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「ライル」
ライラが馬車の外を並走している騎士の一人、ライルを呼ぶ。
呼びかけに応じてカーテン越しにライルが馬を寄せてきたのが気配でわかった。
「どうした?」
「少し緊急事態が発生したの。馬車が止まったら、姫様が体調を崩されるからあなた達だけで対応できるようにして」
「わかった」
わずかな時間で会話が終わる。
短いやり取りでも通じるのは双子由縁というところか。
それからしばらくして日も傾いた頃、本日宿泊する街に入ったことが馬車の車輪音でわかった。
「姫様、では手筈通りに参りましょう」
「ええ、任せて」
ベール越しにライラと頷きあうと、馬車が止まるのを待った。
シャンリリールは自分のやるべきことを頭の中でもう一度確認する。
まず馬車が止まったら、シャンリリールが侍女として降りる。
そして姫が体調を崩されたとフィナンクート国の騎士たちに説明する。
ここまででゲルギたちが不自然に動揺してしまうと全てが終わってしまう。
ライルがうまく伝えてくれていれば大丈夫だとは思うけれど、こればかりはゲルギたちを信じるしかない。
握りしめた拳に力が入る。
まずはここまでを無事に乗り越えなくては。
これからのことを考えていると緊張からか心臓がうるさいくらいに鳴り出した。
軋む音とともにゆっくりと馬車が止まる。
「姫様。到着いたしました」
馬車の外から聞こえたゲルギの声に了承の合図を送り扉が開くのを待つ。
静かに息を吐いて呼吸を整えていると扉が開き、シャンリリールはゆっくりと馬車の外へと降り立った。
その瞬間、その場にいた者たちの視線がシャンリリールに注がれる。
僅かな驚きと困惑、そして好奇心が混ざった視線の中、一際強く注がれる視線が3つ。
「姫様!」
「どうされたのですか?」
思わず出たのであろうゲルギとマーテルの声。
その目は確実にシャンリリールを捉えていて、その姿に驚き、そして心配げに移り変わる。
一方フィナンクート国の騎士たちは、ゲルギたちの様子に馬車の中にいる姫に何かあったのだと認識したようだった。
そのことにほっとしつつ、フィナンクート国の騎士たちにも聞こえるように説明した。
「姫様は慣れぬ長旅で体調を崩されてしまいました。早めに休めるように手配してください」
「かしこまりました」
突然伝えられたことに待機していた騎士たちに動揺が走ったが、すぐにマーテルとフィナンクート国の騎士数人が手配のために動き出した。
同時に動揺から回復したゲルギも何事もなかったかのように説明を求めてくる。
「姫様はお一人で歩ける状態ですか?」
「歩けると仰っていますが、ゲルギ、一緒に確認してもらってもいいですか?」
「かしこまりました」
「皆様は少しお待ちください」
シャンリリールはフィナンクート国の騎士たちに向けて告げると、ライルに見張っておくように目くばせした。
ライルがわかっていると頷くのを見てから、ゲルギを伴い馬車の中に戻る。
ゲルギが乗り込んで扉を閉めると、それまで平静を装っていたゲルギが途端に表情を変えた。
「姫様、これはいったいどういうことですか?」
「ゲルギ、落ち着いて。わたしたちにもどうしてこうなったのかはわからないの」
「……姫様なのですよね?」
ゲルギの視線はシャンリリールを上から下へと確認するように動く。
「そうよ」
「お体だけが小さくおなりになったと」
「そうみたい」
「8歳頃のお姿ですな。お懐かしい」
ゲルギは昔を思い出すように目を細めた。
「ゲルギ、あまり長く話していると不審がられるわ」
「おっと、さようですな。それで原因はわからないけれど姫様は体が小さくおなりになって、それをフィナンクート国には悟らせないようにするということですかな」
「そうよ」
「そしてライラが姫様役を務め、姫様は……侍女役を務めると。だから姫様は体調を崩されたと。なるほどなるほど。ところで侍女の姫様の名前はなんとおっしゃるのですか?」
「リリよ」
「リリ、ですな。わかりました。ではリリの服も手配しなければなりませんですな。とりあえず医者を手配されると困りますから、少し疲れたくらいの体調不良に致しましょう。ライラ、少しだけ弱々しく歩けるか?」
「お任せください」
「では、対策は部屋に入ってからということで。姫様、いえ、リリ。先に馬車を降りてもらえるか?」
「わかりました」
シャンリリールは馬車の扉を開けて先に降りてから脇による。
次にゲルギが馬車を降り、振り返り手を差し伸べた。
その手にライラは手を乗せ、少しふらつく仕草をしつつ馬車を降りる。
ライルが進み出て、姫役のライラに声をかけた。
「お部屋にご案内致します」
ライラは頷くだけの返事をして、ライルが先導してゲルギに支えられながら歩き出した。シャンリリールはその後ろをついていく。
見送るフィナンクート国の騎士たちは心配そうに姫役のライラを見つめていた。
今のところ不審がられてはいないみたいだ。
けれどその表情を見て、シャンリリールはとても申し訳なく感じた。王妃となる女性が体が弱いのではという不安を、結婚前から国民に抱かせるなんて王妃として不甲斐ないことだった。
案内された部屋に着くと、部屋の中にライラ、ゲルギ、ライル、そしてシャンリリールが入り、マーテルは部屋の前で警備に立った。
「みんな、座って」
入ってすぐのテーブルの周りにある椅子にそれぞれ座ると、みんなの視線がシャンリリールに集まる。
さて、どこから話せばいいだろうかと思案していると、ライルが話しかけてきた。
「小っこくなってるけど、姫様なんだよな?」
「そうよ」
「ライル」
ゲルギから口調に関して注意が飛ぶが、普段は使い分けられている口調を切り替えられないところをみると、ライルも内心はまだ動揺しているのかもしれない。
「精神まで子供になったわけじゃないんだな」
「うん。体だけ子供になったみたい」
「どこか痛いところとかあるのか?」
「体が変化するときはすごく痛くてすごく苦しかったけれど、今は大丈夫」
「変化するとき何か前兆とかあったのか?」
「まったくなかったよ」
「そうですね。私が見た限りでもありませんでした」
ライラから見ても前兆はなかったようだ。
「馬車の外からも特に何か攻撃を受けたようなことはなかったよ」
ライルからも外から見て変わりなかったことを伝えられる。
いったい何が原因で体が小さくなったのだろうか。
全くわからない。
それにしても、ここまできて、みんなにはもう何の動揺も見られなかった。
「……それにしても、なーんかみんな落ち着いてるね」
「姫様のことですからね」
「姫様のことですからなー」
「姫様のことだもん」
さもあたりまえのことのように答えられる。
まあ、シャンリリールの周りでは不思議なことは起こりやすかったけれど、それはレギナン国でのことだったはずだ。
……ここはもうフィナンクート国なんだけどなあ。
シャンリリールだから、で落ち着いてもらえるのは良かったと思うべきなのだろうか。
ライラが馬車の外を並走している騎士の一人、ライルを呼ぶ。
呼びかけに応じてカーテン越しにライルが馬を寄せてきたのが気配でわかった。
「どうした?」
「少し緊急事態が発生したの。馬車が止まったら、姫様が体調を崩されるからあなた達だけで対応できるようにして」
「わかった」
わずかな時間で会話が終わる。
短いやり取りでも通じるのは双子由縁というところか。
それからしばらくして日も傾いた頃、本日宿泊する街に入ったことが馬車の車輪音でわかった。
「姫様、では手筈通りに参りましょう」
「ええ、任せて」
ベール越しにライラと頷きあうと、馬車が止まるのを待った。
シャンリリールは自分のやるべきことを頭の中でもう一度確認する。
まず馬車が止まったら、シャンリリールが侍女として降りる。
そして姫が体調を崩されたとフィナンクート国の騎士たちに説明する。
ここまででゲルギたちが不自然に動揺してしまうと全てが終わってしまう。
ライルがうまく伝えてくれていれば大丈夫だとは思うけれど、こればかりはゲルギたちを信じるしかない。
握りしめた拳に力が入る。
まずはここまでを無事に乗り越えなくては。
これからのことを考えていると緊張からか心臓がうるさいくらいに鳴り出した。
軋む音とともにゆっくりと馬車が止まる。
「姫様。到着いたしました」
馬車の外から聞こえたゲルギの声に了承の合図を送り扉が開くのを待つ。
静かに息を吐いて呼吸を整えていると扉が開き、シャンリリールはゆっくりと馬車の外へと降り立った。
その瞬間、その場にいた者たちの視線がシャンリリールに注がれる。
僅かな驚きと困惑、そして好奇心が混ざった視線の中、一際強く注がれる視線が3つ。
「姫様!」
「どうされたのですか?」
思わず出たのであろうゲルギとマーテルの声。
その目は確実にシャンリリールを捉えていて、その姿に驚き、そして心配げに移り変わる。
一方フィナンクート国の騎士たちは、ゲルギたちの様子に馬車の中にいる姫に何かあったのだと認識したようだった。
そのことにほっとしつつ、フィナンクート国の騎士たちにも聞こえるように説明した。
「姫様は慣れぬ長旅で体調を崩されてしまいました。早めに休めるように手配してください」
「かしこまりました」
突然伝えられたことに待機していた騎士たちに動揺が走ったが、すぐにマーテルとフィナンクート国の騎士数人が手配のために動き出した。
同時に動揺から回復したゲルギも何事もなかったかのように説明を求めてくる。
「姫様はお一人で歩ける状態ですか?」
「歩けると仰っていますが、ゲルギ、一緒に確認してもらってもいいですか?」
「かしこまりました」
「皆様は少しお待ちください」
シャンリリールはフィナンクート国の騎士たちに向けて告げると、ライルに見張っておくように目くばせした。
ライルがわかっていると頷くのを見てから、ゲルギを伴い馬車の中に戻る。
ゲルギが乗り込んで扉を閉めると、それまで平静を装っていたゲルギが途端に表情を変えた。
「姫様、これはいったいどういうことですか?」
「ゲルギ、落ち着いて。わたしたちにもどうしてこうなったのかはわからないの」
「……姫様なのですよね?」
ゲルギの視線はシャンリリールを上から下へと確認するように動く。
「そうよ」
「お体だけが小さくおなりになったと」
「そうみたい」
「8歳頃のお姿ですな。お懐かしい」
ゲルギは昔を思い出すように目を細めた。
「ゲルギ、あまり長く話していると不審がられるわ」
「おっと、さようですな。それで原因はわからないけれど姫様は体が小さくおなりになって、それをフィナンクート国には悟らせないようにするということですかな」
「そうよ」
「そしてライラが姫様役を務め、姫様は……侍女役を務めると。だから姫様は体調を崩されたと。なるほどなるほど。ところで侍女の姫様の名前はなんとおっしゃるのですか?」
「リリよ」
「リリ、ですな。わかりました。ではリリの服も手配しなければなりませんですな。とりあえず医者を手配されると困りますから、少し疲れたくらいの体調不良に致しましょう。ライラ、少しだけ弱々しく歩けるか?」
「お任せください」
「では、対策は部屋に入ってからということで。姫様、いえ、リリ。先に馬車を降りてもらえるか?」
「わかりました」
シャンリリールは馬車の扉を開けて先に降りてから脇による。
次にゲルギが馬車を降り、振り返り手を差し伸べた。
その手にライラは手を乗せ、少しふらつく仕草をしつつ馬車を降りる。
ライルが進み出て、姫役のライラに声をかけた。
「お部屋にご案内致します」
ライラは頷くだけの返事をして、ライルが先導してゲルギに支えられながら歩き出した。シャンリリールはその後ろをついていく。
見送るフィナンクート国の騎士たちは心配そうに姫役のライラを見つめていた。
今のところ不審がられてはいないみたいだ。
けれどその表情を見て、シャンリリールはとても申し訳なく感じた。王妃となる女性が体が弱いのではという不安を、結婚前から国民に抱かせるなんて王妃として不甲斐ないことだった。
案内された部屋に着くと、部屋の中にライラ、ゲルギ、ライル、そしてシャンリリールが入り、マーテルは部屋の前で警備に立った。
「みんな、座って」
入ってすぐのテーブルの周りにある椅子にそれぞれ座ると、みんなの視線がシャンリリールに集まる。
さて、どこから話せばいいだろうかと思案していると、ライルが話しかけてきた。
「小っこくなってるけど、姫様なんだよな?」
「そうよ」
「ライル」
ゲルギから口調に関して注意が飛ぶが、普段は使い分けられている口調を切り替えられないところをみると、ライルも内心はまだ動揺しているのかもしれない。
「精神まで子供になったわけじゃないんだな」
「うん。体だけ子供になったみたい」
「どこか痛いところとかあるのか?」
「体が変化するときはすごく痛くてすごく苦しかったけれど、今は大丈夫」
「変化するとき何か前兆とかあったのか?」
「まったくなかったよ」
「そうですね。私が見た限りでもありませんでした」
ライラから見ても前兆はなかったようだ。
「馬車の外からも特に何か攻撃を受けたようなことはなかったよ」
ライルからも外から見て変わりなかったことを伝えられる。
いったい何が原因で体が小さくなったのだろうか。
全くわからない。
それにしても、ここまできて、みんなにはもう何の動揺も見られなかった。
「……それにしても、なーんかみんな落ち着いてるね」
「姫様のことですからね」
「姫様のことですからなー」
「姫様のことだもん」
さもあたりまえのことのように答えられる。
まあ、シャンリリールの周りでは不思議なことは起こりやすかったけれど、それはレギナン国でのことだったはずだ。
……ここはもうフィナンクート国なんだけどなあ。
シャンリリールだから、で落ち着いてもらえるのは良かったと思うべきなのだろうか。
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