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本編
21 トラウマを思い出す
しおりを挟む目覚めると自室のベットの上にいた。
部屋の中が薄暗くて、何故自分がこんな時間にベットで寝ていたのかわからなかった。
確かお茶会に行っていたはずなのに?と思い出していると、幼い頃のお茶会での出来事とさっき起こったお茶会での出来事の記憶が押し寄せてきた。
混乱した頭の中を整理していくと、トラウマになった出来事を夢で思い出していたことに気がついた。
シェラルージェはずっと恐怖心だけが強くて残っていて、トラウマのきっかけとなった出来事をあまり覚えていなかった。
しかし、今回のお茶会の出来事で思い出せたらしい。
今思い出すと、わがまま令嬢が人の装飾品を奪おうとしていただけで、しかもお祖父様達の創術に弾かれて悪態をついていただけだと理解した。
あの時は、人の悪意を知らずに育っていたので、初めて出会った悪意が強烈過ぎたんだと分かった。
まあ、暴力的に実力行使してきたから怖かったのだとも思う。
今なら、わがまま令嬢なんてマリーやセリーナから聞き飽きているし、どういう人達なのかも分かっているからそこまで恐怖はない。
そんなことよりも、今回の貴族子息に囲まれ罵られた時の方が怖かった。
大人と変わらない体格の子息達に囲まれたとき、絶対に逃げられないと思った。
そんな人達の前で……、あれ?
私はその後どうなったのか思い出せなかった。
なんか目の前が暗くなった気がしたけれど、……もしかしてあの人達の前で気を失ったの?! 私!!
そんな危険なことをしてしまったことに愕然とした。
それじゃあ、何されても身を守れないじゃない。
シェラルージェは慌てて自分の身体を触って違和感があるところはないか確かめた。
いろいろなところを触って、瞳で確認出来るところも確認したけれど、どこにも怪我や違和感はなかった。
乱暴はされてない……ということでいいのかな?
どうしてなのかもう一度思い出してみると、気を失う前にシェラルージェを呼ぶ声が聞こえた気がした。
──アルム兄様かハリー様が駆けつけて下さったのだろうか。
確認しないとと思ったときに、マーリンが部屋に入ってきた。
「シェラルージェ様、気がつかれたのですね」
マーリンは叫ぶような大きな声を発すると、手からタオルが落たのも気にせず駆け寄ってきた。
「シェラルージェ様、痛いところはございませんか? 苦しいところなどございませんか?」
「マーリン、大丈夫よ。どこも痛くないわ」
「本当でございますか?」
「ええ、本当よ」
マーリンに答えていると、廊下から走る音が聞こえてきた。
そして、ノックもないまま扉が開け放たれる。
「シェラ!」
「シェーラ嬢」
飛び込んで来たのはアルム兄様だった。
その後に続いてきたハリー様と瞳が合い、びっくりしてしまった。
シェラルージェは慌てて布団を引き上げ寝間着の身体を隠す。
その間にハリー様も廊下へと姿を消した。
シェラルージェの様子にアルム兄様はマーリンに指示を出すと、一度部屋を出て行った。
マーリンはアルム兄様達が現れたことで落ち着いたのか、テキパキとハリー様と会っても大丈夫な服をシェラルージェにあまり負担をかけないように手早く着せて、ベットの上に上半身を起こした状態で座れるように整える。
そして最後に髪を整えると、マーリンはアルム兄様を呼びに廊下へと姿を消した。
しばらくすると、ノックの音が響き、心配げなアルム兄様と暗い表情をしたハリー様が入ってきた。
用意された椅子に座ると、アルム兄様は労るようにシェラルージェに声をかける。
「具合はどう? マーリンから大丈夫だと言っていたと聞いたけれど、医者は呼ばなくても大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。どこも痛くありませんし、苦しくもありません」
笑顔で答えたシェラルージェに、アルム兄様はひとまず安心したのか大きなため息をついて椅子に身体を預けた。
とても心配をおかけしてしまったらしい。
それはそうよね。逆の立場だったら私も心配で生きた心地しないもの。
「シェラ、……何があったのか聞いても大丈夫かな?」
シェラルージェの様子を窺いながら、少しでもシェラルージェが嫌がればもう何も聞かないであろうことに気づきアルム兄様の心配りが嬉しくなった。
心配をかけてしまって申し訳なく思うのに、心配されて嬉しく思うなんて駄目な妹だわ。
心の中で苦笑すると、アルム兄様に安心してもらうためにニコリと微笑んだ。
「大丈夫です、アルム兄様。…ただ私自身もよくわからないことが多くてお話しできることも少ないのですが、よろしいですか?」
「ああ、それで構わないよ」
「ええと、アルム兄様と別れた後少し疲れてしまって、1人になろうと思って会場を離れたんです。そうしたら1人の見たことのない令嬢が来て……少し話した後帰って行きました。入れ違いに見知らぬ貴族子息が7名近づいてきて突然怒鳴られたのです。言葉を聞いていても何故怒鳴られるのか理由に心当たりはなかったのですが、その内どんどん激昂していって腕を掴まれそうになった時に、昔のトラウマが蘇ってきてその時の恐怖心で気を失ってしまった、というところで記憶がありません」
アルム兄様はシェラルージェの話を聞くと難しい顔をして考え込んだ。
令嬢に言われたことはいわなくても大丈夫よね?
言われたことは当たり前のことだったし、どなたをお慕いしてるかは分からなかったけれど、その事を他人が口にすることも憚られる事でもあるわけだしね。
それよりもシェラルージェは気になったことを聞いてみた。
「あの、気を失うときに私を呼ぶ声を聞いた気がしたのですが…」
その言葉にアルム兄様は簡潔に答えてくれた。
「それはハリスの声だよ。シェラルージェを見つけたのはハリスだからね」
それだけ言うとアルム兄様はまた考え込みはじめた。
アルム兄様が真剣に考え込んでいるのを感じて邪魔をしないようにしないとと思った。
それから、ハリー様に助けていただいたお礼を言わなければと気を引き締める。
ハリー様に視線を向けると姿勢を正した。
危ないところを助けていただいたのだもの、誠心誠意感謝をお伝えしなければと、シェラルージェが頭を下げる前にハリー様が立ち上がった。
「シェーラ嬢、いえ、シェラルージェ嬢、本当に申し訳ありませんでした」
ハリー様が深々と頭を下げた。
「貴女を危険に晒してしまい護衛騎士として失格です。申し訳ありませんでした」
「えっ? でも、ハリー様が駆けつけて下さったのですよね?」
「貴女が倒れ込むところでした」
私の記憶にある通りだった。
「毎回、私は間に合わない」
後悔を滲ませた声にシェラルージェは慌てた。
「ハリー様は間に合って下さいました。あんな人達の前で気を失ってしまった私を無傷で救って下さったではありませんか。あんなところで気を失う私こそ良くなかったのです。……いえ、あの、そもそも一人きりになった私がいけないのです。申し訳ありませんでした。そして、助けていただき本当にありがとうございました」
シェラルージェはベッドの上で深く頭を下げた。
シェラルージェの隣から大きなため息が聞こえた。
「そうだね。今回はシェラも悪かった。次は気をつけるんだよ」
アルム兄様の言葉に頭を上げるとしっかりと頷いた。
「はい」
シェラルージェの言葉にそれでもハリー様は納得がいかなかったようだ。
「シェラルージェ嬢……」
ハリー様の顔にどう言えば納得してもらえるのか考える。
「ハリー様、今回のことで昔のトラウマを思い出したのですが、今思うとそれほど怖いことではなかったと理解できたのです。それを思い出せたいい機会だったのです。だから、気になさらないで下さい」
シェラルージェの言葉に納得まではいかないがこれ以上は迷惑になると思ったようで引いてくれた。そして、一度目を伏せるとひとつ息を吐いた。
それからまたシェラルージェを見つめると、瞳には心配そうな色を湛えていた。
「ですが、もう人前に出たくなくなりましたよね?」
「いいえ、大丈夫です」
「ですが、無理は……」
「無理ではありません。人前が怖かった理由も分かりましたし、もう大丈夫です」
シェラルージェは一度言葉を区切ると、ハリー様を真正面から見つめ直す。
「私は自分を信じます。出来ると信じて頑張ります」
その言葉を聞いたハリー様は瞳を一度見開くと苦笑した。
「貴女は変わらないですね」
「えっ?」
ハリー様の言葉に疑問に思ったけれど、ハリー様は笑うだけで答えて下さらなかった。
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