ルミナリアはあまえんぼ

赤井茄子

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ルーミィ3分クッキング

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「所用がありますので、今晩は精々ゆっくりとお休み下さいませ。レオパルド様」
「…………………所用?」 

 珍しく共についた昼食の席で、ルミナリアはそんなことを言い出した。無理矢理結婚してからこっち、毎晩欠かさずレオパルドを縛り上げ、詰り、精を搾り取っていたあの魔女が、なんと数奇な事か!

「所用とはなんだ?」
「うふふ、何故私が種馬風情に教えねばならないのかしら?」
「なっ………!!」

 美貌の魔女が、明らかな嘲りの微笑みを浮かべてイチゴを一口齧る。一筋滴る果汁が、何とも淫靡に彼女の桜色の唇を彩っていた。
 ………思わず生唾を呑む自分自身に本気で死にたくなるレオパルドである。ルミナリアはそんな彼にクスクスと愛らしい笑い声をたて――――白く美しい指で囓りかけのイチゴを、彼の唇に押し当てた。

「魔女め!何のつも………ッむぐ!?」

 口を開けた瞬間、紅い果実がレオパルドの歯に当たってジュワリと弾ける。甘酸っぱい果汁と共に口の中に広がる芳しい香りは、魔女の唇の名残だろうか。そう思い至った瞬間、桜色の唇に噛みついて存分に味わったあの夜の記憶が彼の脳内を一息に駆け抜けた。

『あぁ、レオパルドさまぁ……!はぁん、もっと………!』

 何度も何度もしゃぶりつかれ、レオパルドの唾液で濡れた魔女の唇が甘く囁く。薄紫色の瞳が灯の下でトロリと蕩けて、白く柔らかな肢体が彼の体に絡みつき――――

「ッ!!!やめろ!!」

 レオパルドは、些か乱暴に席を立った。奥歯を噛み締め、眼下で未だゆったりと微笑む魔女を思い切り睨み付ける。そして、足早にその部屋から出ていった。

 残されたルミナリアはというと、先程の悠然とした女王の微笑みをダラリとヤニ崩していた。そして、恍惚とした瞳で先程までイチゴを摘んでいた自身の指を見つめている。

「…………………うふ、ふふふ……!これで私の体液が混じった果実がレオパルド様の血肉に……うふふふ………最高ですわぁ…!」
「うわッ何で自分の指舐めまくってるんですかマゾナリヤお嬢様気持ち悪いですよ本気で止めてください」

 昼食後の支度をしにやってきた男装の侍女ソルは、心底気持ち悪いものを見る目で主人を見ていたが………ルミナリアは全く気にしない。

「だって、レオパルド様の唇に触れた指ですのよ?舐めればレオパルド様の体液を余すことなくこの身に取り入れられるし、いっそこの指越しに唇を重ねたことになるのではなくて?」
「はいはいなりませんよ間接キスを絶妙に気持ち悪い言い方しないで下さい。全世界の甘酸っぱい恋に悩む思春期の青少年共が絶望しますから!」
「あら、青少年は絶望を知ってまたひとつ大人になるのですわ」
「はいはい戯言ほざいてないで、今日の仕事をさっさと終わらせて下さい。今晩の予定に障りますよ、良いんですか?」

 それを聞いた瞬間、『蕩け切った笑みの変態マゾナリヤ』は引っ込んで『メーベルト家の女王ルミナリア』が現れた。
 毎度のことながら、この切り替えの早さには恐れ入る。ソルは内心で驚きつつ、そっとルミナリアの唇を清潔なハンカチで拭って口紅を美しく塗り直した。

「それもそうですわね。ソル、この後の予定を」
「レオパルド様のご実家が手掛ける孤児院の視察、彼らの教育費に関する相談を受けてからの帰宅となります」
「分かりました。参りましょう」

 ヒールの音を響かせ、背筋を伸ばしたルミナリアがゆっくりと席を立つ。白銀の髪を優雅にかきあげ、悠然と歩くメーベルト家の女王の姿に、使用人一同は崇拝にも似た面持ちで頭を下げた。





◆◇◆



 ――――――――そして、深夜。



テンテケテケテケテンテンテン♪

テンテケテケテケテンテンテン♪



 死にそうな顔の侍女ソル(コック服着用)による間抜けな木琴演奏に合わせ、白銀の髪をポニーテールに結い上げたルミナリアが厨房に姿を現した。因みに、シンプルなワンピースの上にフリルがついた薄水色のエプロンを着用している。明らかにレオパルドの瞳をコンセプトに作ったエプロンだろう。

「まず小麦粉、バター、砂糖、アーモンドパウダー、それから私の唾液を少し垂らしすり潰した紅茶の葉を用意しますわ」
「最後のけったいな代物は普通の茶葉とすり替えましたからね」
「はっ!?何故!?どうしてそんな酷いことをしたのソル!!!?」
「いや、酷くないですから。それ入れた方が逆に酷いですから」

 聡い方はもうお分かりだろう。彼らは、いやルミナリアは………

「致し方ありませんわ。素手で作るだけで良しとしましょう…では、作りますわよ」

 そう、レオパルドのおやつ用クッキーを作ろうとしているのである!

「うふふ、レオパルド様がそうとは知らず食した後、私が手ずから作った事実を暴露しますのよ。そうすれば、私を蛇蝎のごとく嫌っている潔癖レオパルド様は一度食したものを吐くことも出来ず、ままならない怒りを湛えたあの美しい瞳できっと私をさらに塵芥の如く睨みつけて下さることでしょう!!またレオパルド様から向けられる私への新たな感情がこの身に刻まれるのですわ!!最高ではありませんか!?ああっもうその瞬間を想像するだけで私、昇天してしまいそうですわぁ……!!」
「そういう事言いながら全然手が止まらない上に、鬼のように美味そうな出来の物を作れる貴女が本気で気持ち悪いですよ、マゾナリヤお嬢様」
「うふふ、美味しくなぁれ………美味しくなぁれ………なればなるほど、作戦の成功率が上がりますわ……うふふふ……!」

 ソルの心底引いた視線をものともせず、ルミナリアは可愛いお花の形をしたクッキーを数十枚完成させた。予め温めておいたオーブンにそっと差し入れ、後は焼き上がりを待つだけ―――そんな時。

「………キャッ!」
「あっ!ルミナリア様!!!」


 出来上がって気が緩んでいたのだろう。ルミナリアの腕が、オーブンの端に少し掠めてしまった。白い肌がみるみる赤くなっていく。
 血相を変えたソルが、すぐ様冷水に浸したタオルを火傷部分に押し当てた。

「大丈夫ですかお嬢様!?」
「ええ。驚いたけれど軽いものですし、問題ありませんわ……」

 シミ一つない肌に、火傷の赤い跡が実に痛々しい。軽いものだし、水膨れにもならず跡も残らないだろうが……それでも、痛いものは痛いだろう。薄紫色の瞳に涙を溜めた主人を見て、ソルは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになっ―――――

「レオパルド様のクッキーを作る為に出来た火傷ということは、実質これはレオパルド様に施された焼印ということになるのではなくて?あ、あぁっ………数多の恋愛小説で奴隷に焼きごてで所有印をつけるシーンを見て参りましたが、まさかここまで興奮するものだったなんて………はぁぁああ!最高!最高ですわ!!!!ソル!!この肌を永久保存する為に何かいい案はありませんこと!?」
「……………………………あるわけねぇだろうがこの変態マゾナリヤお嬢様がぁぁああ!!!!!!」


 涙で濡れた瞳で恍惚とそんなことを言い出した変態主人に、ソルの後悔は跡形もなく吹っ飛んでいったのであった。





◆◇◆



 次の日のおやつ時。レオパルドはルミナリアに呼び出され、庭先の東屋で紅茶を飲まされていた。

「………………一体何を企んでいる?」
「あらあら、そんな物騒な目で睨まれることはしておりませんわ」
「昨晩は何をしていたんだ?」
「種馬風情には教えないと言った筈ですわよ?」
「そうか。言えないことということか。はっ!とんだ淫婦だな、流石は魔女といった所か」
「そんな、昼間から端ない言葉を……下賤の種馬はこれだから嫌ですわ……」

 ぎりぎりと睨みつけるレオパルドの視線を優雅な微笑みでルミナリアが受け止める。メーベルト家自慢の庭には春の花が咲き乱れ、温かい風にのって黄色い蝶がそこかしこで舞踊っているというのに………この東屋にだけ雪がちらつきそうな程の冷気が漂っていた。
 そんな不穏なお茶会に、ルミナリアお抱えの侍女ソルが銀のお盆をもって現れた。

「どうぞ、旬のダージリンを使用したクッキーでございます」

 小花が散らされた皿の上に、完璧な焼き加減のお花型クッキーが並べられている。昨晩ルミナリアが作り上げた至高の一品だ。
 まずは自分が食べてレオパルドの警戒を解こうと、腕を伸ばした瞬間―――大きな手が、ルミナリアの細い腕を思い切り掴んだ。

「…………………何だ、これは」
「あっ」

 白い腕に一筋、赤い線が痛々しく走っている。そう、昨晩クッキーを作る最中に出来てしまった件の火傷である。目立たない場所であるし、どうせレオパルドはルミナリアの体をまじまじ見ないだろうと彼女も高を括っていたのだが……まさか、見つかるとは。

「これは何でもありませんのよ。お気になさらず」

 ルミナリアが腕を引くも、全くびくとも動かない。内心では愛しの夫に触られたことと火傷がバレて動揺しまくりなルミナリアを、レオパルドは苦々しい顔で睨みつける。

「昨晩、何処で、何をしていた?」
「………何も」


「 言え、ルミナリア 」


 その瞬間、ルミナリアの中で凄まじい衝撃が走り、彼女の思考を尽く白く焼き尽くした。『薄氷のような瞳を怒りでギラつかせた最愛のレオパルドに、地を這うような低い声で命令される』という自身の妄想の中でしかお目にかかれないマゾ垂涎のこの状況。座っていたから良かったが、もしも立っていたら腰から崩れ落ちていたことであろう。
 ………………体を(歓喜と興奮で)震わせながら、ルミナリアは小さく口を開く。

「厨房で、クッキーを………作った時に少し、火傷を」
「………何?」
「こちらのクッキー、私が手ずから作ったものなのですわ」

 本当はレオパルドが口に含んで咀嚼して飲み込んでからバラす予定だったというのに。もうこれで、彼がこのクッキーを食す可能性はゼロになったが………致し方あるまい。他ならぬレオパルドにあんな目で命令されて従わぬなど、ルミナリアには不可能だ。計画の失敗は非常に残念だが、こんな素晴らしい状況を味わえたのだから文句はない。
 ルミナリアがそんなことを考えていると、目の前に花型のクッキーが差し出された。

「…………れ、レオパルド様?……むぐ」
「…………………」

 苦虫を噛みつぶしたような顔をしたレオパルドが件のクッキーをつまみ上げ、ルミナリアの唇にグイグイと押し付けてくるのである。ルミナリアは薄紫色の瞳を瞬かせながら、ひとまずまたも出来上がったこの素晴らしい状況を堪能することにした。

「れ、れおっ………はむ」
「…………………………」

 口の中のクッキーを飲み込むと、また新しいクッキーを押し込まれる。骨ばった長い指が唇を掠めるたび、ルミナリアは背筋がゾクゾクするのを感じていた。
 それを何度も繰り返し、ついに最後の一枚を咥えさせられた。

「…………………これだけ食べて貴様が無事なら、危険なものは入っていないな」
「へ?………はぶッ、!!!」

 咥えたクッキーごと、ルミナリアの唇は大きな口にバクリ!と食いつかれた。分厚い舌がクッキーをさらい、噛んでいた彼女の前歯や口の中をぐるりと舐める。
 ひとしきりそうして舐めとった後、薄紫色の瞳を見開き硬直するルミナリアにレオパルドはボソリと呟く。

「美味しかった。……次はココア味が良い」

 そう言って、容量を超えた事態に依然固まっているルミナリアを東屋に残しレオパルドは足早に去っていった。












「……………………………ソル」
「はい。二度目のキスおめでとうございました、お嬢様」

 物陰から出てきた腹心の侍女の服の肩を掴み、ルミナリアはゆっくりと立ち上がり………こう言った。

「保存液を!!!!用意して!!今すぐ!!!!!」
「だから何でそうなるんですか貴女はーーーーーー!!!!!!」

 至極真っ当な侍女の叫び声は、爽やかな青空にどこまでもどこまでも吸い込まれていった。
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