサラには、口元に小さな黒子があるのでここでは通称『黒子のサラ』と呼ばれている。因みに、彼女は『侍女の会』におけるメインのおやつ係を担っていた。
「皆、そんな一気に詰め寄ってはサラが話しにくくなるわ。まずは、サラの『ご相談』を聞きましょうよ」
会長のリリアーヌがティラミスを受け取り、にっこり笑った。言っていることは正論だが、視線はカップに釘付けだ。その目は雄弁に『ティラミス食べたい!』と語っていた。………会員たちは長の言に従い、サラから手を放し木製のスプーンを手に取った。結局のところ彼らも夜に頂くティラミスの誘惑にうずうずしていたのである。
「…………『ご相談』というのは、例の変態野郎……マクシムとの、今後のことなんです」
ティラミスの表面を彩るココアパウダーをスプーンの先でならしながら、サラは重々しく口を開いた。この水切りヨーグルトを使ったティラミスは、今回の自信作だ。クリームチーズを使うよりいくらかあっさりしたの味になるので、夜食べる罪悪感が少しだけ軽くなる。……あくまで、『少しだけ』だが。
「……奴は、私が『嫌がる』のが好きなんですよぅ……」
ティラミスに舌鼓を打っていた会員たちが、食べる手を止めてサラを見る。………口に広がるコーヒーの後味にうっとり微笑みそうになったが、そこは歴戦の猛者。全員真顔で耐えきった。………いや、リリアーヌだけは頬を抑えてニヤニヤしていた。会長は気持ちが特に顔に出るタイプなのだ。
「『蔑む目がいい』とか、『嫌悪に歪んだ顔が最高』とか………それってつまり、私が奴を嫌がらなくなったら……好きになっちゃったら、興味が失せるってことじゃないですか」
そう。サラは、マクシムの変態性についてここ最近ずっと思い悩んでいた。
この度、全く目出度くないことにあの粘着性変態執事を好きになってしまったサラであるが、彼女の性質は至極…………『普通』だ。
好きな人は大切にしたい。優しくしたい。ついでに言うなら世話も焼きたい。サラは俗に言う、『尽くす』タイプの女なのである。
しかし、今までの行動を鑑みるに、マクシムは『自分に媚びない塩対応のサラ』に恋しているようなのだ。
いわば、今現在の彼らは女王様と哀れな下僕………いや、下僕は女王様に嫌がらせ等しないだろうから、女王様と変態野郎といったところか。
サドとかマゾとか、そういう枠に入ってくれればまだ分かりやすいのだが……マクシムの場合はそのどちらとも見当がつかない。いや、嫌がる顔を見て喜んでいるならばサドなのか?……ノーマルなサラは謎が深まるばかりであった。それ故に、どんどん恐ろしくなる。
「普通に告白して、それで『貴女にはがっかりです』とか言われたら、私…耐えられません……!」
食べ終わったカップを籠かごに戻したサラは、重いため息を吐いた。ついでに食べ終わった者から順次カップを回収する。
そうしてティラミスを堪能した一同は、次に赤毛のアンヌが持ってきた乾燥イチゴをつまみ始めた。ティラミスの味で慣れきった舌に、イチゴの濃い旨味と酸味が心地良い。持参した水筒から紅茶を一口飲むと、何とも言えない満足感がお腹の辺りに広がった。
「しゃら、わらひ……ンんっ!サラ、私は…マクシムがどう出るかはさておき、やっぱり告白はすべきだと思うわ」
リリアーヌはサラの手を取った。その白い頬は乾燥イチゴでふっくらと膨れていたが、眼差しはとても真剣だ。
「そうですね、磨り合わせは大切です。大体、『好意を隠して相手に冷たく接する』なんて高等技術、サラには難しいでしょうし」
「……酷いですよぅアンヌ、私ってそんなに分かりやすいですか?」
「………付き合いの浅い者か、鈍い輩は騙せるでしょうが、あの執事には絶対に通用しません。このチョコレートをかけても良いですよ」
一口チョコをサラの口に放り込み、赤毛のアンヌはため息をついた。口に広がるカカオの風味がサラの心をほんの少し解してくれる。
「……サラさん、万が一マクシムがそんな無礼な事を言うようなら、私に報告なさい。噂を駆使してジワジワ潰してさしあげますからね」
黒髪のジュリアが、そう言って自分の水筒を手渡しサラにすすめた。中には彼女こだわりのミルクティーが入っている。労るような言葉とミルクティーの香りに、サラの涙腺はじんわりと熱をもった。
「それにほら!!さぁ!もしかしたらさらなる調教の扉が開くかもしれないじゃん!?だからそんな悲観することないってぇ!あと、もし進展があったら報告ヨロ!詳しく!ねっとり詳しくね!!」
勇気付けたいのかゴシップ目当てなのか、お団子のミミが鼻息荒く乾燥イチゴを噛み締める。……心遣いは感じるが何があっても絶対彼女には報告はしない。サラはそう、程よい大きさの胸に誓った。
「決めるのはサラだわ。でも、もし何かあっても私達は乙女の味方。それが『侍女の会』の心意気よ」
乾燥イチゴを飲み込んだリリアーヌの言葉に力強く頷く『侍女の会』の面々。その心強い光景に、いよいよサラは泣きそうになった。………そうだ。言わなければ何も変わらない。心に立ち込めていた暗雲がゆっくりと晴れていき、彼女の心に火が灯る。
変態が何だ。恋に落ちた乙女はそんなことでは止まれないのだ。
……それに、振られても彼女には『気ままにおひとり様人生計画』という夢がある。仕事に生き、可愛い犬とのんびり老後を過ごすのだ!あの変態野郎のいない、穏やかで明るい未来が、しばらくぶりに息を吹き返した。―――と同時に、胸の奥がツキリと痛んだが、サラは知らないふりをした。
目の前には、自分を応援し支えてくれる仲間達がいる。頑張るのも結果を受け止めるのも自分自身だ。しかし、彼らの声援は、底しれぬ変態に竦んだサラに力をくれる。彼女の胸の痛みに負けない闘志を燃やしてくれる。
サラは、覚悟の面持ちで立ち上がった。
「ありがとう、皆さん。サラはあの野郎に負けません!女は度胸………告白、やってやりますよぅ!」
深夜、小さな拍手と声援に彩られた『侍女の会』は、変態野郎への闘志を新たに幕を下ろしたのだった。
―――――――その明け方。
朝焼けを眺めながら、サラは改めて『その日』を決めた。
「奴の………マクシムの怪我が治ったら、告白しよう。…だから、それまで」
再びツキリと痛んだ胸を見ないふりして、朝日の中彼女は高らかに宣言する。
「それまで精々、この恋を満喫してやる!」
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