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43 ダウールの対応 3

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 …………うーん。
 何か話題、……話題はないかな……。
 この空気を変える話題。

 フィーリアは重くなった空気を変えたくて、何かないかと視線を巡らせた。
 気難しく顔を顰めているダウール様を見て、こんな時クトラだったらすぐに空気を変えられるのになと思ったら、口に出ていた。

「クトラ、可愛くなったよね」
「……は?」

 突然のフィーリアの発言に、ダウール様は怪訝そうに顔を上げた。

「だから、クトラ可愛くなったよね?」
「そうか?」
「そうだよ」

 ダウール様が返事をしてくれたことで、会話を止めたくなかったフィーリアは口が止まらなくなった。

「四年前はまだ幼かったけれど、もう十八歳になって女性らしくなったでしょう?」

 この際クトラのことをアピールしようと言葉を重ねた。
 ここでクトラは四年前とは違うのだと認識してもらわなければ。
 ダウール様が知らない四年間で変わったところを伝える為に、頭の中にあるクトラの情報を素早く整理する。
 クトラはフィーリアと同じ歳で十八歳になった。
 四年前まではフィーリアと同じでダウール様に幼い妹のように構われていたけれど、今のクトラはトンシャン家の一人娘として魅力的な女性として縁談がひっきりなしで届くほどだった。
 フィーリアの前では砕けた口調と淑女らしからぬ行動をとるけれど、対外的には大富豪のトンシャン家の娘に恥じぬ立ち居振る舞いとそれに見合う魅力を身につけていた。上質な物を身に着け、それを身に纏っても引けを取らない、いや自分の魅力を引き立てるだけの要素であると見る者が納得してしまう、女帝のような存在感を知らしめていた。

「……そうか?」

 いまだもって懐疑的なダウール様の返答に、ダウール様の中のクトラの印象が四年前で止まっていることを確信した。

「クトラはもう結婚出来る歳になったから、縁談も山のように届いているって聞くし」
「はあ?」

 今度は何言ってるんだ?という目で見られた。
 あ……。これは余分なことを言ったかもしれない。
 今はダウール様の妃候補として後宮に来ているのに、他の男性から求婚されている話なんて聞きたくないよね。
 ただクトラに魅力があるということを言いたかっただけだったんだけど。

「いや、だから、結婚相手としてすごく魅力的な女性になったんだよって言いたかっただけなんだけど」

 そう口にすると、ダウール様がショックを受けたように固まった。
 あれ? もしかしてダウール様の中でやっとクトラが結婚できる十八歳と認識されたのだろうか。
 それならば、クトラが女性として魅力的になったことを伝えなければと勢い込んで話そうとしたら、視線を逸らされた。

「……クトラのことはもういい」

 気落ちしたようにため息交じりに言われ、話を切り上げたい雰囲気を出されて口をつぐむ。
 視線を逸らしたダウール様は視線を彷徨わせ、その目の動きが動揺を表しているようだった。
 クトラに求婚者がいることを伝えたことは失敗だったようだ。
 
 そしてまたしても沈黙の時間が訪れた。

 うーん。失敗してしまった。
 空気を変えることにも、クトラをアピールすることにも……。
 振る話題を間違えたことは確かだった。あーあ、クトラのようにはうまくいかないね。
 アピールのことだってクトラに聞いてからと思っていたはずなのに、何か話題がないかと思った時に先ほどまで考えていたクトラのことしか思い浮かばなかった。
 続く沈黙に、もう何の話題も思い浮かばなかったフィーリアは食べることに集中する。
 今何か言っても、また失敗するような気がして、目の前にある料理を片づけていくことにした。

「フィーリア」

 暫く沈黙の時間が続いた後、名前を呼ばれて食事の手を止める。
 ダウール様を見れば、その顔には先ほどまでの動揺もなく、フィーリアに真剣な眼差しを向けていた。
 真面目な話をする雰囲気を感じて、背筋を正す。

「フィーリアにお願いしたいことがあるんだが」
「どのようなことでしょうか?」
「ウルミス嬢のことなんだが、セイリャン嬢のせいでだいぶ精神的にまいっているみたいで」

 そこで困ったように笑う。

「俺には大丈夫としか言ってくれなくてな。全く大丈夫そうな顔色ではない青白い顔をして、それでも微笑む姿に申し訳なくて」

 ダウール様の目には無力を嘆くやりきれなさが滲んでいた。

「それでフィーリアに話し相手になってもらえないかと思ってな」

 ウルミス様のことを語るダウール様からは心配でならないという気持ちとセイリャン様を招き入れてしまったことによってウルミス様が被害にあってしまった罪悪感が伝わってくる。
 それはフィーリアも思っていたことだった。今回一番被害にあったのはウルミス様だったから。

「男の俺よりは同性のフィーリアの方が悩みを打ち明けやすいのではないかと思うんだ」

 ダウール様がウルミス様のことをすごく気にかけているのが言葉の端々に感じられた。とても大切に思っているのだと伝わってくる。
 苦悩するダウール様の様子が、ウルミス様の存在が別格なのだと言っているようで衝撃を受けた。
 ウルミス様とクトラの対応に差があり過ぎる。

「だからフィーリアには話し相手になってもらいたい」

 なるほど、話し相手ね……。
 確かに同性の方が話しやすいかもしれないよね。って……え?! 話し相手?! ウルミス様の?!
 ここで重大な問題があることを思い出して、ダウール様の要望にすぐには返事を返せなかった。
 なぜなら、フィーリアはウルミス様に嫌いと直接言われていたから。
 ……現状、フィーリアはウルミス様に嫌われているのである。
 セイリャン様の件で忙しくしていて、ウルミス様と会えていなかったし話も出来ていなかった。だから、関係は悪化したままである。
 その事をダウール様は知らないのだろうし、かといってダウール様に言えるはずもない。
 返事を待つダウール様はフィーリアを真っ直ぐに見つめていた。
 どうにかしなければ、とは思っていたのだ。
 今回のことはいい機会だと思って、返事を待つダウール様に了承の返事をする。

「わかった。様子を見て訪ねてみるね」
「ああ、頼む」

 フィーリアの言葉にホッとしたような笑みを浮かべた。
 その笑みはウルミス様を思ってか特別優しい笑みだった。
 それを見ているとチクリと胸が痛んだ。また痛む胸によくわからず心がザワザワとした。

 そうこうしているうちに食事も終わって、ダウール様は早々に帰っていった。
 始めは楽しかったのに最後は気まずい雰囲気のまま、ダウール様との久しぶりの夕食が終わってしまった。



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