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第1章
34 母からの告白
しおりを挟む仕事が終わりラオス、イラザと共に家に帰ると、まず母さんは夕食の支度を始めた。
僕も手伝っていると父さんが帰ってきた。
家の中にラオスとイラザがいることに気づいた父さんに、母さんが事情を説明する。
それを聞いた父さんは一瞬目を眇めると、すぐに表情を戻して、母さんとシャウにただいまの挨拶を交わした。
その後、食事の用意ができて、全員で食べていても会話が弾まず重たい空気が漂う。
その重たい空気に、この後聞かされる話が少し怖くなった。
食事を終えて片付けを済ますと、父さんと母さんが並んで座り、向かい側に僕を真ん中にしてラオスとイラザが両隣に座った。
「そうね、何から話せばいいかしらね」
母さんが言葉を探しながら話し始めた。
「まずはシャウが呪いの花を浄化したときのことかしらね」
昔を思い出すように母さんは遠くを見つめた。
「シャウが3歳の頃ね。父さんと母さんはシャウを連れて森を散歩していたの。当時は今よりももっと魔物が少なくて、街の人達も散歩に行くくらい安全だったのよ。だから父さんとデートを楽しみながら、シャウが歩き回るのを見ていたわ。そしてシャウが何かを見つけたように走って行ったの」
そこで母さんはひと息入れた。
母さんの緊張が伝わってきて、シャウは自分の手を握り締める。
「私達は昆虫でも見つけたのかと思って覗き込んだら、シャウが呪われた花に触っていたわ。私は驚きすぎてすぐに動けなくて、そのままシャウが触り続けるのを見ていることになってしまった。そうしたら、驚いたことに花が見るみるうちに元の姿に戻っていったの。そしてシャウが私達を見て綺麗なお花だねって言ったのよ」
その時のことを思い出したのか、母さんは少し興奮しているようだった。
「どうなっているのか全然分からなかったわ。それでも、シャウを抱き上げて呪いを触った手を確認すると綺麗なままの手だった。幻を見ていたのかと思ったくらいだったわ。でも確かに母さんも父さんも自分の目で見た確信があった」
そこまで話すと母さんは息を吐き出した。興奮した気持ちを落ち着けるように深呼吸をするとシャウを見つめた。
「あの時は本当に驚いたのよ? 呪いに直接触れる者なんていなかったんだから」
母さんは苦笑をもらした。
そうして、一度唇を引き結ぶ。
気持ちを切り替えるように母さんが目線を落とすと、父さんが労るように抱き寄せた。
父さんに力をもらったのか、母さんは顔をあげるとまた話しだした。
「シャウの力が分かった時ね、世の中にはまだ呪いを治療できる人がとても少なかったの。そして、魔物によって呪いを受ける人は多くなり始めていた時期だったの。……すると、何が起きたと思う?」
母の苦虫をかみつぶしたような苦しく哀しい顔に、良くないことが起こったのだけは分かった。
「その時代の権力者が自身の安全のみを考えて呪いの治療ができる者を囲い始めたの。時に誘拐し、時に脅迫し、時に道具のように使い捨てて……」
その時のことを思い出したのか、母さんの顔が苦しみで歪んでいた。
「そんなときにシャウの力が知られればどうなるか分かるでしょう?」
母さんの言葉に、自分がどうなっていたかが想像できてしまい身体が震え始めた。
その震え始めた身体を両脇に座っていたラオスとイラザが身体を寄せ、労るように背中を叩いてくれた。
その温かな手のひらに震えが治まっていく。
「そう、シャウが想像したとおりになると母さんも父さんも思ったわ。だから絶対に知られないようにしようと決めたのよ」
母さんの話を聞いていて、ふと疑問に思った。
母さんは大丈夫だったのかと。
「母さんは……大丈夫だったの? 誰かに酷い目に遭わされたりとか……」
母さんが危ない目に遭っていたらと思うと、心配になった。
心の傷になっていたりしないのかと。
シャウの眼差しに気づいた母さんは少し表情を緩めた。
「母さんはね、ガルアの伴侶だったし、今の陛下ともガルアが知り合いだったからどうにか切り抜けられたの。まあ、ガルアに勝てる者などいないのだけれどね」
そこでようやく母さんに笑顔が戻った。
「それから少しずつ少しずつ、今の陛下が国王になって少しずつ呪いを治療できる者を保護してくれたの。権力を持って法を定めて治療士という立場を確立してくれた。それが今の治療士の成り立ちよ」
そこまで話すと母さんは大きく息を吐いた。
そして僕を見つめると少し困った顔をした。
「だからね、シャウにいつ伝えようか悩んでいたの。シャウが治療士になりたいかも分からなかったし、なりたいと言われても20歳から教えると定められているからその時になって伝えるべきかどうか。それに小さい頃のことだから大きくなってもその力があるのかも分からなかったしね」
一度言葉を切ると、母さんは僕を見て本当に困った顔をした。
「伝えてもいい時期がいつかを見極めているときに、今日の出来事が起こって、本当にどうしようかと思ったわ」
母さんの言葉に尤もだと思った。
僕は後先考えず先走ってしまうこともあるし、今日も先走って危険に首を突っ込んでしまった。
そんな僕のことを良く解ってる母さんが、伝えられないと思ったのは仕方ないかもしれない。
母さんの言葉に反省していると、ずっと黙って聞いていた父さんが話し始めた。
「シャウの力のことが知られたからには連れて行くしかないな」
「ガルア」
心配そうな母さんに、父さんは母さんの肩を引き寄せる。
「この時期にシャウの力が分かったということは神の思し召しなのかもしれん」
「……そうね」
母さんと父さんが頷き合うと、僕たちを見据える。
「シャウには話したことがなかったな。母さんの故郷のこと」
「うん」
「母さんは魔物の棲む森の奥深くで暮らす守り人の一族の生まれなんだ」
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