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新婚旅行編

海が見たくねぇか?

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 寝室の、大きなベッドの脇で、項垂れた雲海サメが一匹。まるで浜辺に打ち上げられたようにくったりと萎れている。

「あ゛ー、なんだ。その、良いじゃねぇか。雲海サメでも」
「良かないよぉ……アタシはてっきり、雲イルカだとばかり思って……」

 ジルの逞しい腕に抱かれながら、ポルカは恥ずかしさで死にそうな気持ちになっていた。
 別に雲海サメ自体がダメという訳ではない。ただ、ろくすっぽ確かめもせずに雲イルカだと思い込んで、今の今まではしゃぎまくっていたことが恥ずかしかったのである。

 ――おまけに、ジルに鳴き真似してる所まで見られちまって!

「……因みに、雲イルカの鳴き声は『ガォー』じゃねぇ。『キュイキュイ』だ」
「ングぅッ!!!!!!」

 悪気はないが、切れ味抜群のツッコミがポルカを襲う!!
 哀れ、恥ずかしさが限界を突破した雲海サメポルカは――ジルの腕の中でさらにペションと萎れてしまったのだった。

「活きの悪い雲海サメだな」
「う、うゔ、ぅ~~~~……」
「なぁ、ポルカ」
「…………何だい」

 項垂れたポルカの頭を、フードの上から大きな手のひらが撫でる。八つ当たりだと思いつつ、ポルカは恨めしそうに己の夫を睨み上げた。
 すると空かさず、涙の浮かんだ目尻にジルの唇が降ってくる。
 ちゅっと音を立てて、涙を吸われれば、ポルカの八つ当たりしたいムカムカは弾けとんで消えてしまった。

 ちゅ、ちゅっ……ちゅぅ

 ジルのキスは柔らかい。
 それは、下界にいた頃から――なんなら報復されていると勘違いしていた時ですら、変わらない。
 およそ強面から出ているとは考えられないような、可愛らしい音を立てて、ジルの唇は耳の横あたりからポルカの輪郭をなぞる。
 時折耳殻を食まれたり、耳穴に軽く舌を入れられたりするものだから、ポルカの腰はあっという間に抜けてしまった。

「お前、海が見たくねぇか」
「んっ……ぅ、海?」

 ぽやんとしてきたポルカの頭の中に、大きな水たまりが現れる。
 水色の大きな大きな水たまりの真ん中で、雲イルカ……は、分からないので、雲海サメが『キュイキュイ』と鳴きながら三日月型に飛び跳ねた。

「つっても、下界みたいな水の海じゃねぇけどな。雲の海も良いもんだぜ。釣りも出来るし、浅瀬なら泳いでも墜ちる心配はねぇし」
「…………雲の、海…………!」

 ポルカの頭の中に出来上がった海が、水の海からモコモコとした雲の海に早変わりする。
 その真ん中で、浮き輪をつけたポルカと雲海サメがクルクルと泳ぎ踊り始めた。

 ――思えば下界にいた頃は、結局海をこの目で見られなかったよねぇ。

 何せ、海は遠かった。
 村から海までは乗り合い馬車を何度も何度も乗り換えて、気の遠くなるような時間をかけないと見られない程遠くだったからだ。
 そんな時間はなかったし、そもそも旅行に金を使うくらいなら夕飯のオカズを一品増やしたい――そんなポルカである。

 ポルカの中で、『海』は、商人の娘さんだった義娘からもらう絵手紙で見たっきり。

「――行きたい」

 返事は、後先を考える前につるりと口から飛び出してしまった。
 言ってしまってから、「あっ」と慌てて口に手を当てた後ポルカは何度も首を振る。

「何だテメェ、行きたいんじゃねぇのかよ」
「で、でも、遠いんじゃないかい?時間だってかかるし」
「下界は兎も角、妖精の国ここじゃあ海は貴重な観光名所なんだよ。設置されてる転移門をくぐればひとっ飛びで行けるから、時間はそんなにかからねぇ」
「でも門だってんなら、通行料かかるんじゃ」
「……俺ぁな、ポルカ。転移門ごときの通行料すら払えないほど、甲斐性なしじゃねぇよ」

 ちゅ、とジルの唇が、ポルカの唇に覆い被さってくる。ジルの一口は大きいので、大きめだと思っているポルカの口はすっぽり食べられてしまった。
 そのまま、ちゅうちゅうと何度も唇を合わせるうちに、ポルカの不安やら申し訳無さはトロトロと蕩けて消えていく。

「行きてぇか?ポルカ」
「ぁ、……い、きたい……ンッ」

 トドメとばかりに耳元へ、愛しい男の囁きを流し込まれ、ポルカの理性はついに白旗を上げた。
 そのまま気持ちよさに目を閉じて、ふわふわした心地で何度も降ってくる唇を感じていると……
 
「ん、連れてってやる――海にも、天国にも」
「へ……ぇ!?」

 何やら不穏な言葉が耳に掠める。
 そして次の瞬間、雲海サメポルカの体は大きなベッドの海へ沈んだのだった。
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