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第1章
閑話 ラオスの決意
しおりを挟む俺は決闘でユリベルティス殿下に惨敗したあと、シャウに合わせる顔がなくて、本来の仕事であるシャウの護衛役を他人に任せてしまった。
いや、シャウの前に立てる勇気がなくて、シャウから逃げたんだ。
あれだけユリベルティス殿下に啖呵を切って決闘を申し込んだくせに、玩ばれるように俺の攻撃が躱され手も足も出なかった。
ユリベルティス殿下の実力は本物だ。
ガルアさんに匹敵するほどの剣術で、ウルガとはいい勝負が出来るのでないかと思える腕前だった。
決闘をしている最中にそれは分かった。実力差は歴然としていた。それが分かってしまったけれど、取りやめることなど出来なかった。
〖負ける〗
ラオスは事実として認識した。
〖力が及ばない〗
〖シャウを護れない〗
その事実をユリベルティス殿下に突きつけられた。
その事実にラオスは打ちのめされた。
俺ではシャウを護るには役不足だと証明されてしまった。
それを認められなくて足掻いて攻撃していた俺にユリベルティス殿下は最後の決定打として芸術的な剣戟を繰り出して俺にトドメを刺した。
喉元に突きつけられた剣に俺は項垂れることしか出来なかった。
その後、イラザが決闘していたけれど、見なくても結果は分かっていた。
イラザは俺と実力的には拮抗していた。だからこそ、ユリベルティス殿下に勝てるはずもない。
唇を噛みしめすぎて血の味がしていたし、手のひらは握り締め過ぎて血が滲んでいた。
──悔しい
──情けない
──シャウに呆れられるのが怖い
そんな感情が俺の中でぐるぐると回っていた。
イラザも負けたあと、ユリベルティス殿下の忠告がラオスの耳に入る。
その言葉はガルアさんやウルガに言われていた言葉と同じだった。
ラオスは恥ずかしくなった。
ガルアさんやウルガの指摘を軽視していたわけではなかったが、真剣に訓練をしてこなかったことを見抜かれているようで顔を上げられなかった。
決闘が終わった時には、俺は逃げるように訓練場を出た。
シャウの顔を見ることは出来なかった。
シャウの目に失望した色や呆れた色が乗っていたら、立ち直れない。
……ただの言い訳だな。俺がシャウの目を見返せないだけだ。
俺は家に帰り、今後のことを考えた。
今のままではユリベルティス殿下にシャウが捕られてしまう。
それだけは赦せる筈がなかった。
では、どうすればいいのか。
そんなのは判りきっている。俺がユリベルティス殿下よりも強くなるしかない。
そうと決まればあとは行動するのみ。ウルガのところに行って、シャウの護衛役を代わって欲しい事と訓練の相手をして欲しい事を伝えた。
ウルガのところに来たときイラザもちょうどやってきていた。イラザの顔を見れば何しに来たのかくらい判る。やはり俺と同じ事を頼んでいた。
イラザにも負けるものかと、次の日から訓練に明け暮れた。
ズタボロになるまでガルアさんとウルガに叩きのめされ、家に寝に帰り、次の日も朝からガルアさんとウルガに訓練に付き合ってもらってズタボロにされる。
そんな毎日を送っていた。
ウルガから時折世間話の一環でシャウとユリベルティス殿下の様子を聞かされ、胸には焦燥感が募る。
俺が力を付ける前にユリベルティス殿下との仲が深まっていくのではないかと焦りが出てくる。
本当に力がついているのか、間に合うのか判らない。
それでもシャウの前に立つときはユリベルティス殿下と対等に渡り合えたときと決めていた。じゃないと、自信を持ってシャウの目を見返せない気がした。
シャウを護りたい男としてそれだけは譲れなかった。
そんな決意をしていた俺の目の前に、シャウがユリベルティス殿下を伴って現れた。
俺はウルガに頼まれて武器屋に使いに行く途中だった。
久しぶりに街中を歩いていたら、前からアーリュセリアが歩いてきていて俺を見つけると走って近づいてきた。嬉しそうな顔で近づいてきたアーリュセリアの気持ちは分かっていたが、俺には答えるつもりもなかったので穏便に躱そうとした。だがそれで遠慮するような女は俺の周りにいるはずも無く、アーリュセリアももれなく俺の腕を絡め捕り話しかけてきた。
母から言われている言葉が戒めとしてラオスに根付いているために、アーリュセリアを振り払えなかった。
シャウに名前を呼ばれたときがアーリュセリアに腕を絡め捕られた時だった。
女性には優しく、その戒めのせいで、俺はシャウに誤解されるような状況だった。
俺は久しぶりに会うシャウに驚きを隠せないでいたが、シャウの隣に立つユリベルティス殿下の姿が視界に入ってきて、会えた嬉しさよりもユリベルティス殿下が当たり前のように俺の立ち位置に居ることに憮然としてしまった。
シャウはその間にもアーリュセリアを見て驚いた顔をしたあと、アーリュセリアの腕が絡みついている腕を凝視していた。
そして、くしゃりと悲しそうに顔を歪める。
シャウが傷ついた顔をしていた。
その顔は初めて見るもので、ラオスに僅かな期待が生まれる。
だからこそ走り去ったシャウを追いかけた。だが、その先で見た光景にラオスはまた打ちのめされた。
シャウは泣いていた。その涙の意味は俺が期待した意味の涙であって欲しい。
けれど、そのシャウを慰める役目が俺でないことに、ユリベルティス殿下とシャウの距離を感じて悔しくなる。
俺はそれ以上近づけなくて、また逃げた。
逃げた俺は、決闘した時から成長していないことに少しして冷静になってから気が付いた。
シャウの傷ついた顔が頭から離れない。あんな顔をさせるためにシャウから離れたわけではない。
それなのに俺がシャウを傷つけた。
俺は何のために強くなろうとしていたのか。
シャウを護るためだったはずだ。
それなのに側を離れ、俺がシャウの心を傷つけた。シャウの側に居なくては護れるはずもないのに。
そんなことにもシャウが傷ついた顔を見なければ気づけないなんて、それこそ男として情けなく思った。
まだユリベルティス殿下には追いついていないだろう。
追いつくまではシャウの前に立てない。立つべきではない。そう思って訓練してきた。
だが、もうそんなくだらない矜持は捨てることにした。
俺にとっての一番はシャウの側でシャウの心と身体を護ること。
それ以外は元からどうでもよかったはずだ。
──そうか、ただそれだけのことだった。
そう昔はそれだけだったはずだ。
そんな単純なことに気づくのにかなり時間がかかってしまった。
ユリベルティス殿下が現れて、あまりにも力の差が歴然とした強敵に怯んで寄り道をしてしまったけれど、昔も今も俺にとっての生きる意味はシャウを護ること。
それだけが俺の信念だと今なら言い切れる。
気持ちがすっきりと晴れると、あとは行動あるのみだ。
シャウに側に居ることを許してもらい、俺の想いを告げる。
そして、必ずユリベルティス殿下に勝つ事を誓う。
それを側で見ていて欲しいと願おう。
ラオスはさっぱりとした顔つきになり、真っ直ぐ前を向くことが出来た。
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