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朝焼け色の花嫁

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 言わずもがな、扉の向こうに立っているのは新郎のジルである。

「旦那様。お迎えの時間までまだ時間はございますが」
「……時間には、余裕をもったほうがいい」
「まぁ、それは確かに。丁度奥様の準備も整いましたから、会場までエスコートをして差し上げて下さい」
「ああ」
 
 ふ、とジルの視線がポルカへ移る。

 ――あ、溶けた。

 朝焼け色の瞳が眩しそうに細められ、頬と口元がトロぉっと緩んだ。しかし、次の瞬間には無理やり口が引き締められ、まるで鬼のような形相に変わる。

 ――難儀な男だねェ、勿体無い。

 別に今日一日くらい、ダラシなく緩んだ顔をしたって誰も怒らないだろうに。堅物で不器用で口下手なこの男は、どうにも長年の癖からか、照れ隠しで怒った顔になっちまうらしい。全くもって、大損している。

「ジル」
「何だよ」
「おめでたい日なんだからサ、態々そんな引き締めなくたっていいんだよ?」
「……これは、地顔だ」

 仏頂面で唸るジルにため息をつき、ポルカはえっちらおっちら歩いて彼の隣に並んだ。
 因みに、ジルは灰色のスーツを着込んでいる。けれど灰色一色というわけではなく、スーツには白の細かい縦縞が織り込まれていて何だかお洒落だ。おまけにこの縦縞がまた、ジルの逞しい体の筋肉をうっすら浮かび上がらせていた。おまけに胸元に挿した薄紅色の薔薇が、ほどよい甘さを醸している。

 ――ため息が出そうなくらい、色男になっちゃって!

「でもアタシの目の色に合わせなくたってよかったのに……地味だろ? 灰色なんて」
「良いんだよ、これで」
「うーん。まぁ、生地も上物だし……アンタが良いってんなら、いいけどさ」
「似合わねぇかよ?」
「ううん、今までで一番男前にキマってる」

 ジルの耳が一瞬で真っ赤になった。………本当にこの男は、口より耳の方が喋り上手なのかもしれない。
 ポルカは小さく笑って、ジルの腕に手をおいた。

「さ、エスコートしとくれ! 
「……ああ」
「あっ! ただし、ゆっくりだよ! このドレス重くってさ、歩く時にヒールで思いっきり裾を蹴り上げないと進めないんだから」
「……ああ」
「ちょっとジル、大丈夫かい? アンタさっきからおんなじ返事しかしてないけど」
「……ああ」

 ちょっとずつ、ちょっとずつ。ドレスを蹴り上げつつ歩いていけば、大広間へ続く両開きの扉が見えてきた。扉の向こうからは荘厳な音楽が漏れ聞こえている。扉に控えた神官が笑顔で小さく手招きするのを察するに、どうやら時間には間に合ったらしい。
 ホッと一息ついて、ポルカはもう一度ジルを見上げた。

「……ポルカ」
「ん? 何だい?」
「あ゛ー、その……なんだ。あの」
「だから何だい?時間が押してるんだから早くしなって」
「五月蝿えちょっと待て、あ゛ー……あの、な」

 ジルの後ろにある飾り窓から光が差し込んで、透けた赤毛が燃えるように見えた。

「綺麗、だ」

 朝焼け色の瞳の中には、呆けた顔をしたポルカが映っている。

 きっとポルカの灰色の瞳の中には、鬼のように凶悪な顔をしたジルが映っていることだろう。

 ――でも、そこが一番可愛い所だって思うんだからアタシもどうしようもないネ。

 両開きの扉が開け放たれ、音楽と共に沢山の拍手が湧き上がる。
 青く青く晴れ渡った空の下で、この日一組の夫婦が羽の付け根に誓いを立てた。

「アンタって妖精ひとは。ホントに、顔もお口も不器用なんだから」
「……五月蝿え黙れ」

 参列客が放り投げた薄紅色の花びらが、青空に舞って二人へ降り注ぐ。
 二人の誓いは、その命が尽きるまで続き。やがて命が廻っても、きっと必ず世界の何処かで巡り合うだろう。

「ポルカ」
「ん? 何だい?」
「俺ぁ……世界で一番、幸せだ」

 見上げると、逆光の中で――愛しいジルが、顔をクシャクシャにして笑っていた。

「……もう、ジルったら。アンタは一番じゃないよ」
「あ゛ぁ?」

「一番幸せなのは、このアタシさ!」

 ポルカは、お日様とジルに負けないくらいニカッと笑った。
 仏頂面に戻ったジルは、そんなポルカを抱き上げて抱きしめつつ、フンと鼻で笑う。

「ホントだろうな、嘘つき女」
「う、ウソじゃないよ! ホント!」

 二人の唇がゆっくりと重なり合う。
 うそつきのポルカ・ミラーは、これからもきっと事あるごとに小さなウソをつくけれど……

 幸せなことは、ずっと本当だ。


【END】
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