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20 悩み 2

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 フィーリアが塞ぎ込んでいても、朝は容赦なくやって来て、気分があがらないまま、いつもの朝が始まった。

「失礼いた──、……ったた」
「大丈夫?」

 相も変わらず、毎朝の恒例行事のように室内に足を踏み入れた時に派手に躓き、転ぶハウリャン。
 そしてすぐに体勢を立て直すと、いつものようにダウール様からの伝言を伝える。

「──失礼いたしました。『今夜はウルミス嬢と食事をする』とのことでございます」
「……そうですか。伝言ありがとうございます」

 いつものように返事が出来ず、暗い声が出た。その元気のない返事に、ハウリャンは訝しげな表情を浮かべたあと、心配そうな表情に変わった。

「どうかなさいましたか?」
「……何でもありません。心配してくれてありがとうございます」

 力なく笑うフィーリアに、心配顔をしたままのハウリャンはしばらく見つめたあと、何も言わずに帰っていった。

「おはようございます。フィーリア様」
「おはようございます。セチュン、カブル」

 ハウリャンと入れ替わるようにやって来たセチュンとカブルは、フィーリアを見て、驚きの表情を浮かべた。
 暗いフィーリアに、セチュンは母親のように心配そうに見つめる。
 自分でもここまで落ち込むとは思っていなかった。空元気も出せなくて、力なく笑顔を浮かべる。

「本日の勉強はやめましょう。フィーリア様、ゆっくりお休みください」

 何も問わず、セチュンとカブルは帰っていった。
 その姿を見送りながら、申し訳なさでいっぱいになる。色々な人に迷惑ばかりかけている。それを思うと、より落ち込んだ。

 そのあとも何もやる気がおきず、窓から見える外の景色を眺め、ラマが用意してくれたお茶を何度も冷めるまで放置してしまった。手がつかないお茶を黙ってとりかえるラマは、そんなフィーリアを心配そうに見つめていた。

 昼が過ぎて、陽が落ち始める間に、来客を告げるノックが何度も響いた。
 けれど、普通に対応出来る気がしなくて、体調が悪いと伝えてもらってお引き取り願った。
 来客した人達は、フィーリアのことを聞いてお見舞いに来たのだという。そしてその人数分見舞いの品がテーブルの上に積み重なっていった。


  □□□


「お嬢様、国王陛下がいらっしゃいました」

 ラマの言葉に、はじめ何を言っているのかわからなかった。

「え?」
「国王陛下がお見えになっております」

 重ねて告げられた言葉に戸惑った。

 なんで?
 なんで、今、来るの?

「入るぞ」

 返事をしなかったフィーリアを待てなかったのか、ダウール様はフィーリアが座る椅子の近くまでやって来た。
 久しぶりに近くで見るダウール様は、なんだか知らない男の人みたいだった。

「フィーリア、セチュンから体調が悪そうだと聞いたが、大丈夫か?」
「……あっ、大丈夫。っ、──ダウール様、お出迎えできず失礼いたしました」

 いつものように答えかけ、ダウール様との約束を思い出したフィーリアは席を立って礼の姿勢をとる。
 ダウール様と言った時に、嬉しそうな顔をしたダウール様は、フィーリアの顔を見てすぐに顔色を変えた。

「何があった?」
「……なにも、ございません」
「嘘つくな。何かあったから、そんな顔しているのだろう?」

 心配していることが声音からもわかるダウール様に、フィーリアは重い苦しい心の内を打ち明けてしまいたかった。
 ……けれど、フィーリアは何も口にできなかった。
 今までならば、全てを打ち明けて悩みを聞いてもらっていた。
 けれど、人が争う姿を楽しみにしてきたことも恥ずべきことなのに、その事に現実を目の当たりにしてから気が付く情けなさ。そして、何もできない無力な自分。
 そんなことをダウール様に知られたくないと思った。ダウール様には絶対に言えない。言いたくない。
 ……そこまで思う自分の気持ちに疑問を感じて自問自答したら、ダウール様に嫌われたくないからだと気が付いた。
 そんな気持ちになったことに自分でも戸惑う。今まで一度も隠し事なんてしたことがなかったのに、今はダウール様にフィーリアの醜い心を知られたくないと強く思った。

 黙り込んだフィーリアに、ダウール様は少し考えるように沈黙した後、問いかけられた。

「ムーリャン嬢に酷いことをされたのか?」
「……されていません」

 俯いたまま首を振るフィーリアに、一度押し黙ったダウール様は思ってもみなかったことを告げた。

「ムーリャン嬢については今調査中なんだ」
「え?」
「聞いていた人柄と違っていてな。確認している最中なんだ」

 驚いて顔を上げたフィーリアの反応を確認しつつ、ダウール様は真剣なまなざしで見つめる。

「フィーリアにも迷惑をかけていると思う。もう少し待っていてくれ」

 そういうダウール様をよく見れば、表情には疲れが滲み出ていた。

「それと、ウルミス嬢を気にかけてやって欲しい。どうも、ムーリャン嬢の標的になってしまっているようで、俺だけじゃどうしようもできないんだ」

 力不足を嘆くダウール様からは、ウルミス様を心配する気持ちが伝わってくる。
 そんなことないと思う……。
 脳裏に、ウルミス様と抱き合うダウール様の姿が浮かぶ。
 確かにムーリャン様の攻撃を止めることは難しいと思う。フィーリアだってたまたま居合わせることがあるだけだから。
 けれど、ウルミス様の心は救われていると思う。ダウール様にこれほど気にかけてもらえていることは、直接慰められているウルミス様にだって伝わっているはずだから。

「わかりました。出来る限り気にかけておきます」
「助かる。……フィーリアは困ったことはないか?」
「……ありません」

 ダウール様の言葉を聞いて、フィーリアにまで気にかけてもらっていることに気づいた。
 ダウール様はムーリャン様の事も知っていて、対処しよう頑張っていた。その疲れた表情からも大変さが窺える程なのに。
 それなのにフィーリアは自分の事ばかりだった。自己嫌悪に陥って、塞ぎ込んでいた自分はなんて情けないんだろう。
 反省し始めたフィーリアに、ダウール様はより一層心配そうな声音で尋ねる。

「……本当か?」
「失礼いた──、……ったた」

 ダウール様の言葉に被さるように、床に倒れる音がする。
 見れば、ハウリャンがまたしても派手に転んでいた。
 突然の乱入者に驚いたけれど、それがハウリャンと分かれば、力が抜けてふっと笑顔が浮かぶ。

「大丈夫?」

 そっと手を差し伸べれば、ダウール様に手を掴まれる。
 何かと思えば、ダウール様は少し怖い顔をしていた。

「ハウリャンは大丈夫だ。いつでもどこでも転ぶが、怪我しているところを見たことないからな」
「それはそうですが、痛みはありますよね?」
「まっ、それもそうだな。大丈夫か? ……というか何しに来たんだ?」
「アルタイ様がお呼びです」
「っ、……わかった」

 ハウリャンがアルタイ様の名前を出した途端、息を飲んでダウール様の顔色が悪くなった。
 一度心配そうにフィーリアを見つめる。

「フィーリア、何かあれば、俺にちゃんと言えよ?」

 それだけ言い置いて、ダウール様は何かに急き立てられるように急ぎ足で帰っていった。

 フィーリアはもう一度しっかり反省して、これからのことを考えようと思った。



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