雨の公国

紫蘭

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弐、晴れの儀②

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 その日は、しとしとと草木を癒すかのような甘雨が降っていた。
 ノアは晴れの儀のために誂えた、純白のドレスに袖を通した。城の針子が一針一針刺繍した繊細な模様は、木々と花々を現した晴れの儀の伝統的な模様だ。
 刺繍糸は王妃とヘラが悩みに悩んで爽やかな青色。ヘラ曰く「天空という意味を持つセレストブルー」。古い文献から漁って来たらしい。
 シルバーブロンドの艶やかなノアの髪はハーフアップに纏まられ、ドレスと   
 ドレスと同じく花々の刺繍が施された純白のリボンで結ばれている。
 晴れの儀を目前にして、ノアは控えの間で窓から空を眺めていた。
 これから、ノアはこの雨が止むように天に祈りを捧げる。
 どれほどノアがこの雨の世界を愛していても、この部屋を1歩出たら、ノアは晴れを祈る巫女となる。
 どれだけ仮面をかぶっても、心の中は強制できないかもしれない。でも、ノアはこの雨を愛すのと同じだけ、この国の人々を愛していた。
 だから、人々の願いである晴れの祈りを裏切ることはできない。

 ノックと共に控えの間に入ってきたのは、ヘラだった。
「ノア、準備はいい?」
 ノアは小さく頷く。
「まっすぐ前を見て、あなたはこの国の希望となる巫女なの。それを忘れないで」
 ヘラに背中を押され、ノアは控えの間から神殿へと向かう。
 雨音はノアに寄り添うように音楽を奏でる。
 晴れの儀は神殿の前にある広場で行われる。この国では珍しく、雨よけがない場所。
 侍女が差してくれていた傘から出て、ノアは雨の中を歩く。
 王の、王妃の、国中の人々の視線がノアを刺す。
 一瞬にして純白のドレスは雨に濡れていく。
 広場の真ん中にそびえたつ塔の前に着くと、ノアは目を閉じて祈りの歌を歌い始めた。
 晴れの儀は巫女が捧げる歌によって行われる。
 時に囁くように、時に天まで届くように響かせる。高く、低く、歌声は響く。

 この国に太陽を――。この国に光を――。
 
 そのとき、天の隙間から微かに光が差した。
 それは人々が初めて見る太陽の光であった。
 次第にその光は強さを増し、同時にノアの歌声の伴奏を奏でていた雨音が小さくなっていく。
 
 あぁ、消えてしまう。
 歌い続けながらノアは感じた。ノアの愛する雨たちが気配を消していくのを。
 人々のどよめきと興奮はノアには届かない。
 身体を伝う雨粒の感覚がだんだんとなくなっていく。
 人々の喜びとは裏腹にノアの胸中では悲しみが渦巻いていた。
 それでも、ノアは歌い続ける。

 この国に太陽を――。この国に光を――。と。

 最後の音が天高く響いたとき、最後の雫がノアの頬にぽつんと当たった。
 ノアが目を開くと、世界は太陽に照らされ、雨上がりの水滴に光が当たってキラキラと輝いていた。
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