34 / 67
31 心機一転
しおりを挟む泥のように寝て起きたフィーリアは、目覚めたとき頭の中がすっきりとしていた。
近頃の自分の不甲斐なさと、よくわからない自分の心の違和感があまりにも酷くて落ち込みまくっていたけれど、よく眠れたおかげか、鬱とした感情がなくなっていた。
最近熟睡できていなかった事も後ろ向きな考え方をしてしまった要因なのかもしれなかった。
ウルミス様に嫌われてしまった。その事実は辛くて悲しかった。けれど、フィーリアはウルミス様を嫌いにはなれなかった。ただその事実が悲しいだけで、好きなままだった。
だから、ウルミス様がダウール様を好きならば、フィーリアは妃候補を早めに辞退しようと思った。
もとから選定が終わったら、辞退という形で実家に戻る予定だったのだ。それが予定より早まるだけ。制度で側妃として陛下に求められた人は残ることも可能ではあったけれど、ダウール様は昔から好きになったたった一人の人を幸せにしてあげたいんだと言っていたから、他の人が残ることもないだろう。
ベッドの上でいつになく冷静に頭の中を整理できた。
後宮に来たときの浮かれた頭も落ち着いて、やっといつもの自分に戻れたような気がした。
うじうじ悩んでいるなんて自分らしくない。
初めての、クトラ以外で、女友達になれそうな人達がいて、どこか浮かれていて判断がおかしくなっていたのだろう。友達になれそうな人達に嫌われたくなかったのだ。
けれど、がっつり嫌われて肝が据わったというか、これ以上嫌われることもないと合点がいったというか、覚悟が出来た。これ以上悪くなることはないだろうと。
ノックの音に返事を返すと、ラマが朝の支度をするために入室してきた。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、ラマ」
元気よく、昨夜の暗さが全くないフィーリアを見て、ラマは内心ほっとしていた。
「ねえ、ラマ」
「はい、お嬢様」
「わたし、妃候補を辞退しようと思うの」
「………………え?!」
ラマにしては珍しくこれでもかもいうくらいに瞳を大きく見開いて驚いていた。
もとから辞退することは決まっていたのに、そこまで驚くことなのだろうか。
まあ、予定よりも早いことに驚いているのかもしれない。
「ちょっと予定よりも早いけれど、これ以上妃選別で王城で働く人達に迷惑をかける訳にはいかないし。それにウルミス様がダウール様を好きだとわかったことだし、選ばれるのはウルミス様だと思うし、ね。邪魔でしかない他の妃候補者はいなくなった方がいいと思って」
「……で、ですが、まだウルミス様が選ばれるとは決まっておりませんし」
「もう、ラマったら何言ってるの? ラマだって知っているでしょう? ウルミス様が妃候補者筆頭だと噂されているのを」
「……それは、存じておりますが……(実際の下馬評はお嬢様一択なのですが、もはや当たり前すぎて誰も口にしていないだけだと、お嬢様はご存知ないのですよね……)」
困惑した表情のまま頷くラマは、今の段階で真実を語るべきではないと判断した。
「だから、早く辞退してみんなの負担を減らしたいなと思って」
「……負担と申されますと、ムーリャン様のことはどうなされるのですか?」
「!! ……忘れてた」
「……お嬢様」
「いや、あの、あのね……、ウルミス様に嫌いと言われて、……ちょっとそのことでいっぱいになって、……本当に忘れていたわけでは…………、ごめんなさい。本気で忘れてました」
素直に謝れば、ラマはしょうがないですねと苦笑する。
あんな強烈な人を一時でも忘れた自分が間抜けなのか、それ程までにウルミス様に嫌われたことの衝撃が大きかったのか…………、両方なのだろうなと思った。
「そうだね。……ムーリャン様がいたよね。……ムーリャン様が妃候補を辞退……なんて、しないよね……やっぱり」
「そうでございますね」
ラマにも同意されて、やっぱりそうだよねと思う。
ウルミス様が選ばれると知ったら、何をしでかすかわからない恐さがムーリャン様にはあった。
ああ、どうしよう。
一人では手が足りない。今までを思い出して唸る。
そこでふとニルン様の言葉を思い出した。
ニルン様はダウール様を好きではないと言っていた。その言葉を信じて、ムーリャン様を止めるのに協力を求めてみるのはどうだろうか。
クトラは……、ムーリャン様に対して敵対心バリバリだったから、ムーリャン様を止めることには協力してくれるかもしれない。ムーリャン様がいなくなったあとについては、最終的にダウール様が選ぶことだから、手出しはしない。
ウルミス様を応援するつもりだけれど、フィーリアに出来ることなんて妃候補を辞退することくらいしかない。
クトラには負け戦になってしまうけど、納得するまで正々堂々とウルミス様と戦って欲しい。そして負けて戻ってきたら慰めることしかできないけれど、精一杯力になろうと思う。
友達のクトラよりもダウール様を優先していることになるけれど、国王陛下という国で一番大変な責任を負う立場になったダウール様には、やはり愛する人の支えが必要だと思うから。苦しいとき、辛いときに支えてくれるのは奥様だし、それが愛する人ならば頑張れるとそう思うから。
だから、そのためにもウルミス様を攻撃するムーリャン様を止めないといけない。そして可能であれば、ムーリャン様には妃候補を諦めてもらいたい。
ムーリャン様を思い浮かべて、無理難題な気もしたけれど、ニルン様やクトラがいればなんとかなる気もしていた。
そのためにももう一度ニルン様とクトラに会わなければならなかった。
「ラマ、ニルン様とクトラにお茶会に招待したいとの手紙を出して欲しいの」
「かしこまりました。いつ頃がよろしいですか?」
「可能な限り早く。でも、お二人のご予定に合わせますとお伝えして」
「かしこまりました。それでは、お嬢様。支度を整えさせていただきます」
「はい、お願いします」
ラマによって朝の支度が始まり、フィーリアは身を任せた。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる