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58 アピール作戦 3

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 内心の動揺は治まらないままに、今日の勉強先、城の防衛の要、警備兵団の訓練場に来た。
 我が国の警備兵団は国内からの寄せ集めで中には外国籍の者もいるという。これだけ聞くと大丈夫なのかと思うけど、実力は申し分ないそうだ。
 なぜ寄せ集めなのかというと、豪族内での権力闘争に嫌気がさした者や関わりたくない者、不当な扱いをされた者が逃げ込む先になったからだそうだ。近年は兵団長がかなりの実力者で兵力の底上げが出来たようで、今や国内随一の実力集団だという。しかし、その実力を国内の豪主達には隠しているらしい。侮ってもらっていたほうが都合が良いとのことだ。今まではそれで国権を維持していたらしい。国王になるよりは豪主として国を利用していたほうが旨味があるとの豪主たちの思惑があるのがわかった上で、歴代の国王は権力の均衡を保ってなんとか国を維持してきたらしい。
 現在は侮って権力を簒奪しようとすれば反逆罪でその豪族を潰せるだけの武力を持っているし、事実を知っている警備兵団と同等の兵力を持っている豪主は国と共生関係を築いたほうが得だとわかっているから手出ししてこない。豪主の見極めのために侮らせているとのこと。

 共に見学しているカブルから知っていた部分と初めて聞く部分の説明を受けながら、目の前で繰り広げられている警備兵たちの訓練を見学した。
 訓練場の中心で三十名ほどの人達が交代で剣の打ち合いをしている。ここにいない他の警備兵たちは城内での任務や遠征中とのことだ。
 フィーリアは実家のハルハ家でも自警団の訓練を見学していた。その際にお父様はハルハ家が抱えている自警団の実力はどこにも負けないと言っていた。その時見た自警団の人達とお城の警備兵の動きは遜色ないように見えた。お父様はそんなところで無用な見栄なんて張らないから、同等に見えるならお城の警備兵団の実力はカブルのいうように確かなものなのだろう。

 剣の打ち合う音と息づかいだけが響く。
 真剣な顔をして訓練に打ち込んでいる警備兵たちだが、フィーリアが見学のために訓練場に足を踏み入れた時に見せたみんなの顔が心に強く残っていた。
 訓練場にいた人達の中には話したことはなくても通路ですれ違ったり、扉の前で会ったりしたことのある人もいた。初めて会ったわけでもないのにフィーリアを見たら、驚きを浮かべた人や愕然とした人、口をポカンとあけた人とか、とにかく驚きを表した人が多かった。
 みんなの戸惑った空気を瞬時に感じとり、フィーリアは今日の服装が場違いだったことをヒシヒシと感じた。失敗したと思ったけれど、今更服を替えに戻るわけにも行かず、これはもう笑顔を浮かべるしかないと思って、兵団長からの紹介を聞きながらひたすら笑顔を浮かべて頷いた。早く訓練を再開してと笑顔の下で必死に願い、訓練が再開されたときにはもう疲れ果てていた。

「こらー! よそ見するな!」
「集中しろ」

 兵団長の声にフィーリアが視線を向けると、こちらを見ていた数人の警備兵と目が合った。と思った途端に慌てたように目をそらされた。
 その仕草の意味するところは……考えると落ち込みそうになる。
 訓練に集中できないほど、今日の服装は似合っててなかったということだろうか。それともこの場に相応しくないから気が散ってしまったのだろうか。
 その後も何度も兵団長の注意する声が響き、その度に視線が合う人にフィーリアはとにかく笑顔を向けた。これ以上悪印象を持たれてしまうのはよくないと思ったからだ。中には笑顔を向けた途端、顔を赤くする人もいて、不快感を表していることにも気付いたけれど、かといって笑顔を止めることはできなかった。

「休憩!」

 兵団長の声が響くと、汗を流すほど真剣に打ち合っていた人達は各々物陰に移動する。
 その中の一人がフィーリアに近寄ってきた。そしてフィーリアの目の前で止まると、ニカッと笑った。

「こんちはー。俺、イルハンていうんすけど、お嬢様はハルハ家っつう良いところのお嬢様っすか?」
「は、はい。わたしはフィーリア・ハルハと申します」
「あっ、声も可愛いっすねー」
「え?」

 突然の声がけに戸惑って、フィーリアは瞬きを繰り返した。豪主直系にここまで物怖じせずに話しかける人はなかなかいない。豪主に目をつけられたらこの国では生き辛くなるからだ。だから、ここまで直接的に砕けた態度と口調で話しかけてくる人がいることに驚いた。日焼けした肌に小麦色の短髪に真っ直ぐな青い瞳。見た目から外国籍だとわかる。外国籍だから、我が国の身分制度がわかってないため、このような態度なのかもしれないと推測できた。カブルと意気投合しそうなタイプだなとも思った。

「いやー、ずっと気になってたんすよー」

 しげしげと興味深そうに見つめられる。
 イルハンの言葉の通りに、交代で待機していた間中ずっとフィーリアを見ていた。ビシビシと視線が突き刺さったような気がするくらい見られていた。まさかその後直接話しかけられるとは思ってもいなかった。見た目通りどうやらとても自由な人のようだ。
 フィーリアにとってはこのくらいのほうがありがたいけれど、イルハンの立場を考えると良くない。豪主直系に軽口をたたくのは侮蔑や軽視しているようにとられるから。
 軽口が悪いと思っているわけではない。ハルハ家でもラマやごく身近な者はたまに砕けた言葉遣いで話してくれる。だからといって侮辱や軽視されてるとは思ったことはない。大切なのは言葉遣いや態度ではなく心根だ。言葉遣いや態度はいくらでも取り繕えるけれど、心根は隠しても滲み出る。態度が悪く見えようとも、その者が相手を大切に思っていることや敬意を払っていれば伝わる。
 だから、イルハンがフィーリアを軽視したり侮蔑しているわけではなく、思ったままをそのまま口にしているだけなのはわかっていた。けれど、ここは公の場なのだと注意しなければならない。

「イルハンさん、わたしにはその言葉遣いで構わないのですが、他の方にはもう少し丁寧に話したほうがいいと思います。そのままだとイルハンさんが誤解されてしまいます」
「心配してくれたんすか?」
「はい。余計なお世話かとも思ったのですが」
「そんなことないっすよ。フィーリア様、可愛いっすねー」
「はい? そんなことありませんよ」
「なに言ってんすかー、めっちゃ可愛いじゃないっすか。今日の服装も似合ってて可愛いっすよ」
「え、本当ですか?」

 話の流れが突飛過ぎて振り回される。けれど、服選びを失敗したと思っていたから、反射的に聞き返してしまった。
 お世辞かと一瞬思ったけれど、イルハンは真っ直ぐな目でフィーリアを見つめていて、お世辞とかを言うタイプには見えなかった。

「ずっと見てたいくらい可愛いっすよ」
「あ、ありがとうございます」

 真っ直ぐすぎる賛辞に、失敗して落ち込んでいた心が浮き上がってきた。

「フィーリア様、俺を護衛にしないっすか?」
「……え?」
「護衛。必要でしょ? カブルよりは俺、腕いいっすよ」
「はい?」

 話の流れが自由すぎて、全くついていけない。
 突然の申し出に固まっていると、イルハンとの会話を聞いていたのか、わらわらと集まりだした警備兵に囲まれてしまった。

「フィーリア様、護衛を探していらっしゃるのですか?」
「それなら私に是非」
「いやいや、私に。イルハンはマナーがまだまだですから、是非私を」

 集まった警備兵の皆さんは背が高かった。フィーリアよりも頭ひとつ分は高くて、それよりも高い人もたくさんいる。囲まれると、話を聞く為には見上げるしかなかった。すると息を呑む音がそこかしこから聞こえる。

「あの、皆さんはとても素晴らしい腕をお持ちだと思いますが……」

 護衛のことをフィーリアに聞かれても答えられない。
 護衛自体フィーリアには必要ないと思うし、護衛などの人事権だって持っていないし。

「ハイハイハイハイ、離れてー。そうじゃないと俺が怒られちゃうでしょー」
「カブル」
「フィーリア様の護衛は俺なの。あんた達じゃ役不足なの。だから、離れて、離れてー」
「くっ、いくら陛下の信頼が厚いからって、厚かましくないか?」
「そうだ、そうだ。少しくらいフィーリア様とお話ししてもいいじゃないか」
「カブルだけズルいぞ」
「そうだ。羨ましい」
「俺にも幸運をわけろ」
「こんな可愛いフィーリア様と話せる機会を奪うな」

 訓練場にいた全員が集まってきているのではないかというくらい、ガタイのいい身体が肉壁となって迫ってくる。
 フィーリアの周りはもう無法地帯になっていた。
 ここまで男性に囲まれたことがないから、ちょっと恐い。

「はあー、だから駄目なんだよ」

 囲む警備兵とフィーリアの間に身体を滑り込ませ、背中で庇うような立ち位置になったあと、カブルは猫でも追い払うように手を振った。

「散れ散れ、フィーリア様が恐がってるだろ?」
「こんな可愛いフィーリアをカブルが独り占めなんてズルいだろ」
「そうだそうだ。交代制にしろ」
「俺達にもチャンスを寄こせ」
「そういうことは陛下に申請してくれ」

 うんざりしたように、カブルはとうとう投げやりに答え始めた。
 確かに全くカブルの話を聞こうとしていない相手は疲れるだろう。
 そこに兵団長の号令が響いた。

「整列」
「はっ!」

 兵団長の号令にフィーリアの周りを囲っていた警備兵たちは素早い反応で兵団長の後ろに整列した。
 並んだ警備兵たちをちらりと一瞥したあと、フィーリアと適切な距離を保った場所に一歩進み出た兵団長は頭を下げた。

「礼儀がなっていなくて申し訳ありません」
「こちらこそ、休憩中にお騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。それと場を弁えず着てくる衣装に配慮もできず、ご迷惑をおかけしました」

 似合っているとは言われたけれど、やはりいつもと違う反応の原因は今日の服装にあるとわかっていたから謝罪した。いつもと同じならば、こんな騒ぎにならなかったと思うからだ。
 ふっと僅かに笑った声が聞こえた。

「女性のオシャレは戦闘服だと聞いたことがあります。フィーリア様の装いは大変似合っていらっしゃいますし、そのくらいは普通だと思います。いえ、このようなむさ苦しい場所に華やかさを添えてくださったので感謝を申し上げたいほどです」

 大袈裟なほどの慰めの言葉に、兵団長の優しさを感じて感謝しかない。

「ご迷惑をおかけしていないのでしたらよかったです」
「迷惑などではありません。次の機会がありましたら、また華やかな姿を見せていただければ、皆の励みになりましょう」
「恐れいります」
「……それでは訓練を再開させていただきます」
「はい」

 頷き返すと、兵団長は体の向きを変えて警備兵たちに向き直った。

「訓練開始」
「はっ!」
「真面目にやらない者には推薦はないと思え」
「はっ!!」

 一際大きな返事をして訓練場に散っていく。
 その後は真剣な顔をした警備兵たちの訓練光景が続いた。

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