上 下
2 / 29

2 現実

しおりを挟む

「ディル、申し訳ないんだけど、頼まれごとを引き受けてくれないかな?」

眉がこれでもかというほど下がりきった困り顔で声をかけてきたのは、サフィルス・マルロ部隊長だ。
薄茶色の髪に同じ薄茶色の瞳。中肉中背のどちらかというと痩せ型で、騎士というにはあまりにも頼りない。
見た目通り、頼まれたことを断れない損な役回りの人だ。
そして私、ディルユリーネ・ランバルシアの直属の上官だ。

「また隊長に無理難題でも押しつけられたんですか?」
「こら、声が大きいよ。それで罰を受けるのはディルになってしまうんだよ?」
「すみません」

私が罰を受けることになると私以上に辛そうにするマルロ部隊長を知っているだけに、それ以上は不満を口にすることが出来なかった。
その罰というのは様々で、食事抜きから薪割りなどの雑務をメッツァー隊長がその時の気分次第で決めていた。娯楽のない戦地での余興の一環なのだと思われるが、言われた方はたまったものではない。だが、そんなことぐらいで済んでいるのだから、今いる前線はまだ平和ということなのだろう。


戦争が始まって三年。
ヒュドネスクラ国からの突然の宣戦布告に我が国ロギスランダ国は驚愕した。なぜ、宣戦布告をされるのか分からなかったからだ。
ヒュドネスクラ国はその当時、他の隣接する国とも戦争をしていたので、まさか我が国にも牙を向けるとは思っていなかった。宣戦布告とともに届いた戦争の要求は通行料の値上げと輸出品価格の値下げ。本来なら外交での話し合いで済むものを武力行使で要求してきた。それは既にヒュドネスクラ国と戦争状態だった隣接する国も同じような理由で戦争していた。

では、なぜ戦争が終わらないのか。
それはヒュドネスクラ国が話し合いでの解決を望まず、自国の条件を飲ませるまで武力行使を止めないからであった。

ディルユリーネが戦争に参戦したのが一年前。
治癒魔法を使える人材宛に国からの出兵要請が送られ、ディルユリーネも治癒魔法が使えたためランバルシア家にも届いた。事情があって家に居られなかったディルユリーネは後方支援ということで戦地に赴くことになった。
配属された初めての場所で、味方のはずの騎士に襲われかけた為に逃げるように転属願いをしたあと、点々と配属先が変わって今は五カ所目だった。

五カ所目の直属の上官が紳士的なマルロ部隊長だったため、今回は長く居られそうだった。
それまでが、伯爵令嬢であるディルユリーネに手を出そうとしたり、私を側にはべらそうとしたりして本来の役割とは関係のないことをさせようとした者が出たため、大事になる前に転属させられていた。

何度も女と侮られ身の危険も感じたディルユリーネは、徐々に男のように振る舞うようになった。
髪の毛も背中まであった長さを男と同じくらいに短くした。今いるこの駐屯地に派遣されるときにはもう短くしていたから誰も私が女だとは思っていないだろう。前線に近づけば近づくほど隊長と呼ばれる立場の者は書類などきちんと見たりはしなかったから。

ただマルロ部隊長には出会った日になぜか女だとバレてしまって、すごく心配された。
そのあとは、女だとバレるような風呂の順番とか(隊長のために毎日風呂を沸かしている。その後階級が低い者が入れたりする)、寝る場所などはマルロ部隊長の気遣いでマルロ部隊長と同じ場所を提供してもらっている。補佐役として側に居なければならないからと理由をつけて。天幕の中に仕切りを付けてくれて安全面に考慮した紳士的な対応をしてもらえていた。だから、いつ襲われるかとビクビクしながら眠っていたディルユリーネはマルロ部隊長のところに来てからはしっかりと眠れるようになっていた。

そんな戦地に来てから唯一の紳士であるマルロ部隊長は困った顔をしたままディルユリーネを見つめていた。

「それで、何を言われたんですか?」
「ああ、それがね……、面白い技で敵兵を捕らえた男がいるらしいんだ」
「──面白い技ですか?」
「そう。それを見た隊長が面白がってその男を戦争の道具として使えるようにしろと命令が下ったんだよ」
「もしかしなくても、娯楽の一環ですか?」
「その要素はあるかもしれないね」

声を潜めて告げるマルロ部隊長の困った顔の眉間に、しわが足された。
珍しく怒っているようだ。
平民を巻き込むことに怒りを感じているのかもしれない。それはディルユリーネも同じ思いなのだけれど。

「それでね……、その役を、その……」
「──私にやらせろと言ったんですね」
「……そうなんだ。断れなくてごめんよ」

メッツァー隊長の余興のために本来の仕事以外のことをさせれられることに言い表せない怒りが湧く。
なぜ戦争が終わることにその頭を使わないのか。
拳を震わせるディルユリーネを申し訳なさそうにマルロ部隊長は見つめた。

「分かりました。いつものことなんですからそんなに気にしないでください」

メッツァー隊長に余興要員として目を付けられているディルユリーネであったから、今回の話にも驚きはしなかった。
驚きはしないがイライラは溜まっていく。一回隊長の腹に拳を叩き込めたらどんなにかスッキリするだろう。
貴族令嬢としてはあるまじき思考に行き着く。戦場にきて周りの駄目な男達に囲まれていたら、思考回路もガサツに染まってしまったようだ。

「それでその男はどこに居るんですか?」
「褒美を取らせるといって駐屯地の入口で待たせているらしい」
「褒美? ……その褒美とは何ですか?」
「部隊に引き入れてやる、……ことだそうだよ」
「はあ!? それは褒美ではありませんよね? その者にとっては」
「……そうだねぇ」

マルロ部隊長も同意見なのだろう。困り果てたように眉が下がりっぱなしだった。
平民が部隊に入ることになっても嬉しいはずはない。
本当に何を考えているのか。
このままではその者に嘘をつくことになってしまう。いや、それさえも嫌がらせの一環か、面白がっての事だろう。しかも平民はその事実を知らないのである。その説明も私がしなければいけないのかと思うと、頭が痛くなってきた。

「……分かりました。それについても私が説明します」
「ごめんよ」
「いいえ。行ってきます」 

どこまでもお人好しなマルロ部隊長に苦笑で笑い返した後、一礼してその面白い技を使うという平民の男の元に向かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...