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63 アピール作戦 8

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「で、誰に聞くの?」

 クトラの問いにすぐに思い浮かぶのはカブルだった。
 カブルはダウール様の乳兄弟だから、いろいろと知っていそうである。
 ただ一人だけというのも不安だから、他に聞けそうな男性といって思い浮かんだのはハウリャンと、……イルハンだった。
 自分の交流の狭さに愕然としながらも、個人的な質問ができそうな人は他に思い浮かばなかった。勉強時に会話をしたことがある男性は勿論いたけれど、その人達に聞けるかというと無理がある。
 その点カブルにならばダウール様の好みとかを直接聞ける。しかしハウリャンやイルハンにダウール様の好みとかを聞けるかと言われると直接的には聞ける気はしない。ダウール様の個人的な趣味趣向を知っているかという点も定かではないけれど、恥ずかしさの方が先立ってしまう。しかしカブル一人の情報は情報として偏りもあるかもしれないし、他の男性の意見も聞く必要があると思う。かといってハウリャンやイルハン以外の人を思い浮かべても、やはり誰も思い浮かばなかった。ならば個人的な質問ができそうなハウリャンとイルハンに好きな人のタイプや好みを聞くということにすればいい気がする。情報は質も大切だけど、量もある程度は必要だもの。三人という人数は少ないかもしれないけれど、無闇やたらに聞けばいいというわけでもないし。まあ、イルハンはなんとなく話しやすそうだなという点での選択だけれど。
 突発的に思いついた人選だけれど、これ以上はない人選だと思った。
 
「カブルとハウリャンに、……イルハンかな?」
「イルハン?」
「イルハン?!」

 クトラの疑問の言葉と、ニルン様の驚愕で裏返った声が重なった。
 クトラの疑問はわかるとして、ニルン様は何に驚いたのだろう? しかもイルハンを知っているような言い方だった。
 ニルン様に目を向けると、口を押さえて顔を真っ赤に染めていた。まるで言ってはいけないことを口にしてしまったように。そして、恥ずかしそうに頬を薔薇色に染めていた。
 ……なんか見たことある反応だった。
 昔クトラに好きな人を言い当てられて真っ赤になっていた人と同じ。と、ここまで思い出して疑問に思う。
 ……まさか、ニルン様には好きな人がいる? それもイルハンという名前の男性が。

「コホン……、私の知っている方と同じ名前が出てきて驚いてしまっただけですわ。大きな声を出して驚かせてしまい申し訳ありません」
「ふーん、イルハンって言うんだ?」
「クトラ様!」

 からかうように声をかけたクトラを、咎めるようにニルン様が名前を呼ぶ。
 クトラの様子からもフィーリアの予想が当たっていることは間違いなさそうだった。自身の観察眼には自信はないけれど、クトラの観察力は信頼できる。
 ということは、ニルン様は好きな人がいるのに妃候補として登城したということだろうか。……あー、王命だから断れなかったということ?
 ニルン様にはいつもなにかあるような含みを感じさせる対応をされていたけれど、これが理由なのだろうか。でも、ダウール様に気があるように見えたのはなぜだろう? それにもなにか理由があるということ?
 いくら考えても答えは出ない。圧倒的に情報が足りなかった。
 出会った当初からニルン様はフィーリアに好意的だったけれど、今に至るまでなにも教えてはくれなかった。というか煙に巻かれていた。
 教えてもらえないことに淋しさを感じたりはするけれど、友達になったからといって、いや友達だからといって全てを話さなきゃいけないわけではない。言えない事情があるのかもしれないし。でも……いつか話してもらえたらいいな、くらいでとどめておくことにした。
 ニルン様の挙動不審には触れず、イルハンについて話す。

「イルハンは警備隊で知り合った人なんだけど、とても話しやすい人でね。一般的な男性の意見も聞いてみたほうがいいのかなと思っての人選なの」
「それも面白そうじゃない?」
「そうですわね。よろしいのではないでしょうか。それよりもどの様なことを尋ねるおつもりですか?」

 ニルン様はとにかくイルハンの話題から話をそらせたいようだった。
 若干焦り気味のいつもよりも僅かに早口な言葉に動揺が見てとれる。
 ニルン様の好きなイルハンさんと警備隊のイルハンは別人なのだとは思うけど、名前を聞いただけで慌てている姿はいつもの冷静なニルン様からは想像できないほど可愛らしかった。
 ニルン様の愛らしい様子に、いつかニルン様に好きなイルハンさんの話を聞いてみたいと思った。聞けるとしたら、ダウール様の正妃が決まったあとになるだろうけれど。

「ええと、好みのタイプとか、好きな服装とか?」
「ありきたりな質問だね」
「答えは決まっているようなものですけれど」
「え、そうなの? わたしは全然わからないんだけど……。じゃあ、他になに聞けばいいのかな」
「フィーが聞きたいことでいいでしょ」
「なにも思い浮かばないよ」
「好きな仕草とか、身体のどの部位が好きとか?」
「そんなっ破廉恥なこと聞けるわけないでしょ?! ──っ?! からかったね?!」
「どんな結果になるのか楽しみだなー」
「ぜひ結果を教えてくださいませ」
「もう……、頑張ってくるけどね」

 二人してクスクスと含み笑いをして面白がっているような空気を感じるけど、応援してくれているのはわかっていたので気合を入れて頷き返した。


  ◇◇


「おはようございます。フィーリア様」
「おはようございます。ハウリャン」

 朝、いつものようにハウリャンがやって来た。
 恒例の躓き転びも終わり、定例の伝言を受け取る。

「確かに承りました」
「失礼いたします」
「あのっ、ハウリャン」

 一礼していつものように帰っていこうとしたハウリャンに、一瞬躊躇したあと声をかけた。

「少し聞きたいことがあるのですが、時間ありますか?」
「なにかお困りのことでもございましたか?」
「いいえ、あの、困っていることはないのですが、少し個人的な意見を聞きたくて……、だから、あいている時間に少しだけ相談に乗ってもらえないかと……、勿論断ってもらっても全然構わないのです。個人的な相談でハウリャンの時間をもらうのは業務の範囲外だとわかっているので」
「私でお役に立てることがございましたら、お伺いいたします」
「……ありがとうございます。お仕事が終わる時間、いえ、ハウリャンの都合がいい時間を教えてもらえますか?」
「さようでございますね……。昼食時か、昼過ぎの忙しい業務時間のあと、夕食前でしょうか。ですが、昼食時と昼過ぎの時間はフィーリア様もお忙しいでしょうから、夕食前はいかがでしょうか」
「それでは、夕食前に部屋に来てもらえますか?」
「かしこまりました」
「手間をかけて申し訳ないけれど、よろしくお願いします」
「はい、それでは失礼いたします」

 ハウリャンが退室していくのを見送り、ほうと息を吐き出す。
 ひとまず、ハウリャンとの話し合いの場は確保できた。

「ラマ。ハウリャンのもてなしの用意をお願い」
「かしこまりました」

 あとはカブルとイルハンにいつ質問するか、だね。

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