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第1章
2 消毒
しおりを挟む「イラザ?」
今まで一度も見たことが無いその険しい表情に、本能的に恐怖を感じ体が震えだした。
腕の中で震えだしたシャウに気付いたのか、イラザの視線が僕を捉える。
僕を見つめる時には先ほどの表情が嘘のようになくなり、心配そうに眉が下がっていた。
「シャウ? 大丈夫ですか?」
その顔はシャウが怪我をしたときなどに見る表情で、ほっとした時には体の震えが治まっていた。
「大丈夫。怪我なんてしてないよ、みてたでしょ?」
ニコッと笑って答えると、ため息をつかれる。
「怪我の心配をしたわけではないのですが、まあいいです」
何故かイラザの方が疲れたような顔をしたので、銀色のサラサラの毛並みの耳をヨシヨシと撫でる。
耳に触れた瞬間、ピクンと反応したがそのまま僕に撫でられることを受け入れたようだ。
(ふふっ、イラザが僕に耳を撫でられるのを気に入ってるのわかってるんだ。そして、機嫌が悪い時はこれで直ることも知ってる)
撫で続けているとイラザの口の端が柔らかくなったのを見て、撫でる手を止める。
それに気付き、閉じていた目を開けるとイラザは優しく微笑んだ。
「では、帰りましょうか」
「うん」
手を繋ぎ歩き出そうとしたとき、目の端にラオスが転がっているのが見えた。
(忘れてた)
「ラオ…」
「シャウ」
ラオスに呼びかける声に被せるように、繫いだ手を引き、またイラザの腕の中に引き寄せられた。
そして、顎を持ち上げられ目線を合わせられる。
「あんな奴は放っておけばいいんです」
イラザの目の奥に怒りの色が見え、無言で頷く。
そのまま繫いだ手に引かれて家に向かって歩き出した。
シャウの手を引き、前を歩くイラザの背中はまだ怒っているような気がして、振り向いてラオスの様子を見たかったけれど僕の本能が危険だといっていたため、振り向けなかった。
(まあ、魔力はちゃんと渡せたはずだし、大丈夫だよね)
黙々と歩き続け、木々が覆い繁る獣道を抜けると、小川が見えてきた。
(やっばいなぁ)
何で魔物に襲われたのかわからなかったんだけど、先ほどいたところは父さんに入ってはいけないと言われていた場所だったことがわかった。
いつも遊んでいる場所は今見えている小川がある周辺で、それよりも奥は魔物達の縄張りで無闇に踏み込まなければ襲われることはないと言われていたのに、いつの間にか足を踏み入れていたらしい。
(やっぱりウサギモドキを追いかけていたのがいけなかったのかな?ウサギモドキを追いかけていたとき、なんか後ろで二人が何か言ってたような気がしたんだけど、追いかけるのに夢中で聞こえなかったんだよな~)
家に帰ったら父さんに報告しなくちゃいけないかと思うと、帰るのが嫌になってくる。
約束を破った僕が悪いのはわかっているんだけど、父さんが怒るとめちゃくちゃ恐いんだよ。
さすが獅子族の長って感じなんだけど、その後泣かれるのが大変なんだよな。
黙ってても匂いで分かるらしいからすぐにばれちゃうし、そうなると外出禁止の期間が長くなっちゃうから嫌なんだよ。
家でじっとしているなんて耐えられない。しかも家にいると母さんに女の子としてのマナーの勉強時間が増やされるからほんと嫌だ!
いろいろ考え事してたら、気づくと小川の近くに座らされてた。
イラザはというと小川で濡らしたのか布を絞っていた。
そして隣に座ると、濡れた布でシャウの顔を拭き始めた。
「ごめん、汚れてた?」
「少しだけね、ああ、目も閉じて」
「ん」
不器用なシャウは自分で出来たと思っていても、イラザには出来てないと思われているみたいで、いつも仕上げをしてもらっていた。
そんなことを繰り返すうちに、シャウもイラザも始めからイラザがした方が早いと気付き、二人きりのときは全てイラザがしてくれてた。
それ以外のときは、母さんに知られてシャウの為にならないから手伝ってはいけないと言われている。
「ん?」
顔に何か濡れたものが触った気がした。
布とは違う柔らかい感触が、まぶたの上、頬、鼻と触れて、唇にも触れたと思うと濡れた何かが行ったり来たりする。
(なんだろう)
よくわからない感触に確認したくても、イラザから目を開けていいと言われるまでは開けられない。
前にイラザから許可が出る前に目を開けたら、ちょうど薬を瞼に付けるところで薬が目に入りすごく痛い目にあったので、二度と勝手に動かないことにしている。
「シャウ、口開けて」
言われたとおり口を開けると、ヌルヌルした熱いものがシャウの口の中に入ってきた。
シャウの口の中に入ってきたものは上顎に触れ、徐々に奥まで入ってきてシャウの舌に絡みついた。
「んっ…」
この感触はさっきラオスの舌に触れて魔力譲渡したときに似ている。
ということは、今イラザの舌が僕の口の中にいるということ?
何でそんなことされているのか分からないけれど、僕の魔力が無くなってたりしたのかな?
また息が苦しくなってきたと思ったときに、イラザの口が離れ、耳元で囁かれる。
「鼻で息すればいいんですよ」
その声は少し笑いが含まれていて、低音の響く声が脳に響く。
言葉が脳に届く頃にはまた口を塞がれ舌を絡め取られていた。
「……ん……あ…」
言われたとおり鼻で息をしながら続く行為に翻弄され、どのくらい時間がたっているのか、いつまで続くのか分からずされるがままになる。
「かわいい」
いつ口が離れたのか分からないけれど、そんな言葉が脳に響く。
そしてまた口の中を蹂躙していく。
「も…う…」
溢れ出た言葉にイラザは口を離し、最後に唇を舐められ、唇に柔らかい感触が触れて離れた。
「もう目を開けていいよ」
「うん」
目を開けると、目の前に熱が宿ったイラザの目があって、微笑んでいた。
「消毒」
「…消毒?」
「そう、消毒したんだよ。これでばい菌は除去できた」
そうか、今のは消毒してたのか。イラザは僕の知らないことをいろいろ知ってるんだな。
ぼんやりした頭はそういうことかと頷いていた。
「ありがとう」
ニコッと笑ってお礼を言うと、イラザはちょっと目線を逸らしてから
「どういたしまして」
柔らかく笑って頭を撫でられた。
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