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18 捕虜 Ⅱ
しおりを挟むマルロ部隊長の天幕に戻ると、ちょうどマルロ部隊長しか居なかった。
とてもタイミングが良かった。
捕虜についてはまだ他の人には聞かせられなかったから。
「戻りました」
ディルユリーネの固い声に、マルロ部隊長は訝しげに見る。
「どうしました?」
マルロ部隊長の問いにディルユリーネが答える前に、ジルヴァンが話しかけていた。
「サフィルス、儂、アイツらの面倒みてもいいか?」
「……? アイツらとは誰のことですか?」
「昨日捕まえた奴らのことだよ」
「昨日?」
「ヴァン!」
マルロ部隊長に詳しい説明もないままに許可を求めるジルヴァンを止める。
先ほどの捕虜の状況がジルヴァンにとっても余程の衝撃だったのだろう。止めたディルユリーネを振り返った瞳には何故止めるのかという明確な意思が宿っていて、ディルユリーネに突き刺さった。
「マルロ部隊長に説明しないと、それじゃあ何のことだか分からないでしょう?」
「……あ、そうか」
ディルユリーネの言葉に途端にジルヴァンはしょぼくれる。
ジルヴァンの落ちた肩を元気づけるように叩いてから、マルロ部隊長に向き直る。
「ご報告します。昨日捕らえた捕虜を確認してきました。捕虜は手足を拘束されたまま、小屋の中に転がされ捕らえられた時の状態のまま、私が見に行くまで放置されていました」
ここまで話しただけでマルロ部隊長の目が据わった。
「食事はおろか水さえも飲んでいなくて、かなり弱っていました。ですのでゆっくり食事を取ってもらい、水分も多めに飲んでもらいました」
「そうですか」
「あと、怪我も酷くて全員を治癒魔法で治しました。ただ治療していて気づいたのですが、全員痩せ細っていたんです。病気で痩せたというよりは食事が取れない事によって痩せたように感じるような痩せ方でした。その為なのか、食事を持っていったら、泣いて感謝されました」
あの異様な光景が頭に浮かぶ。
「そうそう。で、ディルが『聖人様』って言われて泣いて拝まれたんだよな!」
「──ヴァン!!」
それは伝えるかどうか悩んでいた事なのに!
勝手にマルロ部隊長に話されて、どういう反応が返ってくるか身構える。
よく分からない状況だったけれど、泣いて拝まれるなんて普通じゃない。そんなことをされるような人物でもないと分かっているから、ディルユリーネは恥ずかしく思っていた。
「サフィルスは『聖人様』って知ってるか?」
驚いた顔をしていたマルロ部隊長はジルヴァンの言葉に、目を伏せ、少し考えたあと顔を上げた。
「……聖人様というと、あれですかね? その昔、困っている民を無償で救って歩いたという神様みたいに言われている方の事ですよね? ロギスランダ国ではあまり聖人様信仰はありませんが、ヒュドネスクラ国では信仰が根付いているのでしょうねえ」
ディルユリーネは『聖人様』という人がどういう人なのかを知らなかったので、マルロ部隊長の言葉に驚いた。
まさかその畏れおおい『聖人様』と同じ意味で呼びかけられたわけはないだろう。
「なるほど。ディルを見て捕虜の人達がそう言ったんですねえ。なるほど、なるほど」
マルロ部隊長に感心されるように言われて、返答に窮する。
なるほどを3回も言われてしまった。
どういう意味でなるほど、とマルロ部隊長がいったのかは分からないけれど、『聖人様』と言われたディルユリーネはどうすればいいのだろうか。
断じてディルユリーネはそんなおとぎ話に出てくるような『聖人様』ではない。そんな風に言われても困るだけだ。
「好きに呼ばせてあげてもいいんじゃないかな? ディルの話を聞いていると捕虜の人達は弱っていて、心の拠り所を求めているだけだと思うよ」
マルロ部隊長にそう言われてしまうと、捕虜の人達の弱った姿を見ているだけに拒否できなかった。
「……そうですね」
「そうだぞ。『聖人様』って格好いいじゃないか! 呼んでもらえよ」
「いやいや、ヴァン。私は『聖人様』って呼ばれたいわけではないんだけど?」
「儂は呼ばれてみたいぞ?」
「じゃあ、譲るよ……」
「譲られてもアイツらが『聖人様』と呼びたいのはディルだしなー」
「…………」
これ以上続けても話が脱線していくだけなのが分かったので、話を切ることにした。
「それで捕虜の人達の待遇なのですが、今のままだと衰弱死してしまうかもしれません。食事の他にも寝床、トイレ、衛生面もいろいろ足りなさすぎるのですが、何をするにも国からの指示がないと動けません」
「そうだね。初めての捕虜だから、どのように対応するか上に窺わないといけないね。分かった。僕が早馬で報告書をあげておくよ。ディルは結果が届くまで最低限の保護をして欲しい」
「サフィルス! 儂も! 儂も面倒みてもいいか?」
ジルヴァンが我慢できずに割り込んできた。
「──いいですよ。ディルと一緒にお願いしてもいいですか?」
「分かった。まかせとけ」
マルロ部隊長はジルヴァンを微笑ましく見たあと、ディルユリーネを見つめる。
「分かりました。やらせて下さい」
他の者に任せるとどうなるか分かったものではない。
マルロ部隊長もそう思ったからこそ、ディルユリーネに任せると言ってくれたのだろう。
「必要な物資はココエラ商会に頼んでもいいでしょうか」
「それがいいね。駐屯地の物資を使うとメッツァー隊長が何かしら言ってきそうだからね」
「分かりました。内密に融通してもらえるように話してみます」
互いに頷くとマルロ部隊長は早速書類を作成するためにテーブルへ向かった。
ディルユリーネは物資調達のためにヤンさん達のところへ向かうことにした。
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