雨の公国

紫蘭

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壱、雨の公国④

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 ノアがぼんやりと外を見つめていると、雨はだんだんと小降りになってきた。夕食の時間まではもう少しある。
 書棚からまだ読んでいない本を取り出し、ノアは自室を出る。

 向かう先は城の一番端にある四阿。
 雨と共に暮らす知恵は町や農業だけではなく、城にも施されている。湿気の入ってこない気密性の高い建物。基本的にすべての機能は室内にある。庭でさえも屋根があり、この城の中で雨の下を歩くことはほぼない。

 唯一の例外は城の北東、一番端にある四阿。ここに行く道だけは屋根がない。しかも、風の強い日は四阿の中にまで雨が吹き込む。

 ノア以外誰も立ち寄らない、ノアの一番好きな場所。どこよりもノアが息がしやすい場所だ。

 ノアの見立て通り、雨は小降りになっていて、風も弱い。立てかけておいた傘を差し、ノアは四阿へと向かう。
 四阿の中は木でできた小さな机とベンチが置いてある。

 ノアはよくここで本を読んだ。湿気ないように対策された本が主流になったとはいえ、雨の中で本を読むとさすがに湿気てしまうから貴重な本は持ってこれないが、ここで本を読んだり、書き物をするのが何よりも大切な時間だった。

 雨のカーテンに遮られ、“王女”の、“巫女”の仮面から解放される場所。

 だから、暇さえあればノアはここに通う。
 今日のお供は最新の小説。城下町で流行っていると聞いてレリスに買ってきてもらったものだ。

「あと、どれぐらいここで本が読めるんだろ」

 今日は3時間で解放されたが、明日からはそうはいかないだろう。どんどん拘束される時間は増えて行き、来月には晴れの儀の準備が本格化する。叔母である先代巫女につきっきりで儀式の作法を学び、2か月後には晴れの儀が行われる。

 儀式が終われば巫女の役目もそれで終わりかというと、そうではない。

 巫女として各地にある古い遺跡や神殿を巡る旅に出るのだ。

 小さな国とはいえ、回る箇所は軽く100を超える。馬車での移動になるが、大雨で何日も足止めされることも多い。

 すべてを回るとなると数年かけた旅となる。旅だけを行うのならば2,3年で終わるかもしれないが、その旅の間も年に1回の晴れの儀は行われる。

 そうやって数年費やしていると、結婚的年齢期に差し掛かり、次の巫女となる王女と次の王となる王子を産むため、結婚をする。
 つまり、ノアにとっては晴れの儀は巫女としてのベールが一生脱げなくなる日でもある。
 
 どうしようもなく、孤独を感じてノアは傘もささずに四阿から1歩外に踏み出した。
 瞬時に雨はノアを包み込む。温かい水滴がノアの頬を伝う。

 ノアの愛する雨の世界。

 涙雨はそのままノアをそっと包み続けた。
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