ルミナリアはあまえんぼ

赤井茄子

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ルミナリアは『あまえんぼ』

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 日が差し込む秘密の部屋で、緑色の餅が蠢いていた。言わずもがな、レオパルドのコートに包まったメーベルト家の女王ルミナリアである。

「うふふ、ふふふ…………うふふふ……」

 レオパルドの肖像画やハンカチを豊かな胸元に抱き込んでコロコロと転がる緑餅を、男装の侍女ソルは微笑ましそうに見守っていた。
 いや、本心で言えば気持ち悪い。微笑ましく見守るような光景では断じてない。彼女も勿論頭では分かっているのだが……

「良かったですね、ルミナリア様!!これでようやっと両思い。完璧に夫婦ですよ!」
「うふふふふ!ええ!ありがとうソル!!戸籍と法律上だけでも良いと思っていたけれど、名実ともに夫婦になった喜びは!!やはり格別ですわね!!」

 絶妙に気持ち悪い言い回しも絶好調。数週間前までのカラカラに干からびたルミナリアはどこへやら、薄紫色の瞳には青い星が煌めき、白い肌はしっとりツヤツヤ、白銀の髪は陽光を反射しキラキラと輝いている。今の彼女を見た者は、十人が十人、地上に美の女神が降臨したと思うに違いない。
 ………その麗しい顔に、紺色の布を押し付けてハァハァと息を荒げていなければ、だが。

「…………うふ、ふふふ………はぁ、ついに!ついに手に入れましたわ!レオパルド様の御重宝を護るこの世で最も大切な!!聖なる布!!これもレオパルド様と毎晩同衾出来るようになったおかげですわね……うふ、ふふふ!うふふふふ!!!はぁ、たまりませんわ!!私、生まれ変わるならレオパルド様の下着になりたい……!!」

 恍惚とした表情でレオパルドの下着に頬ずりする変態主人を見守りながら、ソルはため息をついた。……この間、この主はついに愛しい夫と結ばれ幸福な人生を歩み始めた筈、だったのだが。

 前より悪化しているように見えるのは気のせい、だろうか?

 致し方なく、いつもの様にソルが主に諌言しようとした、まさにその時――――


「ルミナリアぁぁあーーーー!!!!!」


 ドゴォン!!とが大きな音を立てて黒い扉が開き、ルミナリアの夫……レオパルドが姿を現した。いつも整えている黒髪が乱れ、銀縁眼鏡も少しズレている。余程急いで来たのだろう。

「あら、騒々しい。何か御用ですの?レオパルド様」
「こんな奇特な部屋で何を白々しいことを!!それよりルミナリア!私のハンカチを何処へやった!?」
「ああ、あの見窄らしい布?………代わりのハンカチをお渡ししたではありませんか。諦めて下さいませ」
「くっ………やはり持っていったな!?返せ!ど、どうしてもと言うのなら………そのパンツは見逃してやる!!だからアレは返せ!!!」
「まぁあぁあ!!!宜しいんですの!?ええ、勿論ですわこちらに御座いますどうぞ持って帰って下さいまし!!!」

 すかさずハンカチを谷間から取り出したルミナリアに気の抜けたため息をつき………レオパルドは、ハンカチを受け取った。

「……………旦那様……むしろハンカチと引き換えに、下着を取り返すべきだったのでは?」

 ソルが首を傾げてつつ、レオパルドの方を伺うと………彼は耳まで真っ赤に染まっていた。彼の手元にあるハンカチは、メーベルト家の紋章にレオパルドのイニシャルを組み込んだ実に精緻な刺繍が施され………そこまで観察して、有能な侍女は全てを悟った。

 成る程、あれはルミナリアがレオパルドに初めて『贈った』ハンカチである。

 疑問の視線を、生ぬるい眼差しに変えた侍女から目をそらし、レオパルドはさっとそれを胸元に仕舞い込んだ。
 そして、パンツに顔を埋めて転がる緑色の餅に近付いていく。

「くふ、くふふふっ………レオパルド様の下着……うふふ………あっきゃふ!?」

 そして、ルミナリアの顔から強引に自身のパンツを引き剥がすと、明らかに不満そうな妻の唇に思い切り噛み付いた。
 そのまま肉厚な舌で桜色の唇を割り、逃げ惑う小さな舌に絡みつき、吸い上げ、妻の口内を存分に蹂躙していく。

「ぷ、はぁ……あ、はぁッ……れおぱるどひゃまぁ……むぁ、はふ」
「…………ルミナリア、本人わたしの目の前で、下着にばかり夢中になるとはいい度胸だ」
「ぁあ、そんな……そんなつもりは……らって、らってぇ………ッきゃん!」
「口答えするな、魔女め。………まだまだ躾が足りていないようだな?」

 相変わらずレオパルドの肖像画と私物にあふれかえった寝台の上に転がされる。気をきかせたソルはそっと天蓋を降ろし、秘密の部屋から出ていった。
 一方、問題のルミナリアはというと…………

「うふ、ふふふ………私を躾けられると本気で思っていらっしゃるなんて、レオパルド様は随分と自信がおありのようですわね?流石は下賤な種馬ですこと」
「……はぁ。そんな蕩けた顔で言われてもな」

 ………口調は氷の女王だが、その麗しい顔面は炎天下の氷菓子くらいに蕩けきっていた。苦笑したレオパルドが再び桜色の唇を舐めあげると、背中が震え体の力が抜けてゆく。
 

「では種馬わたしに屈服し喜んで種付けされる貴様は、種馬よりも卑しい雌馬だな。実に似合いの夫婦と言う訳だ」
「あぁ………わ、わたくしにそんな……なんと無礼な物言いを………!下賤な種馬ごときが、思い上がらないで下さいまし!」
「………はぁ。だから、そんな蕩けきった顔で言われてもな」

 もはや、ルミナリアの顔面は 真夏の氷菓子を通し越し南の島に置き去りにされた雪だるまのような蕩け具合である。レオパルドはと言えば、態々ルミナリアを侮蔑するような言葉を選んではいるものの………声音や口調は砂糖を煮つめて蜂蜜を加えたくらいにはドロドロに甘ったるい。
 この状況を侍女のソルが見たならば、口から蜂蜜と砂糖を飛び散らせながらむず痒さで悶絶しただろうが…………本人たちは、至って本気で会話しているのである。


「卑しい雌馬を調教するのは、不本意ながら夫の役目だ。さぁ、今日もたっぷり啼かせてやるぞ。覚悟しろルミナリア!」

「うふふ、ふふふ……あぁ、楽しみですこと。出来るものなら、どうぞ好きなだけ調教して下さいまし……愛してますわ、レオパルドさまぁあ………!!」

 ルミナリアがうっとりと微笑んで手を伸ばす。その手は振り払われる事なく、レオパルドの手のひらと絡まりあい、天蓋の中で二つの影がゆっくりと重なり倒れ込んでいった。








 こうして、あまえんぼの新妻ルミナリアは恋焦がれたレオパルドの愛をようやっと手に入れたのである。

 因みに、ルミナリアの変態的な『あまえんぼ』ぶりは、生涯変わることはなかったが…………それはそれなりに、幸せな結末だろう。
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