雨の公国

紫蘭

文字の大きさ
上 下
4 / 9

壱、雨の公国④

しおりを挟む
 ノアがぼんやりと外を見つめていると、雨はだんだんと小降りになってきた。夕食の時間まではもう少しある。
 書棚からまだ読んでいない本を取り出し、ノアは自室を出る。

 向かう先は城の一番端にある四阿。
 雨と共に暮らす知恵は町や農業だけではなく、城にも施されている。湿気の入ってこない気密性の高い建物。基本的にすべての機能は室内にある。庭でさえも屋根があり、この城の中で雨の下を歩くことはほぼない。

 唯一の例外は城の北東、一番端にある四阿。ここに行く道だけは屋根がない。しかも、風の強い日は四阿の中にまで雨が吹き込む。

 ノア以外誰も立ち寄らない、ノアの一番好きな場所。どこよりもノアが息がしやすい場所だ。

 ノアの見立て通り、雨は小降りになっていて、風も弱い。立てかけておいた傘を差し、ノアは四阿へと向かう。
 四阿の中は木でできた小さな机とベンチが置いてある。

 ノアはよくここで本を読んだ。湿気ないように対策された本が主流になったとはいえ、雨の中で本を読むとさすがに湿気てしまうから貴重な本は持ってこれないが、ここで本を読んだり、書き物をするのが何よりも大切な時間だった。

 雨のカーテンに遮られ、“王女”の、“巫女”の仮面から解放される場所。

 だから、暇さえあればノアはここに通う。
 今日のお供は最新の小説。城下町で流行っていると聞いてレリスに買ってきてもらったものだ。

「あと、どれぐらいここで本が読めるんだろ」

 今日は3時間で解放されたが、明日からはそうはいかないだろう。どんどん拘束される時間は増えて行き、来月には晴れの儀の準備が本格化する。叔母である先代巫女につきっきりで儀式の作法を学び、2か月後には晴れの儀が行われる。

 儀式が終われば巫女の役目もそれで終わりかというと、そうではない。

 巫女として各地にある古い遺跡や神殿を巡る旅に出るのだ。

 小さな国とはいえ、回る箇所は軽く100を超える。馬車での移動になるが、大雨で何日も足止めされることも多い。

 すべてを回るとなると数年かけた旅となる。旅だけを行うのならば2,3年で終わるかもしれないが、その旅の間も年に1回の晴れの儀は行われる。

 そうやって数年費やしていると、結婚的年齢期に差し掛かり、次の巫女となる王女と次の王となる王子を産むため、結婚をする。
 つまり、ノアにとっては晴れの儀は巫女としてのベールが一生脱げなくなる日でもある。
 
 どうしようもなく、孤独を感じてノアは傘もささずに四阿から1歩外に踏み出した。
 瞬時に雨はノアを包み込む。温かい水滴がノアの頬を伝う。

 ノアの愛する雨の世界。

 涙雨はそのままノアをそっと包み続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...