うそつきのポルカ~妖精夫はうそつき妻に『報復』するそうです~

赤井茄子

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小さな羽とポルカの秘密※

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妖精俺達の羽は、言ってみりゃ“魔力そのもの”だ。羽の大きさや形に魔力の量と強さが現れるから、そいつの羽をみりゃ大体の力量が分かる」
「へ、へぇ………」

 湯気けぶる風呂場にて。小さな風呂椅子に座らされたポルカの背中を、泡のついた大きな手のひらがなぞる。ただ洗うにしては何とも艶めかしい感触に、ポルカの肩は面白いほど跳ねまくっていた。
 目の前に体を洗うようの紐付き海綿がかけてあるのに何故素手で洗いにかかるのか。本当に意味がわからない。ポルカの脳内はもうシッチャカメッチャカである。
 その様子を背後からじっくり眺めつつ、ジルはポルカの背中の泡をお湯で落とした。

「だから、羽を失くすと魔法を使えなくなる……羽とその付け根は、俺達妖精の、急所の一つなんだよ」
「あ、あぁ……だから何かさっきからゾワゾワするんだねぇ……ひんッ!?」

 徐に人差し指と中指の間で羽の付け根を挟むようにして擦られ、ポルカの悲鳴が風呂場に反響した。
 『羽を毟りとられるかもしれない』という緊張感が、体の奥底から滲み出て来る――なるほど、確かにこれは『急所』だ。

「俺達は、余程のことがない限り羽を他の奴に触らせたりしねぇ。例え体から切り離しても、感覚は繋がったまま―――」
「ひっぃ」

 羽の付け根に軽く爪が立てられる。それだけで、まるで首に手をかけられたような、そんな恐ろしさがある。
 ……羽を落としたということは、ジルは一度羽と切り離されたということだ。自分の目の届かない、何処とも知らない場所に『急所』を晒し続ける。きっと、今のポルカよりずっと恐ろしかったに違いない。
 そんな大切なものを十数年、嘘をつかれて取り上げられて……そりゃあ、嫌って出て行って当然だ。


 ――――うん?


「感覚が、繋がってる?」
「あぁ」
「落っことした後も、ずっと?」
「そうだなぁ」
「……そ、それは……つまり、落っことした羽を……誰かに触られたりしたら……?」
「そりゃ、感覚が繋がってるからすぐ気づくし、感触まで伝わってくるだろうよ」

 ギリギリギリギリ、と錆びた金物人形のような動きで、ポルカは背後を振り仰いだ。後ろにいる大柄な妖精から漂う不吉な気配から、振り返らずにはいられなかったのだ。
 ……もちろんその直後、全力で後悔した。

「うわ、わぁあぁああアごめん! ごめんよジルッ!!じ、実はアンタの羽を結構何度も撫でたり突っついたりして……ひぎゃぁあぁあぁアッ!!!?」

 大きな手のひらで羽を根本からキュッと握りこまれ、ポルカの口から悲鳴を上がる。
 それは危機感か、生存本能か。根本と羽から電流のような何かが、背中を通ってビリビリとポルカの体を駆けめぐってゆく――!

「あのなぁ、ポルカ」

 涙目の情けない顔で見上げると、ジルは異様にギラついた瞳で舌なめずりしていた。そして――震え始めたポルカの、小さな羽を親指と人差し指で挟んでゆっくりと擦りあげてゆく。


「ゴメンで済んだら……報復はいらねぇんだよ」



 ――何というか、妖精というより、魔王に見えるよぅ?

 白い湯気の満ち満ちた風呂場に、嬌声とも悲鳴ともつかない彼女の声が響きわたった。
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