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「ふぅ…」
シャンリリールの口から無意識にため息がこぼれる。
「お疲れ様でした。姫様」
ため息に気付いたライラが、被っていたベールを持ち上げて心配そうに見つめる。
国王との謁見が終わり、シャンリリールは与えられた自室に戻ってきた。
「ライラもお疲れ様」
疲れた体は椅子に引き寄せられるように沈みこむ。
部屋の中には事情を知るライラとゲルギ、マーテルだけ。それ以外のシャンリリールの世話役として付けられた人には遠慮してもらい、これからの対策を考えるために事情を知る者のみが部屋に残れるようにした。
今シャンリリール姫は体を休めるためにベットに寝ていることになっている。
「姫様。国王陛下はいかがでしたかな?」
精神的に疲れたシャンリリールが椅子に深く沈み込んでいると、謁見に同席できなかったゲルギが様子を尋ねてきた。
「ベールを被っていることに不信感を感じたようで、探りを入れられた気がしたわ」
「それは仕方ないでしょうな」
「……ええ。仕方ない、のよね」
事前にわかっていたことだとしても疑われることに慣れていないシャンリリールには少しだけきつかった。
「すぐにそれも解決しましょう」
ゲルギに慰めるように優しく語りかけられ、ハッとした。
上に立つものが暗い顔をしていたり、落ち込んでいる姿を見せてはいけないのだ。
気持ちを切り替えるように、明るい声を出す。
「そうね。今回の悪戯は長いけれど、かくれんぼの様に見つけてもらえるのを待っているのよね、たぶん」
「そうだと思われます」
「ライルからはまだ?」
「はい。手掛かりはないようで難航しているようです」
「フィナンクート国には精霊が伝承上の存在としか認識されていないようで、聞き込みにも苦労しているようですね」
補足するようにゲルギの側で控えていたマーテルが言葉を引き継いだ。
フィナンクート国に入ってから精霊の気配は感じられない。
シャンリリールも精霊を見たのは、助けを求めにきた少年くらいの姿の精霊の一度きりだった。
その精霊もシャンリリールが小さくなったことには関係がないようだし、現状の解決の糸口が見つからない。
それに助けを求めにきた精霊のことも気がかりだった。
探しに行きたくても、自由に動き回れない立場だったシャンリリールはそちらの件にも何も出来ない状態だった。
「とりあえず、国王陛下には姫様がベールを被ることも、わたしが代わりに発言する許可ももらえたからひとまず大丈夫。あとは母様からの連絡を待ちつつ、ライルに頑張ってもらうしかないけれど」
「私も城内で聞き込みをしてみます」
マーテルがシャンリリール、ライラ、ゲルギの順に視線を送り一考すると、シャンリリールに告げた。
マーテルは得意分野が諜報で、来たばかりのフィナンクート国城内で情報を集めることにしたようだ。その顔には自信が溢れており、既にいくつかの伝手があるみたいだ。さすがマーテル。人の懐に入るのが早いね。
「お役に立てないのがとても悔しいです」
隣から悔しげな声がする。見るとライラが唇を嚙みしめ俯いていた。
いつもなら侍女としてマーテル同様の働きができるライラだったけれど、今回シャンリリールの代役をしているため自由に動けないことを嘆いているようだ。
「ライラにはとても大変なことを頼んでいるんだから。それだけでとても助けてもらっているわ」
「そうだな。ライラには一番重要な役割を担ってもらっているのだ。今できることを各々がすればいい」
「……はい」
シャンリリールとゲルギの言葉に、悔しさを滲ませていたライラは目を閉じて深呼吸した。そして目を開けた時にはいつものライラに戻っていた。どうにか自分を納得させられたようだ。
本当にライラは真面目というか責任感が強いというか。
コンコン。
ノックの音が響いた。
誰かが訪ねて来たようだけれど……誰だろうか。
互いに目配せすると、マーテルが対応に出る。
その間にライラはベールを被り直し、本来座るべき場所へ座り直した。
ゲルギは扉の前に移動し、シャンリリールはお茶の用意をすることにした。
シャンリリールが茶器に触れたときに、ライラが瞬間的に止めようと動き、その後すぐに元の椅子に座り直した。
代わりたいのに代われないことに葛藤しているのが伝わってきたけれど、今は来客の可能性もあるわけだから、シャンリリールは侍女としての仕事をしないといけない。
これでもお茶を淹れるのには自信がある。子供の頃ごっこ遊びで習得したのだ。
お茶の用意をしているとマーテルが戻ってきた。
「姫様。ハロルゼン・ホルス様という方が、姫様に重要な連絡事項があるとのことで訪ねてきました。お休みであるのは重々承知の上でお時間をいただけないかと仰ってます」
「会いましょう」
「わかりました」
シャンリリールの言葉を受けて、マーテルは迎えに行く。
そしてカップに手を伸ばして気付く。訪ねてきた人数を聞くのを忘れていたことに。
まあ、お茶会じゃないから、姫様用とハロルゼン用を用意しておけば間違いないはず。
お茶の用意をしているうちに、マーテルが1人の男性を連れて戻ってきた。
「失礼いたします」
マーテルに連れられてきたのは、茶髪茶色目の美丈夫だつた。
年の頃は40代前半くらい。体つきは武よりで頼れるおじ様という感じだ。
「ご挨拶申し上げます。国王陛下の側近を務めておりますハロルゼン・ホルスと申します」
自己紹介の後に優雅に一礼する。
これだけで仕事の出来る人だと思わせられた。
はぁーと眺めてしまっていたが、感心してほけっと眺めている場合ではなかった。
今姫様は声を出せない設定になっているのだから、侍女役のシャンリリールが応えないといけない。
「こちらの方がシャンリリール姫様でございます。そしてわたくしは姫様のお言葉をお伝えする役を承っている侍女のリリと申します。姫様の代わりにお応えすることをご了承ください」
「陛下から承っております。シャンリリール様、リリ殿、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
ライラが頷き、シャンリリールも頭を下げた。
マーテルに促されて、ハロルゼンはライラの向かい側の席に座る。
ライラとハロルゼンの前にお茶を出すと、ハロルゼンがおもむろに話し始めた。
「お休みのところお時間をいただきましてありがとうございます。本日は婚姻の儀で変更された事柄についてお伝えに参りました」
「婚姻の儀について、でございますか」
「はい。本来は10日後に予定しておりましたが、諸事情により3ヶ月後になりました」
耳に入ってきた言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
それほどに思ってもみなかったことだった。
「事前にご連絡できず申し訳ございません」
ハロルゼンは深く頭を下げる。
シャンリリールの口から無意識にため息がこぼれる。
「お疲れ様でした。姫様」
ため息に気付いたライラが、被っていたベールを持ち上げて心配そうに見つめる。
国王との謁見が終わり、シャンリリールは与えられた自室に戻ってきた。
「ライラもお疲れ様」
疲れた体は椅子に引き寄せられるように沈みこむ。
部屋の中には事情を知るライラとゲルギ、マーテルだけ。それ以外のシャンリリールの世話役として付けられた人には遠慮してもらい、これからの対策を考えるために事情を知る者のみが部屋に残れるようにした。
今シャンリリール姫は体を休めるためにベットに寝ていることになっている。
「姫様。国王陛下はいかがでしたかな?」
精神的に疲れたシャンリリールが椅子に深く沈み込んでいると、謁見に同席できなかったゲルギが様子を尋ねてきた。
「ベールを被っていることに不信感を感じたようで、探りを入れられた気がしたわ」
「それは仕方ないでしょうな」
「……ええ。仕方ない、のよね」
事前にわかっていたことだとしても疑われることに慣れていないシャンリリールには少しだけきつかった。
「すぐにそれも解決しましょう」
ゲルギに慰めるように優しく語りかけられ、ハッとした。
上に立つものが暗い顔をしていたり、落ち込んでいる姿を見せてはいけないのだ。
気持ちを切り替えるように、明るい声を出す。
「そうね。今回の悪戯は長いけれど、かくれんぼの様に見つけてもらえるのを待っているのよね、たぶん」
「そうだと思われます」
「ライルからはまだ?」
「はい。手掛かりはないようで難航しているようです」
「フィナンクート国には精霊が伝承上の存在としか認識されていないようで、聞き込みにも苦労しているようですね」
補足するようにゲルギの側で控えていたマーテルが言葉を引き継いだ。
フィナンクート国に入ってから精霊の気配は感じられない。
シャンリリールも精霊を見たのは、助けを求めにきた少年くらいの姿の精霊の一度きりだった。
その精霊もシャンリリールが小さくなったことには関係がないようだし、現状の解決の糸口が見つからない。
それに助けを求めにきた精霊のことも気がかりだった。
探しに行きたくても、自由に動き回れない立場だったシャンリリールはそちらの件にも何も出来ない状態だった。
「とりあえず、国王陛下には姫様がベールを被ることも、わたしが代わりに発言する許可ももらえたからひとまず大丈夫。あとは母様からの連絡を待ちつつ、ライルに頑張ってもらうしかないけれど」
「私も城内で聞き込みをしてみます」
マーテルがシャンリリール、ライラ、ゲルギの順に視線を送り一考すると、シャンリリールに告げた。
マーテルは得意分野が諜報で、来たばかりのフィナンクート国城内で情報を集めることにしたようだ。その顔には自信が溢れており、既にいくつかの伝手があるみたいだ。さすがマーテル。人の懐に入るのが早いね。
「お役に立てないのがとても悔しいです」
隣から悔しげな声がする。見るとライラが唇を嚙みしめ俯いていた。
いつもなら侍女としてマーテル同様の働きができるライラだったけれど、今回シャンリリールの代役をしているため自由に動けないことを嘆いているようだ。
「ライラにはとても大変なことを頼んでいるんだから。それだけでとても助けてもらっているわ」
「そうだな。ライラには一番重要な役割を担ってもらっているのだ。今できることを各々がすればいい」
「……はい」
シャンリリールとゲルギの言葉に、悔しさを滲ませていたライラは目を閉じて深呼吸した。そして目を開けた時にはいつものライラに戻っていた。どうにか自分を納得させられたようだ。
本当にライラは真面目というか責任感が強いというか。
コンコン。
ノックの音が響いた。
誰かが訪ねて来たようだけれど……誰だろうか。
互いに目配せすると、マーテルが対応に出る。
その間にライラはベールを被り直し、本来座るべき場所へ座り直した。
ゲルギは扉の前に移動し、シャンリリールはお茶の用意をすることにした。
シャンリリールが茶器に触れたときに、ライラが瞬間的に止めようと動き、その後すぐに元の椅子に座り直した。
代わりたいのに代われないことに葛藤しているのが伝わってきたけれど、今は来客の可能性もあるわけだから、シャンリリールは侍女としての仕事をしないといけない。
これでもお茶を淹れるのには自信がある。子供の頃ごっこ遊びで習得したのだ。
お茶の用意をしているとマーテルが戻ってきた。
「姫様。ハロルゼン・ホルス様という方が、姫様に重要な連絡事項があるとのことで訪ねてきました。お休みであるのは重々承知の上でお時間をいただけないかと仰ってます」
「会いましょう」
「わかりました」
シャンリリールの言葉を受けて、マーテルは迎えに行く。
そしてカップに手を伸ばして気付く。訪ねてきた人数を聞くのを忘れていたことに。
まあ、お茶会じゃないから、姫様用とハロルゼン用を用意しておけば間違いないはず。
お茶の用意をしているうちに、マーテルが1人の男性を連れて戻ってきた。
「失礼いたします」
マーテルに連れられてきたのは、茶髪茶色目の美丈夫だつた。
年の頃は40代前半くらい。体つきは武よりで頼れるおじ様という感じだ。
「ご挨拶申し上げます。国王陛下の側近を務めておりますハロルゼン・ホルスと申します」
自己紹介の後に優雅に一礼する。
これだけで仕事の出来る人だと思わせられた。
はぁーと眺めてしまっていたが、感心してほけっと眺めている場合ではなかった。
今姫様は声を出せない設定になっているのだから、侍女役のシャンリリールが応えないといけない。
「こちらの方がシャンリリール姫様でございます。そしてわたくしは姫様のお言葉をお伝えする役を承っている侍女のリリと申します。姫様の代わりにお応えすることをご了承ください」
「陛下から承っております。シャンリリール様、リリ殿、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
ライラが頷き、シャンリリールも頭を下げた。
マーテルに促されて、ハロルゼンはライラの向かい側の席に座る。
ライラとハロルゼンの前にお茶を出すと、ハロルゼンがおもむろに話し始めた。
「お休みのところお時間をいただきましてありがとうございます。本日は婚姻の儀で変更された事柄についてお伝えに参りました」
「婚姻の儀について、でございますか」
「はい。本来は10日後に予定しておりましたが、諸事情により3ヶ月後になりました」
耳に入ってきた言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
それほどに思ってもみなかったことだった。
「事前にご連絡できず申し訳ございません」
ハロルゼンは深く頭を下げる。
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