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本編
2 家族
しおりを挟む「シェラ様、おはようございます」
ノックの音と共に入室してきた私専属の侍女マーリンの声に、目が覚めた。
マーリンが部屋のカーテンを開けていくと、朝日が差し込んでくる。
その差し込む陽の光が、昨日《館》に訪ねてきたハリス様の黄金色の髪色に似ていて、ハリス様のことを思い出した。
──ああ、昨日のハリス様は本当に可愛いらしかった。
男性に可愛いというのは良くないと聞くけれど、口に出さなければ大丈夫よね?
だって、あんな慌てた姿見たこと無かったんだもの。しかも、その後顔を赤くされて恥ずかしそうにされていたのが………きゃー、思い出しただけで私も恥ずかしくなってきたわー。
『普段見たことの無い姿を見るとトキメクのよ』とマリーが言っていたのはこんな気持ちなのかしら。
──ああ、マリーに会って早く聞いてみたい。
「シェラ様、楽しそうですね。何かよいことでもあったのですか?」
私の空色の髪の毛を梳いて、髪の毛を結い上げていたマーリンが、クスクスと楽しそうに聞いてきた。
「えっ? どうして?」
「楽しそうに笑ってらしたので、そう思ったのですよ」
私はいつの間にか笑っていたらしい。
思い出し笑いをしていたことを指摘されて、とても恥ずかしくなった。
「気がついていたら止めて欲しいわ」
「外ではお止めしますが、お部屋の中ではいいではありませんか。それで、良いことがあったのですね?」
マーリンはもう既に確信を持っているようだった。
「ええ、《館》で珍しいことがあったの。それがとても珍しくて思い出し笑いをしてしまったのね」
「そうですか。良いことが続くと良いですね」
「そうね」
「さあ、出来ました。今日のシェラ様も大変可愛らしくなりましたよ」
マーリンが鏡を持って、ニコニコと笑いかける。
「ありがとう、マーリン」
「いいえ、本日はお城に登城する日でございますから、シェラ様の可愛らしさを宝石箱にしまっていた分こっそり足しておきました」
マーリンの言葉にいつもなら笑っていたけれど、登城することを思い出して苦笑いになってしまった。
「……そうだったわね。何度登城しても緊張してしまうわ」
私の顔が強張ったのが分かったのだろう。
マーリンは私の前に膝をつくと、私の両手を自分の両手で包み込んで微笑んだ。
「シェラ様は可愛らしいのですから、大丈夫でございます。今のように笑ってらしたらいいのですよ? もっと自信を持ってください」
「そうね、……頑張るわ」
いつまでも、気心の知れた知人の中だけで過ごすことが許されない年齢になってきていることは自覚していた。
子供の頃のトラウマを克服しなくてはいけないのだとも分かっていた。
思い悩んで沈んだ私に、マーリンは励ますように声をかける。
「まずはご飯を食べましょう。お腹が空いていては創れる創術も何も創れない!と、お祖父様であるジルヴァン・ランバルシア様が仰ってました。ご飯を食べに行きましょう。皆様もお待ちですよ」
マーリンの言葉でお祖父様が豪快に食事されているのを思い出して笑ってしまった。
『元気を出すにはまず食事だー! 』
『病気だ? まずは食べろー! 』
『怪我をした? 食べる量が足りないからだー! 』
何をするにも、まずは食べろ! が口癖だった。
「そうね。お祖父様が見たら、まずは食べろー!と言われるわね」
「はい、ですから早く食事に行きましょう」
二人でクスクス笑って、食事の部屋に向かった。
***
柔らかい日の光が差し込む食事の部屋には、既に私以外の家族が揃っていた。
一番奥にお父様、その手前にお母様、お母様の向かいにアルム兄様が座っていた。
そして、お父様とお兄様は既に登城出来る仕事用の正装で待っていた。
「おはようございます。遅くなり申し訳ありません」
「おはよう、シェラ。この後、一緒に登城するだろう? 少しだけ早く食べるようにね」
「はい」
お父様から優しく注意をされる。
お父様はいつも穏やかな笑顔を浮かべている。今まで怒ったところを見たことが無いくらいいつも優しく諭してくれて、だからこそ逆らうことが出来なくなる。特に逆らおうと思ったこともないのだけれどね。
「おはよう、シェラ。今日も可愛いわね」
今度はお母様がたおやかに微笑んで挨拶してきた。
「ありがとうございます、お母様」
お母様は毎日可愛いと褒めて下さる。
そういうお母様こそいつも素敵な装いで、お母様が商会長である創飾品のブランドが王都中の女性を魅了していて、自分で着けている装飾品も創術で創った物だった。
そんなみんなの憧れのお母様に口癖のように可愛いと言われて、身内の欲目だと分かっているけれど、お母様の瞳が優しく温かくて本心で言っているのが分かるので、くすぐったいけれど素直に喜べた。
そして、お母様の挨拶が終わるのを待っていたかのようにアルム兄様が挨拶してきた。
「おはよう、シェラ。今日も可愛いね。…はあー、シェラを誰にも見せたくないなー。部屋に隠してしまおうかな?」
「アルム兄様、大袈裟に言いすぎです」
お兄様は芝居でもしているかのように嘆いていた。
お兄様もお母様と同じように褒めて下さるけれど、あまりにも大袈裟に褒めて下さるのでどうしても素直に受け取ることが出来なかった。
だって麗しいアルム兄様にそう言われても、と思ってしまう。
アルム兄様こそ私と同じ空色の髪で『夏空の貴公子』と、令嬢方から呼ばれているとマリーから聞いたことがある。
私の髪色は春の空色で、アルム兄様の髪色は夏の空色なんだとか。そこからアルム兄様の麗しい顔と相まってそう呼ばれるようになったらしい。
全てマリーが言っていたことなのでどこまで本当なのかは分からないのだけどね。
毎朝恒例の挨拶がすみ、私が席に着席すると、料理が運ばれ始めた。
お父様とアルム兄様が今日の予定を話している会話を聞きながら、私は一生懸命、口を動かし出来るだけ早く食べられるように食事に集中した。
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