貴方の瞳に映りたい

神栖 蒼華

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本編

11 夜会 Ⅰ

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あれから、ハリス様と会う機会がなく、王家主催の夜会の日がやって来た。

今日はハリス様から護衛が出来ないと言われていたので、別の方が護衛について下さり、お兄様のエスコートで一緒に参加することになっていた。

お母様に相談したら、社交デビューなのだから可愛くピンク色のドレスで行きましょうと言われて、淡い色合いのピンク色のドレスを着ている。

そしてお兄様と一緒に馬車に揺られてお城に向かっていた。


その馬車の中でシェラルージェは吐き気と闘っていた。
8歳で人前に出なくなって以来、今日初めて溢れる人波の中に行くと思うと、緊張から吐き気がしてきた。
浅い呼吸を繰り返しながら、心臓がドクンドクンと脈打つのを抑えることが出来なかった。
到着する前に過呼吸で倒れるのではないかと思うくらいクラクラし始めた。

ぷるぷる震える手を何度も握っていると、お兄様の温かい手がシェラルージェの手を包んだ。
じんわりと感じるお兄様の手のひらの温かさに、お兄様の顔を見返した。
優しく見つめるお兄様の目に、少し落ち着くと、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
深呼吸を繰り返すうちに、心臓が早く脈を打つのは変わらなかったけれど、呼吸は普通に出来るようになった。

「アルム兄様、ありがとう」

ほっとしてアルム兄様にお礼を言うと、アルム兄様の方が安心したのか大きく息を吐き出し、シェラルージェに微笑んだ。

「ダメそうだったらすぐに兄様に言うんだよ? すぐに家に連れて帰ってあげるからね。絶対に無理してはいけないからね」

家に居たときから、何度も何度も言われたことをまたお兄様は言っていた。

「アルム兄様、大丈夫です。頑張ってみたいのです。本当にダメなときはアルム兄様に言いますから、そんなに心配しないで下さい」

青い顔しながらでは信用できないかもしれないけれど、本当に頑張ろうと思っている。
笑顔はぎこちないかもしれないけれど、覚悟だけは決まっていた。


話している内に、お城に到着したようだった。
馬車の扉が開き、アルム兄様が先に降りる。そして差し出されたお兄様の手を取るとゆっくり馬車を降りる。

アルム兄様の腕に掴まりながら、シェラルージェは一歩を踏み出した。
目の前には色とりどりのドレスで着飾ったご令嬢が男性にエスコートされてお城の中に入っていく。
人の多さに圧倒されながら、アルム兄様に導かれるままお城の奥へと進んでいく。
いつも見る昼間のお城と違って、キャンドルで彩られた場内はまったく違う世界だった。

ご令嬢達のドレスが会場を華やかに色を添えて、まるで宝石箱の中にいるようだった。

初めて見る光景に目を奪われている間に、シェラルージェは会場の奥の方に到着していた。

アルム兄様はドリンクをふたつ手に取り、ひとつをシェラルージェに渡す。
ドリンクを口にしながらひと息ついていると、会場入りしたアルム兄様に気づいた人達が徐々に近寄ってきた。
一人一人とアルム兄様は私を紹介しながら話していく。私は紹介されたときだけ挨拶して、あとは笑顔を心掛けていた。
アルム兄様が隣にいるからか、心臓の鼓動は激しく脈打っていたけれど、今のところ恐怖心も嫌悪感もなくてシェラルージェはほっとしていた。

ある程度、挨拶が終わったのか、人が途切れるとアルム兄様は壁際までシェラルージェを連れて行くと立ち止まった。

「シェラ、少し挨拶に行かなければならない方がいるから、ここで待っていてくれるかい?」
「分かりました」
「ここに居れば目立たないはずだから、兄様が戻るまでここにいるんだよ。心配ならお母様に渡された扇で顔を隠していれば大丈夫だから」
「はい」

シェラルージェが頷くのを見届けると、アルム兄様は足早に挨拶回りへと向かった。
アルム兄様を見送り、扇を広げて顔を隠すと、途端に人の声が耳に入ってきた。


私のことをなんとなく話している声も聞こえてきて、突き刺さる視線に恐怖を感じながら話しかけられないように祈っていると、会場の入り口付近から女性のざわめきが広がってきた。
その声にシェラルージェは何事かと気になり扇の隙間から目を向けると、ハリス様が入ってくる所だった。

(えっ?! なんで?)

シェラルージェは驚きでハリス様を凝視してしまった。
ハリス様が今日夜会に参加されるとは知らなかった。
でも、よく考えれば侯爵令息ならば参加は当たり前なのかもしれなかった。


今日のハリス様は白基調の正装で、いつもの護衛騎士の黒基調の騎士服とは異なり、華やかな会場にいても目を引く存在感があり近寄りがたい雰囲気を持っていた。
館に来るときのように、髪の毛を下ろしていて、緩やかに風になびき顔に影を落として大人の男性の色気があった。
そんなハリス様を見た女性たちは、未婚の令嬢も既婚の女性も顔を赤らめ見つめていた。

(ハリス様はやっぱりモテるのね)

そんな当たり前のことに今、気づいた。


ハリス様はそんな女性の視線をものともせず、知り合いの男性と思われる方達と次々に話していた。
そこだけまるで別世界の出来事のようであった。

それに比べ、シェラルージェは初めての夜会で話す相手もおらず、マリーとセリーナの周りにはそれぞれご令嬢やご子息達が囲い楽しげに話している。
そんな中に割って入れるほどの度胸はさすがになく、アルム兄様の社交が終わるまで壁の花でいるしかなかった。



視線を落とし出来るだけ目立たず壁の花でいたシェラルージェに近づいてくる者がいた。


「麗しのレディ、私と一曲踊っていただけませんか?」

顔を上げると、ユリウス兄様がにこやかな笑顔で手を差し出していた。

(えっ? 聞いてないんですけど?! )

ユリウス兄様の突然のダンスのお誘いに周りのざわめきが止まった。







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