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本編
51 ハリスの告白
しおりを挟む抱き上げられたまま、ハリー様は少し離れた場所に停めていた外見はどこにでもあるようなシンプルな馬車に近づく。この馬車は誰に見られても大丈夫なようにどこの家の物かわからないようにしたものを、公爵家が用意してくれた物だった。内装は公爵家が用意したとわからないようにしつつも、高級な品質の物で整えられている。
シェラルージェはハリー様に抱き上げられたまま馬車に乗り込み、ハリー様はシェラルージェを抱きかかえたまま座った。
外から影部隊の人が扉を閉めると、馬車の中は静まりかえり、淡い灯りだけが2人を照らしていた。緊迫した外の音が遮断されると、自然と詰めていた息が楽に吸えるようになって、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
(捕縛作戦は終わったの、よね……)
ハリー様の腕の中で気が抜けてぼんやりとしてしまう。
張り詰めた緊張感から解放されたことによって緊張の糸が切れて力が抜けた。
全然捕縛作戦が終わった実感が湧かなかった。
ユリウス兄様が後処理だけと言っていたから、もうシェラルージェの出番はない。
だから、とりあえず私の役割は終わったと思っていいはずだった。
怒濤のように過ぎさった捕縛作戦が一段落したことによって、改めて先ほどまでの出来事が思い出されて様々な感情が入り乱れ、心の処理が追いつかなかった。あの場に居たときは目の前に起こることに対処するだけで精一杯だったから。
今思い返すとクラリッツェ様の突然の豹変にはとても驚いた。
あまりにも今まで見てきたクラリッツェ様と違いすぎて、とても同じ人物には思えなかった。人とはあんなにも自分中心に生きられるものなのだろうかと衝撃を受けた。しかも令嬢を傷つけたことを悪いとはまったく思っていなさそうだった。その事実がとても辛かった。館にやって来た人達から襲われたご令嬢達がとても傷ついたことを聞いていたから。
ユリウス兄様達がどう判断を下すのかわからないけれど、自分のしたことをしっかりと認識して欲しい。
シェラルージェの心が重く沈みこむ。
そして、その後起こった出来事まで思い出すと、先ほどの恐怖が蘇ってきて身体が震え始めた。
初めて殺意を向けられて、本当に殺されそうになって、お護りで確実に護られるとわかっていても死ぬかもしれないと思った。1人だったら確実に私は死んでいたと思う。今回はハリー様がすぐに駆けつけてくれたから無事だっただけ。
それがわかって震えが止まらなかった。
お護りは精神力が強い人じゃないと本来の機能を活かせないのだと分かった。今までは使う人が男性や建物だったから問題がなかったのかもしれない。けれど、か弱い女性では命の危機のときに意識を保っていられる人がどれだけいるのかわからない。創術の改善を図らないといけないと思った。
頭では冷静に考え事が出来ても、身体の震えは止まらない。
冷静だと自分では思っていてもやはり冷静じゃないのかもしれない。
「シェーラ嬢、大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です。…あの、……」
ハリー様に話しかけられて、自分が今どこにいて誰に寄りかかっているのかを改めて認識させられた。
(もしかしなくても、腰が抜けてからずっとハリー様に抱き上げられたままだった?)
そこまで思考が辿り着くと、今更ながらハリー様の腕の中で寄りかかるようにして抱きしめられて座っていることに恥ずかしさが込み上げてきた。
馬車に乗り込んでからずっとハリー様の膝の上に座って抱き締められている状態だったみたいだ。その事にやっと気がついて、シェラルージェの頬が朱色に染まる。
それまでずっと静かに見守っていたハリー様が覗き込むようにして視線を合わせてきた。
覗き込む顔があまりにも近くて、吐く息が触れてしまいそうだった。
シェラルージェの顔はもう赤くないところはないくらい真っ赤に染まっている気がした。
とりあえず膝の上から下ろして欲しかった。シェラルージェはまだ腰が抜けてるから自分では動けない。この体勢はあまりにも居たたまれなくて恥ずかしかった。
ハリー様との距離が近すぎて、身体はまだ恐怖で震えているのに、心臓は違う意味でバクバクと鳴り響き落ち着くことが出来ない。こんなに近いとハリー様に聞こえてしまうのではないかと思えて、余計に恥ずかしさが込み上げる。
シェラルージェが身じろぎすると、その動きを包み込むようにハリー様はシェラルージェを抱き締めていた腕に力を込める。それによってシェラルージェはよりハリー様に密着してしまう。
「無事で良かった───」
強く抱き締められたことで、ハリー様の顔がシェラルージェの顔の隣に来る。そしてシェラルージェの耳元で囁かれた深い安堵の声に、恐怖で震えていた身体の震えが治まった。ハリー様の体温が服越しに伝わってきて先ほどまで感じていた恐怖がなくなっていく。ハリー様に抱き締められると本当に安心できる。ハリー様が側にいてくれるだけで心が満たされて涙が滲みそうになった。
シェラルージェは無意識にハリー様の服の背中の部分を握り締めていた。それはまるでシェラルージェが抱きつくような格好になっていることには気付かなかった。
「シェーラ嬢──」
耳元で囁かれた甘く響く声に身体がビクリと反応してしまう。
甘く響く声に、シェラルージェは我に返った。
いつの間にかハリー様と抱き合うような格好になっていて、身じろいで離れようと動くと一度ぎゅっと強く抱き締められる。
ハリー様の香りをより強く感じて、心臓は張り裂けそうなくらい踊り狂っていたし、顔もこれ以上ないくらい真っ赤になる。
(いや……、心臓が壊れちゃう)
そして抱き締められていた腕の力が緩まり、ハリー様とシェラルージェの身体の間に距離が空くと、シェラルージェの左手をハリー様が左手で掬い取る。
シェラルージェがその様子を瞳で追うと、ハリー様の右手がシェラルージェの左手に近づき、シェラルージェの薬指に指輪がはめられた。
「えっ?」
自分の見ている物が信じられなくて、凝視してしまう。驚きすぎて息を吸うのを忘れてしまった。心臓も驚きすぎて止まったかもしれない。
シェラルージェの左手の薬指にはめられた指輪は、シェラルージェがハリー様に依頼されて創ったハリー様の好きな方に贈るための指輪だった。
「今、言うべきではないのでしょう。でも、貴女を喪うのかと思ったとき、伝えなかったことを後悔したのです」
ハリー様は苦しげに言葉を吐き出した。
その苦しげな様子にハリー様の顔を見上げると、ハリー様の熱くて切ない瞳とぶつかった。
「シェーラ嬢、好きです」
シェラルージェの耳だけがハリー様の言葉を受け止めていた。
「貴女が好きだ」
続けて言われた言葉に、耳からやっと脳にまで言葉が届いた。
シェラルージェの心がトクトクと早鐘を打ち始めた。
「貴女が好きなんです──」
もう一度言われて、言葉の意味が理解できた。
(うそ、うそ、うそ、……だって)
シェラルージェは混乱していた。ハリー様が言っていた好きな女性の特徴と自分は違う………。
だから、心で思っていたままを口に出してしまう。
「………うそ」
「本当です。貴女から好きだと言ってもらえたときに抱き締めて、私もと言いたかった。それなのに時間が許してくれずにとてももどかしかった。でも、やっと貴女を抱き締められた」
ハリー様の蕩ける甘い笑顔に見つめられて、心臓がまたトクントクンと音を立てる。
それでも、シェラルージェの口から出た言葉は、ずっと疑問に思っていたことだった。
「ハリー様はセリーナを好きなのでは……?」
「アリセリーナ嬢? どういうことですか?」
ハリー様はセリーナの名前を出されたことに本当に不思議そうな顔をして、そして怪訝そうな表情になる。
ハリー様の表情を見て、嫌な予感がした。また、私の勘違いだった可能性があることに。
「セリーナに指輪のサイズを聞いたって……」
「ああ、知られてしまったのですか。恥ずかしいな。貴女に直接聞けなかったのでアリセリーナ嬢に尋ねたのです。シェーラ嬢の左手の薬指のサイズをご存知ですかと」
ハリー様の言葉で謎がひとつ解けた。
だからセリーナはハリー様から指輪のサイズを聞かれたことに喜んでいたのね。シェラルージェの気持ちを知っていたから、私の恋が報われることにあんなにも喜んでくれた。
「………それよりも、シェーラ嬢がそんなことを聞くと言うことは、もしかしてまたクラリッツェ嬢の時のように誤解したということですか?」
ハリー様は甘く熱を孕んだ瞳を細めて、シェラルージェを見つめていた。
シェラルージェはなぜかさっきとは違ういやな予感がした。
「疑問に思うことがあれば何でも聞いてくださいと伝えましたよね?」
「ええと、すみません」
(セリーナが好きなんですかとは聞けるわけない……。ましてやハリー様の好きな女性は誰ですかなんて、直接聞けるわけないじゃないですか……)
そう思うのに、シェラルージェは謝るしか出来ない。
さんざん勘違いしてきた身としては、反論できる資格がなかった。
「いいですよ。シェーラには私がどれだけ貴女を愛しているのかを知ってもらわなければいけないようだからね。もっとわかりやすく教えてあげます」
そういうと、指輪のはまった左手を取られ、指輪のつけ根に口づけられる。
それを直視したシェラルージェはハリー様の大人の色気の漂う眼差しに囚われた。
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